51話 打ちつけられて
お待たせしましたー
「ヘリオン!!」
「うお!?」
即断でWSを放った。
タンスロットを引っ張り上げようとした白い糸は、WSによって切断された。
解放されたタンスロットが身体を前へと倒す。
「上だ! きっとアイツが居る」
「は? なにが??」
地下迷宮の天井へと目を向けた。
するとそこには、予想通りカゲクモがへばり付いていた。
天井に張り付いた状態のカゲクモ。その大きさを見るに、通常の魔物ではなくて魔石魔物級。
昔、劇で見たことがあったから知っていたし、カゲクモが頭上から奇襲を仕掛けてくるのは冒険者の間では有名な話。
だから僕は、白い糸はカゲクモの仕業だと断定してWSを放った。
カゲクモの糸は、武器や防具に使われる強靱なもの。
WSでなければ切断するのは困難だっただろう。
「……油断した」
迂闊だった。
周りに魔物がいないか見渡したとき、僕たちは天井の方をあまり注意していなかった。ちゃんと天井を確認しなかった。
カゲクモは黒色なので僕たちは見落としていたのだ。
「マズい、早く倒さないと」
「ああ、降りて来たら両断してやる」
「…………え? 降りて来たら?」
「ん? 何だよ、当たり前だろ」
「いや、だって……え?」
大剣を構え、天井に張り付いているカゲクモを睨むタンスロット。
彼は一向に放出系WSを放つ気配を見せない。
「タンスロット、放出系WSでヤツを」
「…………」
「早くっ」
何故かつまらなそうな顔をするタンスロット。
彼の性格上、言わなくてもWSで打ち落とすものだと思っていた。
しかし彼はWSを放たない。
「何で? 大剣のWSなら倒すことはできなくても、天井から落とすことぐらいなら余裕でできるはずじゃ?」
「……嫌いなんだ」
「え?」
「嫌いなんだよ、放出系WSは。男らしくないし」
「は? 何を!? そんなことを言ってる場合じゃないでしょう!」
アホらしい理由でWSを放つことを拒否するタンスロット。
そんなことを言っている場合ではない。僕は説得を試みる。
「僕は、放出系WSを使えないんです。だから――」
「……ボクも…………撃てない」
「え? 撃てないって……?」
「だからっ、放出系WSなんて男らしくないWSは使えないんだよ。オマエだって撃てないんだろ! だったら偉そうに指図するな」
「まさか、撃たないじゃなくて、撃てない? 使えないってこと!? あんな凄いWSを放てるのに……」
「うるさいっ、父上だって放出系はほとんど使っていなかったんだ。だから男は男らしい近接系だけ使えればいいんだ。放出系WSなんて女々しいモノは必要ない」
「――なっ!?」
『必要ない』と言い切ったWSがいま必要なのだ。
そもそも、放出系WSが女々しいという発想がおかしい。
だがタンスロットの父である勇者ウエスギ様は、近接系WSの使い手として知られている。
どんな魔物であろうと雄々しく大斧で屠っていったと……
父親に強く憧れているからそうなったのかもしれない。
「くっ、マズい……」
カゲクモが悠々と天井を這い回っている。
そして狙い澄まして白い糸を飛ばしてきた。
「危ないっ」
タンスロットを突き飛ばして白い糸から彼を守った。
彼がさっきまで居た場所に白い糸が降り注ぐ。
「くそっ、降りて来い臆病者! 男らしく下で勝負しろ!」
「魔物に何を言って……」
天井のカゲクモに向かって怒鳴り散らすタンスロット。
本当にそれで降りてくると思っているのか、彼は大剣を構えたまま。
当然、相手は降りてくることはなく。
「下がって!」
「くそっ! 男らしくないぞ!」
足を引き摺りながら後ろへと下がるタンスロット。
カゲクモは動きが鈍っている彼をタゲったようで、次々と糸をタンスロットに向けて放ち始めた。
「ちぃ!」
「”ヘリオン”!」
糸を防ぐためにタンスロットが大剣を盾にした。
しかし防いだ大剣を絡め取ろうとしてくるカゲクモ。
僕は即座にその糸を切断する。
「厄介な相手だ……」
カゲクモは、イワオトコに比べると比較的に組みしやすい相手だ。
しかしこの状況では、イワオトコ以上に強敵だった。
「ちいっ、何であんな雑魚に、このボクが! あんな魔物いつもなら簡単に倒しているのに」
「勘違いするな、簡単に倒せる魔石魔物なんて一体もいない」
「何を馬鹿なことを! いつも簡単に倒していただろうが」
「違うっ、それは先人の冒険者が倒し方を、対処方法を作ってくれたからできただけだ。だから倒せるようになったんだ。僕たちはその道を辿っているだけに過ぎない」
そう、魔石魔物を倒せるようになったのは、ある冒険者が魔石魔物に対する戦い方を作り出してくれたからだ。
もっと言えば、WSだって先人の冒険者たちが編み出したモノ。
『簡単なこと』ではないのだ。
僕たちが倒せるようになったのは、試行錯誤のうえに積み上げられたモノがあるからなのだ。
「……でも、どうすれば」
現在僕たちが持っている手札ではヤツに届かない。
放出系WSさえ使えれば良かったのにと、手をこまねいている間に状況は悪くなっていく。
放たれた白い糸はそのまま残り、糸でできた柵のようになってきた。どんどん行動が制限されていく。
「くそっ、邪魔な糸だ! WS”でえぇぇい”!」」
「この馬鹿っ、”ヘリオン”!」
張られた糸をWSで薙ぎ払いにいったタンスロット。
しかしそんなことをすれば、当然その隙を突かれる。
WS後の硬直を狙って、白い糸がタンスロットに放たれた。
それをWSで断ち切る。
「何をやっているんです! そんな迂闊なことを」
「う、うるさい!」
バタバタとした戦いが続く。
相手は安全圏から攻撃を放ってきて、こちらに反撃の機会を与えない。
「……どうすれば」
もういっその事あの白い糸に捕まって、上に行ってしまおうかと考える。
そうすればカゲクモに接近することができる。
しかしそんなことをすれば、相手の思う壺だ。
引き上げられた先で満足に剣が振るえるとは思えない。
「放出系WSさえ使えれば……あっ」
そうつぶやきながら陣剣を見たとき、ある方法を思いつく。
「タンスロット、僕がアイツと天井から引き剥がす。だから落ちてきたところを確実に仕留めて欲しい」
「むっ、どうするつもりだ? どうやって上に」
「こうするんだよ」
僕は張られた白い糸へと飛び込んだ。
それを見たカゲクモは、すぐに白い糸を飛ばして僕を捕らえにきた。
とても器用に糸を飛ばし、僕はあっと言う間にグルグル巻きにされた。
「――っく」
顔を背けて視界を防がれることだけは避ける。
しかし身体は完全に拘束され、とても剣を振ることはできない状態。
僕はカゲクモの元へと引き上げられた。
草が饐えたような魔物の臭いが近づいてくる。
カゲクモはどんどん引き上げてきて、そこで僕は――
「――ファランクス!」
『――っ』
カゲクモに捕まる瞬間、陣剣を発動させた。
展開された結界が、狙い通りカゲクモの脚を掬う。
「よしっ、あとは――」
身体を強引に捻り、カゲクモを下へ向ける。
ヤツをこのままクッション代わりにする、つもりが。
( くそっ )
カゲクモが体勢を戻そうとし始めた。
脚をバタつかせて藻掻きだした。
しかしこのままやらせるつもりはない。
僕も再度足掻き――
「――が!?」
『――ッ』
僕とカゲクモはもつれるように落ちた。
お互い相手を下敷きにしようとした結果、そのまま無防備に地面へと衝突。
凄まじい衝撃が身体を襲う。糸で拘束されていた僕は、受け身をまったく取れずに叩き付けられた。
内蔵が蹴飛ばされたように痛む。
口から肺が飛び出しそうなほどの息がこぼれる。
激しく頭も打ち付けた。
そんな意識が飛びそうになる中、僕は顔を上げて前を見る。
「よくやった! 後は僕が、WS”でえぇぇい”!」
タンスロットの掛け声とともに、必殺のWSが放たれた。
三日月の斬撃を放つ大剣は、カゲクモの身体を横から両断した。
呆気なく黒い霧へと姿を変えていくカゲクモ。
僕はそれを眺めながら、安堵とともに意識を手放した。
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あと、誤字脱字も……




