64話 彷彿させる二人
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屋敷に押し入った後、僕は何の当てもなく駆け回った。
広い屋敷とはいえ王城ほどではない。手当たり次第部屋を回ってベルーを探す。
「ベルーはどこに」
やっていることは完全に夜盗のそれだが、今はそれでも構わない。
外にはミルンが乗っていたであろう馬車が止まっていたのだ。何もないかもしれないと呑気なことは言っていられない。
そう思いながらベルー捜しをしていると、あることにふと気が付く。
「他に人がいない?」
他の使用人たちの姿がなかった。いくら何でも誰か居るはずだ。
それが居ないという事実が不安をさらに掻き立てる。
考えられる可能性は人払い。使用人たちを屋敷から帰しているのかもしれない。
「――くっ」
「アル、あっち。何人か居る」
「リティ! そうか、【索敵】か」
「ん、そう。あっちに……4人? 居る」
リティが首を傾げながらそう教えてくれた。
何故か『ん? あれ?』とつぶやいている。
「? 取りあえず急ごう、きっとそこにベルーが居るはずだ」
「うん。…………っ」
不思議そうに辺りを見回すリティ。
何かを探しているようだが、今はベルーのもとへと向かうことを優先にさせてもらう。
僕は彼女が示した方へと駆けた。すると――
『――いやっ』
聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。
ガタガタと何かが暴れる音も聞こえてくる。
「ベルー!」
扉を蹴破って声がした部屋へと突入。
悲痛な彼女の悲鳴に、僕は一切の躊躇を捨てる。
「ああん? 何だテメエは……って、お前は……」
「アル様っ!」
腕を捻り上げられたベルーが、涙を流しそうな顔で僕の名前を呼んだ。
部屋の中には4人。ベルーの他にはヘイルとミルン、そしてその従者が居た。
予想通りのメンツ。
「……へえ、マジだったのか。コイツがアルト王子サマねぇ……。いや、元王子サマか? 愚鈍で使い物にならねえって噂のクズ王子」
「……」
どうやらミルンは、僕のことを誰かに聞いたようだ。
ニヤリとした顔で僕のことを見てくる。
( 今朝までは知らなかったはず、と言うことは…… )
探るように使用人の男、ヘイルへと視線を飛ばした。
それでヤツの反応を観察。
「っ」
狼狽えるような真似はしなかったが、僅かだが視線が揺れるように泳いだ。
ベルーが言うとは思えない。きっとヘイルが教えたのだろう。この街で暮らしている者なら知っていてもおかしくはない。
だったらもう隠す必要はない。
僕はそれを利用させてもらうことにする。
「うん、元だけど王子だったよ。その僕が要求をする、彼女を解放するんだ」
そう言って僕は、ベルーを掴んでいる腕に目を向けた。
この視線の意味が判らぬほど馬鹿ではないはずだ。
「ははっ、だからよう、元だろ? しかもクズだから追い出された王子サマだろ? 平民が相手ならともかく、貴族の嫡男であるオレが何故従わねえといけねえんだよ! お前はもうクズの平民だろうが」
「――っ!」
想定外だった。
確かにミルンの言っていることは間違いではないが、ここまで酷い認識だとは思わなかった。元がついた時点で、ヤツにとって僕はそういう存在のようだ。
頭を垂れるのは権力だけ、そんな考えが透けて見える。
「くっ、もうこうなったら」
話が通じる相手ではない。ならば力で押し通すしかな――
「アルっ!?」
「うわ!?」
突然リティに腕を引かれ、僕は三歩ほど後ろへと下がった。
すると下がる前の場所に、とても物々しい槍が突き立てられた。誰かが槍を投げてきたのだ。
槍を放られた方を見ると、そこには黒髪で黒い胴着を纏った男が一人。
「へえ、避けられたか」
「……ミルンに雇われた者か?」
「アル、気を付けて。たぶんそこそこ強い」
「おいっ、お前、何をやっていたんだ。コイツらの侵入を許しやがって。邪魔なヤツをやっつけんのがお前たちの仕事だろ」
予想通りミルンに雇われた傭兵のようだ。
ミルンは叫くように黒髪の男に当たり散らしている。
僕は乱入してきた男をじっと観察する。
見た目は僕よりも3~4歳ほど年上。頭に生えている獣耳の形状から、男が猫人であることが分かる。
「はあ? 俺はアンタの護衛ってことで雇われたんだろ? だったら侵入を止めんのは俺の仕事じゃねえな。気が付いてはいたけど無視するっての」
「なっ!? この傭兵風情が! ちょっと評判が良いからと調子に乗りやがって」
「はん、だったらきちっと金を払えってんだ。クソ少ねえ前金で雇いやがって。こうやって守ってやってんだ、文句があるならまず全額払えってんだ」
「だからっ、その金を得るためにこうしてんだろうが! それが分からねえのか! 本当に大丈夫かよ」
「マジかよ、金が無ぇってのに俺を雇いやがったのか。貴族の息子だからって油断したぜ。クソッタレが」
雇い主に悪態をつきなら、黒髪の男は槍が突き刺さった場所まで歩き、突き刺さった槍を引き抜いて回収した。
「さてと、それじゃあ、金のためにいっちょやるか」
引き抜いた槍を構え、ミルンを庇うように黒髪の傭兵が立ち塞がった。
力んだ様子のない構えから、リティの言うがように強いことが感じ取れる。
仄暗くもギラついた目は、人を殺めることに躊躇いがないことを示している。
きっと何人も殺めたことがあるのだろう。そんな目だ。
「クロ、そいつらは任せたからな。オレたちは先に行く」
「おいおい、先に逃げるってのか? 雇い主さんよ」
「ふん、無用な血など見たくないからな。いいか、しっかりと処分しろよ。そいつらは目撃者なんだから、生かしておく必要はない」
「殺せってことで?」
「当たり前だろっ! 何のために”黒い死神”と呼ばれているお前を雇ったと思ってんだ。ちゃんと殺せよ」
「はぁ、そのベタな二つ名嫌なんだよな。ホントにベタ過ぎてよう」
「ああっ、だったらもう一つの方で呼んでやるよ! ”黒の後継”、そいつらをしっかりと殺せ! ”黒の英雄”ジンナイの息子だってところを見せろ! 高い金を払うんだからな」
「へいへい」
「――なっ!? 勇者ジンナイの息子!?」
「……」
ミルンの衝撃的発言に僕は固まってしまう。
憧れの勇者ジンナイに子供が居ると言ったのだ。しかもそれが目の前に居る黒髪の猫人。
決して見逃すことのできない言葉に、僕はつい反論してしまう。
「……嘘だ。勇者ジンナイは瞬迅ラティと一緒に居るんだ。そんな彼が他の人と子供を作るはずがない! 絶対にない! あり得ない! 今のを訂正しろ!!」
憧れを穢されたような感覚。
僕は無意識に叫んでいた。
「はっ、お前は知らねえだろうけどよ。勇者ジンナイには記憶喪失だった時期があんだよ。だから俺はそのときの子供さ。証拠はこの黒髪と槍が使えること。あとは母親が言ったんだよ、お前の父親はジンナイだってな」
「記、憶喪失……」
知っている。
今朝知った情報だが、あの”乙女たちの愛娘”モモさんから聞いた。
だから記憶喪失になった時期があったというのは本当のことだろう。
だとすると……
「ま、さか、本当に……?」
「ふん、本当かどうか試してみれば判るぜ? ほらよ、WS”斬鉄穿”!」
「アルっ!」
クロの槍が光ると、閃光の刃が僕の眉間を穿ちにきた。
リティが横から突き飛ばし、僕は間一髪それを避けることができた。
「危なかった……。ありがとうリティ」
完全に反応が遅れてしまっていた。もしリティが助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。
「今のWSは」
「どうよ? 勇者ジンナイが使ってたWSだぜ?」
気が付くと部屋にベルーたちが居なかった。
WSを避けているうちに隣の部屋へと行ったようだ。
隣の部屋への扉が開きっぱなしになっている。
「ベルーが」
「ん、任せて」
「おわっ!?」
一瞬で距離を詰めたリティが、目の覚めるような蹴りを放った。
射貫くように放たれた蹴りは、クロの下腹部をかすめた。
「あっぶねええ! いきなり玉を取りに来やがった。マジかよこの女」
「クロ、注意。この狼人は閃迅リティア」
「はあああ? おいおい、すげえ大物じゃねえか」
「もう一人増えた?」
「……」
リティの【索敵】では、この部屋の近くには4人しかいなかったはず。
だがこの二人は、隣の部屋に潜んでいたようだ。
クロとは正反対の髪の色、白髪の少女が姿を見せた。
耳の形状から見るに、クロと同じ猫人のようだ。
「……隠密」
「ん? まあ、そんな感じのヤツだ」
「そうか、隠密系の【固有能力】か!」
リティがポツリとつぶやいた。それと聞いて気が付く。
【隠密】や【隠蔽】の【固有能力】は、【索敵】の探知を掻い潜る。
リティが視線を彷徨わせていたのは、【索敵】では察知できなかった気配を感じていたからなのだろう。
二人は気配を隠して隣の部屋に潜んでいたのかもしれない。
「さてと、丸腰の女をやる趣味はねえが、仕事に趣味を持ち込むつもりはねえからやらせてもらう――ぜ!」
「しぃっ」
鋭い一突き。僕だったらギリギリだったかもしれない。
しかしリティは、それを見切って相手の懐へと踏み込んだ。
そして先ほどと同じように足刀を放つ。が――
「させない」
「むっ!?」
放とうとしたリティの蹴りを、白髪の少女が二本のショートソードで刈り取りにきた。寸前のところで脚を引いてそれを避けるリティ。
ハサミのように交差した刃が、シャオンと空を切った。
「助かったぜ、スゥ」
「うん、クロはあたしが守る。あと迂闊に攻めないで、アレは本気で強い」
「ああ、分かってる」
( この子も……手強い。それにまるで―― )
まるであの二人のようだった。
僕が憧れている二人に、傭兵の二人は何処か似ていた。
認めたくないと思っているのに、二人はジンナイとラティを彷彿させたのだった。
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あと、誤字脱字なども……




