54話 ベルー
二人目~
彼女と僕が出会ったのは、2回目の婚約破棄から3年後のある日。
二回婚約破棄をした後なので、もう僕には婚姻を申し込んでくる家は無いと考えていた。
しかしそんなとき、中央に店を構える商人から打診があった。
ウチの娘をどうかと……
普通ならばあり得ないこと。王族と平民の婚姻など普通ならばあり得ない。
だが僕たちには目的があったため、3回目の婚約が決まった。
そして婚約者として紹介されたマリアベルーアは、とても内気な性格に見える女の子だった。
僕からベルーに話し掛けると、彼女はブルネットの前髪で瞳を隠しながら小さな声で応えていた。
シーとは真逆な性格だと感じた。
そして大変失礼だとは思うが、体型もシーと真逆だと思った。
彼女はかなり、いや、少々ふくよかな女の子だった。
しかしこれは彼女が悪い訳ではない。
彼女の父親は商人であり、しかもかなり大きな規模の店を構えている人。
子供が肥えているのは見栄であり、商人にとってそれは大事なことだった。
もし痩せ細った子供が居ようものなら、自分の子供に満足な食事も用意できない者と見なされ、商の駆け引きにおいて足下を見られることになるのだとか。
だからベルーはかなり、いや、少々肥えていたのだ。
この件は彼女が悪い訳ではない。ちょっと太っているのは父親のせいだ。
そして婚約が締結されてから数日後、彼女の父親が登城するようになった。
名目は、『王子の婚約者である娘を連れて来た』だ。
ベルーの父親は、呼ばれてもいないのに頻繁に来るようになり、街や城で一目置かれる存在になった。
本来であればそのような振る舞いは許されない。
しかし僕たちは、オラトリオはそれを良しとして放置し続けた。
これによってますます増長したコーラルは、僕のことをぞんざいに扱うようになった。そしてそれに決して刃向かわない僕。
当然、この一件は醜聞となった。
二度の婚約破棄をした愚かな王子が、何が何でもこの婚約にしがみついているように見えたことだろう。
しかしそれは、そうなるようにオラトリオが裏で仕向けたのだ。
そして婚約してから一年が経とうとした頃、事態は大きく動いた。
ベルーの父親コーラルが、裏で複数の男爵と繋がっていることが判明し、その男爵たちと共謀して僕のことを王太子にしようとしていたのだ。
要は、僕のことを最大限に利用できるようにしようとした。
しかしそれは、曾祖父の罠に嵌まったことを意味していた。
その証拠を掴んだ後はあっと言う間だった。
問答無用な粛正の嵐。そして――婚約破棄。
計画に深く関わっていた男爵たちは爵位の剥奪。
ただ名前を貸していただけの者の場合は、財産の一部没収と税の値上げ。
この騒動で多くの貴族たちが路頭に迷い、中には『死んだ方がマシだ』と泣き叫ぶ者も居たのだとか。
ベルーの父親であるコーラルは、財産の一部没収と、ほぼ全ての利権の剥奪。
商人は、何かを売買するとき許可書が必要であり、扱う商品によっては非常に貴重な許可書が存在する。
それらは商人にとって武器であり、それを失うと言うことは、武器を取り上げられて手足をもがれたに等しい。
しかも今回の件は信用を失うこととなり、コーラルは商人として終わってしまったのだ。
こうして僕は、3回目の婚約破棄をした。
この騒動の後、僕は一度もベルーとは会っていなかった。
もしこの騒動がなければ、僕はベルーと結婚していたかもしれない。
彼女はいつも優しく控え目で、僕のことを嘲るような真似はしなかった。
二度の婚約破棄をした男だというのに……
そんな彼女がいま、ベルーが僕の目の前に――
「アル様……」
「……やっぱり、ベルーなのか……」
もう会うことはないと思っていた。
彼女は世間一般で言うと箱入り娘だ。だから屋敷から出て来ることはない。
しかも婚約破棄をされた身だ、余計に外へと出づらいはず。
だから見間違えかと思った。
声はとても似ていたが、彼女の姿は全く違っていた。
僕が記憶しているベルーは、もっとふくよかな感じだったが、目の前に居るベルーはとてもほっそりとしていた。
胸元には以前の面影が強く残っているが、それ以外はまったく違っていた。
いや、もう一つだけ前と変わらぬモノがあった。
それはとても優しそうな瞳。おっとりとした垂れ目がちな瞳は前と同じだった。
だから僕は、彼女のことをベルーだと気が付けた。
「あ、すみません。もうアルト様とお呼びしなくてはいけませんでしたね。本当に申しわけ御座いません」
「……」
そういって恭しく頭を垂れる彼女。
もう昔のように愛称で呼び合うことができない関係の僕たち。
彼女の謝罪がまるで拒絶のように感じる。
「い、いや、気にしていないよ。それよりも怪我はないですか?」
「はい、私の方は。…………ですが」
「あっ、……そうか。うん……」
沈痛な面持ちを見せる彼女。
きっと知っているのだろう、御者の男が殺されていることを。
かすかに震えている手がそれを物語っている。
もしかすると断末魔の叫び声でも聞いてしまったのかもしれない。
僕にとっては何でもないことだが、普通の一般人では心が病んでしまう。
すぐにこの場を離れるべきだ。
「このままここに居ても仕方ない。いったん街へ」
「アル、その女は誰?」
「えっ!? リティ??」
ベルーに手を差し出そうとしたとき、後ろからリティに話し掛けられた。
別に悪いことをしていた訳ではないのだが、妙に心が落ち着かない。思わず声がうわずってしまった。
それと、リティの声音に険があった気がする。
「あの、アルト様。そちらのお方は……」
「え、えっと、彼女は」
「――アル、誰か来る」
「――っ」
すぐに馬車から飛び出した。
先ほど盗賊らしき男たちを取り逃がしたのだ、ヤツらが仲間を連れて戻って来たのかもしれない。
( くそ、失念していた )
十分に考えられることだった。
盗賊は基本的に群れるものだ。不利ならば数を増やしてくるのは当然のこと。
迎え撃つべく外へと出る。と――
「? あれは……」
やって来たのは一台の馬車だけ。
御者台には使用人姿の男が乗っており、物々しい雰囲気はない。
「……盗賊じゃない?」
「あれは、ローンです。うちの店の者です」
「え? じゃあ、迎えに来たってこと?」
「たぶん……」
こちらへと馬車で駆けつけて来たのは、ベルーの店の使用人だった。
盗賊が出たとの話を聞きつけ、彼はベルーのためにやって来たようだ。
そしてすでに話を通してあったらしく、街の衛兵たちも遅れてやって来た。
その衛兵の手を借りて、御者の遺体を丁重に運んだ。
だがこれで全て終わりという訳にはいかず、僕は状況の説明を衛兵たちの詰め所ですることになった。
少なくとも人が一人死んだのだ。その辺りの調査はキッチリとするみたい。
そして――
「あ、そうだった。もう閉門の時間だった……」
中央の城下町の門が全て閉まってしまった。
城下町では防犯のため、緊急時でない限り、夜間の行き来はできないのだ。
そう、僕たちは……
「ん、帰れなくなった。――よし」
今日は中央の街に泊まることになったのだった。
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あと、誤字脱字も……




