48話 置いた
よろしくおねがいします
「なぁ、面倒だろう?」
「…………はい」
いつもの酒場で、ガレオスさんが開口一番そう尋ねてきた。
僕はそれに心の底から同意する。リティが嫌がる訳だ。あれは面倒過ぎる。
「はあ、憂鬱だぜ。あと三日は続くんだよな、アレが……」
「……」
本当に言うつもりはないが、『うへぇ』という言葉が漏れそうになった。
そう思わせるだけの一日だった。ガレオスさんが愚痴を言いたくなるのもよく分かる。僕も言いたくなる。
「……あと、三日ですか」
「ああ、あと三日だ」
「……あの、頑張ってくだ――」
「――おいっ、お前さんもつき合うんだよ。お前が来ねえとリティが逃げるだろうが。リティが来ねえとあのボンボンが納得しねえんだよ」
「あの、それって僕に生け贄に……」
「ん、アル、明日買い物に行こう、どこか遠くに。それで解決」
「このっ、ワガママ娘が! お前はホントに――」
逃避行を提案するリティに、ガレオスさんが説教――と言うか懇願が始まった。
必死にリティを説得し、ときには脅しとも取れるようなことも言う。
しかしリティの方も負けておらず、自分の要求を突きつけた。
激しい攻防を繰り広げる二人。自分の要求を上乗せするリティと、それをどうにか聡し叱りなだめ話を逸らすガレオスさん。
結果、この一件が終わったら買い物に行ってよいとガレオスさんが折れた。
ちなみに、僕の意思は一切反映されなかった。
閑話休題
「……はあ」
自室で大きな溜息をつく。
有名な冒険者に憧れはあるが、あれはちょっと遠慮したい。
整った容姿と力強い眼光などと、タンスロットはとても立派そうな人だった。
扱えるWSもとても優秀で、本当に凄い冒険者だと思う。が――
「なんであんなに突っ掛かってくるんだろ?」
リティにもそうだが、彼は僕に強く当たってくる。
しかしそこに悪意は見えず、たた怒りに似た感情だけ。
僕は知っている情報を思い浮かべる。
「……確か、長子の姉が継ぐんだよな」
ナツイシ伯爵の爵位は、勇者ウエスギ様の長男のタンスロットではなく、長女のアルテシアが継ぐと聞いている。
直接会ったことはないが、アルテシアは美しく聡明な令嬢で、領民からの信頼も厚いらしい。少なくとも彼女の悪い噂を聞いたことがない。
「ひょっとしてタンスロットは……」
良くないことが脳裏をかすめた。
もしかするとタンスロットの行動は、彼の真意は……
「……もし、もしそうなら彼は、姉を超える名声を得るためにあんなことを? いや、そんな馬鹿な……」
嫌なことに気がついてしまった。
それは無いと思いたいが、彼を見ていると否定しきれないところがある。
僕はそれを振り払うようにして眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……おい、何で今日もいる」
「……」
タンスロットは僕を見ると開口一番、昨日と同じようなことを言ってきた。
できれば居たくなかった。君のせいだと言えたらどれだけ楽か。
( でも、そんなことを言ったら…… )
間違いなく拗れる。
下手をすれば僕の素性を暴露される危険性だってある。
彼はそんなようなことはしないと言っていたが、頭に血が上るとやらかしそうなタイプだ。僕にはそう見える。
「このっ、だんまりか」
「ガレオスさんに……呼ばれました」
「おいっ!?」
とても申し訳ないが、僕はガレオスさんに押し付けることにした。
ガレオスさんが巻き込んだのだ、これぐらいは良いだろう。
「ふん、地位を利用して取り入ったのか」
「違います。それに…………そんな力、いまの僕にはありません」
「どうだか、貴様は卑怯者だからな。だから信用できない」
「……」
今日もなかなかの敵視だ。
彼から悪意は感じないが、敵意だけはむき出しだ。
「さて、そろそろ始めっか」
ガレオスさんの号令で、魔石魔物狩りが開始された。
編成と場所は昨日と同じだった。
広い大部屋のようなところに、モミジ組とダイダロのアライアンスが陣取る。
そして昨日同様、ダイダロは魔石を5個置いていた。
「へえ、今日も強気だねえ」
魔石の数を見てガレオスさんがそうつぶやく。
「はい、それだけタンスロットを信用しているってことでしょうね」
「だなぁ。まあ、あのWSを見せられたら誰でもそうなるか」
そう言ってガレオスさんは少しだけ目を細めた。
その姿はどこか寂しげ。
「……イブキ様が、使っていたWSなんですよね?」
「ああ」
「凄い勇者様だったんですよね」
「ああ、とびきりな」
「……お綺麗な方だったと」
「きれい……ってよりか、元気な方だった。いつも笑顔でよう、いつもアライアンスのことを気に掛けてくれていた」
「素敵なお方だったんですね」
「そうだな。少なくともウチの連中は全員イブキ様のことが好きだったな。小さいのに大きくて、誰であろうと分け隔てなくて……」
「そうでしたか。僕は演劇でしか知らないか……ら。――えっ!?」
ガレオスさんと会話を交わしながら、何気なく辺りを見回していた。
話をしながらでも周囲を警戒するためだ。
そんなとき、僕の視界に珍しいモノが飛び込んできた。
それは透き通った茶色の物。
魔物を倒したとき、稀に魔物が残す物。
それの使い道は様々で、燃料のように使われたり、薬品を精製するときに使われる材料でもある。
そんな物が、魔石の横に置いてあった。
いや、タンスロットが置いた。
「駄目です、それは禁止されている行為です」
「ん~~? って、おいっ、何で【大地の欠片】まで置いてんだ。早く拾え、それ使って湧く魔石魔物はシャレにならねえぞ」
【大地の欠片】も使った魔石魔物狩りは禁止されている。
その理由はとてもシンプル。非常に危険な魔石魔物が湧くからだ。
その魔物は魔石魔物亜種と呼ばれ、稀に湧く亜種とは別格らしい。
正確に言うと、亜種というよりも強化種といった感じだとか。
昔は、勇者様が集まって狩っていたことがあったそうだが、それは勇者様が複数集まっていたからできたこと。
しかし勇者様がいないアライアンスでは――
「ふっ、気が付かれたか。だけどこれで湧いた魔物を倒せば僕の方が上と証明されるんだ。このまま置かせてもらうよ」
「なっ!?」
身勝手な発言にほぼ全員が目を剥く。
ガレオスさんがダイダロのリーダーを睨むと、そのリーダーは首を必死に振っていた。
その反応を見るに、リーダーのまったく把握していなかった様子。
これはタンスロットの独断だろう。
「おいっ、そのクソボンボンは無視して【大地の欠片】を拾え。いや、魔石も全部拾え。……悪ぃですが、ウチはよそに移らせてもらいやすね」
ダイダロにリーダーにそう宣言するガレオスさん。
もうタンスロットに気を遣うつもりはゼロのようだ。
ダイダロだけではなく、モミジ組も魔石の回収へと動いた、そのとき――
「マズいっ、1体湧くぞ!」
「下がれっ!! 欠片があるヤツだ」
「くそ!」
ダイダロの方が一気に騒がしくなった。
急いで魔石から距離を取るメンバーたち。
「おいおい、あっちって一纏めで置いてんのかよ……」
ダイダロは油断しきっていたのか、魔石を一纏めにして置いていた。
普通、魔石魔物狩りをするときは、ある程度間隔を開けて魔石を置く。
そうしないと――
「なっ!? もう一個揺れ始めたぞ!」
「おい、拾いに行けねえぞ! 何やってんだよ!」
「もう間に合わねえ! 湧くぞ、備えろ!」
「後衛、急いで強化を寄越せ!!」
こうして、完全に不意を突かれる形で魔石魔物亜種の、ハリゼオイ・オーバーエッジが湧いたのだった。
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あと、誤字脱字も……