59話 商人として
僕は意を決してベルーに会うことを決めた。
ミルンと使用人のやり取りがどうしても気になったのだ。
しかし本当は会うべきではない。
昨日会ったのだって偶然だった。本当ならもう会わない方が良かったはずだ。
だけど出会ってしまった。
彼女が次に僕のことを思い出すのは、僕がダンジョンで野垂れ死んだとの朗報を聞いたときのはずだった。
死んで彼女たちに詫びる、それが僕に課せられた最後の使命だ。
だけど――
「リティ、ちょっと行って来る」
「ん、わかった。わたしはついて行く」
「……大人しくしていてね」
「たぶん、前向きに善処する。――と思う」
不安に不安を重ねた言葉を口にするリティ。
しかし『外で待っていて』と言っても素直に聞く相手ではない。
僕は潔く諦める。
「……行こうか」
約三年ぶりの訪問。
我が屋敷にも足を運んで下さいと言われ、何度か来たことがある屋敷だった。
実用性を求めた屋敷の正面。多くの馬車を止めることができるようになっており、実際に昔は多くの馬車が止まっていた。
しかし今は寒々しく空きが広がっているだけ。
少し離れた場所へと目を向ける。
「もう使っていなそうだな」
正面の玄関から離れた場所には、商品などといった物を下ろす場所があった。
しかし今は使われていないようで閉鎖されていた。
商品を直接店に送ることもあるが、状況を見るに何かを扱っている様子はない。
昔の活気の良さは微塵もなかった。
訪問を知らせてしばらく待っていると、例の使用人が案内にやってきた。
彼は俺のことを見て大きく目を見開く。
そして次の瞬間にはキッと鋭い目つきになった。明らかに警戒を滲ませた視線だ。
( どっちだ? )
僕の素性を知っていての警戒か、それとも――
「――助けた謝礼を求めに来たのですか? 何て図々しい」
「……そっちか」
ベルーを助けたときはゴタゴタとしており、特に何もなしで別れてしまった。
だから僕たちが助けた謝礼を要求しに来たと思っているのだろう。
心の奥でそっと胸を撫で下ろす。
「……そっちとは?」
「いえ、何でもないです。僕が今日やってきたのは、べ……マリアベルーアさんが泊まっていた宿に訪ねて来たと聞いたのですが、僕の連れが追い返してしまい、その謝罪と、訪問した用件を伺おうと思いまして」
「……そうですか、ではこちらに」
納得はいっていないが、筋が通っているので渋々案内をする、そんな様子で彼は僕たちを客間へと通した。
そして、『主を呼んで来るのでしばらくここでお待ちください』と告げられ、長椅子のソファーへと案内された。
ここで違和感を覚える。
僕はマリアベルーアを呼んで欲しいと言ったのに、彼は主を呼んでくると言った。
この屋敷の主は彼女の父親のはずだ。
もしかするとあの使用人は、ベルーが直接雇っている人なのかもしれない。
そんなことを考えながら待っていると、ベルーが客間へとやってきた。
緊張した面持ちで僕のことを見つめる彼女。
彼女の少し太めの眉が、緩いハの字になって下がっていた。
何とも言えない懐かしさを覚える。
ベルーのこの仕草が好きだった。
彼女はどうしたら良いか迷ったとき、いつもこんな風に眉を下げていた。
僕はこの仕草がとても好きだった。隠し事ができない僕の首の傷と似ているので、ベルーのこの仕草が本当に好きだった。
ここでふと思い出す。
彼女は自身の太っていた体型よりも、眉が太いことをよく気にしていたことを……
「え? リティ?」
突然視界が手で塞がれた。
「ん、アルが減る」
「え?」
隣に座っていたリティが、まるで目隠しでもするかのように手をかざした。
視界を塞がれた形になった僕。
「アルが減る。それ以上見ないで」
「いや、見ないでって、何で僕の視界を塞ぐの? 普通逆でしょ。あっ、ベルーを塞いでって意味じゃないからね」
「アル、知らないの? アルが誰かを見ると、アルが減るのよ」
「初耳なんだけど……」
リティの突然の行動に戸惑ってしまう僕たち。
だけど何とか分かる。リティは勘で僕とベルーの関係を察したのだろう。
さすがに具体的には分かっていないと思うが、それでも何かを察したのだ。
僕とベルーの間に何かがあったと……
「取りあえず、落ち着いてリティ」
「ん、わかった」
「良かった」
「アル、アレね。彼女は昔のお――」
「リティっ!」
急いで彼女の口を塞いだ。
何を言おうとしたのか容易に想像が出来たし、きっと合っていただろう。
とんでもないことを口走ろうとしたリティを僕は止めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そ、んなことが……何で、いや、僕が……」
僕はベルーから話を聞いて頭を掻きむしるように抱えた。
彼女が泊まっていた宿にやって来たのは、純粋に助けてもらったお礼を言うためだった。
もう冒険者になったとはいえ、元はこの国の第一王子だ。
だから彼女の方からやって来たらしい。
泊まっている宿が分かったのは、僕が泊まりそうな宿を虱潰しに回る予定だったから。
勇者ジンナイが好きな僕なら、あの宿に泊まるかもしれないと真っ先に向かったそうだ。
そして僕に助けてくれたお礼を言ったあと、その謝礼を支払おうとした。
当然僕はそれを断った。僕は彼女に酷いことをしたのだから。
しかしそうはいかないと言ったベルー。この屋敷の主として、そういう訳にはいかないと言ったのだ。
だから僕は訊いてしまった。
この屋敷の主である、彼女の父のことを……
「あれは誰が悪い訳ではありません。不幸な事故だったのです……」
「でも……いや、そうかもだけど」
ベルーの父親は事故死していた。
持っていた利権は全て剥奪され、ほとんどの販路を失った彼女の父は、新たな商売を始めるべく、ノトスへと馬車を走らせていたそうだ。
そしてそのときに魔物に遭遇。
何とか逃れることはできたそうだが、道を逸れて逃げたため悪路を走らせることになって馬車が転倒。
その事故でベルーの父親は亡くなったそうだ。
だから彼女がこの屋敷の主になった。彼女の母親は既に他界している。
「ぐっ、そんなことに……」
このことは全く知らなかった。
きっとオラトリオのことだから、事故死のことは把握しているだろう。
だけど僕には知らせなかった。
僕は彼女をもっと不幸にしていた事実に打ちのめされる。
とても顔を上げられない。
「……アルト様。父の事故はアルト様の所為ではありません。父の商人としての矜持、商人としての行いの結果です」
「――でも」
「はい、確かに悔しがってはおりました。――でも、決して恨んではいませんでした。商人としての行動を行い、その結果失敗しただけだと……」
「でも、そんな……」
「父を侮らないでください。自身の失敗を悔やむことはあっても、自身の失敗を恨むような真似は決してしませんでした。だから父は諦めずに走り続け……果てただけのことにございます」
「――っ!!」
強い、と思った。
気弱そうに見える彼女だが、しっかりとした芯があることが見てとれた。
弱々しかった印象の眉が、いまは強い意思を示している。
もう昔とは違う彼女。
昔と体型が違うように、ベルーは心も強く変わっていた。
「――マリアベルーア様、何かあったのですか!」
強い口調が扉の外まで聞こえたのか、客間の外で待機していたのであろう使用人の男が部屋へと飛び込んできた。
そして、ベルーを庇うように僕の前に立ち塞がったのだった。
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