35話 モブオ散る
誤字脱字ご指摘、本当にありがとうございます。
今日の魔石魔物狩りは中止となった。
上手く行きすぎた流れからの鉄火場。
こういったときは、狩りを早々に切り上げるのが吉だとか。
こうして僕たちは、いつもより早い時間に――
「アルドおおおおお! 良くやったぞ! まあ、ワイもだけどなっ!!」
いつもの酒場兼食堂に来ていた。
まだ早い時間なので、いつもは満席の店も空いていた。
その空いている店に、グレランのメンバーだけで来ていた。
シーのパーティは今日は来ていない。
「はい、凄かったですよモブオさん。あと、ちょっと飲み過ぎかと……」
「はははあっ、このぐらいは普通さ」
酒を呷ってご機嫌なモブオさん。
ハリゼオイを相手の迅盾が大きく評価され、モブオさんはみんなから酒を勧められていた。
「いやあ、ワイの才能が怖いわ~」
「ええ、本当に凄かったですよ。あれのおかげで僕とサリィさんが助かりました。もしハリゼオイのタゲを取ってくれていなかったらどうなっていたことか」
「――っだろおおおお!! わかってんじゃねえか! 瞬迅の再来とかワイのことじゃね? って感じだよな」
ちょっと面倒になってきたモブオさん。バンバンと僕の肩を叩いてくる。
僕の隣には、その瞬迅の再来と言われているリティが座っているのだが、彼にはまったく見えていない様子。
だがモブオさんが言うように、モブオさんの働きがなかったら本当に危なかった。
リティも居たが、彼女はガレオスさんのアライアンスのメンバーだ。彼女は救援要請がない限り参戦することはできない。
だからモブオさんの活躍は凄かったのだが……
「サリィちゃんもわかっているかな? ん~~、ん~~??」
「は、はい。モブオさんのおかげです」
「っっっだろおおおおおお!! あーーー、ジョッキが空だなぁああ。喉が焼けるように渇いたなあああ。なあああああ」
「あ、お酒をお注ぎしますね」
露骨で唐突なお強請り、モブオさんはお酌を要求してきた。
何とか笑顔を保って酒を注ぐサリィさん。最初の方は笑顔でお酌をしていたサリィさんだが、いまは段々とその笑顔に陰りが出ていた。
一方モブオさんの方は、そのうち肩でも抱き寄せそうな酔い方。
そろそろ本気で止めるべきかもしれない。
そう思い始めたそのとき――
「モブオっ、今日は凄かったぞ。さあ飲め」
「ロックさんっ、あざーっす」
グレランのメンバーで盾持ちのロックさんが、なみなみと酒が注がれたジョッキを持ってきた。
そしてそれをモブオさんに手渡すと、一気に呷れと言ってくる。
「っぱあああっ、美味いっス。これが勝利の美酒ってやつッスね」
「おう、そうか。じゃあ次はおれだ。トドメを刺したのはスカーレットとチョロスさんだったが、その流れを作ったのはテメエだ。だから、さあ飲め」
ロックさんの次に、カカさんがやってきた。
彼もロックさんと同じようになみなみと注がれたジョッキを持っている。
それをモブオさんに手渡し、これまた一気に呷るように言ってくる。
( あっ……これって )
すぐに察しがついた。
これはグレランのメンバー全員で潰しに来ているのだ。
つい最近、僕もこれと同じような状況になった記憶がある。
「次は俺だ」
「は、はい……」
モブオさんの前に行列ができていた。
それを察しつつも、どこか諦めの境地でそれを受け入れるモブオさん。
ジョッキを次々と呷っていく。
そして十数分後、モブオさんは酔い潰された。
「おい、コイツを裏路地に寝かしてこい」
「……部屋とかじゃないんですね……」
容赦のない制裁。
モブオさんは調子に乗りすぎたようだ。
サリィさんに絡み始めたのがいけなかったのだろう。
モブオさんの懐から財布を抜き取り、それを酒代へとするグレランの人たち。
「何だかなぁ……」
完全に酔い潰されたモブオさんが運ばれていく。
裏路地か店先に放置されるのだろう。僕はそれを黙って見送った。
「……あ、あの。今日はありがとうございました。本当に……」
サリィさんが僕に飲み物を持って来てくれた。
僕よりも年下の彼女は、おずおずとグラスを差し出してくる。
丁度グラスが空だったので、僕はそれを有り難く受け取る。――ことはできなかった。
「ん、わたしがもらう」
「……リティ」
隣に座っているリティに飲み物を取られてしまった。
慌ててそれを奪い返す。もし酒だった場合大変なことになる。
「むう」
「いや、『むう』じゃないでしょ。もしお酒だったら――っ」
突如リティがしなだれ掛かってきた。
完全に身体を預け、そのうち腕まで回してきそうな勢いだ。
髪から香る香りが鼓動を早くさせる。
「り、リティ」
「ん?」
こてんと首を傾げながら見上げてくるリティ。
不思議そうな顔をして、『何か?』と目で問うてくる。
正直『何か?』ではない。でも彼女は意識していないのだろう。
リティは無意識で……
「あ、あの、私行きますね」
「あ、はい」
そそくさとサリィさんが去って行く。
彼女はリティの行動が何を示しているのか判った様子。
取りあえず僕は、どうやってリティを離そうかと考える。
この状況はあまりよろしくない。色々と……
「――おう、今日も見たぜ、例の仮面の二人組」
「ああ、噂のアレか」
ふと飛び込んできた会話に耳を澄ませる。
何となく僕は、その二人組のことが気になっていた。
凄腕らしき二人組の冒険者を……
「――よう、アルド。ちゃんと飲んでるか? ん?」
「え? えっ……」
今度は僕の前に行列ができていた。ぼほ全員がジョッキを握っている。
一瞬、隣の席の会話に気を取られていただけだというのに、すでに酔い潰しの陣形が組まれていた。ある意味凄まじい練度だ。
「ん、アルは人気者ね」
「……リティの所為だからね」
こうして僕は、二日続けて潰されることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……リティ、ありがとう」
「ん、何でもない」
今日もリティに介抱されていた。
モブオさんと並んで裏路地に寝かされることを覚悟していたが、酔い潰れた僕をリティが連れて帰ってくれた。
「アル、気持ちいい?」
「……うん」
今日も手の平を優しく揉んでくれる。
昨晩同様、あまりの心地良さにうつらうつらとしてくる。
( 何でリティは…… )
リティからの好意を疑うようなことはないが、何故ここまでと思ってしまう。
彼女は何でここまで僕のこと……
「……ねえ、リティ」
「うん?」
「…………ごめん、お水をもらえないかな」
「ん、分かった」
部屋を出て水を取りに行くリティ。
本当は違うことを言うつもりだった。
だけど僕は訊けなかった。
ガチャリと扉が開いた音がした。
「リティ、早かった……ガレオスさん」
「よう、今日も潰されたみてえだな。そんでお姫様に介抱され中ってか?」
「……はい。すいません、連日リティを」
「はは、ちゃんと自覚してんならいいさ。だけど……」
「はい、分かっています」
ガレオスさんは言葉にはしなかったが、『リティに甘え過ぎるなよ』と言っている。目と雰囲気がそう語っている。
「あ、そうだ」
「うん? なんだ?」
「ガレオスさん、何でリティは……僕にあそこまでしてくれるのでしょうか?」
リティに訊くのは気まずいが、ガレオスさんなら良いと判断した。
それにガレオスさんはその理由を知っているはず。僕はそう思った。
「ふん、そんな面白そうなこと言う訳ねえだろ」
「え?」
「だから面白そうだから教えねえよ。まあ、言っても信じられねえだろうしな」
「……それはどういうことで?」
「なあ、アルド。お前さんはリティがすげえヤツってことは分かるよな?」
「はい、それはもう。彼女は二つ名持ちぐらいですから」
「そこだよ。アイツはそんぐらい頑張ったってことだ。それこそ血反吐を吐くぐらいにな……。そんだけのことをリティはやってきたんだよ。そんでその訳をオレが言うわけにはいかねえってことだ」
「……」
ガレオスさんの言い分はグチャグチャだ。
最初は面白そうと言いながらも、リティのことを思って訳を言わないと言っている。
取りあえず分かることは、訊いても教えてはくれないということだ。
「――おじさん、来てたんだ」
「おう、リティ。今日もここに泊まるのか?」
「うん、泊まる。はい、アル」
「あ、ありがとう……」
リティから水を受け取る。
ガレオスさんがそれをニヤニヤと見ているので、僕は何とも居たたまれない。
「り、リティ。僕はもう大丈夫だから――」
「ん、ダメ。わたしがちゃんと介抱する。アルは寝て」
「――え?」
リティは僕の顔の前に手をかざした。
そして小さく、『キゼツ』と魔法らしきモノを唱えた。
僕はここで意識を手放した。突如真っ暗になったのだ。
その真っ暗に落ちていく中、僕は何故リティがここまでしてくれるのか、それだけを考えていたのだった。
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