39話 ロイの欲望
ちょっと厳しい表現があります
彼女は苛立っていた。
中央、アルトガルから少し東へと行った所にあるルリガミンの町に来てから、彼女はずっと苛立ち続けていた。
彼女は、この町に仲間を探し求めに来ていた。
強い仲間が居れば、半年後に予定している領地取り合戦に勝つことできる。
そう考えていたのだ。
そして仲間を探すために入った酒場で、彼女は二度と会いたくなかった男と会ってしまった。
シオンは、元婚約者のアルトと再会してしまった。
アルトとは婚約破棄のとき以来会っていなかった。
当然、会おうと思ったことはないし、一生会うつもりもなかった。
だが出会ってしまった。
短絡的、直情的なそんな彼女は、アルトの顔を見た瞬間、頭に血が上って必殺のWSを放ってしまった。
殺してしまいたいほど恨んでいる訳ではないが、突然の再会だったため、うっかり緋色の一閃を放ってしまったのだ。
しかしと言うべきか、それとも幸いと言うべきか、そのWSは一人の少女に受け流された。
誰だと受け流した相手を見れば、息を呑むほどの美少女だった。
必殺のWSを受け流されたことも驚きだったが、その銀髪の少女の容姿も衝撃的だった。
そして、その銀髪の少女がアルトを庇ったことが……何故か許せなかった。
その後、短い話し合いのあと帰ったが、妙な苛立ちが止まらなかった。
アルトへの怒りはあったが、WSを放つことで一種のガス抜きとなっていた。
彼女自身気が付いていないことだが、あのWSを放ったことでアルトへの怒りが多少鎮火していたのだ。
そしてそんなときに、驚くほど綺麗な子がアルトを庇っていた。
純粋な怒りとは違う種類の怒り、そんな苛立ちに似た何かがシオンの中で湧き上がっていた。
そしてそんなことがあった次の日、シオンはアルトと再び出会ってしまった。
正確には、シオンの方が見つけてしまった。ガルトのことを複雑な表情で眺めているアルトを。
婚約破棄の経緯で、シオンはアルトが置かれてる状況を知っていた。
アルトは餌であり囮。自分の父親のような愚かで欲深い者を釣り上げるために用意された存在だと知っていた。
シオンは父親から、可哀想な王子が居るから仲良くしてあげなさいと言われた。
まだ幼かった彼女はそれを信じ、言われるがままにアルトと接していた。
可哀想な王子さまをなぐさめてあげる、それが自分の役目だと……
しかしそれが少しずつ変わり、いつの間にか、『王太子から蹴落とされて、王様になれなくなった可哀想な王子』へと変わっていた。
最初は領地で共に暮らすと聞かされていた。
それもいつの間にか、その王子とお城に住めるようになれへと変わった。
シオンは実の父に利用されていたのだ。彼女の無垢で純粋な思いは、中央へ食い込むための楔として利用された。
アルトが囮でなかったら上手くいったのかもしれない。
しかしアルトは囮であった。中央へと食い込んだつもりだったのだろうが、それはただ誘き寄せられただけ。ハルイシ伯爵は釣り上げられたのだ。
シオンの父親ハルイシ伯爵は、王太子であるガルト王子を排除するための策を用意していた。
しかしそれを暴かれ、ハルイシ伯爵は王家、それと東の長エウロス公爵によって降格、降爵されて領地も没収された。
このときになってシオンは真実を知った。
自分の父が王太子降ろしを画策しており、それを婚約者のアルトは事前に知っており、裁きの鉄槌を下そうとしていたことを。
何も知らなかったのは自分だけ。
自分だけが何も知らずに踊らされていたのだと、そのとき知ったのだった。
彼女は激高した。
あまりのことに家を飛び出し、当て付けのように冒険者へとなった。
貴族が家を飛び出し冒険者になることは珍しくはない。有名な例では、現ボレアス公爵がそうだ。現ボレアス公爵は家を飛び出した五男だったそうだ。
だからシオンが冒険者になることはそこまで珍しいことではなかった。
ただそこには、冒険者になりたいと言っていたアルト王子への当てつけの意味も込められた。
しかしシオンは後悔した。
男爵へと降爵された父が暴走し、手当たり次第に領地取り合戦を繰り返していた。
父を止める者がいなかったのだ。
そしてその結果、元から狭かった領地がさらに狭くなっていた。
彼女としては領地のことはどうでも良かった。
しかし領民のことは別だった。彼らにはなんの罪もない。
合戦によって切り取られた領民たちは、勝者の方の領民に虐げられていた。
それはよくある政策方法の一つだった。
自分たちよりも下の立場の者を作り、それを捌け口にすることで不満などといったものを解消する方法だ。
元から住んでいた領民だとさすがに問題があるが、新たに得た領地の者なら誰も文句は言わない。
そうやって勝者であるメークイン上級男爵は領地を治めていた。
だからシオンは、領民のために領地取り合戦を決意した。
父親には任せられない。それに彼女の父は、領地取り合戦の後遺症で気が触れてしまっていたのだ。
いまは押し込めるように幽閉している。
「はあ? あっちが断って来たって?」
「ああ、ウチらと一緒にやるつもりはねえってよ。だからよう、今日はウチらだけで行こうぜ」
「ハズレルートの方ならアイツらと出くわさねえだろうしな」
「ったくよう、オレらの世話になってたのに、ふざけた野郎どもだぜ」
「……」
シオンは苛立ちながらも納得していた。
偉大なる適当だけでも十分に魔石魔物狩りが可能だ。
人数が多い方が何かあったときに有利だが、昨日の自分たちの失態を見るに断られてもおかしくはない。
あれだけ大口を叩いていたのに、役立たずと罵っていたアルトに助けられたのだ。アルトがいなければロイは死んでいたかもしれない。
だから見限られてもおかしくない。
だが違和感を覚える。
昨日別れるときのやりとりでは、『また明日も』とグレランの方から言ってきたのだ。
それが今日になって覆された。
「……んだよ、シオン。オマエ、あのアルドってヤツと一緒に魔石魔物狩りをやりたかったのか? あんな野郎と一緒によう」
「――そんな訳ないでしょ! アイツの顔を見なくて清清したところよ。いいじゃない、行くわよ、そのハズレルートってところに」
挑発のような言葉に乗ってしまった。
しかし彼女は、間違っても認める訳にはいかなかった。
アルトのことは決して許せる相手ではない。自分を裏切った相手なのだと心の中で言い聞かせる。
そう、自分を裏切ったヤツなのだと……
自分のことを騙して、婚約をしたヤツなのだと。
あのとき、本当のことを明かしてくれさえすれば、もっと違った未来があったかもしれないのに、あの男はハルイシ家を貶めることを選んだのだ。
シオンは、そのことだけが絶対に許せなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シオンたちはハズレルートへと入った。
そしてしばらく歩き、魔石魔物狩りをするのに丁度良い場所を見つけ、そこで狩りをすることにした。
しかし人数は6人だけ。だからあまり無茶はできない。
なので彼女たちは、地面に置く魔石は一個だけだと事前に取り決めた。
「いい? 今日は魔石一個だけでいくからね。そっちもそれで良いわね」
「ああ、構わん」
「それで俺たちは良いぜ」
今日から入った二人に確認を取り、そして了承を得た。
シオンはその二人からの視線を無視するように、持っていた魔石を地面に置こうとした。
( 今日は、何か変…… )
その二人だけでなく、元から居る三人の視線にも違和感を覚えていた。
いつもとは違い、どこか値踏みするような視線をもらっている気がしたのだ。
いままでそんなことは少なかった。
だけど今日は、それが露骨な気がしてならなかった。
シオンはその視線が嫌で、自分の視界に入らないように屈んで魔石を置いた。
そのとき――
「きゃっ!?」
後ろから誰かに背中を押された。
彼女は倒れぬように咄嗟に手を地面についた。
押したヤツは誰だと、振り向こうとしたが。
「――あああああああっ!」
ゴキリと音がなった。
神経を針で弄られたような、そんな身体の芯からの痛みが走った。
呼吸が止まり掛けるほどの激痛。ぶわりと汗が噴き出すような痛みがシオンの右肩を襲った。
「あ? 何が――あぐっ!? いっ――――――――っ!!!」
今度は膝裏に嫌な痛みが走った。
切られたときに感じる熱い痛みではなく、骨の中まで痛みが到達するような、そんな嫌な重さを感じさせる痛みが膝裏を抉った。しかもそれが連続で続く。
ロイたちは、シオンが倒れた隙をついて右肩を外し、その痛みで動きが止まった彼女の膝裏を足裏で踏み抜いたのだ。
スカーレットの二つ名持ちの彼女と言えど、肩と膝をやられては反撃へと転じられなかった。
「――っ!」
「へえ……」
シオンは歯を食い縛って悲鳴を上げぬように耐える。
悲鳴を上げるような女々しい真似はしたくない、そんな矜持が彼女にあった。
しかし目の端には涙が滲んできた。
「オラよっ、こっちを向け」
「あぐっ」
うつ伏せに倒れていたが、強引にひっくり返されて仰向けにされた。
強引に動かされ、肩にまた激痛が駆け巡る。
「――あ、ンタ……これは何の真似?」
涙で滲むシオンの視界には、下卑た顔をしたロイが映っていた。
彼女は痛みに堪えながら何とか言葉を発する。本当は怒鳴り散らしたいところだが、わずかな振動でも右肩の激痛を呼び起こしていた。
ゆっくりと呼吸を整えながら、シオンはロイからの返答を待つ。
「……何の、真似? この状況でよう、それが分からねえほど初心なのかオマエは? まあ、処女みたいだしな。もしかしたら分かんねえか」
「――っ」
シオンの腹にどっしりと腰を下ろすロイ。
彼女は蹴り上げて退かしたい衝動に駆られるが、膝裏に響く鈍い重い痛みが足を動かすことを躊躇わせた。少し力を入れただけで痛みが何倍にもなったのだ。
いまシオンにできることは、きつくロイを睨むことだけ。
「へっ、その勝ち気な目はいつも通りかよ。ちっとぐらい泣き顔を見られると思ったんだがな。まあいいや、――ぜってえ泣かせてやる。オレたちをコケにしたんだ、泣いて許してくださいって縋らせてやる」
「……どうやってやるのよ。顔でも殴るの?」
「……オマエをコイツらと共有するつもりはなかったんだけどな。まあ仕方ねえか、落ちなかったおめえが悪い」
「くっ」
シオンは、いまの言葉で自分が何をされるのか嫌というほど悟った。
そしてそれが正しかったかのように、ロイの腕が不埒な動きを見せる。
首筋に人差し指を添わせ、それが下へ下へと流れていく。
「このクズが……」
ロイの指が、シオンの胸元まで下りて行った。
ただ、彼女はブレストアーマーを纏っているので、その指が柔らかさに触れることはない。
「……さてと、そろそろ邪魔なモンを外すか。おい、オレがコイツを押さえておくから、横から鎧を外せ」
「ああ、わかったよ。だけど次はおれの番だからな」
パースがそう言って屈み込んだ。
そしてシオンのブレストアーマーの留め具へと手を伸ばす。
「――っ!」
ここで彼女は決断する。
肩が外されて痛みが酷いが、このままではもっと酷い目に遭う。
こんなところで食い散らされるために取っていた純潔ではない。まして複数になど、そんなことは絶対に嫌だと心を奮い立たせる。
純潔を散らしたくはないと、シオンは全力で起き上がろうとした。
「甘えよっ!」
「――っああああああああああああああああああああああ!!!」
動くことを見越していたロイが、シオンが起き上がろうとした瞬間、外されている肩をぐりっと無慈悲に押し付けた。
いままででも十分痛かったのに、そんなモノを掻き消すような激しい痛みがシオンの右肩を襲った。
あまりの痛みに呼吸が辛くなる。
その激しく空気を求める口を、ロイが手の平で覆い、顔を近づけて耳元とで囁いてきた。
「……大人しくしてな。これ以上痛ぇ目に遭いたくねえだろ? まあ、最初はちっと痛えかもだけどな」
「――っ」
痛みで零れた涙をロイが舌で舐め取る。
シオンはその嫌悪から瞳を閉じたくなった。
しかし負けたくない、そんな思いで彼女はロイを睨みつけた。
その目を見て顔を歪ませるロイ。
「……気に食わねえ、ぜってえに泣かしてやるっ。パースっ、とっとと鎧を外して――避けろ!」
「へ? ――っがは!?」
鎧の留め具を外そうとしていたパースが吹き飛んだ。
正確には、アルトに蹴り飛ばされた。
アルトは剣を抜き放ち、シオンの上に乗っかっていたロイへと斬りかかる。
「シーから離れろっ、この野郎ども!」
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、感想など感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……




