25話 やってきた一人目
ウルガさんが起こした騒動以降、僕の状況は激変した。
まず、ウルガさんが率いていたアライアンスに責められた。
リーダーであるウルガさんが失踪したのは、なんと僕の所為だとされたのだ。
僕がウルガに何かをして、その結果ウルガが失踪してしまった。そんな無茶苦茶な噂までも流されてしまった。
しかしそれらは、モミジ組のガレオスさんによって即一掃された。
被害者は僕の方であり、加害者であるウルガが、罪から逃れるために逃走したのだと訂正してくれた。
これを言い出したのが僕だったら誰も信用しなかっただろう。
だがそれを言ったのは大冒険者であるガレオスさんだ。
異を唱える者は誰もいなかった。
こうして理不尽な噂も消え去った。
そしてその後、ガレオスさんは僕のことを他のアライアンスに売り込み始めた。ウルガが嫉妬する程の逸材、そういって僕を他のアライアンスへと紹介したのだ。
これによって僕は、他のアライアンスに”ゲスト”として入ることができるようになった。
断るアライアンスもあったが、それでも迎え入れてくれるアライアンスは多かった。間違いなくガレオスさんのお陰だが……
因みに、リティとパーティを組むのは禁止とされた。
禁止の理由は、面白くないからという曖昧な理由。
ゲストとして出向く方が面白いことになるのだとか。
リティは不満そうにしていたが、ガレオスさんに言われて渋々従っていた。
こうして十日が経過した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「明日はどうしようかなぁ」
喧騒の中、僕はポツリとつぶやいた。
いま僕は、リティに強引に連れて行かれて食堂兼酒場に来ていた。
お世話になっているアライアンスから強引に引っ張ってこられ、先ほどは少々気まずい思いをしてしまった。
だがその一方で、少しだけ助かったとも思っていた。
僕はモブオさんに階段へと誘われていた。
新しく入って来たヤツの面倒を見てやるという、そんな優しさを感じた。
しかし僕は、【階段】などのそういった場所に行くことはできない。
だからどうやって断ったら良いのかと悩んでいたので、ある意味では助かった。
ただ、できればもうちょっと穏便に行きたかったところ……
「ん、わたしと一緒に地下迷宮に行く」
「いや、それは禁止されているだろう、リティ」
「大丈夫、バレなければ問題ない」
隣にいるリティが何気ないように言ってきた。
しかしそれは禁止されていることだし、当然それを破るつもりもない。
そして何よりも――
「……リティ、だったらオレの目の前でそんな話をすんな」
「はは……」
いつも通りのやりとり。
リティは、正面に座っているガレオスさんなどお構いなしだった。
やんわりとリティを窘めたガレオスさんは、今度は僕に話を振ってきた。
「――で、どうだアルド。狩りの方は順調か?」
「はい、完全にコツは掴んだので、イワオトコなら一人でやれます」
「なるほど、ね。……コツと来たか」
僕はイワオトコを一人で倒せるようになっていた。
人に言わせると正気の沙汰とは思えないような方法らしいのだが、僕にとっては違った。
なんといえば良いのか、ただ出来ることをやっただけ。
そういった感覚だ。
「アル、危なくない?」
「うん? 大丈夫だよ。ちゃんと相手の動きを見ているから大丈夫だよ。それにこの陣剣もあるしね」
「さらっと言いやがって。普通はそんな風に見れねえっての」
「はい、他の人にもそう言われました……」
きっとこれは【蛮勇】の恩恵なのだろう。
だから死を恐れることなく、魔物の攻撃を冷静に注視することができる。
「そういやよう、さっき言ってたけど、明日は休みなのか?」
「あ、はい。明日はどのアライアンスとも予定は無くて……」
「ほう、だったらちゃんと休んでおけよ。しっかり休むのも冒険者にとって仕事のうちだからな」
「……はい」
正直、毎日地下迷宮へと行きたかった。
少しでも冒険をしたいと、僕は心の底からそう思っていた。
しかしそれを見透かしたかのように、ガレオスさんが釘を刺してくる。
「いいな、ちゃんと休めよ。若いからって調子に乗るなよ」
「……はい」
「まあ、どうしても暇だってなら、オレと一緒に階段にでも冒険に行く――って、リティ……。アライアンスのリーダー様に殺気なんて飛ばすな」
「アル、ついて行ったら、駄目」
「うん、行かないよ」
目を細めたリティはなかなかの迫力だった。
そして彼女の反応を見るに、【階段】がどういう所なのか把握している様子。
一体誰がリティにそんなことを教えたのかと、ふとガレオスさんの方を見る。
「……オレじゃねえよ。なあ、リティ」
「ん、違う。習ったのは――」
「――マジかよ!! 本当に来てんのか?」
リティの言葉を遮るように、隣の席の会話が盛り上がった。
話している内容は、どこかの有名な冒険者がやって来たという様子。
僕は誰だろうとその話に耳を傾ける。
「へえ~、あの”スカーレット”が来てんだ」
「ん? 誰だよ、そのスカートなんとかって」
「スカートじゃねえよ、オマエは知らねえのか? 東の方じゃ結構有名な女冒険者で、何でもすげえ別嬪さんだって話だぜ。燃えるような赤い髪が特徴だってよ」
僕も知っている二つ名持ちの冒険者だった。
ただ名前の方は知らなかったので、僕はそのまま会話を盗み聞く。
なんて名前なのか分かるかもしれない。
「なあ、その赤い髪の女って……あれのことか?」
( ――えっ? )
自然と視線の先を追っていた。
そしてその視線の先には、赤い髪の女性が店に入って来るところだった。
赤い髪をポニーテイルにして、颯爽と店に入ってくる女性を見て、僕は固まってしまった。
そんな僕のことを見て、赤い髪の女性も同じように固まる。
「……シー」
僕の口からこぼれたのは、赤い髪の女性の愛称。
最後に会ったのはもう何年も前のことだ。
「――っく! アンタにその名前で呼ぶ資格はないわよ!」
名前を呼ばれた彼女が激高した。
迷わず大剣を抜き放ち、それを大きく振りかぶってWS名を叫ぶ。
「WS緋色の一閃!」
緋色の閃光が、無防備に立っている僕へと振り下ろされた。
WSで寸止めなどはできない。間違いなく僕を両断するつもりで放たれた一撃。
だが――
「――パリィっ!」
シャオンと、刃を滑らせるような音を鳴らしながら、リティがシーのWSを横へと受け流した。
緋色に染まった刃が酒場の床に深々と食い込んだ。
すかさずその刃に足を乗せて制圧するリティ。
「……何の、つもり? 理由を訊いてから刎ねる」
「待ってリティっ。彼女は……」
「くっ、この子がいまのアンタの彼女って訳? それともまた婚約者かしら?」
一触即発。リティとシーはお互いに睨み合っていた。
僕はそれを止めるために身体を張る。二人の間に割って入って、リティがシーのことを刎ねないようにした。
「おいおい、何か面白ぇことになってんな。やっぱお前さんは楽しそうだ」
そんな呑気なことを言うガレオスさん。
だけどそんな呑気なことを言いつつも、しっかりと二人を牽制していた。
どちらが動いてもすぐに止めに入れる姿勢を取っている。
「……取りあえず、いったん店を出るか。このままじゃあマズいだろ?」
そういってチラリと周りに目を向けた。
酒場の中の人は、ほぼ全員が僕たちを注目していた。
それに、彼女たちは抜刀している。これは町の規則違反であり、場合によっては連行されてしまう。
僕たちはガレオスさんに促され、モミジ組が用意した個室へと移った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……で、いったいどういうことなんだ?」
個室に移ったあと、黙り込んだままのシーにガレオスさんが訳を訊いた。
因みにリティは排除されていた。
ガレオスさん曰く、リティは本気で刎ねに行くとのことだ。
刎ねる場所がどこか言わなかったが、どこであろうと大事だ。
「……さっきの、アンタの新しい女?」
「……違うよ。僕はもう………………誰とも……」
「はっ、どうだか。だってアンタはワタシを――」
「シー、それ以上は待って欲しい。どうか……お願いします……」
僕はそういって頭を彼女に下げた。
彼女の言葉を遮る資格などはないが、それ以上は明かして欲しくなかった。
僕が彼女と、伯爵家の令嬢であったシオンとの婚約破棄をしたことを隠しておきたかったのだった。
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