52 ざっくざっく登る。
お待たせしましたー
ゆっさゆっさと身体が上下に揺れている。
少しずつ覚醒した僕は、腕を動かそうと試みた。
しかし腕が動かない。何かに抱きつくような形で縛られている。
「っ、ん……えっ?」
気がつくと僕は、誰かに背負われていた。
紐をつかって身体と腕を固定され……
「――起きたか、アルト。どこか痛む場所はあるか? 負った怪我は一応魔法で治してある。痛む場所があったら言え」
「タンスロット……」
僕を背負っていたのはタンスロットだった。
彼は張られたロープを握って、転がり落ちた急斜面を黙々と登っていた。
首を動かして後ろを見ると、後方にはモミジ組のサイファさんが居た。
彼と目が合うと、『起きたか』と目配せをもらう。僕も目礼で返す。
「……あの、あれからどうなったんですか? 合流はできたみたいですが」
「ああ、あの後――」
タンスロットは、僕が気を失った後のことを教えてくれた。
カゲクモと落下した僕は、その落下で怪我を負って意識を失った。
頭をかなり強く打ちつけたらしく、なかなか酷い怪我だったらしい。
しかも僕はまったく気がついていなかったのだが、もつれるように落ちたためか、僕の腹部にはカゲクモの爪が突き刺さっていたのだとか。
それはもう危なかったそうだ。
しかしそのとき、上からモミジ組の人が迎えにきた。
手持ちの薬品で応急処置をした後、回復魔法を使える人をすぐに呼んだ。
こうして僕は一命を取り留め、タンスロットによって上へと戻っている途中。
「……何で、あなたが?」
「ふん」
正直意外だった。
そんな仕事は誰かに任せると思っていた。
しかし彼は僕のことを背負って、この急斜面を登っている。
「あっ、足は?」
「もう治してもらっている。さすがに完全ではないが、登るのに支障はない」
「そうですか、良かった」
「……」
短い沈黙のあと、タンスロットがつぶやくように口を開いた。
「…………ボクは、オマエのことを認めない」
「……ええ」
「オマエは、アルト王子は最低の男だ。三人の女性を泣かせたクズだ」
「……」
僕は、無言にて肯定とした。
彼の言う通りだ。
「ボクは父上から教えられた。男は女性を大事にしないといけない。それができない男はクズだと。だからオマエを認めない」
ざっくざっくと足音が響く。
「だが、ボクはオマエに二度助けられた。冒険者アルドに、冒険者タンスロットは二度助けられた。それは……事実だ」
「……」
「助けられた恩を返すのは男の義務だ。それができない男は男じゃない。父上にそう習った。だから冒険者アルドには……不本意だが借りがある」
「助けたのは、当たり前のことだ。冒険者は仲間を守るものだ。だから――」
『気にしないでくれ』と、そう言おうとしたが――
「――それはオマエの価値観だ。ボクには関係無い。だからこの借りはいつか絶対に返す」
「……そうですか」
「ああ、それが男だ。オマエはクズだがな」
「……ええ、ボクはどうしようもないクズですよ。それは否定しません」
僕は計画のためとはいえ、三人の女性を不幸にした。
だがそれに対しての後悔はない。信念を持って行ったことであり、その咎は自分の死によって贖うつもりだ。
きっと許されないだろう。
でも、わずかでも溜飲が下がれば良い。本気でそう思っている。
「ふん、気に食わん。何で自分のことをクズと認めるヤツなんかに閃迅は……」
「リティが?」
「一つ訊きたい。何で”閃迅”はオマエなんかにあそこで尽くす? それがどうしてもわからん。冒険者としても碌にWSを使えないヤツに、何であの”閃迅”が……」
「何か、あったのですか?」
「ああ、さっき話した薬品を持ってきたヤツ。あれは閃迅だったんだ。閃迅が真っ先に来たんだ。それでオマエを見て……そんで、せ、接吻とかで――」
そこからボソボソと歯切れの悪い説明だったが、要は、気を失って薬品が飲めない僕のために、リティは口移しで薬品を飲ませたらしい。
その姿に躊躇いなどは一切無く、本当に献身的だったらしい。
彼女は僕を背負って登るとも言ったらしいが、さすがに体格差があるので却下されたのだとか。
「そんなことが……」
「ああ。…………で、どうしてなんだ?」
「分かりません。なんで彼女が、僕のことをそこまで……」
「そうか、それならそれでいい」
「あの、何であなたはリティのこと、閃迅にそこまで張り合おうとしているのですか? 正直、リティたちが困っています」
「ふん、それはボクの勝手だ。……ただ、絶対に負けては駄目なんだボクは」
「理由を聞いても?」
「別に大したことじゃない。女性は守るべき存在であり、男はそれを守る存在だ。だから、絶対に負ける訳にはいかない。そうでないと姉上を支えられない」
「……」
理解はできないが、何となく分かった。
彼の中の矜持、彼の中にある絶対的な指針。たぶんそんな感じなのだろう。
だからリティよりも上でなくてはならない。
「でも、そこまで差があるとは思わないけど」
単純な動きではリティの方が上だ。
だがタンスロットにはあのWSがある。
アタッカーとしてはタンスロットの方が圧倒的に上だ。
全てにおいて上回るというは、いくら何でも現実的ではない気がする。
「ふん、それはオマエが閃迅を知らないからだ。だからそんなことを抜かすことができるんだ。いいか、いや、これ以上は……何でもない」
「えっ、一体何がって、――あ、着いた」
元の場所に戻ってきた。
話しているうちに登りきり、僕たちは魔石魔物狩りをしていた場所へと戻って来た。
「……さて、これで借りはひとつ返したからな」
「え?」
「オマエに助けてもらった二つのウチの一つだ」
「…………はい」
もしかするとだが、タンスロットが僕を背負っていたのはこのためかもしれない。助けてもらった恩という借りを返すために……
タンスロットは、意外とセコいタイプかもしれない。
しかし悪いヤツでない。彼が名を上げようとしているのは、間違いなく彼の姉のためだ。自身の名を上げて、そして姉の下について助けるために。
僕とは違う方法でこのイセカイを良くしようとしているのだろう。
そう思うと、何となく同士に思えてきた。
「速攻で残りの借りを返してやるからな。首を洗って待っていろよ」
「はい、それで貸し借り無しですね」
「ふんっ」
こうして僕たちは、無事に生還することができたのだった。
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あと、誤字脱字も……




