250話 3本の矢
お待たせしましたー
僕は勘違いをしていた。
【天駆】が使えなければ足場がなくなると、そう思っていた。
そして狭い場所なら、さらに機動力を奪えると思っていた。
しかしそれは大きな間違いだった。真逆だった――
「――なっ!? これは……」
凄絶、そうとしか言いようのない、そんな光景が広がっていた。
目で追うことはほぼ不可能。三体のリティが高速で反射し続けている。
幻影を織り交ぜた虚動だ。
こんなの誰にも止められない。
もし止められる人が居るとしたら、それは神がかった勘の良さを持った人。
僕では絶対に無理。
「うぉい! なんじゃこりゃ……マジかよ」
僕と同じような心境なのだろう。
ガレオスさんも諦めの色が濃い言葉をもらした。
そう、追い詰めたと思っていた先は、彼女が最も得意とする場所だった。
狭い通路を逆に利用して、通路全体が彼女の足場と化していたのだ。
しかも幻影のリティまで交ざっているので、リティとリティが交差し続けるというとんでもない状況。
目で追い切れない。いや、逆に惑わされてしまうだろう。
「くそっ、ンだよこれは。おい、ショート、なんとか止めて来い」
「む、無茶だよ、こんなのどうすりゃいいんだよ。まるで何人も閃迅がいるみてえじゃねえかよ」
「そんぐらい身体張れよ! そんための図体だろうが」
「無理だよ、あん中に飛び込むなんて、そんなの……」
ショートが怖じ気づくのも判る。
狭い場所で弾けるように駆けているリティはまるで嵐だ。
迂闊に飛び込んだら四肢が細切れに、そんな恐ろしい想像をさせる。
「はっ、腰抜けは引っ込んでろ。このおれが…………っ」
そう言ってショートを押し退けたウーフだが、やはり彼も戸惑った。
迫力もそうだが、縦横無尽に駆け巡るリティは狙いを定めさせない。
どれが本物なのか、それを悟らせないように動いている気もする。
「やっぱりここはミクモ様にもう一度」
「ムリっ」
「え?」
「この射線じゃ、どれも同じようになっちゃう」
「あ、そうか……」
開けている場所ならともかく、狭い場所ではどれも射線に入ってしまう。
仮に特定できたとしても、すぐに交ざってまた見失うだろう。
そうなると残された手は、一つ。
「おし、一斉に行くぞ。元からその予定だ。集まって壁を作れ」
予定通り数の力で押す。
単騎では厳しいが、集まって壁となって距離を詰め――ようとしたそのとき。
「――いけないっ」
リティの動きが読めたわけではないが、何故か気がつけた。
彼女は絶対に突破する、そう確信して僕は駆け出した。
「うぉお!!??」
「なっ!? な!」
「きゃああっ!!」
僕の確信は正しかった。
今まで以上、最速で壁を駆けたリティは、影すらも置き去りにするような速さで包囲を突破した。
道を塞いでいた側は虚を突かれたのだろう。
壁を駆け、そのまま天井へと足場を移したリティは幻影だった。
本体は幻影の陰に隠れるように地を這い、一瞬にして突破してみせたのだ。
後ろから見ていた僕たちだけが気がつけた。
戸惑い、混乱する味方を掻き分けリティを追う。
ふと横を見ると、僕と同じように突破すると思っていたのか、ウーフも来ていた。
そしてその後ろにはリュイトも。
3人でリティを追う。
追いつけるとは思わないが、諦めるという選択肢はない。
狭い通路を抜け先、崖に掛かっている橋の上に彼女が居た。
「リティっ」
「り、リティア!!」
「閃迅!」
リティが立っている場所は橋の丁度真ん中。
何故か真ん中に居る。
彼女の脚力なら、とうに向こう側へと行っていてもおかしくない。
それなのに橋の真ん中で待っていた。だから嫌な予感を感じた。
それは僕だけなく、横を走っているウーフも感じている様子。
声に焦りの色が濃い。
早く行かないと取り返しがつかなくなる、そんな想いが――
「ああっ」
――現実のものとなった。
フラリと倒れ込むように、暗い谷へと身を投じるリティ。
完全に身体が傾いており、今さら体勢を戻すのは不可能な状態。
もうリティにはSPがないはずだ。
【天駆】を使って駆け上がることはできない。
リティは乗っ取られた霊体によって、仄暗い谷底へと誘われ――
「あああああああああああっ」
まだ間に合う、まだ間に合う。
彼女を捕まえて、そのまま上へと放り投げれば良い。
まだ落ちて数瞬、まだ間に合う。
「リティ!」
勢いそのまま飛び込んで、リティのことを抱き締めた。
そしてそのまま反転する。
ここでしっかりと勢いをつけて、リティを橋へと投げ戻す。
チャンスは一度だけ。
「ウーフっ!」
やっとの思いで掴んだリティを放る。
ぐるりと遠心力をつけて、彼女を真上へと全力で投げる。
「だあっ、くそったれ!」
「よしっ」
走り込んできたウーフがリティの腕を掴んでくれた。
本当にギリギリのところだった。腹ばいになって掴んでいる。
ウーフの腕力なら、片腕だろうと一度掴めば大丈夫なはず。
リティを寸前のところで取り戻すことができた。
だけど……
昂り、込み上げていた達成感が萎んでいく。
自由なのに自由が利かない浮遊感。とても頼りない。
僕は両腕を投げ出すような体勢のまま、暗い闇へと落ちていく。
思考が爆発的に速まり、ありとあらゆる打開策を模索する。
だがしかし、同じぐらいの速さで打開策が消えていく。
僕の力では戻ることができない。何も掴めるものがない。
もう間に合わない。
今から縄を投げても届かない。
そもそも縄なんて持っていなかった。
「あ、ああ」
心の中で申し訳なさが広がっていく。
バルクはどう思うだろうか。
ベルーは泣かないだろうか。
シーは怒ったりしないだろうか。
そしてリティは……
諦めなければどうにかなる、というは嘘だ。
落下を止める手段がない僕は、このまま暗い谷底で潰れて……
「絶対っ、動かないでよ!」
「え?」
甲高い怒声が響いた。
そしてその怒声とほぼ同時に、光り輝く何かが飛んできた。
「ぐっ!?」
飛んできたのは放たれたWSだった。
それは凄まじい威力で、僕の左肩を貫き、そのまま崖肌まで吹き飛ばした。
「ぐはっ!!」
崖肌へと叩きつけられ、肺から息が零れる。
あまりのことに一瞬何が起きたのか分からなかった。
するとそんな僕に、さらに追撃の矢が放たれた。
股下、脇下へと矢が突き刺さる。
狙いが逸れたのか、僕には当たらず、本当にギリギリの所で……
「あっ、そうか……」
外れたと思っていた追撃は、僕を支えるために放たれた矢だった。
脇下と股下に突き刺さった矢が僕のことを支えてくれた。
しっかりとした矢らしく、僕の体重がかかっても折れる気配がない。
「さ、すが……ミクモ様」
一体どんな眼と腕をしているのか、僕はミクモ様によって助けられた。
もしかすると、勇者ジンナイもこんな風に助けてもらったのかもしれない。
「……生きて戻れる」
諦めていたつもりはなかったが、唐突に助かってしまった。
何というか、気持ちが追いつかない。
喜ぶべきことなのに、これを安易に喜んではいけないと、そんな自分でもよく分からない心境。
上にいるみんなが声を掛けてくれている。
どうやらロープを吊り下げてくれるみたいだ。
「――ぐっ」
思い出したかのように左肩が痛んだ。
僕を助けるために放たれた矢が深々と突き刺さっている。
昇るためにちゃんと力が入るか、腕の様子を見るために手の平を握ってみたら、そこに違和感を覚えた。
「これってリティの」
いつの間に握ったのか、僕の手にリティの首飾りがあった。
葉が6方向へと伸びたような形の石が小さく光っている。
「あのとき外れたのかな」
リティがいつもしていた赤色のチョーカー。
以前、宿の部屋で迫られたときも首に巻いていた物だ。
リティを上へと放るときに千切れてしまったのだろうか、僕の手にあった。
「良かった、偶然だけど落とさなく――えっ!?」
安堵の気持ちで眺めていたら、そのチョーカーから淡い光が漏れだした。
そしてそれが――
『…………ご、迷惑を、お掛けしました……』
「え? え……? あの……その、貴方は……」
『私の名はイリス、この魔石に宿る者です。……このたびは、本当にご迷惑をお掛けしました。本当にごめんなさい』
僕へと話し掛けてきたのだった。
色々とあって投稿がおくれてしまいました。