68話 帰るまえの一時
ちょっと短いです
騒動の翌日、あることに気が付いた僕はベルーの屋敷へと向かうことにした。
【死心】があるからとはいえ、彼女の家の使用人を殺してしまったことを忘れていたのだ。
人として絶対にあり得ない。
いくら相手が罪を犯した者であろうと、簡単に殺して良い訳がないし、何よりも殺した相手のことを忘れてはならない。
オラトリオから話を聞いていたはずなのに、僕は何とも思っていなかった。
朝食のときにリティが話題に出さなければ、僕はずっと気付かずにいたことだろう。僕は本当に最低の人間だ。
「……何て、謝ったらいいんだろ」
「ん、ごめんなさい?」
「いや、さすがにそれは……」
今日も僕についてきたリティ。
彼女は何でもないように言ってきたが、『ごめんなさい』で済む問題じゃないし、赦されるためにやって来た訳ではない。
だから――
「本当に、なんて言えばいいんだろ……」
「ん?」
僕は途方に暮れながら、ベルーの屋敷の正門をくぐったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いえ、その……ヘイルに非があった訳ですし、その……」
「あ、うん……」
ベルーへの謝罪は呆気なく終わった。
しっかりと謝れた訳ではないが、彼女は僕が何を言いたいのか察してくれて、ヘイルのことはもう良いと言ってくれた。
彼女がもう良いと言っている以上、僕はもう何も言えない。
仮に何か言い募ったとしても、それは罪悪感から出た言葉であり、相手を気遣う言葉ではない。自分のための言葉となってしまう。
「ん、アル、終わった?」
「え、終わったって?」
「話」
「あ、話というか……うん、謝罪はできたけど……」
「じゃあ、帰ろう」
「――えっ!?」
そういって僕の手を取って立ち上がらせようとするリティ。
確かに謝罪という目的は果たしたが、終わったからさっさと帰って良いものかと悩む。するとそんなとき。
「あ、あの……」
「はい?」
「……」
「よろしければ、昼食を、ご一緒に……」
ベルーがおずおずと昼食のお誘いをしてきた。
断るという選択肢がない訳ではないが、ベルーが誘ってきたのだ、僕は彼女の願いを叶えることにした。
これはベルーへの罪滅ぼしだ。
死んで無様な屍を晒す前に、できる限りのことを彼女にしてあげたい……
「アル、さっきの、どういうこと?」
「え……何のことだろ……」
ベルーの屋敷からの帰り道、リティが昼食時にあったことを訊ねてきた。
彼女が何を訊ねているのか分かる。だけど僕はついはぐらかしてしまう
「それよりもさ、絶対に今日中に帰らないとだね」
「ん、帰らないと怒られる」
「うん、日帰りのつもりが二日も泊まっちゃったからね」
「ん、泊まった。アルと一緒の部屋に泊まった。一緒のベッドで――」
「いや、ベッドは違うからっ! 一緒の部屋だったけど、一緒に寝てはいないからね! 本気で誤解されるからっ、そしたら、そしたら……」
とんでもないことになる。
ガレオスさんの言いつけは守ったが、同衾したと誤解されたら大変なことになってしまう。いくら身の潔白を主張しても、それを信じてもらうのは困難だ。
既成事実はないのに既成事実ができてしまう。
彼女と同衾はしていないが、一緒の部屋に一晩泊まったことは事実だ。
もしこのことがねじ曲がって伝わろうものなら……
「うう、誤解されるまえに僕からちゃんと言わないと……」
とても気が重い。だが言わないと大変なことになる。
ガレオスさんならきっと分かってもらえると思うが、だからと言ってすんなりと納得してもらえる保証はどこにもない。
何とも言えないシコリのようなモノが残りそうな気がする。
「ん? わたしからガレオスおじさんに言う?」
「やめてっ、本当にやめてね。絶対に僕から言うから」
勇者様が遺したお言葉に、『火に油をぶち込む』というものがある。
いまのリティは正にそれだ。絶対に彼女に任せてはならない。
燃え上がった火は炎となり飛び火する。それは間違いなくウーフへと燃え移る。
リティに任せてはならない案件だ。
「そう、わかった」
「うん、僕からガレオスさんに言うから」
「じゃあ、次はわたしに言って。アル、さっきのことはどういうこと?」
「――っ」
「ねえ、死んで償うって、どういうこと?」
「…………それは」
昼食を終えて紅茶が出されたときに、ベルーが僕に訊ねてきた。
死んで償うとはどういうつもりなのかと。はぐらかしてみたが駄目だった。
リティは再度訊ねてきた。
ベルーにそれを訊かれたとき、やはりはぐらかした。
当然、ベルーは納得していない様子だった。だが狼狽えた僕を見て、彼女はそれ以上聞いてこなかった。
彼女が僕を昼食に誘ったのは、そのことを確認するためだ。
「ん、それは?」
「……うん、ベルーにも言ったけど……勢いで言った感じかな? なんか今回のことは僕の所為みたいにミルンが言ってたからさ、それに対抗する感じで、言った感じかな」
「……そう」
「うん、だから別に深い意味はないよ。それよりも、急いで帰ろう」
「ん、わかった」
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら幸いです。
あと、誤字脱字も教えていただけましたら(_ _)




