3話 駄目なシンデレラ
「……あの子は一体……」
困惑した。
あのリティアという少女に困惑していた。
”閃迅”リティア。
その名前と目覚ましい活躍のことは噂で知っていた。
だからこそ僕は困惑した。
彼女が見せた感情に嘘は見えず、偽りを嗅ぎ取ることもできなかった。
僕は育ってきた環境から、嘘と偽りには敏感になった。
だから分かる、あれは紛れもなく好意だったと。そう、僕に向けた――
「……やっぱり判らない」
ウーフと言う狼人が割って入ってきてくれたお陰で助かった。
彼は僕から彼女を引き剥がし、そのまま彼女を問い詰め始めた。
僕はその隙をついてその場を離れ、取り敢えず逃げ出すことに成功した。
その後は宿の部屋に籠もっている。
本当に分からない。
どういうことなのか全く把握できない。
それに、彼らは僕のことを『王子様』と呼んでいた。
アルトガル王家第一王子である僕のことを、『王子様』と呼んだのだ。
完璧に隠していた訳ではないが、僕が王子であることを知っている冒険者はいないと思っていた。
そもそもステータスプレートには冒険者と表示されている。
名前だって特別な付加魔法品を使って一部偽っている。
『アルト』ではなく『アルド』と。
だから僕が王子だと判るはずがない。
そう、知っているならともかく判るはずがないのだ。
僕がガルト王子の双子の兄であると……
僕には双子の弟がいる。
子供の頃は本当にそっくりだったらしい。
違いがあるとすれば、僕の方が僅かに髪の色が薄いことくらい。
両方とも母親譲りの金髪だが、僕の方は少しだけ色が薄かった。
しかし薄いと言っても、横に並んでやっと違いが判る程度。
一人で居たらどちらか判らないと言われたことがある。
だから僕たちは、そっくりな双子だと知れ渡っていた。
そう世間では、アルト王子とガルト王子はそっくりだと認識されているのだ。
実際、そのように公表されていた。
だから王子だった僕と会ったことがある者ならともかく、そうでない者には、僕が王子だったとは判らないはず。
弟のガルトは公務などで姿をよく見せているし、姿絵も売られているから尚更だ。
色褪せた暗い灰色の髪をしている僕とは大違いなのだ。
顔つきだっていまは全く違う。
「……やっぱり、おかしい……」
腑に落ちない。
考えれば考えるほど腑に落ちない。
もし僕のことをアルト王子だと知っているのだとしたら、あの好意の説明がつかない。
世間では、僕は最低の人間とされている。
三回婚約して、三回の婚約破棄を突きつけた女性の敵。
一度目は伯爵家の令嬢と。
二度目は公爵家の令嬢と。
三度目は大商人の娘と、婚約後に婚約破棄をした。
彼女たちを地獄へと叩き落とした男。
誰がどう見ても最低の男だ。
彼女たちには何の落ち度もなかったというのに……
( そう、悪いのは僕と曾祖父と…… )
当時のことは今でも鮮明に思い出せる。
僕が全てを失い、たった一つの誇りを手に入れた日。
あの日から僕の道は決まった。――いや、決めた。
自分で選んだのだ。
示された道を歩むことを……
『……アルトよ、少し話がある』
その声はとても威厳のある声だった。
だけど何処か優しさを感じさせる声でもあった。
声の主はギームル。アルトガル王国の元宰相であり、”正解を導き語る者”と讃えられた傑物。
そして僕の曾祖父でもあった人。
曾祖父は、大怪我を負った僕の見舞いに来てくれていた。
彼のことは話に聞いていたが、出会ったのはあのときが初めてだった。
僕がまだ赤子だったときに、一度だけ抱っこしてもらったことがあるそうだが、さすがにそのときの記憶はない。
そんな曾祖父が、僕にあることを持ちかけてきた。
それは僕にしかできないことであり、他の人から見たらとても残酷なこと。
曾祖父のギームルは、僕に囮になれと言ってきた。
しかもとびっきり愚かな囮に……
曾祖父は、まだ子供だった僕にも理解できるように話してくれた。
17年前に、勇者様たちが魔王の消滅を成し遂げた。
このイセカイは、百年おきに発生する魔王に脅かされていた。
勇者を召喚して魔王を討伐しても、百年後にはまた魔王が発生していたそうだ。
そして僕たち王族の役目は、その魔王を倒すことができる勇者を異世界から召喚すること。
しかし勇者を召喚するには王族の犠牲が必要だった。
勇者召喚という秘術を発動させるには、初代勇者の血を受け継いできた王族が必要だったのだ。
だから厳密にいうと、王族の役目とは勇者召喚の触媒になること。
そして次の代の触媒を生むこと。
そんな残酷で尊い役目を背負っているから、貴族たちは王族に傅いていたそうだ。
しかし今代の、十三代目勇者様は魔王を消滅させた。
もう発生することがない完全な消滅。
百年後に魔王が発生することがなくなったのだ。
これは王族の最大の役目がなくなったことを意味していた。
もちろん、魔王による脅威がなくなったのだから喜ぶべきことだ。
そして百年おきに王族の誰かが犠牲になることもない。母のように両親と弟を失うこともない。諸手を挙げて喜ぶべきこと。
だがしかし、これによって新たな問題が発生すると教えられた。
皮肉なことに、魔王の存在が貴族たちを結束させていたのだという。
多少の諍いはあるものの、百年後に発生する魔王に向けて彼らは結束していたそうだ。
要は、魔王が消滅したことによって、結束する理由も消滅したのだ。
いますぐどうにかなる訳ではないが、確実にそのときがやって来るだろうと曾祖父は言った。
貴族同士の争いが激化して、最終的には全ての領地同士が争い、そして疲弊していくと……
そんなことは無いと思いたかった。
しかし1300年もの間、魔王という外敵によって纏まっていたのだ。
その枷が無くなったいま、間違いなく世の中の流れは大きく変わる。
仮にほとんどの領地が動かなかったとしても、どこか一つの領地が動けば情勢は一気に動くものらしい。
そして呑気に構えている者から潰されていくのだとか。
だからそれを未然に防ぐためには、全ての貴族を牽制、もしくは諫める存在が必要なのだという。
その役目は王族がするべき。
このイセカイを安寧へと導くのが王族の本来の使命。
だがしかし、いまの王族にそこまでの力はない。
貴族たちの頂点ではあるが、同時に貴族たちによって支えられた存在。
四つの公爵家。
四つの伯爵家によって支えられた存在。
それが今の王族だ。
勇者召喚という強みを失ったいま、王族は間違いなく衰退する。
だが今なら、魔王を消滅させた勇者を迎え入れた今なら盛り返せると曾祖父は言った。
希望を背負いし者と称された勇者シモモト。
僕の父がいるうちならできると断言した。
最も力を持っている公爵家には、現在勇者様は所属していない。
だから勇者という絶大な名声を振りかざし、いまのうちに地位を確固たるものにするべきだと曾祖父は言った。
そして、愚かなことを企む者を早々に叩き潰すべきだと……
それが僕の役目になった。
大怪我によってさらに不良品となった僕だからこそできる仕事……
「ふう……」
ベッドへと仰向けに横たわる。
チラリと窓を見ると、外は真っ暗になっていた。
あれこれ考えながら昔のことを思い出していたのだが、思ったよりも時間が経っていたようだ。
食事はどうしようかと考えたが、天井を眺めながら昔のことを再び思い出すことにする。
『――すまぬが、愚かな王子を演じてくれ』
その言葉を最初は理解できなかった。
だけど続きを聞いて理解できてしまった。
自分が適任だと、適任過ぎると……
当時、まだ幼かった僕にはうっすらとしか理解していなかった。
自分がいかに異端であるかということを。
まず、【鑑定】の【固有能力】を持っていなかった。
この【鑑定】という【固有能力】は、ほとんどの人が持っているものであり、例えるならば、それを持っていない自分は生まれつき片目が見えないようなもの。誰でもできることが僕はできなかったのだ。
次にステータスの一つ、【CHR】も無かった。
この【CHR】が無いということは、人に与える自分の印象が低下することを意味していた。
ただの冒険者だったらまだ良かった。
しかし僕は王族の第一王子、そういう訳にはいかない立場。
人の上に立つ者として、【CHR】がないのは致命的だった。
僕は、誰もが持っているモノを持っておらず。
王族として絶対に必要なモノも欠けていた。いわゆる【欠け者】だ。
【欠け者】とは、ステータスの一部が欠けた者を呼ぶときの蔑称。
ウルガさんとウーフという狼人に言われたとき、じくりじくりと心が痛んだ。
しかしそんな僕だからこそできることを曾祖父は与えてくれた。
王族としての役目を果たせぬ僕に、曾祖父は大事な役目を与えてくれた。
愚かな王子を演じて、それに食いついてきた者を釣り上げて裁け。
さすれば――
「――ん?」
思いに耽っていた室内に、扉をノックする音が響いた。
こんな夜中に来客があるとすれば一人だけ。
「……どうぞ、ドローヘンさん」
「はい、失礼します、アルト様」
鍵を開けて扉を開くと、そこには予想通りの人物が居た。
中央、アルトガル王国の宰相オラトリオの腹心であるドローヘンが立っていた。
いつも通りつまらなそう顔をした彼は、部屋に入ると早々に用件を口にした。
「アルト様、予定の期間が過ぎました。あとはできるだけ証拠を残して最後のご使命を…………宜しくお願いします」
「……はい、分かりました」
僕はぐっと灰黒色の襟巻きを握りしめた。
この町でマフラーをしている者はほとんどいない。
しかもこんな地味な色をしたマフラーを付けた者は僕以外誰もいない。
間違いなく目印となることだろう。
「いいですか? 早い分には構いませんが、あまり長くならないようにとのことです。では、用件は以上です」
「はい……」
ドローヘンはそう告げると、早々に部屋を後にした。
そこには王族に対する敬意は微塵もなく、あるのは蔑みに似た何かだけ。
「最後の使命か」
最後の使命に怖じけ付いたつもりはない。
ただ、あと少しだけ冒険者でいたい。
せめて何か、冒険者らしいことをしてから使命を果たしたい。
誇りに思える何かを得てから――
「あ……」
ふと、夢の中で会う女の子のことを思い出した。
僕に唯一の誇り与えてくれた狼人の女の子のことを……
そして同時に、今日初めて出会った閃迅リティアのことも何故か思い出した。
二人は全く似ていない。
夢の中の子は、全てを照らすお日様のような温かい笑みを見せる女の子。
一方、今日出会ったリティアは、夜空に浮かぶ孤高な月のような静かな貌をした狼人。
髪の色も太陽と月のようだ。
日の光のように輝く亜麻色の髪と、月の静かな光を集めたような銀色の髪。
二人は本当に正反対だ。
だというのに、何故か二人のことを重ねるように思い出していた。
「――あれ?」
再びノックの音が響いた。
思い当たるのはやはりドローヘンだけ。
もしかすると伝え忘れたことがあったのかもしれない。
「どうぞ、ドローヘンさん。鍵は開けたままです」
僕は、ドローヘンに声を掛けたつもりでそう言った。が――
「え? 閃迅……リティアさん」
「……ん、来た」
開いた扉の先には、閃迅リティアが立っていた。
見間違えることのない凄まじく整った貌で、僕のことを見つめていた。
そして何故か、彼女はYシャツ一枚だけの姿だった。
読んでいただきありがとうございます。
宜しければ感想とかファンアートなどいただけたら嬉しいです。
でもよく考えたらファンアート絶対に無理そうなので、自分で描いて自分に送ります(いつか……