44話 何でもするの代償
誤字ご指摘、本当にありがとうございます。
「ん、久しぶりで嬉しい」
「僕も久しぶりかも。……それにしてもコレか」
僕はあることを許してもらうために、『何でもするから』と言ってしまった。
それは咄嗟に言ってしまった発言であり、完全に失言だった。
僕はどんな要求をされるのかと怯えていた。
だがしかし、リティからの要求は少々拍子抜けするものだった。
彼女からの要求は、『アルと一緒に演劇を観たい』だったのだ。
そして傷が癒えた三日後、僕とリティは芝居小屋の前に来ていた。
ルリガミンの町に唯一ある芝居小屋。そこそこ人が集まっている。
「料金は僕が払うね」
「ん」
僕の言葉にコクリと頷くリティ。
彼女はいつもの無表情だが、わずかにソワソワしているのが分かる。
口元がいつもより少し緩い。演劇を観られることが楽しみで仕方ないのだろう。
( まあ、僕もそうか…… )
僕も凄く楽しみだった。
この【ルリガミンの町】に来てから演劇を観ていない。
ひょっとすると半年ぶりかもしれない。
「演目は……。【狼人奴隷と主の恋】か」
「ん、わたしこれ大好き」
「うん、僕もこの演目は大好き」
今日開演される演劇は、とても有名な演目だった。
【狼人奴隷と主の恋】は、黒の英雄、勇者ジンナイの活躍を演劇にしたものだ。
20年近く前に作られた作品だが、いまも絶大な人気を誇っている演目。
ひょっとするとほとんどの人が観たことがあるかもしれない。
だから――
( これはどっちだろう……? 黒かな、白かな? )
絶大な人気を誇る作品の宿命とでも言うべきか、この【狼人奴隷と主の恋】には大きな変化が一つあった。
それは主人公ジンナイの立ち位置。
この作品を書いた謎の脚本家シマキーリは、勇者ジンナイは逆境にもめげず、どんな目に遭っても生き抜く、そんな物語を書いた。
しかしここ最近では、そういった辛い場面は柔らかくして、爽快に活躍するところを重視するようになっていた。
話の流れはそこまで大きく変わっていないが、辛いと感じるシーンが大幅にカットされた感じだ。
そしてそれにともない、主人公ジンナイの衣装も変化していた。
初期の頃はみすぼらしい格好で、黒を基調とした衣装だった。
しかし最近演じられているものは、白を基調とした衣装が多く、前のようなみすぼらしさは完全になりを潜めていた。
どちらも素晴らしい演劇には変わりないのだが、僕個人としては昔の方が好きだった。
だから主人公の衣装の色が気になっていた。
「ん、始まる」
「うん」
中に入ってしばらくすると、開演を知らせる笛の音が鳴った。
この物語の冒頭、勇者ジンナイが奴隷を買うシーンが始まった。
ここで主人公のジンナイは狼人の少女を買い、そこから物語が動いていく。
整った顔立ちの役者が颯爽と登場し、檻に入れられた奴隷たちを見て回る。
「……白か」
主人公の格好は白を基調としたものだった。
薄汚れた格好ではなく、子供や女性の観客にとても受けそうな感じ。
僕は心の中で少しだけ落胆する。これも好きだが、子供の頃に父と一緒に観た演劇を期待していたから。
物語はつつがなく進んでいった。
心地良い爽快感を感じさせる演出と脚本。
ダンジョンで魔石魔物と戦う場面では、主人公がみんなを指揮しながら戦い、鮮やかに魔物を倒していく。
そしてとても良い笑顔で勝ちどきを上げる主人公のジンナイ。
魔法を使った舞台演出なのか、主人公の周りがキラキラと光っている。
それにうっとりと寄り添う奴隷少女のヒロイン。
「……だいぶ変わったんだな」
この【狼人奴隷と主の恋】は、昔観たときよりもだいぶ変わっていた。
これはこれで悪くはないと思うのだが、昔のを知っているとどうしても比べてしまう。
父と一緒に観たときの演劇は凄かった。
本当に凄かった。特に主人公を演じていた役者が凄かった。
目の下に隈を作って目つきを悪くし、衣装はボロボロで、とても応援したくなるような主人公だった。頑張れと声を掛けたくなる。
だけどこの主人公は――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うん、面白かったね」
「ん、面白かった」
劇を見終わったあと、僕たちは近くにあった軽食屋へと入った。
そしてそこで劇の感想を語り合う。僕もそうだが、リティも話したそうな顔をしていた。
「結構面白い改変だったね」
「ん、最初は少し心配だった。でも、面白かった」
「ちょっと調べたけど、今回の脚本を書いた人ってシルバーマンって名前の人だって。他にも何本が書いているみたい」
「そうなんだ。他のも観てみたい」
正直なところ、最初の方は心配だった。自分たちが求めているものではないと。
でも途中から引き込まれだした。テンポ良く物語が進み、ひたすら爽快感が続く展開。思ったよりも悪くなかった。いや、かなり良かった。
息を呑むような感じではないが、するっと入ってきて楽しめる内容だった。
小さい子にはこっちの方が楽しめるだろう。
心に残り続けるような凄みはないが、瞬間的な楽しさは十分にあった。
ただ……
「でもあれだね。瞬迅ラティ役の演技がちょっと……」
「ん、わたしもそれだけは不満だった」
原作者シマキーリが書いた物語の方では、瞬迅ラティは一歩引いて陰から支えるといった感じだった。あまり前には出ず常に控え目。
しかし今日の劇では真逆で、主人公にいつも引っ付き、何かにつけて主人公を褒めちぎり、誰よりも主人公のジンナイを褒め称えていた。
ジンナイが明るいイメージは受け入れられたが、瞬迅ラティ役まで明るいのには強い違和感を覚えた。
爽快感を重視した作りだったので、それに合わせたと言えばそうなのだが、どうしてもその点だけは不満が残った。
「僕としては、瞬迅役はもうちょっとお淑やかな感じの方がいいかな」
「…………ん、そう」
「子供の頃に観たときはさ、あの控え目な感じに惹かれたんだよね。常に寄り添っているけど、そればっかりじゃなくて、ちゃんと厳しい一面もあって――」
僕は瞬迅ラティの魅力について語った。
とても華があるが、それを前面に出す感じではなく、だけど凄さを感じさせる苛烈さもあり、ときには支え、ときには叱咤する。そんな瞬迅が好きだとリティに熱く語った。
「『あの』っていう瞬迅の口癖が実は好きでさ、それで瞬迅の……リティ?」
「……ん、なに?」
「いや、なにって……」
何故かリティが僕の頬を抓っていた。
別に痛い訳ではないが、抓る指先からは彼女の不満を感じた。
もしかするとひょっとするとまさかとは思うが、拗ねているのかもしれない。
( そういえばリティって、瞬迅の再来って言われて…… )
まさかとは思うが、瞬迅と比べられていると思っているのかもしれない。
彼女の顔をよく見れば、そういった不満さがありありと分かった。
「あの、ごめん……」
「………………ん」
取りあえず謝ってみたが、抓る指先は離れなかった。
むしろ強くなっている。
「えっと……リティ?」
「……」
望む答えではなかったためか、まだ頬から指が離れない。
どうしたら良いのか分からない。
拗ねているのは分かるのだが、それを解消させる言葉が思い浮かばない。
( どうしたら……あっ )
「ねえ、リティ。僕たちを助けてくれた仮面の人って知らないかな? お礼を言おうと思ったんだけど、あの日から姿を見せていないみたいで」
「ん、わたしも見てない。それに、わざわざ探し出して言わない方がいいかも」
「え?」
「ん、冒険者の流儀。偶然会ったときに言えばいい」
「へえ、そういうもんなんだ……」
「ん、そう」
よく分からない流儀だが、冒険者として先輩のリティに従うべきだろう。
「リティ、そろそろ……」
「ん、いや」
話を逸らしてみたが、それでも抓る指を離してくれなかった。
そろそろ周囲の視線が痛い。
あの閃迅が店に居るうえに、その閃迅が男の頬を抓っているのだ。何だろうという視線が先ほどから痛いほど突き刺さっている。
「リティ……さん、そろそろ――」
「――リティっ、ここに居たのか。例の面倒なヤツが来たぞ」
「ガレオスさん?」
「おじさん、面倒なのって……アレが来たの?」
軽食屋にやって来たのはガレオスさん。
少し慌てた様子で、どうやらリティを探していたようだ。
そして少し不穏なことを言っている。
「ああ、そうだ。アイツが来たぞ。お前の自称ライバル、”斬裂”のタンスロットがお前に会いに来たぞ」
読んでいただきありがとうございます。
よろしければご指摘や感想、ご質問などいただけましたら嬉しいです。




