5話 閃迅リティア
誤字脱字報告、本当にありがとうございます(_ _)
……どうしてこうなった。
そんな思いを抱きながら、僕は目の前の光景を眺める。
「――バカかっ! よそのヤツをウチに入れられるワケねえだろうが!」
「ん、ウーフには聞いていない」
ふいと顔を横に背けるリティ。
狼人の青年は一瞬傷ついた顔を晒すが、すぐに立て直して言い募る。
「――っく。……なあリティ、何であんな【欠け者】ヤロウのことを」
「【欠け者】野郎じゃない、彼はアル。あと、わたしのことをリティって呼ばないで。その名で呼んでいいのは家族だけ」
「リティ、ア……なんで……」
「なあウーフ、ちょっと落ち着こうぜ? リティアはアレであれなんだよアレ。だからさぁ――」
モミジ組の人たちが、リティと彼の間に入ってなだめようとしていた。
「ウーフはうるさい」
「――うっ、オレがうるさいって何だよ……」
「ほら、リティアも言わないの」
( ……気まずい )
この騒動の原因は、僕だ。
宿の外で待っていたリティは、僕を見つけるや否や声を掛けてきた。
こちらとしては昨夜の一件があるので、彼女とどう顔を合わせたら良いのか分からなかった。
あんな薄着で迫られて、しかも押し倒され掛けたのだから。
しかし彼女はそんなことお構いなしに、『一緒に冒険をしよう』『一緒にダンジョンに潜ろう』と誘ってきた。
もう色々と一杯一杯だ。
油断すると昨夜の彼女の姿を思い出してしまう。
それだけ衝撃的な出来事だったのだから……
だからできることなら放っておいて欲しかった。
( でも、これなら…… )
願っても無いことだった。
ソロの僕では地下迷宮に入ることができない。
だがパーティを組むことさえできれば、僕は地下迷宮へと入ることができる。
いままでの低評価や、ウルガさんとの一件が知れ渡っている僕とパーティを組んでくれる人はいない。誰かとパーティを組むのが難しい状況だった。
だから安易に頷いてしまった。冒険に行けると思って……
そして現在、僕は軽く後悔していた。
「だから、リティよう!」
「ウーフがその名前でわたしを呼ばないで」
「リ、リティア……」
とてもいたたまれない気持ちになってくる。
先ほどから続く騒動は収束する気配を一向に見せない。
僕を連れていくとリティが言い張り、狼人の青年ウーフがそれを認めないと言い放っていた。
昨日と同じように逃げ出したい気持ちになってくる。
だがそれは出来そうにない。リティがチラチラとこちらを見ている。
もし僕が立ち去る気配を見せようモノなら、彼女はすぐに飛んでくるだろう。
昨日出会ったばかりだが、昨夜のやり取りからそれぐらいのことは分かる。
彼女は抱きついてでも止めに来るだろう。
そしてもしそうなったら、この場が余計に収拾がつかなくなるのは目に見えている。
「くそっ、なんで、なんであんなヤロウのことをっ!」
地面を力一杯蹴りつけるウーフ。
彼は高レベル冒険者なのか、蹴りつけられた地面が爆ぜるように軽く抉られた。
とてもではないがいまの僕には真似できない。
「もういい、アライアンスを抜けてアルとパーティを組む」
「リティア!?」
「おい、リティアっ」
リティの宣言に場が氷つく。
だが――
「リティ、それは駄目だ」
「う、ガレオスおじさん……」
「いいか? お前は、お前の親父さんに頼まれて預かってんだ。だから勝手に抜けさせる訳にはいかねえし、仮に抜けるってんなら家に連れ戻すだけだ。……そういう約束だろ?」
「むぅ」
他のメンツはともかく、ガレオスさんには逆らえない様子のリティ。
不満そうな顔はするものの、言い返すことはしなかった。
そんなリティを見ながら、ガレオスさんは頭の後ろ掻きながら言う。
「はぁ~~~、しゃあねえ。リティとアイツは魔石集め役な」
「おじさん!!」
「オッサン! いや、リーダーっ、アイツをモミジ組に入れるってことかよ。あんなヤツをウチに……」
正反対な反応を示す二人。
「別に、ウチに入れるって訳じゃねえ、まあアレだ。勇者様たちで言うところの”ゲスト”ってヤツだ」
「ゲスト……」
”ゲスト”とは、勇者様が残した言葉であり、外部の者をお客様として一時的に受け入れることを指す言葉だ。
要は、モミジ組には入れないが、一時的に僕を受け入れるということだろう。
「ん、行こう、アル。許しが出た」
じっとりと多くの視線が突き刺さる。
勇者様のお言葉で言うところの、『アウェー感パネェ』というヤツだ。
ほぼ全員がどうしたもんかと、そんな視線を向けている。
先ほどとは完全に雰囲気が違う。
いままで野次馬気分で眺めていたら、それが対岸の火事ではなかったといった感じ。
普通の人ならきっといたたまれない気持ちになるのだろう。
だけど僕にとってこれは――
( ――久しぶりだな )
とても、とても慣れ親しんだ空気だ。
いつも自分が居た場所だ。
「うん、行こうか」
「ん、行こう」
響めきが広がった。
怖じけずに同意した僕への反応だろう。きっと意外に思われている。
中には辞退すると思っていた者も居るはずだ。
しかし僕は、この機会を逃すつもりはなかった。
冒険に向かえるのだ。昨日みたいに町の外をウロウロしないで済む。
そして何よりも、”百戦”のガレオスさんと一緒に戦うことができるかもしれないのだ。冒険者なら誰もが憧れるガレオスさんと……
そんな貴重な体験ができるのだ。
いまの僕に、それを諦めるほどの余裕と猶予は無い。
だから僕は飛びついたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地下迷宮、それは中央アルトガル王国の少し東にある町、ルリガミンの町にある地下迷宮。
このダンジョンのような場所は他にもあり、全部で5ヵ所ある。
中央にあるのが、この地下迷宮。
西にあるのが、地下とは思えぬ広大さを誇る竜の巣。
東にあるのが、死体や霊体の魔物が多数湧く死者の迷宮。
北にあるのが、複雑に入り組んだ迷宮の地底大都市。
南にあるのが、広い通路で構成された深淵迷宮。
中に入れる資格などは場所によって異なり、この地下迷宮では、パーティを組むか冒険者連隊に入る必要があった。
そしていま、ゲストとしてパーティを組んで入ったのだが……
「むう、何でウーフまで……」
「ちっ、なんか文句があんのかよ。第一、マセキ集め役は最低でも3人以上でやるって決まりだろうが」
「ごめんね~、アルド君、ちょっと賑やか過ぎて。ほら二人とも喧嘩しないの」
「い、いえ……僕は別に……」
魔石集めを命じられた僕たちは、50人を超える本隊とは別行動をしていた。
そして命じられた魔石集めとは、魔石魔物狩りに使う魔石を獲ること。
地下迷宮に湧いている魔物を倒すと、黒い霧となって霧散していくときに魔石を残すのだ。
しかし魔物を倒すことはそこまで大変ではないのだが、その魔石を落とす魔物を探すのが少々面倒だった。
外に比べればまだ楽なのだが、同じ目的の者が多く、場合によっては魔物の取り合いになる。
だから魔物の位置を探れる【索敵】持ちが必要であり、その役目をウーフが買って出てくれた。
しかしリティはそのウーフを嫌がった。
その結果、ちょっとした一悶着があり、仲裁役としてニュイさんという猫人も参加することになった。
薄い桃色の髪をした後衛のニュイさんは、ニコニコとした笑顔で、あの二人を上手いこと誘導していく。
「ほらほら、ウーフ。どっちに行くの? 見せるなら仕事で見せてやりな」
「くっ、たぶんこっちだ。おら、行くぞ」
ニュイさんに促され、魔物を探しにいくウーフ。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
「んっ」
僕たちも促され、ニュイさんを追う形で後をついて行った。
先頭はウーフ、中央は僕とニュイさんで、後方の殿はリティとなった。
完全に気を遣われた配置だ。
とはいえ、僕にできることは何もなかった。
ウーフのように、【索敵】で魔物を探すことはできない。
リティのように、【直感】で奇襲に対して備えることもできない。
ニュイさんのように、魔法を上手く使って辺りを照らすこともできない。
( お荷物状態か…… )
ふと、地下迷宮に入る直前のことを思い起こす。
僕たちは地下迷宮へと入る前に、お互いのステータスプレートを確認し合った。
これは、仲間のことを正しく把握するために必要なこと。
仲間が何をできるのか、全員が共有するためのものだった。
声掛けで集まった野良パーティや、お試しで迎え入れられたアライアンスでは行われなかったことだ。
ステータス
名前 アルド
【職業】冒険者
【レベル】8
【SP】64/187
【MP】72/102
【STR】18
【DEX】15
【VIT】32
【AGI】21
【INT】17
【MND】24
【 】
【固有能力】【蛮勇】【駆技】【耐強】【耐心】【僥倖】【不幸】【死心】
【魔法】雷系 風系 火系 水系
【EX】毒感知(大)耐毒(絶)
【パーティ】リティ68 ウーフ71 ニュイ70
――――――――――――――――――――――――
ステータス
名前 リティア
【職業】冒険者
【レベル】68
【SP】298/298
【MP】175/192
【STR】 214
【DEX】 271
【VIT】 215+5
【AGI】 331+8
【INT】 201
【MND】 253
【CHR】 308-15
【固有能力】【鑑定】【天駆】【双閃】【直感】【体術】【度胸】【高速】【剣技】【穿破】【
【魔法】雷系 風系 火系
【EX】『見えそうで見えない(絶)』『回復(強)リング』
【パーティ】アルド8 ウーフ71 ニュイ70
――――――――――――――――――――――――
ステータス
名前 ウーフ
【職業】冒険者
【レベル】71
【SP】268/268
【MP】165/167
【STR】235+8
【DEX】221
【VIT】246+5
【AGI】204
【INT】143
【MND】187
【CHR】144
【固有能力】【鑑定】【強靭】【剛力】【強気】【索敵】【強喰】【一途】【幸運】【烈脚】
【魔法】雷系 火系 土系
【EX】『武器強化(中)』『防具強化(中)』
【パーティ】アルド8 リティア68 ニュイ70
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス
名前 ニュイ
【職業】冒険者
【レベル】70
【SP】200/201
【MP】348/360
【STR】 168
【DEX】 223
【VIT】 174
【AGI】 182
【INT】 238+5
【MND】 256
【CHR】 221
【固有能力】【鑑定】【魔泉】【悟心】【水魔】【猫目】【交話】【癒魔】
【魔法】聖系 風系 氷系 水系 土系
【EX】『見えそうで見えない(中)』
【パーティ】アルド8 リティア68 ウーフ71
――――――――――――――――――――――――――――――――――
( 分かってはいたけど……差が大きかったな )
レベルがそのまま強さに直結する訳ではないが、僕とリティたちの差はとても大きかった。
冒険者の中には、レベルは高いが実力は低い者がときどき存在する。
その理由は、戦闘には参加しているが、ただ戦闘に参加しているだけの者。
恩恵を授けてくれるステータスプレートだが、その恩恵は無条件で授かれる訳ではない。
【STR】なら、武器を振るうや力仕事など。
【INT】なら、魔法を唱えるや本を読むなど。
要は、ステータスのカテゴリーに適した行動をしないと、その数値通りの恩恵を授かることができないのだ。
例えば、【STR】の数値が100あったとしても、全く武器を振っていない者が授かれる恩恵は10程度。
ほとんど攻撃を受けない後衛などは、高い【VIT】値があったとしても、その辺の一般人と同じくらいの耐久力らしい。
だからレベルに見合わぬ冒険者は、ハリボテや伊達冒険者と揶揄されることがある。
しかしここに居るのはあのモミジ組の冒険者だ。
レベルだけの伊達冒険者ではないだろう。きっと数値通りの強さを誇る一級の冒険者のはず。
特に彼女、”閃迅”の二つ名を持つリティは間違いなく……
「ん? どうしたの、アル。何かあった?」
「あ、いや、何でもない。ちょっと考え事をしていただけで……」
こてんと首を傾げるリティ。
僕に見つめられて不思議に思ったのか、彼女はそんなことを言ってきた。
丁度彼女のことを考えていたので、僕は無意識に見つめていたようだ。
( それにしても本当に…… )
いまも不思議そうに僕のことを見てるリティ。彼女は本当に綺麗な狼人だ。
表情が乏しいので愛嬌といったものは薄いが、そんなものは些細なことだと思えるほど整った貌をしている。
ほぼ無表情だというのに、首を傾げた仕草だけでもドキリとさせられてしまう。
( なんで彼女は僕のこと…… )
「――おいっ! この先に居るぞ。準備はいいな?」
「あいよ。いくよアルド君、リティア」
「はい」
「ん、了解してラジャ」
ウーフの声に意識を戻され、僕は魔物の所へと向かった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……