27話 遭遇と遭遇
昨晩の件は、一応穏便に終えることができた。
シーは何も言わずにあの場を去り、僕の秘密は守られていた。
酒場で抜刀したことも、ガレオスさんのお陰で大事に至らずにすんだ。
そして次の日――
「……さて、どうしようかな」
僕は通路を歩きながら考え事をしていた。
シーの登場でうやむやになってしまったため、休日をどう過ごすか決まっていなかった。
外に出て魔物を狩るという手もあるが、それはガレオスさんから釘を刺されている。しかしだからといって、宿で一日休むほど枯れてはいない。
何かすることはないかと考える。
「あっ……」
ふと目に入ったのは冒険者ギルド。
冒険者が仕事を得るならば冒険者ギルドが最適と、僕は久しぶりに冒険者ギルドへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どちらにしようか」
冒険者ギルドの張り出しには、二つの依頼書が張り付けてあった。
ひとつは以前から張ってある大工職人がやるような仕事。
もうひとつは、町に張り巡らされた側溝の掃除。いわゆるドブさらいだ。
どちらも報酬はそこまで高くなかった。
この金額だったら誰もがダンジョンに潜って魔物を狩るだろう。
だけど今日の僕には丁度良かった。
何もやることがない。だけど身体はある程度動かしておきたい。
そして何より、少しでも世の中に貢献しておきたいと考えていた。いまはまだ生きると決めたが、近いうちに死ななくてはならない身だから……
だから僕は、側溝の掃除の依頼を受けることにした。大工職人がやるような仕事の方は不器用な僕には無理そうなので。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事用に与えられた道具を使い、側溝に溜まった泥をすくう。
汚泥を一輪車に乗せて、指定された廃棄用の穴がある町外れへと向かった。
「ふう、あと一往復ぐらいかな……」
予想よりも重労働、飛び跳ねた泥で服をかなり汚していた。
臭いはそこまでキツくないが、帰ったらすぐに洗濯しなければならない。
そんなことを考えていたとき、遠くの方からわっと歓声が聞こえてきた。
何かあったのかと、僕は足を止めて歓声が上がった方を見ると――
「――っ!!」
とてもよく知っている人物が居た。
アイツのことは、アイツの両親の次に知っているかもしれない。
いやもしかすると、両親以上にアイツのことを知っているかもしれない。
「……ガルト」
歓喜の輪の中に居たのは、双子の弟ガルトだった。
町の視察でここに来たのか、町の権力者らしき年配の人がペコペコと頭を下げていた。
「……」
ガルトは優しい笑みを返し、年配の人と会話を交わす。
何を話しているのか分からないが、とても友好的な雰囲気だ。
周りに居る人たちも、和やかな顔でそれを見ている。
僕はそれを、何となく眺め続けた。
「アンタってガルト王子とそっくりなのに、ホント全然似てないわよね」
「……シっ――シオンさん」
いつの間にかシーが横に立っていた。
彼女もガルトを見ていたようで、僕とガルトの顔を見比べるようにしていた。
僕はそっと顔を背ける。
「ああ、【固有能力】と中身はもっと違ったわね。オリハルコンと石ころぐらいの違いね。もちろんゴミクズな石ころはアンタの方よ。このクズっ」
「……うん、分かってる」
僕は【鑑定】が使えないからステータスを視ることができないが、ガルトの【固有能力】はしっかりと覚えている。昔、見せてもらったことがある。
【絶倫】【神格】【心響】【魔眼】【剣技】【双閃】などの、為政者でも、冒険者でも、どちらでも十分にやっていけるだけの【固有能力】が揃っていた。
まだ幼かった頃、どれか一つだけでもと願ったことがある。
どれか一つだけでいいから……
( いや、今も……かな )
「ホント、全然似てないわね。……だから誰も気が付かない」
「うん、双子なのに……」
「まあ、誰も気が付かなくても当然ね。泥で薄汚れたアンタと、あんなに輝いて見える王子様が双子とは、絶対に誰も思わないでしょうね」
「…………………………うん」
さっき、何となく眺めていたときに思っていた。
ドブさらいをして泥を運んでいる僕と、人に囲まれて煌びやかにしているガルトを見て、僕たちの立ち位置を表しているようだと。
きっとガルトは、あんな風に人に囲まれて世界を動かしていくのだろう。
一方僕は、イセカイの底に積もった汚泥を集めて、それを一ヵ所に捨てる役だ。
本当に、本当によく表している。
( いや、これは僕にしかできないことだ…… )
誰も汚れずに済む世界なんてない。
側溝に溜まった泥を捨てる人が必要なように、誰かがやらねばならないことが存在する。僕は、それをやってみせると覚悟した。
曾祖父が毒殺されたとき、僕はそう誓ったのだ。
「……ねえ、なに悟りきったような顔をしてんの?」
「え?」
「もっと悔しそうな顔をしなさいよ。こんだけワタシに言われてんのよ。もっと情けない顔を晒しなさいよ。何で……そんな顔ができるのよ」
「……」
シーが無茶苦茶なことを言ってきた。
確かにシーが言うように、ここは情けない顔を晒すところなのかもしれない。
だけど僕は、ドブさらいを選んだように、曾祖父の計画に乗った。
少しでもこの世界を良くしたいと、それが王族の務めだから。
「――やっと見つけた。ここに居たのかシオン。おいっ、こっちに居たぞ」
「ロイ、それにパースとガエンまで」
冒険者らしき三人の男が、シーに親しげに話し掛けてきた。
会話の流れから察するに、彼らはシーの知り合いだろう。
「ん? シオンの知り合いか? 何かスゲェ汚れてっけど」
「コイツはこういうヤツなのよ。心と同じでいつも汚れてんのよ」
初対面だというのに、冒険者らしき男は僕を貶してきた。
彼の目を見るに、これは牽制の一つだろう。シーにとってどちらの方が上か、勇者様のお言葉でいうところの『マウント取り』というヤツだ。
これは憶測だが、彼らはシーの取り巻きのような存在なのかもしれない。
僕は愛想笑いでそれらを受け流す。
「――っ、なに笑ってんのよ。何か言い返したらどうなの? アンタはそんな根性なしなの?」
「い、いや……そういう訳じゃないけど……」
何と言ったらいいのか本当に困惑した。
僕のことを毛嫌いしているのは分かっているが、何というか、いたぶり方が不自然だった。
いままで僕のことをいたぶってきた人はもうちょっと分かり易かったのに……
「あ~~あ、ホント腹立つ。何でこんなヤツに……」
「……ごめん」
「なになに? シオンってコイツと昔なんかあったの?」
「ふんっ、何もないわよ。それよりも新しいメンバーを探しに行くわよ。半年後には領地取り合戦があるんだから」
「――えっ!?」
「へ?」
「ん?」
「はあ?」
僕だけでなく、シオンの取り巻きらしき男たちも驚いていた。
「……なんでアンタらまで驚いてんのよ」
「い、いや、聞いてねえからよ。その……領地取り合戦をするなんてよ」
「おい、どうなってんだよ……」
領地取り合戦とは、貴族が領地を奪い合う戦いのこと。
本来、他の領地に攻め込むことは絶対に禁止とされている。
もしこの禁を破って攻め込んだ場合、攻め込んだ側だけが咎められ、他の領地の者に略奪する権利が発生するようになっている。
要は、他の領地が全て敵となり、他の領地の貴族たちに略奪されてしまうのだ。
だからどの領主も他へと攻め込むことはない。
しかしここに、一つだけ問題があった。
隣の領地に対し、ここは自分の領地だと主張し、自分の領地を取り返しに来ただけと言う者がいたのだ。
相手の館が建っている場所までは攻めず、領地の端の方を占領する。
これなら禁を破ったことにならないと……
この手の小競り合いはとても増え、とてもではないが対処し切れなくなった。
だからといって放置はできない問題。放置していればいずれ大きな争いへと発展してしまう。
そこで考案されたのが領地取り合戦。
これを考え出したのは歴代の勇者様であり、これに異を唱える者はいなかった。
その考案されたものを雛形に、領地取り合戦は取り決めが作られた。
攻める側は事前に宣告をするや、それを拒否する権利と条件など、様々なことが決められた。
なんとか最終的には落ち着いたが、取り決められたルールは、強い領地が有利なものとなってしまった。
一応、一方的にならないように、格下が宣戦布告された場合は拒否する権利があるが、その逆、格下が宣戦布告した場合は、攻め込まれる側が有利に戦えるようになっていた。
事前に取り決めた戦力で戦うなど、そういったルールが盛り込まれたのだ。
だから、格下の領地が合戦で勝つのが難しくなっていた。
そして戦いに負けた場合は、相手に領地の一部を取られることにもなっていた。
攻める側なのに取られるのだ。他にも様々なペナルティーがある。
だというのに――
「うん? やるわよ、領地取り合戦を」
「マジかよ……」
明らかに顔をしかめる取り巻きらしき男たち。
それはそうだろう、ほとんど負け戦に行くようなものだ。
余程の旨みがない限り参加するはずがない。
シーの様子を見る限り、その旨みを提示しているようには見えない。
「じゃあね、このクズ」
そういってシーが踵を返した。
するとそのとき――
「あっ」
「へっ、足がぶつかっちまったぜ」
取り巻きらしき男の一人、ロイと呼ばれていた者が一輪車を蹴飛ばした。
僕は支えきれず倒してしまい、積んでいた泥を地面にぶちまけてしまった。
「はは、ちゃんとキレイにしとけよ、クズさん」
「あはははは」
「そうだぞ、クズさん」
残りの二人も暴言を吐いて貶してきた。
一瞬、かっとなったが、シーの様子に僕は戸惑った。
とても悔しそうな、そんな顔を彼女がのぞかせていたのだ。
一緒になって何か言ってくると思っていたのだが、彼女はそのまま顔を背けて歩いていった。
そしてそれを追う取り巻きらしき男たち。
僕は戸惑いを見せたシーを見送ったあと、ぶちまけた泥を回収したのだった。
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