31話 ない⤵から→ねえっ⤴
「うう、まさか狙いが僕だったとは……」
酒に酔ってしまった僕は、自室のベッドに横たわっていた。
気持ち悪くて一歩も動きたくない。完全に飲み過ぎていた。
遠くから聞こえてきた声、『酔わせて無力化する』という小声が聞こえたとき、真っ先にリティのことが思い浮かんだ。
リティは酒にとても弱く、飲ませてしまえば確かに無力化できる。
だから僕はリティの飲み物を注視した。
いまは果実水だが、それが果実酒にすり替えられるかもしれないと。
リティを守れるのは僕だけだ、そう思っていたのだ。
現在彼女のお目付役であるウーフとニュイさんは不在。ウーフは見張りを離れた罰として、ニュイさんはそれにつき合う形でこの町を離れていた。
なんでも報告しなくてはならない相手が居て、その人の所に向かったのだとか。
だから二人がいない今、僕がしっかりしないといけないと思っていたのだけど……
「ぐっ、気持ち悪い…………吐く」
熱いモノが込み上げてきて、それが喉の奥を辛く苦く焼いていく。
喉を狭めて塞き止め、何とか吐くことを堪える。
「……食べ過ぎちゃったな」
喉まで上ってきたのは、先ほど食べたスキヤキ用の肉だろう。
リティは餌付けでもするかのように肉を食べさせてきた。
僕はそれを食べては飲み、また食べては飲みを繰り返していた。
そして気が付けばかなりの量のお酒を飲まされていた。
彼らのターゲットは僕だった。モブオさんたちは僕を無力化するためにどんどんお酒を寄越していたのだ。
果実水なのに妙に苦みがあるなと気が付いたときには遅かった。
座っているときは良かったが、立つと酔いが一気に牙を剥いてきた。
本当に迂闊だった。
リティが狙われていると思っていて、自分のことはノーマークだったのだ。
「ん、お水」
「あ、ありがとう。リティ」
「次は、手」
「え?」
「こう」
リティは水を差し出したあと、僕の左手を両手で掬うように握り、そのまま親指を使って僕の手の平を揉んできた。
親指の付け根や、手の平の真ん中をぎゅっぎゅっと押してくる。
「……気持ちいい……」
胸とお腹に留まっていた吐き気が、霧散するように下がっていく。
手の平に伝わってくる温かさが、まるで癒やしにでも変換でもされているかのように心地良い。
泥酔した僕を助けてくれたのはリティだった。
彼女は僕に肩を貸すと、そのまま僕が泊まっている宿へと連れて行ってくれた。
そして僕をベッドへと寝かし、甲斐甲斐しく介抱してくれている。
誰かに靴を脱がせてもらうなど本当に久しぶりだ。
「アル、そのまま寝ていいから」
「ん、うん……」
僕の手の平を揉んでほぐしながら、ときおり髪を優しく梳いてゆくリティ。
不快感は一切なく、髪を梳かれるごとに眠気が増していく。
うつらうつらとなっていく。
「……リティ、……あり、がとう……」
いつの間にか吐き気や気持ち悪さはなく、僕はそのまま眠気に身をゆだねた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あ」
薄暗い部屋の中、僕はゆっくりと目を覚ました。
見慣れた天井にホッとする。が――
「あれ……?」
首にいつもとは違う違和感を覚える。
マフラー以外の何かが、僕の首に巻き付いている。
温かくて柔らかいものが僕の首に……
「――っ!? ……リティ?」
横を向くと、隣にリティが眠っていた。
僕の首に巻き付いていたのは、同じベッドに寝ている彼女の右腕だった。
「なんでリティが……」
彼女は瞳を閉じて可愛らしい寝息をこぼしていた。
普段はきつめに結んでいる口元が、いまはわずかに開いている。
ツンと上向きの上唇がいつもよりも幼く感じさせる。
そのとても愛らしい寝顔に目を奪われ、僕はただただリティを見つめ続けた。
「――ん」
「えっ!?」
リティの瞳がゆっくり開いた。
一瞬、とても澄んだ碧色が見えた。アクアマリンのような色の瞳。
だが瞬きをして見直したときには、いつもの赤い紅茶色の瞳だった。
その紅茶色の瞳が僕を捉える。
「ん、おはよう。アル」
「お、おはよう、ございます」
思わずかしこまって敬語が出てしまった。
そんな僕の動揺などお構いなしに、リティは続きを紡ぐ。
「ん、もうちょっと、寝る」
「いやいやっ、待って。リティ、起きて。さすがにマズいからっ」
再び微睡んだリティを大声で起こす。
本当は肩を揺さぶって起こしたいところだが、彼女がいま着ているのは薄手の肌着。それに触れる勇気と度胸は僕にはなかった。
どうやらこういったことに【蛮勇】は効果を発揮しないようだ。
「ん、もうちょっと寝たい。ダメ?」
「~~~~~っ」
いつもなら絶対に見せない顔。
誰かに甘える、そんな表情をリティがのぞかせていた。
勇者様のお言葉で言うところの『ぱない』というヤツだ。
心がとても揺らいでしまう。
鼓動がドクドクと血を滾らせ、それを身体中に駆け巡らせていく。
その流れの一部が、とても不本意な場所へと流れていくのを感じる。
この誘いに乗るわけにはいかないと、僕は首に巻き付かれた彼女の右腕を鋼の意思で外したのだった。
閑話休題
「リティ、そろそろいいかな?」
「ん、もうちょっと……あれ? 見つからない」
現在僕は部屋の外にいた。
扉に背を預け、リティが着替え終わるのを待っていた。
どうやら昨晩、この部屋にガレオスさんが来ていたらしい。
そして僕の状況を見たガレオスさんは、リティの着替えを持って来て、そのあと去ったようだ。
先ほど僕が見た彼女の姿は、どうやら普段使っている寝間着のようだ。
薄手の肌着と、すねの辺りまである薄い生地のズボン。リティはその寝間着から普段の服装に着替えていた。
だから僕は部屋の外で待っているのだが……
「……妙に時間が掛かるな?」
かれこれ20分近く経過していた。
リティは化粧などしないから、もうとっくに着替え終えてもおかしくはないはず。なのにまだ時間が掛かっていた。
「……アル」
「リティ?」
扉を小さく開け、部屋の中からリティが顔だけを出してきた。
「リティ、着替え終わった?」
「……ううん」
「あれ?」
「アル」
「うん?」
「アル、わたしのパンツ知らない?」
「え?」
「パンツがどこにもないの。だからアル、わたしのパンツ持ってない」
「持ってないからねえっ!」
思わず声を荒らげてしまったが、これは悪くないはず。
もう色々とすっ飛んでしまった。
「ん、そう。じゃあ仕方ない」
「え? あれ?」
そういってリティは、普段の格好で部屋から出てきた。
手には薄手の寝間着を持っている。
「アル、朝食に、行こう」
「え、あれ? ちょっと待って…………あれ?」
その後、リティにはいったん宿へと戻ってもらい、ちゃんと着替え終えてもらってから朝食をとってもらった。
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あと、誤字脱字も何卒……




