61話 話して動く
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ピルカ領。
エウロスの玄関口と言われているメークインの街の北にある領地で、少し言い方は悪いが田舎の領地だ。
誇れるような特産品などはなく、細々とやっている領地だったと記憶している。
昔はもう少しマシだったらしいのだが、ある事件が切っ掛けで完全に寂れた。
そのある事件とは、近隣の男爵同士で連合を組み、ある商家を利用して、ある王子を王太子にしようとしたことだ。
そう、彼らは僕という囮に引っ掛かった貴族たちだ。
主犯であったサツマ上級男爵家は取り潰されたが、名前を貸しただけという男爵家は、領地の一部没収で手打ちとなった。
だがしかし、元から細々とした領地には厳しい処罰。
ピルカ男爵家の嫡男であるミルンが、この中央へと来ているのがその証拠だ。
普通嫡男には専属の教師をつけてやるものだ。
しかし教師を雇う金が厳しかったのか、嫡男であるミルンを中央の学舎へと通わせた。
そしてそのミルンが――
「アル、話して」
「っ」
膝に頭を預けていたリティが、腕を伸ばして僕の唇を摘まんできた。
異性に唇を触れられることにドキリとしてしまう。
それを悟られぬように平静を装い、顔を上げて摘まんでいた指を外す。
「リティ、話してって、口を塞がないでよ」
「んっ」
『話せ』との圧、心なしか唇を尖らせている気がする。
「……話すよ。ちょっと長くなるかもだからね」
「ん、わかった。眠りながら聞く」
「寝ないでよ。それじゃあ、まずは――」
僕は、リティにミルンのことを話した。
ミルンの立場や背景、昨日絡まれたことも話し、彼が貴族の嫡男であることも教えた。
「ん、そのビンボー嫡男、悪いことをしそう」
「ビンボーって……」
「直接会っていないから分からないけど、悪い人なんでしょ? それでその悪い人と、もう一人の悪い人が一緒に居たんだよね」
「もう一人の悪い人って、ヘイルのことだよね? うん、裏口で何か話し合っていたね」
「……じゃあ、そのビンボーの悪い人が何かをしようと、してる?」
「リティ、彼の家が困窮することになったのは――」
僕は、ミルンの実家が困窮することになった原因を話すことにした。
だがあまり詳しく話すのはマズかった。僕がアルト王子であることがバレてしまう恐れがある。
なのでその辺りは濁しつつ、ベルーの家とミルンの実家の関係、そして昔あった騒動のことを話した。
「……そう。じゃあ、ミルンってのはあの女の家に酷い目に遭わされたのね」
「逆だから。……いや、お互いに利用し合おうと思ったんだから、正確にはベルーとミルンは被害者ってことかな?」
「ん、それじゃあ、両方を裁いた人が悪い人ね」
「――っ! ……うん、そういう見方もできるかも」
そうなのだ。元凶は僕たちだ。
ベルーとミルンは、大人たちの都合に振り回された被害者とも言える。
だから近い未来僕は彼女にきちんと……
「アル」
「リティ?」
いつの間にか身体を起こしていた彼女が、僕の目を覗き込んでいた。
鼻が触れ合いそうな距離。真っ直ぐ見つめている。
「アル、どうするの?」
「どうするのって……何を」
「だって、話して、相談したでしょ」
「うん」
「そうしたら次は行動でしょ?」
「っ」
「お父さんが言ってた。話して相談したら動かないと駄目だって。そうしないと駄目なんだって。何をしないといけないかの決めて、それで動かないとだって」
「……うん」
リティの言う通りだ。
僕は話しているうちに悪い方向へ向かい、やるべきことを見失い掛けていた。
元凶は僕で、ベルーは被害者だ。確かにミルンも被害者なのかもしれないが、
僕が動くべき相手はベルーだ。
死んで詫びるのは最後だ。――その前にできることをやるべき。
「リティ、いまからちょっと出てくる」
「ん、わかった。わたしもついて行く」
「うん」
「あと……」
「あと?」
「何であの女はアルのことをアルトって呼んでたの?」
「――っ! …………聞き間違えじゃないかな。彼女は声が小さいから、『ド』が『ト』に聞こえたのかも……」
「ん、そう。わかった」
油断していた。
側にリティしかいなかったから気を抜いていたかもしれない。
僕は今一度気持ちを引き締める。
「聞き間違いだから、それと今は急ごう。とても嫌な予感がする」
僕たちは手早く身支度を済ませ、ベルーの屋敷へと向かった。
荒事になる危険性があるで、リティにも武器を用意してあげたいところだったが、店はもう閉まっていた。
そして今は時間が惜しかった。
「リティ、武器だけど」
「ん、平気。わたし蹴るのも得意」
「蹴るって……」
僕はそういってリティの格好を見る。
今日のリティはワンピースだ。
下はスカートなのだから、蹴りを繰り出すには少々マズい格好。
「ん、だから平気」
「――リティ!?」
リティはそういってスカートをたくし上げた。
スラリとした白い脚が露わになり。
「昨日買ったスパッツ」
「あ、そっか。買ったヤツをそのまま穿いていたんだ」
「うん、だから平気。急ごう」
「うん」
僕たちは夜の街を駆けた。
人通りはかなり少なくなっており、ベルーの屋敷に着く頃にはほとんど人が居なくなっていた。
近くに酒場などがあれば違ったのかもしれないが、そうではなかったので本当に人通りがなくなっていた。
人の居ない静けさが妙に不安感をかき立てる。
「着いた、――あ、あれは」
屋敷の正面に、一台の馬車が止まっていた。
「裏に来ていた馬車?」
「うん、と言うことは」
間違いだったらそれはそれで構わない。
ベルーは僕なんかに会いたくないかもしれないが、今は――
「リティ、急ごう」
僕は、ベルーの屋敷へと押し入った。
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