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6話 汚い灰かぶり

誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

「行きますっ、WS(ウエポンスキル)”ヘリオン”!」


 純白の十文字が魔物を切り刻んだ。

 十文字を刻まれた芋虫型の魔物は激高し、身体を持ち上げて僕を押し潰そうとしてきた。だが――


「”ファスブレ”!」

『――ギッ!!』


 リティが閃光をはためかせながら魔物を狩り取った。


 背後からトドメを刺された芋虫型の魔物は、軋むような呻き声を上げながら黒い霧となって霧散した。

 地面に魔石がコロンと転がる。


「ありがとう、助かったよ」

「ん、アルがタゲを取ってくれたお陰」


「いや、そんなことは……」

「ううん、”タゲ取り”はとっても大事なこと。だからアルのお陰」


 『タゲ取り』とは、魔物の注意を引き付ける行動のこと。

 元々は勇者様が使っていた言葉だが、それが冒険者たちにも浸透したそうだ。

 だからいまでは誰もが使っている言葉。


「よし、これで四個目と。で、どうする? いったん休憩でもする?」

 

 魔石を回収したニュイさんが、それを袋に入れながら訊ねてきた。

 戦闘自体はさほど大変ではないのだが、魔物を探すために歩き回ったので多少の疲れはあった。

 

 小さな疲労でも蓄積すると馬鹿にできない。

 蓄積した疲労によってつまらないミスをすることもある。


「はい、そうしますか」

「ん、わかった」


 何も我武者羅にやることではない。

 僕たちはニュイさんの提案に従い、休憩を取ることにした。




      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 



 見通しの良い所で腰を下ろし、僕たちは休憩を取る。


 ここはルリガミンの町にある地下迷宮ダンジョンの中。

 蟻の巣穴のようなダンジョンで、狭くなったり広くなったりした洞窟が延延と続いている場所。

 一度は崩落して通れなくなった所だが、いまは掘り起こして通れるようになっていた。

 

「はい、アル」

「え?」


 リティが自分の水筒を僕に差し出してきた。

 そして『ん』っと口元に水筒を寄せてくる。


 受け取らないという選択肢は取れそうにない。 

 もし拒めば、もっと面倒なことになりそうな気配を感じる。

 昨夜の一件から僕はそれを学んでいた。


「あ、ありがとう」

「ん」


「貰うね」

「うん、たんと飲んで」


 取り出そうとしていた自分の水筒を戻し、彼女の水筒を受け取った。 

 そして『いただきます』と声を掛け、水筒に口を付ける。


「……」

「……うん? 何かな?」


 水筒の麦茶を飲んでいると、彼女が僕のことを見つめていた。

 正確には、僕の灰色の髪を不思議そうに見つめている。


「アルの髪の色……」

「あ、ええ、ちょっと珍しい色かもですね」

「ワタシもそう思った。何だろ? 色が抜けたみたいな感じだよね、アルド君の髪って」


「……はい、よくそう言われます」


 僕は、いつも通りの返答を返した。

 昔からこの髪の色のことは訊ねられることが多かった。

 淡い金色から、暗い灰色へとなってしまった髪のことを……



 昔は母と同じ色だった。

 だが十年前、生死の間をさまよう大怪我を負ったとき、その色を失った。

 母と同じだった金色は、まるで色が抜け落ちたようになってしまった。


 聞いた話によると、限界まで魔法を唱えたり、限界を超えても魔法を使い続けたりすると、髪の一部や毛先が白くなったりすることがあるそうだ。


 実際に、女神の勇者様と呼ばれている勇者コトノハ様は、幼い命を救うために限界を超えても魔法を唱え続け、前髪の一部が白くなってしまっている。


 だからそれと似た現象なのか、僕が瀕死の重傷から回復魔法によって生還した後、髪の色を全て失っていた。


 回復魔法を掛けてくれた術師が言うには、回復魔法を受け入れるために限界まで頑張った結果だとか。

 魔法で傷を癒やす際、受け手側も体力を消耗するそうだ。


 あのときの僕は本当に酷かったらしく、生きていたこと自体が奇跡。

 【固有能力】の恩恵が無ければ間違いなく命を落としていたそうだ。


 そのような状態から生還したのだ、髪の色が抜けてもおかしくはなかった。

 だから僕の髪は色が抜けて暗い灰色へと変わってしまった。


 しかも斑模様になっており、陰では汚い灰かぶり(シンデレラ)と呼ばれていた。


 色が変わってしまった経緯を知っている者でも不思議に思うほどの色だ。 

 きっとこの髪の色をとても珍しく思っているのだろう。リティはいまも僕の髪を不思議そうにジッと見つめている。


 ( ――ん? いや、ちょっと違う気がする? )


 視線の種類が少し違う気がした。

 リティは、珍しい色だから見ているのではなくて……

 

 ( 何かを確認するような感じ――えっ? )


「あ、あの、リティアさん? 僕の髪に何か……」


 彼女が僕の髪に触れてきた。

 優しく撫でるように、細い指先で僕の髪を梳いてくる。


「……リティ」  

「えっ……あっ」


 ( しまったっ )


 できるだけリティの名前を呼ばないようにしていた。

 きっと余計なトラブルを呼び込むと思っていたから。


 しかし僕は、唐突に髪を触れられたことに動揺して名前を呼んでしまった。


 呼ぶとしても、できるだけ他の人には聞こえないようにしていたというのに。


「アル、ちゃんとリティって呼んで」

「リ、リティ……」

「おいっ、どういうことだリティア! 何でソイツには……その名前で呼ぶことをゆるしてんだよ」


 予測していた人が食い付いてきた。


「ん、何でダメ?」

「なっ!? なんでって……」


 コテンと首を傾げて不思議そうにしているリティ。

 彼女は本当に分かっていないのだろう。ウーフが何を言いたいのか……


「くそ、聞きまちがえかと思ってたのに、マジだったのかよ」


 本日二度目のいたたまれなさ。

 僕は黙るしかなかった。


 誰もがウーフの気持ちに気が付いていることだろう。

 たった数時間の僕にだって察することができるほどだ。

 彼は間違いなくリティへと好意を持っている。だが、リティはそれに全く気が付いていない様子。


「アル、これ食べる?」

「うっ」

 

 水筒の次は菓子。リティはスティック状の焼き菓子を僕に差し出してきた。

 勇者様のお言葉で言うところの、『ガソリンに火を注ぐ』というヤツだ。

 彼女はウーフのことなどお構いなしに、僕へと世話を焼いてきた。


 僕は顔を引きつらせながらウーフを見る。


「――はっ、戦闘だけじゃなくて、ここでもおんぶに抱っこかよ。メシの用意までしてもらってよぉ」

「ちょっと、ウーフ。アンタ止めなよ」


 即座に諫めようとするニュイさん。

 だが彼は止まらない。


「なあ、オマエよう。自分でも気が付いてんだろ? なあ、灰色ヤロウ」

「……」


 ウーフの苛立ちには気が付いていた。

 彼は出会ったときから僕に苛立っていた。


「オマエはオレたちとつり合ってねえんだよ。特にリティアとはな」

「……」


 ウーフが何を言いたいのかよく分かっている。

 僕とリティたちでは差がありすぎる。

 レベルやステータスもそうだが、戦闘経験も天と地くらいの差がある。


 僕にできることは、魔物へと真っ直ぐに向かっていくことだけ。

 リティのように裏を取ったり、狙い澄ましたWSを放つなどはできない。

 

 先ほどの戦闘もそうだった。

 僕が敵を引き付けて、その隙をリティが突いたように見えるが、実際は僕が無謀に突き進み、それを彼女がフォローしてくれただけだ。


 リティだけで難なく倒せる魔物だった。


 『タゲを取ってくれたお陰』と言ってくれたが、本当はそんなモノは必要なかったはず。彼女の強さなら、軽く撫でるように倒したはずだ。


 今日、最初に見つけた魔物のときもそうだった。

 ウーフの案内で向かった先には、蜘蛛型の魔物が一体いた。

 

 その蜘蛛型は割と強敵で、動きが速く壁や天井を這い回り、ときには粘着性の高い糸を飛ばして獲物を捕らえにくる。


 【索敵】持ちがいないパーティが、この魔物に頭上からの奇襲を受け、一気に半壊へと追い込まれたなどの話も聞いたことがある。


 僕はそんな魔物に正面から挑み、ヘリオン(WS)を叩き込んで脚を一本切り飛ばしてやった。

 

 脚をやれば機動力を失う。

 戦闘においての定石(セオリー)であり、非力な片手剣でもできる仕事だった。


 だが相手は八本脚の魔物。

 一本ぐらいで怯むような相手ではなく、僕はヤツの反撃に晒され掛けた。

 しかしそのとき、リティが、”閃迅”リティが助けてくれた。


 舞うように空を駆け抜け、閃光のような迅さで魔物の首を刎ねたのだ。

 たった一撃で魔物は絶命した。


 まさに銀色の一閃。

 ”閃迅”と言う二つ名がついた理由がよく分かった。

 そしてそれと同時に、実力の差をまざまざと見せつけられた。


 だからウーフの言いたいことはよく分かる。

 よく分かるのだが……


 ( ――引きたくない )


「テメエ、なんだよ、その目は」

「……」


 彼女との差は解っている。

 実力、固有能力、レベルとステータス、さらには容姿、どれを取っても釣り合いはとれていない。


 だけど僕は、ここで引き下がりたくなかった。


 もう猶予は過ぎている。

 やらねばならないことがあり、それを成さねば僕がやってしまったことの償いにならない。


 そして、意味がなくなってしまう。


 だから絶対にやらねばならないことがある。 

 だけどいまは……


――そのときまでは冒険者でいたいっ

 あと少しだけでいいから、冒険者に……



「テメェ、オレにガンを飛ばしてんのか!」

「止めなさい、ウーフ!!!」


 ウーフが激高した。

 そして僕のことが気に食わないと、それがありありと判る態度でこぶしを振り上げた。


「手を下ろしなさい、ウーフ。アンタ何を勘違いしているの。アルド君はゲストでウチに来てるんだよ? それをなに? 釣り合う釣り合わないとか騒いで。そもそも、いまのワタシたちがやるべきことは魔石集めでしょ? 釣り合う釣り合わないとか必要なこと? しかもアンタは勝手について来ただけだし」

「ゴチャゴチャうるせえな。つり合わねえのは本当だろうが!」


「だからそれがいま必要なこと? それにワタシたちはステータスを確認し合ったでしょ、そんなことは最初から分かっていたことだし。それにねえ、そもそもレベルが全然違うんだから、上の者がフォローするべきことでしょ? それを何、釣り合っていないとか喚いて……。アンタはレベル低いときからでも釣り合っていたとでも?」

「う、うるせえなっ」


 ウーフとニュイさんが言い合いを始めた。

 ニュイさんに気圧され気味なウーフ。

 

「ウーフ、仲間の面倒を見れないってなら帰っていいよ? ワタシたちは3人でもやっていけるし。それとも何? ワタシたちと一緒に居たいの?」

「ああ、そうかよ! だったら出て行ってやるよ! このクソッタレが。【索敵】なしでマモノを探して苦労でもしやがれてってんだ」


 

 そう言ってウーフは去って行った。

 それをただ見送る僕たち。

 

「……ふう。ごめんね、アルド君」

「あ、いえ、こちらこそスイマセン……彼を怒らせてしまって」


 とても申し訳なかった。

 ニュイさんは僕を庇うためにウーフと言い合いをしてしまった。

 僕のせいで仲間と喧嘩をしたようなものだ。


「あ~~うん、気にしないで。いつか言わないとって思っていたことだし」

「えっと、それはどういうことで?」


「うん、実はね――」


 ニュイさんはアライアンスのある内情を話してくれた。

 どうやらウーフは、弱い者を排除する傾向があったそうだ。

 

 確かに弱い者を抱え過ぎては、アライアンスの運営に支障をきたす。

 しかしだからと言って、ただ排除すれば良いというモノではない。

 ウーフはその辺りがあまりよろしくなく、特定の条件が絡むと特に酷かったそうだ。

 要は、リティのことだろう。


 だから一度へこませておきたかったとニュイさんは言った。

 これで何かがすぐ変わる訳ではないが、常に一方的な態度を見せるウーフには、一度しっかりと言っておく必要があったそうだ。


「ごめんね~。だからアルド君が気にする必要はないよ。ワタシがやりたかったことだし。アイツには一度しっかりと言ってやりたかったの」

「……はい、わかりました」

「アル、次はこれ。これ可愛くて美味しいから」


「……リティ」


 いま目の前で起きたことが見えていない、そんな感じで菓子を手渡してくる。

 ある意味当事者でもあるのに、彼女は本当にマイペースだった。


 こうして僕たちは、3人で魔石集めをすることになった。


  

読んでいただきありがとうございます。

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