60話 話し合いっ!
遅れました-;
本当に申し訳ないです。
「下がりなさい、ヘイル」
「で、ですが……」
「お客様の前で何をやっているのですか。アルト様、本当に申しわけ御座いません。ヘイル、下がりなさい」
「は、ぃ」
颯爽と登場した使用人の男だが、ベルーによってすぐに窘められた。
彼としては主の危機に駆けつけたつもりのようだが、僕たちから見れば酷く無作法の使用人。
主であるベルーに恥をかかせたヘイルは、顔を真っ赤にして退出した。
「本当に申し訳ありません、アルト様」
とても申し訳なさそうにベルーが謝ってきた。
少し太めの眉をハの字にして下げ、僕たちに深々と頭を下げた。
「――っ」
あまり見てはいけないモノが視界に入ってしまった。
僕はそっと視線を横へと逸らす。
座っていたので丁度視界に入ってしまったのだ。決して故意ではない。
それと緩めのドレスも悪い。
「アル、ダメ」
「痛っ」
リティが人差し指と親指で目を突いてきた。
あまりにも自然な動作だったため、僕はそれをまともに喰らってしまった。
危うく失明するところだった。
「リティ、見てない、から……くう目が」
「ん、ダメ」
「あっ……」
いまのやり取りで察してしまったのか、ベルーが胸元を押さえ姿勢を正した。
彼女の眉が、今まで一度も見たことがないほどの困惑を示している。
「……アル、エッチ」
「リティっ!」
「――っ」
無言で誤魔化そうとしたが、リティが全て台無しにしてくれた。
顔を真っ赤にして俯いてしまうベルー。顔の赤みは耳まで伝わっていく。
何とも言えない空気が広がってしまった。
しかし、沈んでいた空気は間違いなく軽くなった。
口を開いたらベルーへの謝罪が出てしまいそうな空気が消え去った。
なので僕は、落ち着いて話の続きを聞くことができた。僕はベルーから亡くなった彼女の父のことや、その後のことを聞けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの、本当によろしかったのでしょうか? その……」
「あ、はい。大丈夫です」
「……」
リティの方を見て申し訳なさそうに言うベルー。
彼女は襲撃者から助けてくれた謝礼を払うと申し出てきた。
しかし僕はそれを断った。
受け取らない理由は様々だが、あえて上げるのならば、そんなことで彼女から受け取りたくなかったから。
僕はベルーに酷いことをしてしまっているのだ。
そう、取り返しのつかないことを。
だがベルーの方は、助けてもらったのだから払うのは当然のことと主張。
人として、商人として払いたいと言ってきた。
どうやら父親からの教えらしく、誰かに助けてもらったのであればしっかりと謝礼を払う。そう教えられたそうだ。
そうすれば何かあったときに助けてくれる者が増えると……
それは道徳心ではなく、商人ならではの視点による考えのようだ。
だけど僕は断った。なので最後の方は、断る僕を説得するのは無理と諦めて、一緒に居たリティへと目で訴えていた。
しかしリティは当たり前のように無視。
結果、ベルーが折れる形となった。
「では、ここで」
「はい、アルト様。ヘルト、失礼のないように」
「……はい」
玄関を出て、門までの案内と見送りを命じられた使用人のヘルト。
先ほどの失態を挽回しろとのことだろう。
しかし……
「……」
「……」
「……」
明らかに不満を露わにした歩み。
門まで僕たちを先導する形で前を歩いているが、後ろを歩く僕たちへの配慮が一切ない歩みだ。歩く速度はかなり速い。
しかも肩は怒りで力み強張っており、後ろを歩く僕たちを威嚇しているようだ。
彼が前を歩いているので顔は見えないが、きっと酷い顔をしているだろう。
門まで辿り着くとヘルトは、横に逸れて道を空けた。そして無言で頭を下げる。
離れた場所から見れば、しっかりとした見送りに見えなくもないが、僕たちから見れば不快な仕草だった。
『さっさと帰れ』とのことだろう。
何か一言言ってやりたくなる。
しかしここで揉めても仕方ないので、今のは見なかったことにする。
「リティ、行こう」
「ん、わかった――ッ!」
「え? リティ!?」
リティが突然左右へと視線を飛ばした。
何かを探るように辺りを見回すリティ。僕もそれに続いて辺りを見回すが、特に気になるモノは見つからない。
「…………ん、気のせいだったかも。見られていた気がした」
「おいっ、さっきから何やってんだ。さっさと帰れ」
「……行こう」
「ん」
「ふんっ。二度と来るな」
屋敷の敷地を出て、少しした所で振り返る。
盗み見るように後ろを見ると、ヘイルはまだこちらを睨んでいた。
僕はそれを見て、あることを決める。
「リティ、僕はもう一日街に泊まって行くから、リティだけで帰ってほしい」
勘というよりも、明らかな不信感が僕にそうさせた。
明日もう一度訪問した方が良いと、そう感じたのだ。
「ん、わかった」
「うん、ごめんねリティ、我儘を言って……」
「気にしない。わたしは平気だから」
「ごめん」
こうして僕は、泊まっていた宿へと戻り、もう一泊したいと宿の人に伝えた。
のだが……
「……リティ?」
「うん?」
「えっと、何でリティまで?」
「ん、アルがもう一日泊まるって言ってから」
何故かリティが部屋について来た。
何食わぬ顔でくつろぎ始めた。
「いや、確かに言ったよ? それでリティも『わかった』って……」
「うん、だからわたしも泊まるの」
「え? だってリティは『わかった』って言ったよね?」
「あれはアルがもう一日泊まることを『わかった』って言ったの。アルがもう一日泊まるならわたしも泊まる」
とんでもないことをしれっと言うリティ。
当然許されることではない。
「いやっ、それだとガレオスさんに怒られるし、ウーフだって」
「平気。買った荷物はちゃんと馬車の人が届けてくれたみたいだから平気」
「そうじゃなくてっ!」
彼女は全く以て全然分かっていなかった。
その後、何とか説得を試みたが駄目だった。
いくら言っても分かってもらえず、リティは頑として聞かなかった。
そして――
「アル、ここ」
「えっと……」
「んっ」
「……」
食事を終えて部屋に戻ると、リティがベッドの上に座り、ポンポンとベッドを叩いた。そこに座って膝枕をしろという合図だ。
一瞬躊躇った僕。
しかし彼女からの圧に屈し、僕は素直に従って膝枕をしてあげる。
それにもし断ったら、彼女に組み敷かれそうな気がしたのだ。今の僕では絶対に勝てない。
「ん、気持ちいい」
「……」
リティは耳を撫でろと目で要求してきた。
それに従い耳を撫でてやる僕。ピンと張った三角の獣耳に指をはわす。
柔らかくてしっとりとした毛の手触りはとても心地良い。
しかし手触りとは一方、僕の心の中では別のことが渦巻いていた。
モヤモヤと、モヤモヤと渦巻く。
「…………アル、言って」
「え? 言ってって、何を?」
「ん、考えていることを。お母さんとお父さんもこうやってお話ししてた」
「……相談、話し合うってことかな?」
「うん、何かあったらいつもそうしてた。だからアル、わたしに話して」
「リティ」
彼女は僕の様子を見てそう言ってきた。
確かに僕はベルーのことを考えていた。それを見抜かれたようだ。
しかしだからと言って、何を話したら良いのか分からない。
取りあえず、思ったことを口にしてみた。
「……リティ、あの使用人の男、ヘイルをどう思う?」
「ん、悪い人」
「悪い人?」
「アルはあの人が良い人に見えたの?」
「いや、見えないな。妙に突っ掛かってきたし、態度だって……」
「うん、だから悪い人」
リティらしい返答だった。
僕は気になっていたことをさらに尋ねてみる。
「ねえ、リティ。何でヘイルは、あんなに突っ掛かって来たと思う? 疎まれているのは分かるんだけど、その理由が……」
「ん、簡単。あの女をアルに取られると思ったから」
「なっ、そんな誤解を? それ、で……」
リティに言われて戸惑ってしまった。
そんなつもりはないし、第一ベルーが絶対に嫌だろう。
僕は彼女に婚約破棄を突きつけた最低の男だ。だから彼女が僕に好意を抱くことは絶対にあり得ない。
商人として割り切った感情で接してはいたが、それは商人としての矜持だろう。
それにベルーもそう言っていた気がする。
だが――
「……そっか、ヘイルからしてみれば知らないんだから、そう勘違いしてもおかしくはないのか……」
蔑んだ視線はよくもらっていた。
しかしヘイルからの視線はそれとは別だった。
だから分からなかったが、つい最近似たような視線をもらったことがあるのを思い出した。
思い返してみれば、その視線にとても良く似ている。
あれは、ウーフが僕に向ける視線とそっくりだった。
リティに言われてそれに気が付いた。
「そうだったのか……」
「ん、そう。男が男を嫌う理由のほとんどが女だって聞いた。どんな友情でもすぐに壊れるって。女を取り合って殺し合いをするものだって」
「誰がそんなことをリティに……全く。でもそれが理由だとしたら……」
ベルーはヘイルに恩義を感じていた。
彼女の父が事故死したことを教えてくれたのはヘイルらしく、彼が事故の第一発見者だったらしい。
そして仕事を求めていたヘイルを、ベルーは使用人として雇ってあげた。
だからあの様に礼儀がなっていない使用人だったのだ。
しかし父のことを知らせてくれた恩人なので、無作法なことをしても叱るだけに留めていたのだろう。
「アル?」
「……」
不安要素がドンドン積まれていく。
ただ無作法なだけだと思っていたが、あれは明確な意思があっての行動。
しかも褒められる類いのモノではない。それにヘイルは……
「……ピルカ領のミルンと、知り合いか」
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……




