32話 ヤクイですねっ
あけましておめでとうございます。
よろしければ今年もよろしくおねがいします。
着替え終えたリティと朝食をとった。
彼女の献身的な介抱のおかげか、僕は二日酔いに襲われることはなかった。
そして起きたときは慌てていたため言いそびれていたが、食事をとっているときに『昨晩は介抱をしてくれてありがとう』と伝えた。
リティからは、『馴れている』との返答。
少々言葉足らずな気がするが、要は、気にするな的なことだろう。
しかし介抱されたことは事実。
なので僕は、何かお礼を返したいといった。
すると返ってきた言葉は、もし自分が同じように酔い潰れたときは、僕に添い寝して欲しいだった。
そこは介抱じゃないのかと思ったが、望まれたのは添い寝。
多少の葛藤はあったが、ただ添い寝をするだけなのだ、何も邪なことはない。
僕はそれを了承した。
それを聞いたリティは嬉しそうに頷き――
『ん、リンゴの果実酒、大ジョッキで』
『――リティ!?』
酒を注文した。
彼女はいきなり酔い潰れようとしたのだ。
当然止めた。すぐに止めた。
一度了承したことを反故するつもりはないが、さすがにこれはない。
なので何とか思いとどまってもらった。
リティもそこまで本気ではなかったようで、あっさりと注文を取り下げた。
ただ、あの迷いが一切無い注文は、もし止めなかったらそのまま飲んでいただろうと確信できた。
その後は普通に食事を楽しみ、僕たちは準備を整えてから地下迷宮へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……今日も両方居るんだ」
思わずそんな独り言が出てしまう。
今日の魔石魔物狩りにも、シーたちのパーティがゲストとして合流していた。
そしてそれを少し離れた場所で見学しているリティ。
「よう……アルド。昨日は、へい……きだったか? ――うぷっ!」
「……はい、モブオさん。僕は平気ですが……モブオさんは大丈夫ですか?」
いまにも吐きそうな顔色のモブオさん。
どうやら彼は二日酔いの様子。僕が帰ったあとも飲み続けたのかもしれない。
「くそっ、回復魔法でどうにかならねえか――っぐ!!」
モブオさんは吐きそうなのを必死に堪えた。
目の端に涙を滲ませながら、せり上がって来るモノを必死に押し止めている。
「一応、そういう魔法はあるらしいですよ。ただ、それを唱えられる人が居るかどうか……」
「ちょっと聞いてくる」
モブオさんは口を押さえながら後衛たちが居る場所へと向かった。
あの様子では狩りに支障をきたす。きっと誰かが魔法を掛けてくれるだろう。
後衛の一人が、深い溜息を吐いてから魔法を唱えている。
「――アンタ、今日も居るんだ」
「え?」
モブオさんの様子を眺めていたら、後ろからシーに話し掛けられた。
まさか彼女から話し掛けられるとは思っておらず、僕は軽く動揺する。
「……アンタ、ワタシが聞いたことに答えられないの?」
「え、いや、今日もゲストとして居ます」
「ふ~ん、そうなんだ……」
何やら含みを感じさせる返答。
彼女の表情を見るに、関心の無い素振りをしているが、何かを探っていることが読み取れた。
だが何を探っているのか、それが読めない。
彼女は僕のことを蛇蝎の如く嫌っている。
それはもう躊躇わず殺しに来るほど……
だから分からない。
きっと視界にだって入れたくないはずだ。
だというのにシーは、今日も一緒のアライアンスに居る。
しかも――
「ねえ、アンタって……何であんなに弱いの? 昨日見てたけどまったく役に立ってないわよね? 何で冒険者なんてやってんのよ」
話し掛けてきた。
僕はつい返答に戸惑ってしまう。
「それは……」
「ああ、子供の頃から憧れてたなんて、あんな世迷い言は止めてよね。そんなの聞く気はないから。――ねえ、なんでアンタは冒険者をやっていられるの? ワタシだったら恥ずかしくて絶対に無理よ。アンタみたいな役立たずはっ」
「……」
シーの嘲るような視線。彼女の目からはそう見えたのだろう。
( ……確かにそうか…… )
実際、僕はまったく役に立てていなかった。
イワオトコが相手ならともかく、他の魔石魔物が相手の場合は足を引っ張っているのが現状だ。シーのように華麗に魔物を屠ることはできていない。
”スカーレット”。
その二つ名はシーのことをとてもよく表している。
WSは発動時に白い光か青白い光を放つ。だが彼女の放つ緋色の一閃は鮮やかな緋色だった。
これはとても珍しいこと。
そしてそのWSが放つ色と、シーの燃えるような紫がかった赤い髪は綺麗に調和が取れていた。
彼女以上に緋色の一閃が似合う人はいないだろう。当然、使い手としても。
放たれた緋色の一閃は、魔石魔物であろうと一太刀で両断していた。
文字通りの一刀両断。もしかするとイワオトコであろうと一太刀で斬り伏せられるかもしれない。
「……うん、ごめんね」
「~~~~~~っ! もういいわ!!」
僕の返答が気に食わなかったのか、シーは切り捨てるように言い放って去って行く。
そして自分のパーティのもとへと戻っていく。
「……覚えて、いたんだ」
僕らがまだ幼かった頃、まだ婚約していたときに僕が言った言葉をシーは覚えていた。
『世迷い言』と切り捨てられてしまったが、彼女は昔のことを覚えていた。
冒険者になりたいと言ったことを……
嬉しくも寂しい思いが去来する。
僕は当時のことを思い出してしまい、心を沈めてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔石魔物狩りは順調に進んだ。
魔石から湧いた魔物は倒しやすい魔石魔物ばかりで、本当に何の苦も無く倒していった。
しかしよくある話では、こういった緩い流れになると事故が増える。
誰もが気が緩み、注意力散漫したその隙を突くかのように、最悪の魔石魔物が湧いたりするのだ。そう、ハリゼオイが。
だがアライアンスのリーダーチョロスさんは、しっかりと引き締めてきた。
きっと分かっているのだろう。こういった空気を。
「いったん休憩だ。一回引き絞めてから再開しよう。置いた魔石をいったん回収してくれ。そして再開後また置こう」
「了解してラジャ」
「あいよー」
「了解ッス」
皆がチョロスさんの意を汲んだ。
休憩にはまだ早いが、誰もそれに異を唱える者はいなかっ――
「おいおい、せっかくノってキテんだからよう。このままやってもいいんじゃねえか? せめて置いた分の魔石を消費するだけでもよう。さすがに効率が悪いぜ」
チョロスさんの指示に異を唱えたのはロイ。
彼は自分の仲間に同意を求めるような手振りでそれを言った。
それを見て頷くパースとガエンたち。
言いたいことは分かる。冒険者なら多少の危険を冒してでも稼ぎたい。
だがしかし、こちらの意図をまったく汲み取っていない発言だ。
そもそもチョロスさんがいったん中断すると決めたのは、シーたちのパーティが緩んできたからだと思う。
僕の目から見てもそれはありありと分かった。
魔石魔物が湧くとなっても、配置に就くのが遅くなっていた。
初動の位置取りはとても大事だというのに、彼らはそれを疎かにしていた。
完全に緊張感がなくなっていたのだ。
当然、そんな空気は他へと伝播し、現にモブオさんの動きも鈍っていた。
「この大人数だぜ? しかもシーも居るんだ、ちょっとぐらいよう」
みんながチョロスさんとロイに注目していた。
どうするのだろうと、流れの行く末を見守っている。
「あ~~、でもソイツが居るから確かにヤバいか」
「え?」
ロイは僕の方を見てそんなことを口走った。
「確かにお荷物がいるとヤクイな」
「だな」
パースとガエンがそれに続く。
「……どういうことです?」
不思議そうに訊ねるチョロスさん。
その言葉を待っていましたとばかりに口角を上げて、ロイが続きは口にした。
「だからよう、役立たずがいるからヤバいなって言ってんだよ。さっきから足しか引っ張ってねえヤツが紛れ込んでんから、下手に魔石魔物が湧くとってな」
どういう流れでそうなったのか、非は僕にあると彼が言い出した。
八つ当たりでもなんでもない完全なる言いがかり。
しかし、この流れはシーが作ったものだろう。
きっと彼女が僕のことを排除しようと……
ひょっとするとだが、彼女がゲストとしてグレランに来ているのはこれが目的なのかもしれない。
僕の居場所を奪うといった、そういった復讐を。
「――アルっ、湧く!」
凜とした声が響いた。
この不快な流れを切り裂くような声が上がった。
「おいっ、湧くぞ!」
「ちっ! このタイミングでかよ!」
「そこ、下がれ! 前衛に巻き込まれんぞ!」
本当に隙を突くような事態だった。
ロイが発言したことにより、魔石を回収するのが止まっていた。
二つ置かれたうち一つの魔石が、カタカタと揺れ始めていた。
陣形を崩していた僕たちは慌てて配置に就きなおす。
「来るぞっ! ……くそったれが」
不意を突くように湧いたのは、ダンジョンの神々しい殺戮者。
冒険者殺しの異名を持つハリゼオイだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……




