53話 買い物からの
お待たせしてすいません。
タンスロットが起こした魔石魔物亜種湧かし騒動は、その日のうちに外へと知られることになった。
【閃迅】と【断裂】が居たのだ、それを一目見ようとした者が多数存在した。
だからあの騒動はその日のうちに多くの人へと知れ渡った。
その結果、ダイダロスウィングは亜種を湧かした危険行為によるペナルティーとして、1ヶ月間のアライアンス活動禁止となった。
モミジ組の方は、その場に居ながら未然に防げなかったことを咎められ、三日間の活動禁止のペナルティーに。
そして湧かした張本人であるタンスロットは、地下迷宮での半年間の活動禁止を言い渡された。
ほぼ追放宣言である。こうして彼はルリガミンの町を去ることになった。
それから三日後。
「ん、楽しみ」
「う、うん………………どうしてこうなった……」
落下による傷が癒えた僕は、リティと一緒に中央へと向かっていた。
あれは要求を誤魔化すための方便だと思っていたのだが、リティは本気だったようで、買い物に行く許可をガレオスさんからもぎ取ってきた。
どうやら一度約束したこということで、反故にする訳にはいかなかったようだ。
ガレオスさんからは、リティのことをくれぐれも頼むと言われた。
そしてひとつ、ある約束もさせられた……
「アル、街に着いたらスパッツ屋に行く」
「う、うん……えっ!?」
リティが行くと言ったスパッツ屋は、文字通りスパッツを専門で扱う店だ。
スパッツ屋はルリガミンの町にはないので、新しいのを買おうと思ったら中央の街に行かないとならない。
だからスパッツ屋に向かうのは理解できる。のだが……
「ねえ、リティ。僕は、店の外で待ってていいかな?」
「ん、だめ。一緒に選んで欲しい」
「――っ!!」
ガレオスさんが『くれぐれも頼む』と言ったとき、どこか哀れむような視線を感じたが、もしかしたらこういうことなのかもしれない。
スパッツ屋は女性用のお店だ。男の僕が入るには抵抗がある。
「り、リティ、そのスパッツ屋は」
「だめ」
もう一度言おうとしたが、言い出す前に『だめ』と言われてしまった。
どうやらこれは決定事項のようだ。僕は仕方ないと諦める。
「ん、そろそろ着く」
「……うん」
何とも言えない気持ちのまま、僕たちは中央の街へと到着した。
そしてこの後僕は、ガレオスさんの哀れみの本当に意味を知る羽目になる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お嬢ちゃん、どこから来たの? 良かったら街を案内するよ?」
「そうそう、オレらはこの辺り詳しいからさ、マジで」
「……」
街に入って早々、僕たちは絡まれた。
正確には、リティへとナンパ行為をする者がやってきたのだ。
スラッとした体型の二人組。
肉体労働とは無縁そうな二人は、リティの姿を見ると一目散にやってきて、僕のことなど見えていないかのように話し掛けてきた。
( ……仕方ないか )
今日のリティの格好は、いつもと違って町娘がするような格好だった。
質素なワンピースで身を包み、普段はしている帯剣もしておらず、誰がどう見ても冒険者には見えない。
むしろそれどころか、儚くも透明感のある相貌とその姿は、冒険者とは無縁な存在のようにも見える。
高貴な令嬢が、お忍びで街にやって来たと言った方がしっくりとくる。
そして帯剣している僕は、その令嬢の護衛か従者といった感じ。
「どう? 食事とかも奢るよ? いい店を知ってるよ」
「ねえねえ、キミの名前はなんて……っ」
「……」
「え? り、リティ?」
リティのことだから、こういった事態には慣れていると思っていた。
にべもなく断ると、そう思っていたのだが……
「……そうかよ。ちっ、見せつけやがて。行くぞ」
「ああ、面白くねえ」
リティの行動を見た二人は、冷め切ったつまらなそうな顔で去っていった。
チラチラと振り向くが、止まることなく去って行く。
「あの、リティ?」
「ん? なに?」
「いや、何というか……」
二人組に迫られたリティは、何故か僕の後ろへと隠れていた。
しかも隠れるときに僕の右腕を取って、それに縋りつくような姿も見せていた。
相手にはさぞ面白くなかったことだろう。
怯えた少女が守ってもらっているようにしか見えない。
あれ以上無理に声を掛ければ良くないと思ったはずだ。
「ん、アル、ありがとう」
「えっと……」
まるで僕が守ったような言い方。
だがリティの方が確実に強いし、誰かに守ってもらう必要など微塵もない。
彼女が本気で睨めば相手は退いたはずだ。
「リティ、いまのって誰かに習ったの?」
「……………………………………ううん、ぜんぜん習ってない」
絶対に嘘だ。
いまの行動はとてもリティらしくないし、妙なあざとさがあった。
訊かれてしれっと視線を逸らしたのが証拠だ。
「ねえ、リティ、前にリティが言ってた――」
「ん、行こう」
「あ、リティ」
話を打ち切るように歩き出すリティ。彼女はトコトコと先を行く。
僕は仕方ないと後を追った。――数分後。
「キミ、見かけない子だね? ボクとどう?」
速攻でまた絡まれていた。
そして今度も先ほどと同様、僕のことを無視して話し掛けてくる。
きっと僕のことを従者か何かと思っているのだろう。
「ちょっと行った先にさ、上手いケーキを扱っている店が…………ちっ」
リティはまた僕の後ろへと隠れた。
今度は身体を完全に隠すように隠れ、まるで僕のことを盾にしているよう。
背中に彼女の手が添えられている。
「クソがっ、見せつけやがって」
捨て台詞を吐いて去って行く男。
リティは子供のように隠れたまま、去って行く男を眺めている。
「リティ、何で隠れて――」
「ん、行こう」
男が去ったのを確認したら、リティはまたもスタスタと歩いていく。
そして――
「おや、これはとても愛らしい狼人さん」
また絡まれた。
閑話休題
「やっと着いた……」
「ん、着いた」
合計で5回ほど絡まれたが、やっと目的のスパッツ屋に辿り着くことができた。
中央では狼人の人気も相まって、リティは本当によく声を掛けられていた。
ここまでまともに進めないとは思ってもいなかった。いくら何でも声を掛けられ過ぎだろう。
( いや、よく考えれば当たり前か )
リティを初めて見たとき、僕は息をするのを忘れるほど魅入っていた。
それだけ整った容姿だ。ならばこの状況も当然と言える。が――
「……ガレオスさん、できれば事前に教えて欲しかったです」
もしこのことを知っていたら、リティにはローブを纏ってもらっていた。
そうすればフードで顔を覆うことができるし、少なくともここまで絡まれることはなかったはずだ。
「ん、行こう」
「うん、じゃあここで待っ――」
「アルも行く」
リティに服を掴まれて、為す術もなく店内に連れ込まれた。
そしてこの後、いろいろと色々と、とても色々と苦戦と苦労をしたのだった。
「……疲れた」
身体が疲れた訳ではないが、精神は酷く疲弊した。
スパッツ屋を皮切りに、リティには様々な場所へと連れて行かれた。
そして、沢山の人に絡まれた。
今日の買い物は仕方ない、と思った。
リティが購入した物はルリガミンの町では売っていない物ばかりで、ここへ買いに来る必要はあった。
だがしかし、あそこまでリティが絡まれるのは予想外だった。
いくら何でも多すぎだった。
花の蜜に群がる蜂のように寄ってくる男たち。
あれはまるで【魅惑】の効果のようだった。
しかし、リティに【魅惑】の【固有能力】はない。
「……でも」
「ん? なにかわたしについてる?」
「ううん、何でもないよ。それよりもそろそろ出発できるかな?」
「ん、たぶん、そろそろ」
買い物を終えた僕たちは、帰りの馬車の出発を待っていた。
ルリガミンの町まで徒歩で帰れないこともないが、いまは購入した荷物で一杯だ。持って歩くには少々厳しい。
「お客様~、準備に手間取って申し訳ないです。どうぞ乗り込んでください」
準備に手間取っていた様子だが、出発の準備ができたようだ。
御者らしき男が、馬車の外で待っている乗客に声を掛けてきた。
それに従い馬車へと乗り込む僕とリティ。
「ちょっと遅れたけど、暗くなる前には着くかな」
「ん、たぶん平気。……トラブルでもない限り」
「はは……」
意味深なことを口にするリティ。
確かに僕はトラブルが多いが、さすがに地上では平気だと思う。
考えられるトラブルは、運悪く魔物と出くわすことぐらいだ。
「じゃあ、出発しますぜ」
御者の掛け声とともに、僕たちが乗った馬車が動き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
幌付き馬車から外を眺めながら身体を休める。
今日は色々とあった。買い物とはもっと楽なものかと思っていたが、リティとの買い物はちょっとしたクエストのようだった。
しかしその冒険はそろそろ終わりを迎え――
「――っ! ……誰かが襲われている?」
「え? まさか」
リティが何かに気がつき、幌馬車の後部から顔を覗かせた。
僕もその視線を追うと、道の外れに一台の馬車が停車していた。
丁度丘で影になっている場所で、遠くからでは見えない位置。
何かを確認した訳ではない。
だけどリティは誰かが襲われていると言った。
間違いだったらそれで良い。
僕は馬車から飛び降りた。
「アルっ!」
「行って来る。リティは剣を持っていないから無理をしないで」
剣を構えて停車していた馬車へと駆け寄る。
この辺りで盗賊や追い剥ぎが居ると聞いたことはない。
ならば魔物が襲っているのかと、そう思って近寄ってみると。
「ちっ、何でこの時間に馬車が通りかかるんだよ」
「くそ、通報される前に逃げんぞ」
ゴロツキのような男たちは、僕の姿を見るや否や逃げ出した。
用意してあった馬に跨がる男たち。
「待てっ! くっ」
追うべきかどうか判断に悩む。
今なら追いつけないこともないが、このまま追っては襲われていた人を放置することになる。
僕は追うのを諦めた。
「くそ、【鑑定】が使えれば名前を確認できたのに……」
馬に乗って遠ざかって行く男たち。
ヤツらが逃げて行く方向を確認した後、僕は停車させられている馬車へと向かう。
「あ……」
御者らしき男が血塗れになって倒れていた。
しっかりと確認した訳ではないが、その様子から事切れているのが分かる。
首を切り裂かれたようだ。
「……中の人は……」
死体を目にして心が冷静に沈んでいく。
僕は死体の御者に一礼した後、箱形の馬車の扉をゆっくりと開き、できるだけ警戒させない声で話し掛ける。
「あの、誰か居ますか? 僕は助けにきました」
「あ、あの、ありがとうございます」
( えっ? )
聞き覚えのある声が返ってきた。
もう絶対に聞くことはないと思っていた声が聞こえてきた。
「あの、助けていただいて本当にありがとうございます。私の名は……えっ?」
「……っ」
「あなた様はもしかして……」
馬車の中に居たのは、僕の元婚約者。
「……ベルー、何で貴方がここに」
3回目の婚約破棄を言い渡した、マリアベルーアだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども……




