49話 オーバーエッジ
お待たせしましたー
ハリゼオイを初めて見たとき、僕はその雄々しくも神々しい姿に見入ってしまったことを覚えている。
絶対的な強者、ハリゼオイはそんな風格を纏っていた。
だがしかし、その亜種であるオーバーエッジは。
「な、んて、禍々しい……」
吐き気をもよおすような禍々しさ。
6本の爪はより凶悪に長く伸びて、枝分かれしたように棘が生えていた。
もしあの爪をまともにもらったら、裂かれるというよりも掻き毟られる。間違いなく肉が引き削がれるだろう。
背中の剣山のような針も爪と同じだ。
所々枝分かれしており、いかなる攻撃も遮りそう。
そして何よりも、オーバーエッジは凄まじい威圧を放っていた。
命の危険を感じるなどではない、もっともっと恐ろしいモノ。
死を直感させる重圧だ。【蛮勇】を持っている僕でも感じることができるほど。
「ひ、ひぃい!」
「うわあああっ!?」
恐怖に耐えきれなかったのか、何人かが発狂でもしたかのような声をあげた。
視界の隅には、声を上げられず腰を抜かしている者もいる。
ダイダロのメンバーは、ほとんどの者が恐怖に足を竦ませていた。
まともに動くことができたのは――
「閃迅っ、見ていろよ、ボクがコイツを一刀両断するっ!」
「タンスロット!」
キラキラと瞳を輝かせて、タンスロットが大剣を横に構えた。
あの構えは彼の十八番WS”でえぇぇい”だ。
確かにあの強力なWSなら一撃で両断できるはず。
「真っ二つになれっ! WS”でえぇぇい”!」
鋭い踏み込みとともに必殺のWSが放たれた。
横へと薙ぎ払う一閃は、オーバーエッジを完全に捉え――
「――なっ!?」
「なにっ!!」
絶対と思われていたWSは、オーバーエッジの棘爪によって弾き上げられた。
両手の爪で掬い上げられ、体勢を大きく崩して死に体となったタンスロット。
大剣に引っ張られる形で両の手を上げていた。
「あぶないっ!」
もう間に合わないと分かっているが、僕は声を張り上げた。
無情な掻き毟りが振り下ろされる。例え大剣を盾にして防いだとしても無事ではすまないだろう。良くて瀕死だ。
「っだらあああ!」
「あうっ」
「ガレオスさん!」
間一髪、ギリギリのところでガレオスさんが助けに入った。
横から飛びつくようにしてタンスロットを救い、そのまま地面を転がってオーバーエッジから距離を取った。
「させないっ」
リティが短くつぶやき、矢のような神速で駆けた。
一瞬でオーバーエッジに肉薄し、タゲを取るために纏わりつく。
舞うように剣を振るい、ガレオスさんへの追撃を許さない。
「っはあああああああ!」
リティの雄叫びが地下迷宮に響き渡った。
初めて聞くリティの雄叫び。彼女はさらに速度を上げた。
「おっ、おら! いくぞ野郎ども!」
「相手は亜種って言ってもどうせ雑魚だ。やってやるぞ」
「後衛っ、さっさと強化魔法をばらまけ」
「やるぞ! ああ、こんなの倒してやらあ」
恐怖に飲まれていた者が、リティの雄叫びによって奮い立つ。
へたり込んでいた者も、素早く立ち上がって身構えていた。そして武器を構えて機をうかがう、が――
「馬鹿かっ! てめえらは下がれ!!」
突如怒声が飛んだ。
「え? ガレオスさん?」
怒声を飛ばしたのはガレオスさん。
ガレオスさんは大きく腕を振って下がれと吼えていた。
「相手にしようとすんな。お前たちは下がれ! ――野郎ども、やるぞ!」
無茶苦茶な指示。
いったいどっちだと、訳の分からない指示が飛んだ。
本当に訳がわからない、一瞬そう思ったが、すぐにその指示の意図が分かった。
「……そういうことか……」
『お前たち』とは、僕たちのような若い冒険者のこと。
『野郎ども』とは、40代のロートルの冒険者のことだった。
そう、【勇者の仲間】と呼ばれてい人たちだ。勇者とともに、魔王との戦いをくぐり抜けた歴戦の冒険者たちに指示を飛ばしたのだ。
「まずは足を止めろっ! 前衛はそれのフォロー、いまは仕掛けても意味がねえ」
「了解っ」
「束縛行くぞっ、おれに合わせろ」
「おう」
約10名ほどの冒険者だけが動いた。
他にも大勢いるが、その人たちはガレオスさんに気圧されて下がった。
「リティっ、そのまま踏ん張れ! もう攻める必要はねえ」
「わかった」
いままで見たことがない機敏さ。
単純に速いだけではなく、本当に無駄がない動き。
これが本当のモミジ組の姿なのだと気付かされる。
勇者と共に魔王と戦った冒険者たちの凄さを見せつけられた。
「……す、ごい」
あのオーバーエッジを押さえ込み始めた。
リティを囮にして左右を陣取り、上手いこと牽制の攻撃を行う。
右足を土魔法で束縛することに成功している。
左足も魔法で束縛したら攻撃を仕掛けるのだろう。
ただ、オーバーエッジの方もそれを察しているのか、そうはさせまいと左足を動かして狙いを定めさせないようにしている。
「おしっ、足を止めたら一気に押し込むぞ!」
掛け声とともにガレオスさんが大剣を構えた。
紅葉剣モミジの刀身が、黒から朱色へと染まってゆく。
ガレオスさんの本気だ。
「ぼっ、ボクに任せろ! ボクにやらせるんだ!」
「は?」
「今度は絶対に外さない!」
助けてもらったタンスロットが、そんなことを言って前に出てきた。
そしてガレオスさんを押し退けるようにして正面に陣取る。
「馬鹿野郎っ! お前は何を考えてんだ!」
「ふんっ、さっきはたまたま防がれただけだ。今度は爪ごと両断してみせる」
「な、何を……言って?」
この緊迫した状況だというのに、タンスロットは我を押し通そうとしていた。
さっき弾かれたのは偶然で、今度は叩き斬ってやると豪語している。
「はぁ~~、――ったく」
「っあが!?」
ガレオスさんの裏拳がタンスロットに炸裂した。
完全に死角からの一撃、タンスロットはまともに喰らって横へと吹き飛ぶ。
「ホント、なんも分かってねえな。一度手合わせすりゃあ分かんだろう。あの爪はWSとかそういった力を弾くことができんだよ」
「ぐっ、それは放出系の話だろ!」
「はっ、だから分かってねえんだよ。あの爪は、近接WSだろうと弾くんだよ」
「ばっ、馬鹿な!? そんなのを相手にどうやって戦うというんだ! あり得ないだろう、近接WSだろうと弾くだなんて……」
あり得ないといった顔でガレオスさんに喰って掛かるタンスロット。
それを冷たく見下ろしながらガレオスさんが言う。
「いくらでもやりようはある。まず一つが、WSに頼らねえで叩っ切る。んでもう一つが、WSを完全に使いこなした一撃だ」
「は? ボクがWSを使いこなせていないとでも? このボクが?」
「ああ、使いこなせてねえ。少なくともイブキ様は弾かれることはなかった。ったく、イブキ様のWSに泥を塗るような真似しやがって」
聞いたことがある話だった。
WSを放つときに、その武器は刃に”力”を纏う。
そしてその纏った”力”を解き放って攻撃するのがWSだ。
しかしその”力”に反発するモノが存在する。
ハリゼオイの背中の棘がそれだ。そしてそれよりもより強い反発力を持つのがオーバーエッジの爪なのだろう。
だから放出系WSどころか、もっと強い近接系WSをも弾く。
WSに頼り切った攻撃では通じない相手だ。
出来もしないのに、爪ごと叩き斬ると言ったタンスロットにガレオスさんは腹が立ったのだろう。だから強い言葉で諭した。
「基本は同じだ。あの爪を掻い潜る必要があんだよ。その技術がねえお前さんに用はねえよ」
「――っ!」
ガレオスさんが話している間も、モミジ組のメンバーはオーバーエッジを攻略していた。
両脚を魔法によって拘束している。
あとは本命の攻撃を叩き込むだけ。
「さてと、あとは――クソッタレ!」
機をうかがっていたガレオスさんが突然毒づいた。
そしてその毒づいた理由がすぐに判明する。
「もう一体湧いたぞ!」
「亜種だ! イワオトコの亜種だ!」
「下がれ! 押さえられるヤツは行ってくれ」
一斉に怒号混じりの指示が飛んだ。
新たに湧いた魔石魔物イワオトコの亜種。
しかもそれは――
「ちっ、タイラントゥか」
イワオトコよりも細身でひょろりとした身体。
体高はイワオトコよりも高く、鋭い威圧感を放つ魔石魔物が立っていた。
背の高さがイワオトコよりもあるので、頭部への攻撃は難しそう。
「速いっ!?」
僕が知っているイワオトコの動きではなかった。
細身だから可能なのか、湧いたイワオトコ・タイラントゥは、鋭い振り下ろしを放ってきた。
凄まじい爆砕と轟音がダンジョンに響き渡る。
「そっちを先にやんぞ!」
「了解っ!」
「わかってら!」
二体目の魔石魔物亜種に動揺すると思ったのだが、モミジ組は即座に対応してみせた。
これぐらいのことは想定内。そんな動きだ。
「す、すごい……」
もう何度目の驚きなのか分からない。
モミジ組は本当に凄い。タイラントゥの動きをもう封じていた。
弾幕を張るように放出系WSが放たれ、その隙をついて――
「はああああっ、WS”クラハザ”」
大剣を担いで押し上げるようなWS。
ガレオスさんの放ったWS”クラハザ”がタイラントゥの右足の付け根を切断した。
身体を大きく傾けるタイラントゥ。
追い打ちとばかりにWSが放たれ、長身の魔石魔物亜種が地に伏した。
攻撃力は高いが、守りが疎かといった感じの魔物だ。
「よし、一気にトドメだ」
「押し込め!」
「そっちから回ると危ねえぞ!」
チャンスは逃さぬと、一斉に攻撃が放たれた。
次の瞬間には黒い霧となって霧散するだろう。そんなとき、僕の視界の隅に人影が映った。
「タンスロット!」
「ボクがっ、ボクがコイツを倒してみせる!」
タンスロットが動いていた。
ガレオスさんが動いたため、その位置に彼が駆け込んだのだ。
オーバーエッジの正面に立つタンスロット。
「絶対にっ、両断してみせる!」
彼は意地になっていた。
諭されたことの真逆を行おうとしていた。
弾かれるから避けろと言われていたのに、彼はあの爪を両断しようと――
「WS”でえぇぇい”!」
雄叫びとともに意地の一撃が放たれた。
三日月の斬撃と、オーバーエッジの凶爪が激しくぶつかり合う。
火花のようなまばゆい光を放ち、その二つは――
「くそおおおおおおおお!!」
タンスロットの意地は、易々と弾かれてしまった。
しかも今度はもっと酷い。腕だけでなく、今度は身体ごと大きく流されていた。
「馬鹿野郎!」
ガレオスさんの怒号が飛ぶ。
そんな中、僕は飛び出していた。
「――ファランクス!」
視界に人影が映ったときに予測していた。
きっと彼が行ったのだろうと。
だからギリギリのところで間に合った。のだが――
「くうっ!」
「わあああああっ」
展開した結界は簡単に引き裂かれた。
だが、凶爪の軌道を逸らすことには成功した。
僕とタンスロットの周りが大きく抉られた。
「え? あれ?」
急に力が抜けたような感覚に襲われる。
まるで足場が消え失せたような不安感。
「アル!!」
リティが僕のことを叫ぶように呼んだ。
目を見開いて僕のことを見つめている。
そして次の瞬間、彼女の顔が見えなくなった。
突如、目の前が真っ暗に――
「わああ!?」
「うぉおおおおおお」
僕とタンスロットは、オーバーエッジの凶爪によって落ちた。
鋭い攻撃によって、僕たちがいた場所が崩落したのだった。
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あと、誤字脱字なども……




