4話 王子の真相
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「え? 何で? 何が?」
あまりの状況に混乱した。
ベッドに腰を下ろしたまま、僕は立ち上がることを忘れていた。
部屋にやって来たのはドローヘンだとばかり思っていた。
だから普通に『どうぞ』と言ってしまった。
しかしそこに居たのは閃迅リティア。しかも何故か白のYシャツ姿。
Yシャツとは、召喚された勇者様が持ち込んだモノであり、基本的には男性が着る衣類だ。
だから目の前の光景に少々違和感を覚えたが、それを遥かに超える違和感があった。
( あ、れ……? 下を、履いていないような気が…… )
「――来た」
「え? 来た? 何でリティアさんが……ここに?」
視線を逸らしながらしどろもどろになってしまう。
まさに目のやり場に困るというヤツだ。どう見ても下は……
「ん、いま言った。『来た』って言った」
「え? 来たって……?」
「だから会いに来た。アルに会いに来た」
そう言って部屋へと入ってくる閃迅リティア。
パタンと扉が閉められた。部屋に居るのは僕と彼女だけ。
「あ、あの、会いにって……どうして……僕に……」
「むう、覚えて……いない?」
「え? 覚えていないって? いや、確かにさっき逃げましたけど……」
そう、あのとき僕は逃げ出してしまった。
混乱のあまり隙を見て一時撤退してしまったのだ。
しかしそれは仕方ないこと。いきなりあのように迫ってきたのだから……
「…………」
「あ、あの? ――え?」
彼女は無言でつかつかと歩いてきた。
そしてベッドに腰を下ろしている僕の目の前までやってくる。
「え? え? ちょっと!?」
彼女が突然近寄ってきたので、反射的に身構えて目を向けてしまった。
視界一杯に広がる白いYシャツと、そのYシャツからスラリと伸びた白い脚。
目を逸らさないといけないのに惹かれてしまう。
ズボンやスパッツ、そういった物は間違いなく履いていない。
しかもそれどころか、チラリと見える腰の横を見るに……
「あ、あのっ! 何で……いや、何で僕のことを『アル』と?」
「ん? アルはアルでしょ?」
「いや、そうだけど……」
取り敢えず時間を稼ごうと、ふと疑問に思ったことを口にした。
「どうしたの、アル?」
いまの僕の名前は『アルド』だ。
確かに『アル』でも間違いではないが、それはごく親しい者だけが口にする愛称。
そう、その愛称で僕を呼んでくれるのは家族だけだ。
突然アルと呼ばれることに違和感を覚える。
「あ、そうだっ、何で僕のことを王子と」
家族のことを思い出し、自分が王子様と呼ばれたことも思い出した。
彼女からは好意しか感じないが、僕のことを取り込もうと送り込まれた刺客である可能性が非常に高い。そうでないと説明がつかない。
今まで僕を狙ってきた貴族たちのように……
「……王子さま? ああ、それはお姉ちゃんとモミジ組の人が言っていたから」
「え? 言っていたから?」
「うん、何でも格好いい憧れの人は王子様なんだって。白馬に? 乗って迎えに来るんだって。だからアルはわたしの王子様らしい」
「え……それって……まさか……」
彼女が言っている王子とは、いわゆる白馬に乗った王子様というヤツかもしれない。馬鹿馬鹿しい話だが、似たような話を聞いたことがある。
いま8歳になる妹も、幼いときにそんなことを言っていた。
白馬に乗った王子様が迎えにくると、そう嬉しそうに話していた。
そしてそれを否定していた三男の弟……
――いや、違うっ、
いまは昔のことを思い出している場合じゃない、
……じゃあ、彼らが言っていた王子様っていうのは……
「あの、じゃあリティアさんは僕のことを本物の王子って思っている訳じゃなくて、その喩えで周りが勝手にそう言っているだけで……?」
「うん、そう。それと、わたしのことはリティって呼んで」
「え? は、はい? リティアさん?」
会話の流れに頭が追い付かない。
突然明後日の方向へと話が飛んでいく。
「むう、リティって呼んで」
「――っ! はい、リティさ――いや、リティ」
赤い紅茶色の瞳で射貫かれた。
ほぼ無表情なのに、ちょっと目を細めただけで凄い圧力だ。
有無を言わさぬ迫力に気圧されて、僕は彼女のことを『リティ』と呼んだ。
完全に彼女のペースだ。
「じゃあ次。――アルをもらう」
「え? 僕をもらうって何を? え!?」
トンと肩を押され、僕はベッドへと仰向けに倒された。
後頭部にシーツの感触。いま僕は間違いなくベッドに横になっている。
彼女を見上げる形で……
「大丈夫、天井のシミを数えているうちに終わるから」
「ちょっと待って!? 終わるって何が!?」
彼女は無表情のままで覆い被さろうとしてきた。
全く熱量を感じさせない瞳。対照的に僕の瞳は激しく揺れていることだろう。
( これってまさか…… )
このままでは非常にマズい。
これから何が行われようとしているのか、それが分からぬほど初心ではない。
僕は意を決して、彼女を押し返そうと手を伸ばす――
「は~い、そこまで」
「え?」
「ったく、何やってんだリティ。後ろからだとケツが見えそうだぞ、下になんも穿いてねえのか?」
「ガレオスおじさんのエッチ。おじさんは見ちゃだめ」
「へいへい、尻尾があるから見えねえよ。ほら、じっとしてろ」
「あっ、ダメ」
いつの間にかガレオスさんが部屋の中に居た。
モミジ組のリーダーであるガレオスさんは、深紅色の外套でリティをぐるっと包み込んだ。
ほぼ簀巻き状態の彼女が、口を尖らせて抗議する。
「おじさん、邪魔しないで」
「アホか、邪魔するっての。このまま進められたらオレがお前の親父さんに殺されるわ。ったく、何でこんなアホなことを……」
「むぅ」
「『むう』じゃねえよ。お前の母ちゃんはそんなんじゃなかったぞ? 何でこんなことをやらかしてんだよ」
「ん、ハヅキお母さんに習った。この服を着て行けばいけるって」
「――かあああぁ~。まったく、あの方は子供に何を吹き込んでんだか」
「そうすればイチコロだって言ってた。お母さんもそうやって――」
「――あああっ!!! 聞きたくねえっ、聞きたくねえよ。ったく、本当にあの方は……。ほれ、帰るぞリティ」
呆れてものが言えない、そんな顔でガレオスさんはリティを抱え上げた。
抵抗することなく素直に抱き抱えられるリティ。
「……そうか」
いまのやり取りを見て、僕は二人の関係を推し量ることができた。
リティとガレオスさんはとても親しい仲で、彼女のことを彼女の親から預かっている様子だ。
ガレオスさんはアライアンスのリーダーというよりも保護者。
きっとそういう関係なのだろう。
「おじさん、下ろして。大人の階段をのぼれない」
「のぼらせるかっ! オレがお前の親父さんに昇らされるっての、天国に」
「あ、あの……」
どうしたら良いのか分からず、僕は取り敢えず声を掛けてみた。
目の前に居るのは憧れの大冒険者だというのに、できることはそれだけ。
「あ~~スマンな、うちのヤツが暴走したみたいでよう」
「あ、いえ」
「取り敢えず、今日のところは帰るわ。悪ぃな」
「は、はい」
「帰るぞ、リティ。お前は外に置いてあったこのマントで来たのか?」
「うん、これを羽織って来た」
「そうか、じゃあこのまま帰るぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「一体何が……」
嵐のようだった。
一方的にやって来て一方的に帰っていった。
だが、王子の件は謎が解けた。
あれは単純な誤解であり、勝手に白馬に乗った王子様とされたのだろう。
僕がアルト王子だと知られている訳ではない。
「取り敢えず、助かったのかな? ……それにしても危なかった……」
あと少しで流されていた。
もしガレオスさんが来なければ、僕は大事なモノを失っていた。
彼女が何をしようとしていたのか分かっている。
だからこそ本当に危なかった。
僕はそういった行為は絶対に禁止されているし、何よりも男として死ぬほど情けないことになるところだった。
女の子に押し倒され、そのまま奪われるなど……
「……はあ、もう寝よう」
扉に鍵を掛けてベッドへと横になる。
「……どういうことだろ?」
押し倒されたときのことを思い出す。
ついさっきあったことだ、明確に内容を思い出すことができる。
あの閃迅リティアに押し倒され、あと少しで大変なことになるところだった。
( 分からない…… )
彼女の真意が掴めない。
だが、僕に対して好意を持っていることは疑わない。
心の機微を読むことにはそれなりの自信がある。それが必要な世界に身を長く置いていたのだから……
だから尚のこと分からない。
何故彼女は僕に対してあんなに強い好意を向けることができるのか、それが本当に分からない。
――なんで彼女は僕なんかに……
最低の男で欠け者で、汚いシンデレラって呼ばれている僕に、
なんで彼女は……あんなに………………わからない、
思っていたよりも疲れていたのか、僕はそのまま意識を手放した。
そして次の日、宿の外に出ると――
「ん、おはよう。アル」
閃迅リティアが、僕のことを待っていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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