46話 ヤツの真意は
僕のことを射殺すような目で睨めつけるタンスロット。
背負っている大剣に手を掛けてはいないが、いまにも抜き放ちそうな雰囲気。
そんな中――
「てめえ、まだリティアにっ」
ウーフが僕の胸ぐらを掴みに掛かってきた。
突然のことに対応が遅れてしまい、マフラーごと胸ぐらを掴まれる。
彼は力任せに胸ぐらを締め上げ、そのまま怒鳴り散らす。
「はっ!? まさかてめえ、あの怪我を理由にリティアを――ぁだ!?」
「ウーフっ! 貴方なにやっているのよ」
僕のことを締め上げていたウーフは、遅れてやってきたニュイさんに後頭部を叩かれた。
これによって掴まれていた僕は解放される。
「ん、ニュイ、お帰り」
「ただいま、リティア。ごめんね、まさか馬車から飛び降りて行くもんだから、止めることができなくて」
「痛ってえな、なにすんだよ」
「なにすんだよはお前だ、ウーフ。台無しにしやがって」
「――がっ!? り、リーダーっ!? あがぁ」
今度はガレオスさんに首根っこを掴まれたウーフ。
かなり力が入っているのか、何も言えずにつま先立ちになっている。
「ったく、コイツは。……タンスロットさん、今日のところはここまでにしてもらえやせんかねえ? ちっとコイツに色々と言わねえといけねえことができやして」
「なっ!? それはそちらの都合だろう。ぼくは閃迅に用があって」
「――だからっ、今日のところは引いてもらえやせんか? その用事とやらは明日でも出来やすでしょう? 分かってもらえやせんか?」
「ぐっ」
言葉はくだけた感じだが、その口調と声音には威圧があった。
その有無を言わさぬ凄みに押され、タンスロットは頷く。
「分かった。明日また来る」
「ええ、ありがとうございやす」
一瞬、収拾がつかない状況になりかけたが、ガレオスさんが一蹴した。
普段は飄々としているのに、決めるときはしっかりと決める大冒険者の風格。
やはりガレオスさんは凄かった。
こうして場は収まり、タンスロットが去った後、彼がやってきた理由をガレオスさんに教えてもらった。
勇者の息子であるタンスロットは、リティよりも優れていることを証明するためにやって来たそうだ。予想通りだった。
何故そんな証明をしたいのか不明だが、何かにつけて突っ掛かってくるらしい。
それは魔石魔物狩りだったり防衛戦だったりと様々で、冒険者としてどちらの方が優れているか常に競ってきたそうだ。
そういった競争意識を持つ冒険者がいない訳ではない。
しかしタンスロットのそれは度が過ぎているとのこと。
だが――
「ウエスギ様の息子だからな、あまり邪険にできなくてよう」
「そう、ですね……」
相手は勇者様の息子だ。
余程の理由や背景がない限り邪険に扱うことはできない。僕とは違う。
下手に歯向かえば余計な揉め事や反発がある。しかもウエスギ様は南に所属しているので、南での影響力はとても大きい。
拠点を南に置いているモミジ組にとって無視のできない相手。
できれば穏便に済ませたいところ。
「嫌がらせしてるってなら違ったんだがな。相手に非があるってことでよう」
「ただ競っているだけだ、ってことですね」
「ちょっと相手にしてやれば落ち着くんだが、それでもまた今日みたいに来んだよな。本当に面倒でよう……やっぱアレを見ちまったのが原因かなぁ」
「アレ、とは?」
「んん? いや、気にしなくていい。取りあえず明日だな。明日、上手く取り成して気持ちよく帰ってもらう。それで行くぞ、いいなリティ」
「ん、まかせて」
『まかせて』と言いつつも、視線をしれっと横へ逸らすリティ。
とても不安になる。
「……おい、分かったんだな? いつもみたいにちゃんとやれよ」
「ん、まかせて」
リティは同じ言葉を口にした。
今度は力強くうなずいてみせる。――だが目は合わせない。
非常に嫌な予感がする。
「リティ、いいな。明日は広めの場所で狩りだ。それでいつも通りで行くぞ」
「ん、まかせて」
「…………ちっと訊くが。その『まかせて』は、何を任せてだ?」
「ん、アルとわたしのこと」
「お前っ、全然わかってねえだろ! あのボンボンにへそ曲げられると面倒そうなんだぞ。アイツにはすぐ帰って欲しいだろう? だからっ」
「ん、まかせて」
「くそ、最近ワガママになってねえか? ったく……」
「……」
頭をガシガシを掻くガレオスさん。
気持ちはよく分かる。僕も最近そう感じていた。
リティは出会った頃に比べて、少しだがわがままになったような気がする。
もっと具体的にいうと、甘えん坊になったような……
「はあああぁぁ、取り敢えず、いいな? 明日は」
長い溜め息のあと、ガレオスさんは再度リティに問うた。
しかし返ってきた言葉は、『まかせて』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……うん、そんな気がしてた」
朝起きると、僕の部屋にリティが居た。
いつも通りの無表情で、彼女は自身の武器を手入れしていた。
二本の片刃直剣を磨いている。
「アル、今日は一緒に武器の手入れをしよう」
「あの、平気なの? 昨日確か……」
「ん、大丈夫。はい、これ」
「あ、ああ……えっと……?」
彼女は陣剣スプレンダーを渡してきた。
キチンと手入れをしろということだろう。確かに丁度良いかもしれない。
僕はまだ療養中だったから。
「ん、これなら疲れないでしょ」
「うん、うん」
ハリゼオイと死闘を演じ、僕は三日間寝ていた。
傷の方は魔法のおかげでほぼ治ったが、魔法では治しきれないモノは存在する。
それは目では推し量れない疲労。
僕はまた命を削った陣剣発動を行ったのだ。
きっと寿命は縮まったし、こういった疲労は簡単に抜けるものではない。
あと数日は休むように言われていた。
だから丁度良いのだが――
「リティ、本当にいいの? ほら、ガレオスさんもああ言っていたし。もしリティが居なかったら、ガレオスさんの顔に泥を塗ることになるんだよ?」
「ん、平気。降りかかる泥は払えばいい」
「違うでしょっ、それって単に力尽くってことになるよ」
「うん、おじさんは強いから大丈夫。はい、これ使って」
そういって布片を渡してくるリティ。
これで陣剣を磨けということだろう。僕は大人しくそれを受け取った。
こうなったリティには何を言っても無駄だ。もうそれを学んだ。
僕が何を言っても行くことはないだろう。
諦めの境地に似た感情で、僕は黙々と陣剣を磨くことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数時間後、予想通りガレオスさんが部屋にやってきた。
話を聞くに、リティは今日は女の子の日ということで誤魔化したそうだ。
だから明日も無理だし、明後日も休ませる予定と告げたとのこと。
少々デリカシーに欠ける気がするが、その言い訳しかなかったのだろう。
リティの方もあまり気にしていない様子。
「……リティ、三日後だ。三日後には来いだってよ」
「ん、そう。しつこいのね」
「そうだよ、分かってんだろ。アイツはそう簡単には引かねえっての。ったく、なんであのボンボンは……」
僕はそのやり取りを見て、あることに気が付いた。
それは――
「ひょっとして、タンスロットはリティの【ストーカー】ですか?」
【ストーカー】とは、一人の女性を一途に想う男を指す言葉。
想い人を健気に追い続け、求愛行為をする男を指す言葉でもある。
これは召喚された歴代の勇者様が遺したお言葉であり、今代の勇者であるコヤマ様もそうなのだとか。
「ん~~、ちょっと違うかもな。たぶんだが、そういった感情はねえと思う。本当にリティに勝ちてえってだけだな」
「そうなのですか……」
予想が外れた。
ウーフやウルガのように、リティを好きなのだと思った。
しかしそれは違うらしい。
そうなると――
「勝ちを譲るってのは……やってみたんですよね?」
確信がある訳ではないが、きっとそういう回避方法を取ったはずだ。
あれだけ面倒そうにしていたのだ。きっとその方法を取っているはず。
「ああ、それなんだがな。その勝ちってか、上になったっていう基準が曖昧なんだよ。どうもあのボンボンの基準みてえで、勝ちを譲ろうにも……」
「え? それはどういうことで?」
ガレオスさんからタンスロットのことを教えてもらった。
どうやら彼は、リティに突っ掛かって挑んでくるようだが、その勝敗の取り決めはとても曖昧らしい。
彼がリティよりも活躍しても、当の本人がそれを納得しないそうだ。
そして毎回引き分けだと言い、時間が経つとまたやって来る。それの繰り返しなのだとか。
だからガレオスさんはどうしようもないと愚痴をこぼした。
「はあ、まいった。アイツの親父さん、ウエスギ様がここに居りゃいいんだが……。取りあえずリティ、三日後は絶対に来いよ」
「ん、アルと一緒なら行く」
「ああ、もうそれでいい。アルド、そういう訳だ。ゲストでウチに来い」
「……はい」
こうして僕は、復帰早々騒動に巻き込まれることが決定したのだった。
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