57話 モモさん
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モモさんの登場によって状況は一変した。
彼女から叱られることになったミルンは、話を強引に打ち切って逃走した。
用事があるから行かないといけない、そんなことを言って去って行ったのだ。
どうしようもない事態だと思っていたのだが、モモさんのおかげで救われた。
これなら逆恨みをして子供らに危害を加えることはないだろう。
「助かった……」
”乙女達の愛娘”モモ。
冒険者と街の住民に『一番有名な狼人は誰?』と訊ねたら、誰もが瞬迅ラティと答えることだろう。実際僕もそうだ。
しかし貴族たちに同じ質問をした場合、返ってくる答えは”乙女達の愛娘”だ。
貴族にとってモモさんはそれだけ重要な人物である。
彼女は幼き頃から勇者様たちに可愛がられ、特に聖女の勇者様と女神の勇者様とは仲が非常に良く、その親交はいまも続いていると言われている。
なので貴族たちの間では、彼女を得ることができれば、二人の勇者と繋がりができると認識されている。
どこの領地にも身を寄せていない二人の勇者が訪れるようになれば、その恩恵と名誉は計り知れないだろう。
あわよくば、勇者さまとの婚姻に漕ぎ着けられるかもしれない、そう思っている者も少なくはないはずだ。
だから逆に言うと、モモさんから怒りを買うという事は、ほぼ全ての勇者様からそっぽを向かれることになり、それは他の貴族たちにも伝播する。
そう、彼女は絶対に敵に回してはならない人物なのだ。
実際に、ある貴族がモモさんを強引に娶ろうと企んだことがあったらしい。
そしてそのときは凄まじい速さで潰されたそうだ。
何でも聞いた話によれば、まるで全世界を敵に回したような状況へと追い込まれ、『黒い魔神がやって来る』と病んでしまっただとか。
その一件もあって【乙女達の愛娘】の名はさらに大きくなった。
( あ、そう言えば…… )
母とも交流があったことも思い出す。
ノトスへと視察に行ったとき、母は赤子だったモモさんを腕に抱いたことがあると言っていた。
そしてそのときの様子を見た者が、【乙女達の愛娘】と言ったのだと。
「お兄さん、取りあえず孤児院に戻りましょう。外では子供達が不安がっていますので。ほら、もう泣かないの。もう大丈夫だからね」
「あ、ああ。……そうだな。リーシャ、戻ろう」
「うん」
泣いている子供達をあやすモモさん。
どうやら泣いている子供達は、孤児院に居る子供達のようだ。
たぶん散歩にでも出ていたところを、運悪くミルンに絡まれたのだろう。
「あの、騎士さま、危ないところをありがとうございました」
「あ、いえ、自分はただの冒険者です」
帯剣しているからか、モモさんは僕のことを騎士と思ったようだ。
僕はすぐに否定した。
「冒険者さんでしたか、それは失礼しました。あの、それでよろしければですが、助けていただいたお礼をしたのですが」
「あ、はい」
断るのは失礼だと思い、僕は頷いた。
本当は断っても良かった。そこまで大したことをした訳ではないし、結局僕では助けることはできなかったのだから。
だがしかし僕は、モモさんと話をしてみたいと思っていた。
乙女達の愛娘と呼ばれているモモさんだが、ある人物の愛娘でもあるのだ。
その人物とは勇者ジンナイ。
魔物大移動による戦禍で孤児となったモモさんを、当時その場に居合わせた勇者ジンナイが引き取ったのだ。
この話はとても有名で、当然演劇にもなっている。
そして勇者ジンナイが、孤高の独り最前線と呼ばれるようになった戦いでもあった。
だから僕はモモさんと話をしてみたかった。
正確には、勇者ジンナイのことを聞いてみたいと思ったのだ。
こうして僕は、彼女たちと一緒に孤児院へと向かうことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内された先は孤児院の客間。
テーブルには茶と菓子が用意され、僕はそこで持てなされることになった。
まず最初に彼女から、『助けていただき、ありがとう御座います』とお礼を言われ、その後は雑談へと移っていった。
そして話を聞くとモモさんは、中央から請われる形で学舎の教師となり、現在はイセカイの歴史を生徒に教えているとのこと。
勇者様から様々なことを聞いているようなので、他の教師では真似のできない授業内容だろう。
僕はそんな話を聞きながら、勇者ジンナイのことを尋ねた。
勇者ジンナイはどんな人なのか、彼を親に持つ彼女に聞いてみたかった。
どんな人なのだろうと尋ね続けていた。
「それにしても珍しいですね」
「え? 何がです?」
「いえ、私に話を聞きに来られる方は、皆がハズキ様やコトノハ様のことばかりだったので、ちょっと珍しいと思いまして」
「あっ」
確かにそうかもしれない。
モモさんに話を聞きに来る者のほとんどが、聖女の勇者様と女神の勇者様のことを聞きにきたことだろう。それは容易に想像ができた。
「……僕は、勇者ジンナイに憧れているので」
そういって剣の柄に目を向ける。冒険者として憧れていると暗に伝えた。
僅かにあった警戒の色がモモさんから消える。
「そうですか。ええ、何か嬉しいです。お父さんのことをそう言っていただけて」
「はい、勇者ジンナイは全ての冒険者の憧れです」
「え? そう、かな? 結構敵の人も多いような気も……」
「そんなことないですよ、だって……あれ?」
ふとモミジ組の人達のことを思い出す。
彼らは全員、勇者ジンナイのことをクソだとか言っていたような気がする。
いや、きっと気のせいだろう。
「……勇者ジンナイは、凄い人です」
その後、僕たちは思ったよりも長く話し込んでいた。
それに何と言ったら良いのか、モモさんはとても話が上手な人だった。
僕よりも歳が少しだけ上なはずだが、もっと年齢差を感じさせる思慮深さと雰囲気があり、この若さで教師を務めるのは伊達ではなかった。
僕はモモさんとの会話を楽しみ続けた。
そして気が付けば、勇者ジンナイのことを訊いたつもりが、いつの間にか勇者ジンナイへの想いと感想を吐き出し続けていた。
「あ、アルドさん、お時間は平気ですか?」
「すいません、つい楽しくて長居をしてしまって」
本当は気が付いていたが、あまりにも惜しくて長居をしてしまっていた。
特に面白かった話では、勇者ジンナイが何回も記憶喪失なったことがあるというお話。
あまり知られてはいけないことらしいのだが、モモさんはコッソリとそれを教えてくれた。僕はそれを秘密にすることを心で誓う。
「今日はありがとうございました、乙女達の愛娘のモモさん」
「ふふ、やめてください。さすがにこの歳でその名は」
やんわりと困った笑みを見せるモモさん。
その笑みには一切の嫌みはなく、本当に照れた笑みのようだ。
だからつい、続きを言ってしまう。
「いえ、だって乙女達だけでなく、勇者ジンナイの愛娘でもあるじゃないですか。僕は本当に羨ましいですよ」
「ええ、そうですね。私はお父さんの娘として誇りを持っていますし、勇者さまにも良くしていただいて、本当に幸せ者です。……まあ、愛娘は私だけじゃないですけどね」
「……では、今日はありがとうございました」
モモさんの最後の方の言葉は、声が小さくて聞き取れなかった。
何かを口にしていたようだが、彼女がわざわざ小さな声で言ったことだ、聞かれたくない言葉だったのだろう。
僕は茶と菓子のお礼を言って孤児院を後にした。
そして大急ぎで泊まっていた宿へと向かう。もうリティは起きている頃だろう。
宿で食事をとったら帰ろうと、そう思いながら宿に辿り着く。と――
「アル、昨日助けた人が尋ねて来たから。追い返しておいた」
「はい?」
何か妙なことになっていたのだった。




