58話 ヤツは……
一つ前の話、モモさんとの会話に追加を入れました。
書こうと思っていたことが抜けていて、申し訳ないです。
「リ、リティ? 追い返したって、どういう、こと?」
「うん、なんかアルに女の子が会いに来て」
「来て? それで?」
「ウーフが来た」
「はい?」
「それで一緒に追い返した」
「…………はい?」
「ん、おわり」
「終わり?」
「おわり」
「えっと……」
何があったのか、ざっくり端折って話すリティ。
そして途中で面倒になったのか、もうこの話は終わりと切り上げようとした。
彼女は遠い目をして窓の外を眺める。
「……リティ、続きを聞いてもいいかな?」
「……ん」
「ここに来たのは――」
僕は根気強く話を続け、一体何があったのか把握することができた。
ここに泊まっていることをどうやって知ったのかは不明だが、ベルーが僕を尋ねて来た。
しかし僕は居なかったので、宿の人に呼ばれたリティが対応したようだ。
そして丁度そのときに、モミジ組のウーフとニュイさんがやって来た。
昨晩は帰らなかったのだ。ウーフはかなり心配していたようで、何があったのだとリティを問い詰めたそうだ。
そんなウーフを面倒に思ったリティは、彼を無理矢理追い返し、そのときベルーも一緒に追い返してしまったそうだ。
一応悪いことはしたと思っている様子だが……
「ん、あれは仕方なかった」
「……リティ」
「ん、わたしは悪くない。悪いのはウーフ」
「あ、うん……」
こうなったリティは何を言っても聞かないし、本当に何も聞かない。
取りあえずどうすべきか考える。
「アル、誰かと会ってた?」
「え? 何で?」
「ん、他の女の匂いがする」
「いや、他の女って。それに匂いとかしないでしょ」
「女の勘よ、これは泥棒猫ね」
「違うからっ、それに会ったのはリティと同じ狼人だから」
「そう、泥棒狼ね。その人のところに行かないと」
「待って、そういうのイイからっ。あっ、そうか、ベルーに会いに行けばいいのか」
何があったのか不明だが、ベルーの方から会いに来た。
婚約破棄を突きつけてきた相手に会いに来たのだ。余程の事情があるのだろうと推測ができる。
一度捨てた相手だ。
だが望んで捨てた訳ではないし、何かあれば力になってあげたいとは思っている。
相手がそれを望んでいるとは思えないが……
( よし…… )
「リティ、僕は彼女のところに行ってくる」
「ん、泥棒狼のところね。わたしも一緒に行く」
「違うからっ」
こうして僕は、ベルーの元へと向かうことにした。
しかし正直なところ、僕の方から会いに行って良いものかと悩む。
彼女の方から会いに来たとはいえ、やはり会わない方が良いのかもしれないと。
「アル?」
「ん、ちょっと考えごとをしていた」
立ち止まった僕に、リティが不思議そうに声を掛けてきた。
上目遣いで見てくる彼女に、気になったことを訊ねる。
「リティ、ベルーは、宿に訪ねて来た女の人は…………どんな雰囲気だった?」
「アル、デート中に他の女の話をするのはマナー違反。わたしはそう習った」
「……うん、それは確かに正しいと思う。でもね、いまは違うよね? リティが勝手について来た感じだよね? 宿で待っててもいいのに」
「……」
スッと街の風景に目を向けるリティ。
どうやらまた誤魔化すつもりのようだ。とても澄ました顔をしている。
今日は用意したローブを被ってもらっているので平気だが、もしローブが無かったら昨日の二の舞になっていたことだろう。
それだけ彼女の表情には惹かれるモノがあった。
少々見蕩れてしまったが、僕は取りあえず向かうことにする。
街の風景を眺めるように、外からベルーの屋敷を観察すれば良い。
それで何かしらが分かることがあるかもしれない。
外から状況を見て、それで会うかどうか判断すれば良いのだ。
「よし、行こう」
「ん、一狩りね」
閑話休題
僕は昔の記憶と、道行く人に尋ね回ってベルーの屋敷へと辿り着いた。
「……馬車が、一台もない」
昔は、馬車がひっきりなしに来ていた記憶があった。
それはそれはとても賑やかで、次々と人々が訪れて、商品の持ち込みや商談などが行われていたと覚えている。
しかし今はそんな気配が一切感じられない。
「当たり前か」
ベルーの父親は、制裁として様々な利権を取り上げられた。
商人として手足をもがれたような状態になったのだ。いまのこの状態はとても当たり前のことであり、僕たちがそれを課したのだ。
ただ救いがあるとすれば、利権はほとんど取り上げたが、財産に関しては一部の接収に押し止めたこと。
だから金に困って路頭に迷うということはなかったはずだ。
「……商人としては終わったかもだけど」
「うん? アル?」
「いや、何でもない。ちょっとした確認を自分の中でしただけだよ」
僕は寂しくなった正門を見つめた。
一応手入れなどはしてあるようなので、全くお金が無いという状況には陥ってはいないようだ。
「あれ?」
良かったと納得しようとしたとき、ふとあることを思い出す。
ベルーは取引相手を訪ねるために馬車に乗っていたと聞いている。
そしてその馬車が不運にも襲われたのだ。
ということは、何かしらの取引を行おうとしていたということ。
「……リティ、ちょっと裏口の方も見てみよう」
「ん、わかった」
何処か引っ掛かりを覚えた。
取引相手の元に向かったということは、何かしらの商談があったということだ。
だが商談に向かうのであれば、普通は彼女の父親が向かうはず。
わざわざ娘のベルーが向かうのは不自然過ぎる。
そう思いながら屋敷の裏手に回ると、そこには一台の馬車が止まっていた。
庶民が使う馬車ではなく、貴族が使うであろう馬車が。
「――っ! リティ、隠れて」
「ん」
僕よりも素早く物陰へと隠れるリティ。
彼女の後を追うように隠れたあと、こっそりと馬車の側に居る人物を覗き見る。
「あれは確か……」
見栄を重視したような馬車の側には、今朝絡んできた貴族の息子ミルンが立っていた。そのミルンの横には、あのときの従者も居る。
「やっぱそうだ、でも何で彼らが」
できれば会いたくない相手だった。
方便だと思っていた用事は、もしかすると本当だったのかもしれない。
そしてその用事の相手は誰だろうと覗き見る。
「もしかしてベルーに……あ、彼は」
ミルンと話をしていたのは、ベルーを助けに来た使用人の男だった。
彼は何処か焦った様子で話をしている。
「? どういう状況だ?」
僕は口の動きを読み、何を言っているのはおおよその当たりをつける。
確証がある訳ではないが、使用人の男はすぐに去ってくれと言っている様子。
男がしきりに辺りを見回しているので、どうやら見られたくはない現場のようだ。
「ん、もう一人の方が、気にするなって言ってる」
「え? リティ、聞こえるの?」
「うん、片方の男は声が大きい。だからちょっとだけ聞こえる」
「なるほど」
使用人の男の方は声を抑えているようだが、ミルンの方は全く気にしていない様子で、リティには辛うじて聞こえているみたいだ。
「そのまま教えて」
「ん、わかった。……『でかい』、『から』、『れて行ったら……』、『おれ、にも味見を』、せろ?」
「うん? 食べ物か何か?」
リティが微かに聞こえてきた言葉を口にした。
僕はそれを首を傾げながら聞く。
「っ、これは……」
使用人の男が酷く顔を歪めた。
遠目からでもその不満さが見えるほど。
そんな顔を貴族相手すれば当然――
「ああ?? 刃向かうってのか?」
ドスを利かせた声が聞こえてきた。
リティを頼らずとも聞こえてくる声の大きさ。
使用人の男が必死に頭を下げ始めた。
「……『分かりました』か」
謝罪をしながら、使用人の男は『分かりました』と必死に言っていた。
流石に声は聞こえなかったが、唇の動きからそれが分かった。
ミルンは返答に満足したのか、横柄で馬車の中へと消えていった。
そして走り去って行く馬車。
それを恨めしそうな目で見つめ続ける使用人の男。
「……リティ、ベルーに会いに行く」
「ん、わかった」
嫌な予感がした僕は、ベルーに会うことを決めた。
去り際のミルンの顔と、それを見送った使用人の男の表情に、何か良くないことが起きようとしていると感じたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……