45話 最悪のタイミングで来るヤツ
”斬裂”のタンスロット。
南で有名な冒険者であり、勇者ウエスギ様の長男。
彼は大剣使いで、とても強力なWSを放つことができるらしい。
噂によると、勇者イブキ様が使っていたWSを放つことができるのだとか。
もしその噂が本当ならば、攻撃に関しては最強と言っても過言ではない。
そんな冒険者が閃迅リティアに会いに来たのだという。
だがリティは――
「ん、そう。会わない。あたしはアルと忙しい」
「だがな、お前に会いに来たって言ってんだよ」
「そう」
「『そう』じゃねえよ。分かってんだろリティ、アイツは面倒なんだよ」
「や、別に会いたくない」
「ったく……まあ、気持ちはわからんでもねえけどよう」
「……」
状況はよく分からないが、どうやらタンスロットさんが会いに来た。
しかしリティは会いたくない。ガレオスさんの様子を見るに、会いたくない理由は把握しているようだ。
「ガレオスさん、前に何かあったのですか?」
そういってリティへと目を向けた。
これで十分に伝わるはず。リティと何があったのかと暗に尋ねてみた。
「むぅ、まぁ~ちょっと面倒なヤツでな。悪いヤツじゃねえんだがよう、ちょっと暑苦しいって言うか、ウザったいって言うか、マジで面倒なヤツというか……」
「……なるほどです」
ガレオスさんの口ぶりから何となくだが察することができた。
先ほど、リティのことをライバル視していると言っていた。多分だが、どちらの方が上とかマウントを取るタイプなのかもしれない。
そしてリティの方はそれに辟易している。
きっとそんなところだろう。そういった話は聞いたことがある。
「どうすっかな~。アイツさ、ウチが泊まっている宿屋に居座ってんだよな」
「ん、分かった。今日は帰らない」
何となく嫌な予感がする。
色々と面倒そうな、そんな雰囲気が漂ってきた。
「ガレオスおじさん、わたしのYシャツ持ってきて欲しい。あと下着と――」
「――駄目だからな。アルドのところに泊まるのは無しだ」
「そう」
そういって遠くを見るリティ。
彼女はこれっぽっちも納得していないし、了承もしていない。
僕でもそれが分かるのだ。だから当然――
「リティ」
声に少しだけ威圧を込めたガレオスさん。
今度は言葉ではなく態度で駄目だと伝えてくる。
「むぅ」
「『むぅ』じゃねえよ。そういうところはかあちゃんに全然似てねえな。何だってそうなっちまったのか…………あのお方のせいか。まったく……」
『駄目だからな』と念を押すガレオスさん。
リティはしぶしぶ頷いた。僕はそれを見て胸を撫で下ろす。
つい先日、僕は誤解によって人中を陥没されかけた。
結局シーとは誤解されたまま喧嘩別れとなってしまった。
まさかあのまま町を飛び出していたとは思わなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガレオスさんに促され、リティはアライアンスが泊まっている宿屋へと向かった。
僕まで一緒に行く必要はないが、”斬裂”の二つ名持ちに興味があった。
どんな冒険者だろうとついて行くことにした。
そして、――後悔をした。
「貴方は……いや、貴様はアル――」
「――待ってくださいっ。ここではどうか……」
僕のことを見た”斬裂”は、僕の名前を呼ぼうした。
偽りではない僕の本当の名前の方を。
僕と”斬裂”のタンスロットは、昔会ったことがある。
中央には、貴族たちのための学舎が存在する。
その学舎の名前はラグナウォック学園。歳は12歳から16歳の間で生徒を集い、二年間の学園生活を過ごしてもらうところだ。
学ぶことは一般常識や貴族としてのマナー。
他にはこのイセカイの歴史なども学ぶ。
ただ、一人に対して専属の教師がつくわけではないので、本気で学ぶのなら専属の家庭教師をつけた方が有用だ。
だから大体の領主は、自分の後を継ぐ嫡男には専属の家庭教師を雇い、次男はこの学園に通わせることが多い。
昔、曾祖父に教えてもらった話では、ラグナウォック学園の本当の目的は交流を持たせること。学ぶことは二の次なのだとか。
そうすることで無用な諍いが減るそうだ。
当然、学園を観察することで、今後の動きを見張る指針にもなるのだとか。
そして僕は12歳のとき、その学園に一日だけ在籍したことがあった。
フードを被って髪の色を隠し、素行の悪い生徒を演じて即日退学をした。
これは計画の一つであり、僕が愚か者であることを印象つけるためのことだった。指示したのはオラトリオだ。
そしてそのときに、彼、タンスロットと出会った。
一瞬だけ目が合ったことを覚えている。だからとはいえ、まさか僕のことを覚えているとは思っていなかった。
当時、彼の名前を知らなかったが、僕は彼の強い瞳と真っ黒な髪は覚えていた。
勇者の子供は黒髪になることが多いのだ。
「…………どういうことだ?」
昔と変わらぬ強い瞳で僕のことを睨めつけてくる。
とても自信に満ちあふれた瞳。彼からは強者の風格のようなものを感じる。
そして黒黒とした髪が羨ましい。
「ここでは……ちょっと……」
僕はそういって個室がある方に目を向けた。
しかし彼は――
「この卑怯者がっ、知られるのが怖いのか? だけどぼくは紳士だ、知られたくないことを暴くような真似はしないし、言いふらすような小物でもない。だから何も言わない」
「助かります……」
「話は以上だ。卑怯者はここから去れ」
「……はい」
僕を卑怯者と罵るタンスロット。
彼のいうことはとても正しい。僕は婚約破棄のことを隠そうとしている。
僕の素性を知っている者なら当然の反応だ。だから僕は素直に去ることにした。が――
「閃迅、何故そいつについて行こうとしている?」
「ん、当たり前のことだから」
何故かリティまで一緒に去ろうとしていた。
この場から去ろうとしていた僕に、彼女がついて来ようとしていた。
僕の背中に寄り添おうとしている。
「当たり前? どういうことだい?」
「? 当たり前だから、当たり前」
「………………どういうことだ」
そういって僕を睨めつけるタンスロット。
返答次第ではただでは済まさないと、彼の強い瞳がそう語っていた。
心なしか身構えているようにも見える。
「……ぼ、僕は――」
「――ああっ、すいませんねぇ~。リティにはちょっと用事を言いつけていやしたんでさぁ。そんでその男が案内役で」
「……案内役?」
「ええ、そうでさあ。だからリティ、ささっと行って用事を済ませて来い」
ガレオスさんの咄嗟の機転。
取りあえずこの場を誤魔化して有耶無耶にするつもりのようだ。
僕たちが行った後に、どうにか上手く言いくるめるつもりだろう。
「――リーダーっ、ただいま戻りました。ちゃんとあそこに行って伝言を伝えてきました。これでオレがやらかした件はチャラで……ん?」
突如やってきた狼人冒険者のウーフ。
確か彼は見張りを怠った罰で、ガレオスさんから用事を言いつけられていたはず。それが丁度いま帰ってきたようだ。
「あん? てめえアルド。まだリティアに付きまとってんのか、いい加減にしやがれ、この灰色野郎が」
僕を見つけたウーフは、かなり高圧的な態度で言ってきた。
そして僕とリティの間に割って入ろうとしたが。
「おい、どういうことだ。…………どういうことだ、説明してもらおうか」
僕は再びタンスロットに睨めつけられたのだった。
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あち、誤字脱字なども……




