36話 リ⤵ティ⤴
目を覚ますと、昨日と同じ光景だった。
普段よりも幼い顔をしたリティが、すうすうと愛らしい寝息をこぼしていた。
彼女は昨日と同じように、僕を介抱した後そのまま同じベッドで眠ってしまったようだ。
薄暗い部屋で輝いて見える銀色の髪が、顔を覆い隠すように流れていた。
僕は指の甲でそっと触れ、触れるか触れないか程度で優しく髪を梳く。
「ん……」
触れたことがくすぐったかったのか、彼女はわずかに身動ぎした。
襟口から鎖骨がチラリ。見てはいけないとすぐに視線を逸らす。
今日もリティは薄着のようだ。とてもではないが、このまま一緒に寝ていることはできない。
介抱するときに外したのか、横に置かれたマフラーを首に巻き、僕は彼女を起こさぬようにそっと寝床を後にする。
「……モブオさんはどうなったかな」
まさかあのままとは思わないが、それが少し気になって宿を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まだ暗いのか」
昨日は早い時間から飲み始めたためか、ぐっすり眠った後でも外は薄暗く、太陽はまだ昇っていなかった。
生活魔法”アカリ”を唱え、僕は小さな光源を作る。
これはルリガミンの町の決まり。日が昇っていないときに町を歩くときは、”アカリ”を作らなくてはならないのだ。
もし大した理由もなしに”アカリ”を唱えない者が居たら、それは闇に乗じて暗躍する者と見られる。要は、夜盗扱いされる。
何も後ろめたいものがないのであれば”アカリ”を唱えることができる。
僕はしばらく歩き、昨日大騒ぎした店へと辿り着いた。
「よかった。ちゃんと連れて帰ってあげたみたいかな?」
昨日寝かされていた場所にモブオさんはいなかった。
ちゃんとグレランのメンバーがモブオさんを連れて帰った様子。
僕はホッと胸をなで下ろすが、次はどうしようかと悩む。
リティの介抱のおかげで今日も二日酔いで悩まされることはない。
しかし部屋に戻るのは少々、結構、かなり躊躇いがある。
「……」
襟口から見えた艶めかしい鎖骨を思い出す。
やはり部屋に戻ることはできない。寝起きのリティはとても無防備で、こちらが何をしても受け入れてしまいそうな危うさがある。
本当に色々とやっぱりなんだかんだ戻ることはできない。
僕は時間を潰す意味で、薄暗い町を散策することにした。
「…………」
しんと静まった薄暗い町の中で、僕はリティのことを考えていた。
彼女からの好意は疑いようがない。それは分かる。
だけど、その好意がどこから来るのかが分からない。
僕とリティに接点はない。
少なくとも、僕に対して好意を抱くような強い結びつきはなかった。
観劇が好きという共通点はあるが、そんな共通点は誰にでも言えること。
だというのに、彼女はあんなあどけない寝顔を僕に晒していた。一体どれだけ僕のことを信用しているのだと問いただしたくなる。
もしかすると、男女の間や営みに対する知識が薄いのかもしれないが……
「……分からない…………んっ?」
少々上の空で歩いていたら、聞いたことがある声が聞こえてきた。
その声音の硬さから、あまり良くないことを話していることが分かる。
僕はそういった声音には聞き慣れていた。
できる限り足音を消し、僕はその声がする方へと向かう。
するとそこには、予想通りの人たちがいた。
「……5人?」
建物で陰になっている場所に、ロイ、パース、ガエンが居た。
それと見たことのない二人の冒険者。彼らは集まって何かを話している。
( ”アカリ”を点けずか…… )
先ほどの硬い声音もそうだが、彼らは”アカリ”を使わずに薄暗い場所に居た。このことから、何か後ろめたいことがあるのだろうと予測できる。
僕は気配を消して、そのまま立ち聞きすることにした。が――
「おい、誰か居んぞ」
「ああっ?」
見たことがない二人のうちの一人が、険のある声でそう言った。
視線をこちらの方に向け、僕がここに潜んでいることを周りに知らせた。
きっと【索敵】持ちか何かだろう。
「…………僕です」
わずかな逡巡の後、僕は素直に姿を現す。
走り去るという選択肢もあるが、二日連続で一緒に狩りをした人たちだ。
ここで逃げるというのはあまりにも不自然過ぎる。
僕は偶然出くわした風を装い、警戒心を抱かせぬように両手を上げた。
「てめえは……灰色野郎か」
「……はい。ちょっと散歩をしていました」
薄暗い路地裏だが、汚い灰色の髪と、黒灰色のマフラーのおかげで名乗らずとも僕のことが分かった様子。
「何か用か? それとも……何か聞こえたか?」
「いえ、何も。ただ、誰かの話し声が聞こえたので、それで釣られて来ただけです。それと余計なトラブルを避けたかったので、できる限り静かにしていました」
「……ふん。おい、行くぞ」
僕の顔を見定めた後、ロイたちは路地裏から出てきた。
すぐに道を譲るように半身ほど退いたが。
「退けよ」
そう言ってロイが肩を僕にぶつけてきた。
思ったよりも強く押され、後ろへとたたらを踏む。
「――はっ」
「だせえっ」
5人は後ろに下がった僕を嘲るように見た。
完全に見下した視線、そんな中、ロイだけは苛立ちの色を見せている。
「っぶ!」
「――っ!」
ロイが僕に唾を飛ばしてきた。
呆けていたら唾を掛けられていたかもしれないが、僕はそれを見ていたので素早く躱した。
「何をするんですか」
「ああ? 何かうす汚えのが居たからよう、ちょっとはキレイにしてやろうと思ってな。だから気にすんな」
ヘラヘラと笑いながらそんなことを言ってくるロイ。
ここまで嫌われる覚えはないが、僕を敵視していることを再認識する。
彼のこの目は、昔からよくもらっていた視線だ。
( ……間違いなく敵だ )
「じゃあな」
ロイは4人を引き連れて去って行った。
途中からはアカリを唱え、規則で咎められぬようにしている。
僕はそれを見送った後、そろそろ起きている頃だろうと宿へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉の鍵はあるが、いきなり開ける訳にはいかない。
2~3回ほど深呼吸してから扉をノックする。
「リティ? 起きているかな?」
「ん、起きてる」
部屋から返事が来た。
リティはすでに起きている様子。
彼女のその声から、寝起きではなく起きてからしばらく経った後だと何となく判る。
「リティ、扉を開けても平気かな?」
「ん、いま開ける。それと――」
「うん?」
扉を小さく開いて顔だけを覗かせているリティ。
彼女は少し困った顔をして――
「アル、わたしのパンツどこ?」
「リティぃいい?」
この後、またも下着は見つからず、昨日と同じような状態でリティを宿へと送った。
そしてその日の魔石魔物狩りには、シーたちのパーティは参加していなかった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……何卒




