67話 密会で
流石というべきか、事後の処理は速やかに行われた。
ドローヘンが連れてきた者たちはとても手際よく、あっと言う間に全て片付けられた。
憔悴しきったベルーは自室へと案内され、彼女の身の回りの世話をする者も手配されていた。リティにも部屋を用意された。
そして――
「……こちらでお待ちです。アルト様」
「わかった」
ドローヘンに案内され、僕はとある宿の一室へと通されようとしていた。
部屋の中には彼の主、中央アルトガル王国の宰相オラトリオが待っている。
「どうぞ中へ」
「……」
ドローヘンに扉を開けてもらい、僕はオラトリオが待つ部屋へと入る。
「お久しぶりです、アルト王子」
「……はい」
「左腕のお怪我は?」
「はい、手配してくれた回復術師に何とか治してもらいました。後遺症とかは無さそうです」
「そうですか、それは良かったです」
「ええ、お陰様で」
オラトリオはいつも通り淡々としていた。
言葉こそは僕を気遣っているようだが、その声音には一切の感情がこもっていない。まるで石像が喋っているよう。
冷たくも温かくもない、人としての体温がない、そんな能面のような無表情な男だ。
( ……苦手だ…… )
オラトリオを前にすると、同じ無表情でもリティは違うことがよく分かる。
彼女の無表情は、『無』から生まれた無表情ではなくて、『無』であろうとするための無表情だと分かる。そう、心を鎮めるための無表情だ。
しかしオラトリオの無表情は、心が無いからゆえの『無』だ。
だから温かさどころか冷たさも感じさせない。本当に石像のようだ……
「では、今回の件ですが」
「――その前に」
「はい?」
「いつから把握していたのですか? それを先にお聞きしたい」
「把握とは、マリアベルーア嬢のこと?」
「そうです、タイミングが良すぎる。様子を窺っていたとしか思えない」
そう、リティはあのとき察知していた。
完全に相手を捕捉した訳ではないが、ベルーの屋敷から出たときに周囲を探っていた。誰かが居ると感づいていたのだろう。
たぶんだが、クロたちと同じように隠密系の【固有能力】を発動させて何処かに潜んでいたのだろう。
「何故最後まで出て来なかったのです。途中で止めることも、ベルーをもっと早く助けてやることもできたはずだ。それこそ事前に……」
「いえ、我々が情報を掴んだのはつい先程のことです。それからすぐに手配をして向かわせた次第です」
「――っ」
眉一つ動かさず淡々と言いのけてきた。
だが嘘をついていると思う。オラトリオは状況を把握しておきながら静観していたはずだ。
しかし、知らぬと押し通す様子。
「……そうですか。では次に、彼女の父が亡くなったことは?」
「それは把握していました。ええ、知っておりましたよ」
またも淡々と答えてくるオラトリオ。
ここで『何故教えてくれなかった』と訊ねても、『それは必要なことですか?』と返してくるのがオチだろう。分かりきったことなので言葉を飲み込む。
「……もう、よろしいですか? では、先程の続きですが――」
オラトリオは一度仕切り直した後、今回の騒動を起こしたミルンたちの処遇について話し始めた。
まずミルンだが、彼は領地への強制送還決まった。
そして今回の件の処罰として、ピルカ家に処罰が下るとオラトリオは言った。
彼は穏便に済ませる予定だと言っていたが、オラトリオのいう穏便とは、家の取り潰しはないという意味だ。
間違いなく領地の一部は没収されるだろうし、元から小さいな領地だ。
下手をすると、住む家だけを残して他は全て没収ということもあり得る。
ミルンが今までのような生活を送ることはできないだろう。
次にミルンの協力者たち。
荷物を運ぶために雇われた二人は、悪事への加担として懲役5年が決まった。
もし戦闘に参加して一度でも剣を振っていたら、もっと罪が重くなって懲役は倍になっていたらしい。
だがそれを把握しているということは、あの戦いを見ていたということだ。
それをいけしゃあしゃあと言うオラトリオに少々苛立つ。
最後に僕が殺した二人だが、彼らは貴族の息子であるミルンとは違って平民なので、王族と知りながら刃を向けた罪は重く処刑となった。
要は、彼らは僕が殺したのではなく、その場で処刑されたことになったのだ。
「以上です」
「……」
これで納得しろということだろう。
ある意味取引だ。中央としては、嫡男であるミルンが殺されるのはマズい。
だから割って入る形であの場を収めた。
しかし被害者とも言える僕が納得しないかもしれない。
そのため、僕が殺した二人のことを無しにする。だからこれで納得しろということだ。
人が死んだのだ。普通ならば大事になる。
だが、罪を犯したので処刑したということにすれば多少は丸く収まる。
そういうことだ。誰にとっても丁度良い落し所というヤツだ。
「ふぅ」
「……」
息を大きく吐いて感情を整える。
人を殺したことには全く揺れ動かない心だが、これから話すことには少しばかり心が揺れる。
「ひとつ、お願いというか、要求をしてもいいですか?」
「どうぞ」
相変わらずの淡々とした即答。
オラトリオには戸惑うや悩むといった素振りが一切無い。
ただ『どうぞ』と言って、僕の出方を待つ。
「…………ベルー、マリアベルーアへの謝罪はないのですか」
「ない、ですね」
「それでも、今回の件は少なくともあの計画が発端です。彼女の父に全く非がないとは言いませんが、それでも今回の件は……」
「ええ、そうですね。確かに我々の事後処理が甘かったが原因ではあります。中途半端に叩いたため、良くない芽が出たとも言えることでしたね」
「だったら、お願いできませんか? 一つで良いから、あの家から接収した権利書を返してあげてほしい」
「ほう、あの家がまた商いをできるようにと?」
「そうです。今回の件のお詫びとして、彼女に選ばせてやってほしい」
「良いでしょう。それで全てのことを手打ちと、……それで良いですね?」
「はい、それで全て無かったことにします」
「では、これで――」
僕とオラトリオの密会は短い時間で終わった。
見送りはなく、一人建物から出る。
「……これで、良かったよな」
オラトリオは、余程都合が悪くない限り約束は破らない。
だから今は結ばれた約束は守るだろう。余程都合が悪くない限り。
「余計な詮索さえ、しなければ……」
オラトリオが僕に求めていることは、僕が無残な屍を晒すこと。
彼は僕にそれしか望んでいないはず。
だから今回のことを最後まで静観していた理由は、僕が死ぬことを期待していたからだ。
首謀者は貴族の嫡男だが、僕が首を突っ込んで巻き込まれただけ。
だから死んだとしても事故死と言い張れる。
それに婚約破棄されたベルーも居ることから、痴情のもつれにすることも可能だ。
きっとそういった思惑があったのだろう。
そしてそれを詮索するなと……
僕がそれを詮索しない限り、ベルーに何かの権利書が戻るはずだ。
だから僕は、それで良しとした。
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あと、誤字脱字も……