50話 転がり落ちた先で
すいません、お待たせしました
凄まじい衝撃とともに転がり続けた。
頭部、肩、腰を激しく打ち付け、最後は堅い地面に叩き付けられる。
痛みによる吐き気か、それとも転がったための酔いか、僕は胃の中の物を吐き出した。
「ぅえっ、おぇっ。――はぁ、はぁ、かは」
苦い口元を拭い、呼吸を整えながら辺りを見回す。
転がり落ちて身体中あちこちが痛いが、【固有能力】の恩恵で致命的な怪我は負ってなさそう。だが一応薬品は飲んでおく。
「んぐ、ぷはぁ。……ここは」
見回すとそこは、光一つない真っ暗な空間が広がっていた。
ここは地下迷宮のどこかとは思うが、そう思っていると。
「生活魔法”アカリ”」
「あっ」
強い光が灯された。
それは一瞬にして辺りを照らす。
「くっ、上から転がり落ちたのか……。あんな魔物ごときに、くそっ」
「タンスロット! いきなりアカリを唱えるなんて、何をやって! 無防備に”アカリ”を作ったら狙われる危険があるだろう」
これは地下迷宮に入る前に習うこと。
”アカリ”は非常に便利な魔法ではあるが、その光はときに魔物を引き寄せる。
だから唱えるなとは言わないが、それなりの準備や心構えは必須。
だというのに――
「バカか、状況確認が最優先だろ! それにアカリも無しでどうすると言うんだ。そんなこともオマエはわからないのか」
「――っ! そういうことじゃない! 唱える前に注意が必要なんだよ。武器もないのに……」
そう言って照らされた辺りを見回す。
幸い、周囲に魔物は居なかった。
もし居たら僕たちは武器を持たずに戦うところだった。
「……ここから、転がり落ちたのか」
壁の一部が崩れ、そこがトンネルのようになって急な斜面ができていた。
僕たちはそこから転がり落ちてきたのだと分かる。
「崩れやすいな、ここを登るのは少しキツイか?」
「くそっ、なんだってボクがこんな目に……」
かなりの急勾配だ。
何か掴まれる所があれば登れないこともないが、何も無しでは少々厳しい。
それに崩れ掛かっているので、無理に登れば足場を崩して転がり落ちるのがオチだろう。
これを登るには、上からロープを垂らしてもらうか、楔などを打ち込んで足場を確保する必要がある。
何の用意も無しで登るのは無理そうだった。
「あ、あった」
崩れた場所に、僕とタンスロットの武器が転がっていた。
僕たちと一緒に落ちてきたのだろう。歩いて行って陣剣スプレンダーを拾う。
刃こぼれなどないか、僕は陣剣を状態をチェックする。
「あれ?」
「……」
何故か、タンスロットは武器を拾いに来なかった。
拾ってあげるという選択肢もあるが、彼は僕に武器を触って欲しくなさそうな性格だ。だから拾わずにいたが……
「くっ」
「まさか、足を?」
タンスロットは左足を気にしていた。
何とか立ち上がったようだが、左膝に手を置いて顔を歪ませている。
転がり落ちたときに痛めたのかもしれない。
「……」
大剣を拾って彼の元へと向かう。
そして大剣を彼へと差し出す。
「………………すまない」
「うん」
何か言ってくると思ったが、さすがにそこまで酷くはなかった。
悔しそうな顔はしているが、タンスロットは素直に大剣を受け取った。
「くそっ、なんて情けない」
タンスロットは地面に座り込み、苛立ちを叩き付けた。
「……ボクは、こんなところで躓いている場合じゃないんだ。あんな失敗ぐらいで……」
「失敗?」
「ああ、そうさ。あんな魔物ごときに、こんな目に遭わされて。くそっ、あんなヤツにやられて。そもそも、周りのヤツらがもっと戦えれば」
「……」
「くそっ、くそっ! ボクは姉上のために……」
「……………………何を言っているんです」
「うん? 何か言ったか、出来損ないのアルト王子さま」
チラリと、心の奥底に火が点いた感じがする。
そしてそれが少しずつ燃え広がっていく。
「……何で、こんなことになったのか、分からないのですか?」
「ふん、ちょっと油断しただけだ。次会ったら絶対に両断してやる」
「そうじゃないです。何でこんなことになったのか、本当にわからないのですか? ”斬裂”のタンスロット」
「……ボクに、喧嘩を売っているのかい?」
「違う、本当に原因が分からないのかと、そう問うているのです」
「だから言っているだろうっ、次はこんな無様な――」
「――だからそうじゃないでしょう。何でこんなことになったのか、それは、あなたが無謀で身勝手なことをしたからでしょう! あなたの強さとか弱さなんて関係無い! 何でそれがわからないっ」
僕は、あえて見下ろすようにしてそれを言った。
どうしても許せなかった。何故か異様に腹立たしかった。
「何だとっ、ボクのことを馬鹿にするのか!」
タンスロットが、足の痛みを無視して立ち上がり僕を見下ろし返してきた。
顔を真っ赤にして、射殺すような瞳で睨めつけてくる。
僕はそれを睨み返し言う。
「いいですか、あなたがアライアンスに何の相談もなしに【大地の欠片】を置いたのが問題なんです。あの身勝手な行為がどれだけ危険なことか分かっていますか?」
「だから言っただろうっ! ボクがあの魔物を倒すことができれば何の問題もなかったんだ。いや、倒すことができた……はずなんだ。あの爪が邪魔をしなければ……」
「やっぱり分かってないっ」
「倒せば良いのだろう!」
「全然違うっ! 不用意に、身勝手に、傲慢に、あなたは仲間を何だと思っているんだ。冒険者にとって仲間は……」
「ふん、そんなのボクに関係ない。ボクにとって大事なことは、あの”閃迅”に勝つことだ。そうでないとボクは……姉上を守れない」
「――っ!」
この男は仲間を何だと思っているか。
冒険者をただ都合の良い存在とでも思っているのか。
僕の心の中に広がっていた感情が炎と化して荒れ狂う。
「――このっ」
タンスロットは二つ名持ちだ。
だから憧れに似た敬意を払っていた。
しかしこの男は――
「だああ!」
「ぐっ! このっ、――がっ」
タンスロットを殴りつけた。
僅かに後ろへとよろめいた彼は、すかさず殴り返してきた。
それを真っ向から額で受け止める。強い衝撃が額を襲い、眉間の間を生温かいモノが滑り落ちていく。一発で額を割られた。
「……仲間に、謝れ」
「何をっ、ふざけるなっ! ボクは知っているぞ、オマエだって無謀なことを繰り返して、それでパーティを追い出されたりしたことがあるんだってな。そんなオマエが言うな!」
「うん、それは認める。だけどそれは、別に仲間を蔑ろにした訳じゃない、あなたと一緒にするな。あれは僕が未熟だったからだ」
「ふん、みっともない言い訳をするな」
「言い訳なんかじゃない。あなたとは違うんだ」
「そうだよ、オマエとボクは違う、背負っているモノが違うんだ! ボクは、姉上を、領地を守っていく男だ。オマエのように堕落して落ちぶれたりはしないし、三回の婚約破棄なんて無責任なことは絶対にしないっ。女性を大事にできない男は男じゃないっ、ただのクズだ!」
「――っ!!」
「……なんだ、言い返せないのか? このクズ。分かっているのか、彼女たちはもう良縁を望めない。それがどれだけ酷いことか分かっているのか! もし、ボクの姉上が同じような目に遭っていたらと思うと……」
「……そ、れは」
「アルト王子、アンタが生きていられるのは、勇者の子供だからだ。だから生かされている。同じ勇者の子供として虫唾が走る。勇者の子供なら、勇者様の名を穢さぬように振る舞うべきだ」
話がまったく変わってきていた。
そんな話をしていたのではない。だけど出てしまった言葉は。
「何も知らないで、勝手なことをっ」
悔しさのあまり、そんな言葉が出てしまった。
だけど、タンスロットが言ったことは、本当にあった出来事だ。
それはすべて最低な行いであり、誰が見てそう映るようにやってきた。
そう、計画通り上手くいったのだから、彼がそう思うはとても正しい。
「……何も知らないで? 事実だろうが、この女性の敵が!」
「ぐっ」
「いいか、女性とは守るものだ。傷つけてよい存在ではない。オマエのようなクズには分からないかもしれないが、絶対に守らねばならない存在なんだ。そして守られるべき存在なんだ」
「そんな……ことは分かっている」
「……だからだ。だからボクは、絶対に負ける訳にはいかない。ボクという存在のためにも、閃迅に負けるわけに……」
「――え?」
ふと疑問に思った。
何故、タンスロットはそこまでリティに拘るのだろうと。
パーティでの振る舞いは最低だが、タンスロットには彼なりの矜持があった。
確固たる確信がある訳ではないが、ここまでの会話で真っ直ぐな思いを、姉のために強くあるとしていることが感じ取れた。
たぶん、悪いヤツではない。
姉を引きずり下ろそうなどと画策するタイプでない。
曲がったことが嫌いなタイプだ。
だからこそ思う……
「……何でそこまでリティに拘るんだ。あなたは十分強いのに」
「オマエは何も知らないんだな。あの亜麻色の髪を」
「えっ? 亜麻色の髪……を?」
前もそんな話を聞いた覚えがある。
それを言ったのは、僕のことを殺そうとしたウルガだ。
「いいか、あの”閃迅”は――ん?」
「え?」
僕に指を突きつけたタンスロットの腕に、上から白い糸のようなモノが垂れてきた。
「うわっ!?」
「まさか!」
白い糸が絡みついた腕が、その白い糸に引っ張られるように持ち上がったのだった。
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あと、誤字脱字も……