66話 庇う
「ふ、ぅぅうう」
ゆっくり呼吸を整え、僕はいまの状況と対峙する。
何とかベルーを取り戻すことはできたが、本当に何とか取り戻した程度。
完全には程遠く、この状況を打開しない限り『助けた』とは言えない。
もし僕がやられたらベルーは……
( ……4人か…… )
敵は全部で5人だが、ミルンが参戦することはないと睨んだ。
驕り高ぶった貴族の見本のようなヤツだ。自らは決して剣を持たず、安全な場所でふんぞり返る。ミルンはそういうタイプだ。
だから倒すべき相手は4人。
「おい、オマエら。早くアイツを殺せ! いや、殺す前にアイツの前で女を嬲ってやるのもいいな。ボロボロにしてから殺してやるよ」
ミルンは僕だけでなく、味方をも眉をひそめるようなことを言い出した。
頭突きで潰された鼻を押さえ、目を血走らせて叫き散らしている。
後ろにいるベルーがそれを見て恐怖に息を飲んだ。
「ベルー、絶対に守るから」
「――っ、はぃ」
僕はベルーに声を掛けながら、ミルンを説得することを諦めた。
ミルンはもう冷静な判断はできない。目の前にある不満に当たり散らしているだけ。それはもう子供の癇癪の方が余程マシに思える程。
口で言って聞く相手ではない。
「くそっ、何でこんなことに。オレはただ欲しかっただけなのに……」
「……ヘイル」
虚ろな目で剣を構えたヘイルが、ふらりと右手側に寄った。
そして逆の左側には従者の男が。
「くそっ、くそっ、くそおおおお!」
叫きながらヘイルが斬りかかってきた。
剣を大きく振りかぶり、ドタドタと駆けてくる。
「たあっ」
「んがっ!?」
薙ぐように陣剣を振るい、ヘイルの剣を弾き返す。
すぐに従者へと睨みを飛ばし、視線にて相手を釘付けにする。
従者はヘイルの攻撃に合わせようとしたのだろう。
しかしクロとスゥに比べれば格段下。力もシーを襲った冒険者に比べれば弱い。落ち着けば4人が相手でも十分にやれる手応えだ。
少なくとも力で押し込まれることはない。あとは数の不利をどうするかだ。
「――くっ!」
「う……」
悔しそうに僕のことを見るヘイルと従者。
今の一合で力の差が分かったのだろう。迂闊に前へと出ればやられることが分かった様子。
少し後ろに居る二人の男も、命を張って来る程の覚悟は無さそうだ。
所詮は金で雇われただけの関係。
( ……でも、こちらも手詰まりか )
どうにか凌ぐことはできたが、その先が思い浮かばなかった。
こちらから打って出たいところだが、僕の後ろにはベルーが居る。
何も考えずに前へ出れば、脇を抜かれてベルーが捕らえられてしまう恐れがある。
それだけは避けなくてはならない。
「……どうしたら」
ジリジリと間合いが詰められる。
しかし適度な距離を維持しており、前に出るのは難しい距離。
「ベルー、ゆっくり下がって」
「は、はい」
しかしあまり下がると馬車を背負うことになってしまう。
背後を取られない点は良いが、いざという時に後ろへ下がれないのは痛い。
下がり過ぎぬように注意しつつ間合いをはかる。
「ア、アル様、左手が……」
「ん、大丈夫だよ」
短剣を掴んだ左手がズキズキと痛む。
手の平に熱を帯びた痛みが広がる。しかし何故か、指先だけは冷たくなっていく。思ったよりも傷が深いのかもしれない、わずかに痺れも感じる。
もう左手は使い物にならないかもしれない。いま剣を握るのは厳しいだろう。
「おいっ! さっさとやれよ!」
「あ、あの……ですがヤツは思ったよりも手強く……」
「そうなんです」
膠着した状態に痺れを切らしたのか、ミルンが怒鳴り急かし始めた。
従者が困り顔で言い訳を口にするが。
「はあ? 一斉に行けばイイだろ! ビビってんじゃねえぞ! そいつはクズ王子だぞ! 全員で斬りかかりゃ余裕だろうが! さっさとやれ! あんま時間をかけてんじゃねえぞ!」
ミルンの激高により、ヘイルたちの顔色が変わった。
悪い意味での覚悟が決まった。そんな表情だ。
「……捨て鉢で来るか。ベルー少しだけ下がって」
「はぃ」
ジリジリと、先ほどとは違う間合いの詰め方をしてきた。
どういうタイミングで来るか分からないが、先ほどのように視線で止めることは厳しそうだ。
「……だけど、絶対に」
( ――守るっ )
相手が覚悟を決めたように、僕も絶対の覚悟を決める。
手加減などはしない。僕が死ぬのは一向に構わないが、後ろのベルーは別だ。
彼女だけは絶対に守る。
「……おい、オマエたち。後ろの女も同時に狙え」
「は?」
ポカンと間抜けな声がこぼれてしまった。
ミルンの発言に理解が追いつかない。
「そうすりゃ避けらんねえだろ」
「え、ミルン様?」
「それは、マリアベルーア様ごと……?」
「そうだよ。そうしねえと倒せそうにねえだろ、オマエたちは」
「このっ、下種が」
悪魔のような指示だ。
僕を倒すために、後ろに居るベルーを犠牲にしろと言ってきた。
「おい、お前! オレたちにさっさとやられろよ! お前が死ねばマリアベルーア様は助かるんだぞ! しぶとく粘ってんじゃねえよ。そもそもお前さえ来なければ……」
ミルンの悪意に毒されたのか、ヘイルが叫くように言ってきた。
彼は、ベルーが危ないのは僕が原因だと宣った。
元凶は自分であるということを忘れてしまっている。
「お前さえ、お前さ…………そうだよ、いまお前をやればっ!」
ヘイルが駆け出た。
狂気に取り憑かれた瞳で剣を振り上げる。
「WS”ヘリオン”!」
高速の十文字斬りを僕は放った。
薙ぎ払いでヘイルの剣を弾き飛ばし、彼は剣に腕を持っていかれて体勢を大きく崩した。
その無防備となった正面に、光を纏った刀身を振り下ろす。
「――っ」
悲鳴を上げる間もなく頭蓋を縦にカチ割られ、ヘイルは膝から崩れ落ちた。
ぐったりと地に伏せる、
「わああああああああああああああああああ!!」
後ろに居る二人は怖じ気づいて続かなかったが、従者の男は雄叫びを上げながらやってきた。ヘイルのように追い詰められた顔をしている。
「来るかっ――え?」
何故か、従者の男はこちらに来なかった。
彼は僕の方ではなく、ベルーの方へと向かおうとしていた。
ヘイルとは逆の左側から彼女に迫っていく。
「くそっ!!」
WS後の硬直が解けると同時に駆けた。
まさか本当にベルーの方を狙うとは思っていなかった。
従者の男はベルーだけを狙っている。わざわざWSを放って隙を作って見せたというのに、ヤツはベルーへと狙いを定めた。
「きゃああっ」
「悪く思うなよ!」
「させないっ」
「な……、腕で? そんな馬鹿な……馬鹿かよ!!」
「ぐっ、ぅ」
僕は左腕を伸ばし、従者が振り下ろした剣を腕で受け止めた。
WSの硬直がなければ剣で止めることも可能だったが、間に合わなかったで腕を伸ばしたのだ。
振り下ろされた剣が左腕に深く食い込んでいる。
「ア、ル……様……?」
刃が食い込んだ左腕を見つめながら、ベルーが絞り出すような声で僕の名前を呼んだ。今にも倒れてしまいそうな顔色。
「平気だよ、ちょっとだけ待っててね。あと、少しだけ目をつぶって」
「お、お前」
従者の男の目は、自分の剣と僕の腕を行ったり来たりしている。
どうしたら良いのか分からない様子。想定外のことに対応できていない。
僕はその従者の首に、陣剣を突き立てる。
「――がはっ!? こひゅぃ……」
「……」
しっかりと突き刺した。
WSのときは感じなかった生々しい手応えが伝わってくる。
柔らかいモノとゴリっとした骨の感覚が手にへばり付く。
本来なら悪寒を感じてしまうような手応えだったのだろう。
しかし僕はそれを感じる取ることができない。
首から血を噴き出しながら、従者の男が後ろへと倒れていく。
「お、おまえっ、頭おかしいんじゃねえのか。何だよそれ! そんな女のためにマジで庇うって馬鹿かよ!」
「……」
ミルンが僕の左腕を見ながら吠えた。
「僕は頑丈だから」
「そうじゃねえだろ! 何でそんなことができんだよ! 骨が見えそうじゃねえかよ! 何で女なんかを守るためにそこまで……」
「君は分からないだろうね。そう、分からないから……」
曾祖父が言っていたことを実感する。
欲にまみれた貴族は害でしかない。上に立つ者の責務や誇り、それらを履き違えている貴族には何の価値もないことを。
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそおおっ!! おい、オマエら! もうアイツは瀕死だ! もう動けねえよ、オマエら二人でも倒せんだろ! 同時にいけばやれっから!」
「……」
視線をミルンから二人の男へと移す。
確かに左腕は使い物にならないが、右腕は動くし他に負傷した箇所はない。
即死ならともかく、致命傷も受けていないのに止まる訳がない。
仮に致命傷を受けていたとしても、僕は息絶えるまで止まるつもりは――
「――ないっ」
「はあ? ナニ言ってんだよ! クソがっ、おい、さっさと……ふへ?」
二人の男が前へと吹き飛ぶように倒れ込んだ。
「え……リティ?」
脚を掲げ構えた状態のリティが居た。
二人の男はリティに後ろから蹴られたのだ。
「ん、奇襲した」
「そっか、クロとスゥを倒したのか」
リティが駆けつけてくれた。
姿を見るにどこも負傷はしていないようなので、僕はほっと胸をなで下ろす。
あの二人が相手でもリティは無傷だった。
「……さて」
「お、おい! オマエたちっ、オレを守れよ! オレは嫡男だぞ! 寝てねえでさっさと起きて守れよ! おい、ふざけんなよ」
蹴られて気絶した二人どころか、おびただしい血を流して息絶えているヘイルたちにも叫き散らすミルン。
僕はもう終わらせるために彼へと近寄る。
「お、おい、悪かった。オレが――いや、ボクが悪かったです。だからどうか赦してください。あっ、そうだ! 一緒にボクの領地へと行きましょう。そこでアナタ様を迎え入れます。アナタを王族として我が領地に迎え入れて、いつか王になれるように我が家が支援します。いえ、支えさせて下さい。だからどうか、どうか命だけはっ、アナタ様の後ろ盾になりますから!」
「……」
全く心に響かない懇願。
僕は無言でミルンに近寄り、剣を構えヘリオンの構えをとる。
「WS、ヘリ――」
「――お待ち下さい!」
屋敷の門から止める声がした。
それは聞き覚えのある声。
「……何で、ここにドローヘンさんが?」
「それはどうでも良いことです。まずは剣を収めて下さい」
「僕の前に姿を現さない約束では?」
「いえ、担当から外れただけです。それにあまりお話しますと……」
そう言って彼はリティを一瞥した。
『知られたくはないだろう』と言う脅しだ。
「………………分かりました。では彼の処遇は?」
「はい、こちらにお任せいただけましたら。あと、腕の治療の方もどうか」
門の方を見ると、何人か居る気配がした。
もう用意はできている様子。
「分かりました。後のことはお任せします」
こうして僕は、ミルンのことをドローヘンたちに任せることにした。
納得できた訳ではないが、彼が言うように長引いてはリティに知られてしまう。
だから僕は後のことを任せたのだった。
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