24話 モブな冒険者
お待たせしました。
忙しくて投稿が遅れてました;
「おっ、モブオ。帰って来たのか」
「はい、リーダー。用事が済んだので戻って来ました。今日から復帰できやす」
一人の冒険者が【ルリガミンの町】に帰ってきた。
両親に呼ばれて一時ルリガミンの町を離れていたが、用事が済んだので朝一番の馬車で町へと戻ってきていた。
そしてタイミング良く、所属しているアライアンス偉大なる適当が地下迷宮に向かうところだった。
もし後一本遅れていたら町で暇を持て余すところだっただろう。
彼は久々のダンジョンに心を躍らせる。
「ちょっくら待っててください。荷物をささっと置いてくんで」
「おう、もう出発だから急げよ」
「はいッス」
「モブオ、尻尾なんて振ってねえで急げよ」
「リーダー、だから尻尾は見ないでくださいッスよ」
尻尾を押さえながら宿へと向かうモブオと呼ばれた少年。
彼は猫人で、猫人の尻尾は、揺れ方で感情を表していると言われている。
戦闘中は好戦的にゆらゆらと揺れ、嬉しいことがあれば嬉しそうに揺れる。
いま彼の尻尾は、久々の冒険に弾むように揺れていた。
これが女だったら愛らしいで済むことだが、男ではただキモチ悪ぃだけだと彼は自覚していた。ハッキリ言って見られたくねえと思っている。
「はあ、取りあえず急ぐか」
彼は乱雑に荷物を宿へと預け、アライアンスのもとに駆けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……カカ先輩、アイツはなんすか?」
目障りな色を目にして、彼は苛立ち横に居た先輩冒険者に声をかけた。
尻尾は不快感を表すように垂れ下がっている。
何故なら――
「アイツって、あの死にたがりの灰色野郎ですよね?」
「ん? ああ、その灰色ってヤツだな」
アライアンス偉大なる適当、通称グレランの中に灰色の髪の少年が交ざっていた。
さっきは慌てていて気がつかなかったが、アライアンスの中にアルドがいることに激しい苛立ちを見せた。
あの灰色野郎の噂話は誰もが知っていた。
パーティを半壊に追い込んだ、一人で突っ走って死のうとするヤツ。
そんな話をよく耳にしていた。だからモブオは納得がいかなかった。
グレランのリーダーは温和で優しい人。
そして仲間を危険に晒すような真似をする人ではない。そう思っていたのに……
「なんであんなヤツがウチに……」
「いや、ウチに入った訳じゃねえよ。あれは”ゲスト”だ」
「はあ? あれが”ゲスト”? なんであれがゲストなんかに……」
先輩の言葉に素っ頓狂な声をあげるモブオ。
しかしそれは仕方の無いこと。
”ゲスト”とは、アライアンスに一時的に入ってもらう人のことを指す言葉。
入ってもらう理由は様々だが、その大体が助っ人として入ってもらうだ。
そう、助っ人として入ってもらうのだ。
間違ってもその逆のヤツは入らないし、入れる理由がない。
「……何であいつが」
だから理解できないことだった。
あんなヤツが助っ人になる訳がないと……
「ん~~、リーダーのチョロスさんが紹介されて連れてきたみたいだな」
「はあ? 誰がリーダーにあんな厄病神を紹介したんスか。あれですか? 死神か何かが紹介でもしに来たんスか?」
「へっ、聞いて驚くなよ。あの灰色を紹介したのは……あの”百戦”だ」
「はああああああ!? ”百戦”って……まさか百戦ガレオス?」
あまりの大物に驚くモブオ。
厄病神を連れてくるぐらいだから、碌なヤツではないと思っていた。
しかし蓋を開けてみたら超大物。確かにモミジ組がルリガミンの町に来ていると聞いてはいたが、そのモミジ組のリーダーがそんな紹介をするとは夢にも思わなかった。
「なんであんな厄病神を……」
「ん? ああ、そっか。お前は知らねえんだな」
「はい?」
ニヤリと含みのある笑みを見せる先輩冒険者。
彼がこんな顔をしたときは、その理由を訊いても教えてくれないことをモブオは知っていた。
「……」
「まあよう、一狩り行こうぜモブオ」
「了解してラジャッス」
これ以上言っても仕方ないと諦め、モブオたちは地下迷宮の奥へと向かった。
魔石魔物狩りをするために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱ、まったく使えねえじゃん。アイツ」
噂通り灰色野郎は使いものにならなかった。
【索敵】や明かりの確保、そういった雑用をこなさず、ただ剣だけを振るうアルドにモブオは不満をこぼした。
「なんだってみんなはアイツのことを……。ワイは絶対に認めんぞ」
モブオは納得がいかなかった。
アライアンスはそこまで実力主義ではないが、それでもそれなりの実力は求められるアライアンスだ。
だというのに、あの灰色野郎に好き勝手させていた。
少なくともモブオにはそう見えた。
「ちっ、それにそろそろヤクイ時間だってのに」
モブオは眉をしかめながら天井を見上げる。
ダンジョンの中からでは見えないが、空の穴の方へと顔を向けた。
空には、【空の穴】と呼ばれている黒い点のようなものが存在する。
その穴は、17年前の魔王との戦いのとき、黒の英雄ジンナイが空に向かってWSを放ったときにできた穴だと言われている。
そしてその【空の穴】が真上に来たとき、魔物が活性化するようになった。
様々な憶測が飛び交い合っているが、一般的には、その穴から魔力のようなものが漏れ出しているようで、その影響で魔物が活性化していると言われている。
それは魔物の湧き方にも影響し、【空の穴】が真上に来ている時間は魔石魔物が湧きやすくなる。
極端な例を上げると、魔石を置いてから数分後に湧いたこともあるのだとか。
だからモブオは心配していた。
厄病神のようなヤツを抱えた状態で、その時間帯を迎えることに……
「ちっ、尻尾がイガイガしやがる。……嫌な予感がすんぜ」
忌々しそうにアルドを睨めつけるモブオ。
しかし彼から見ればそれは仕方のないことだった。
実際、アルドはまったくアライアンスに貢献していなかった。
やっていることは魔物の足を切り飛ばすといった、そんな地味なことばかり。
これが所属しているメンバーならまだ良い。
調子が悪いときもあるだろうし、たまたますることが無かったなどそういったことはある。
しかしアルドは”ゲスト”としてアライアンスに居る。
そのゲストが何もしないなどただのお客様だ。
そしてそのお客様は厄病神と言われているようなヤツ。
だからモブオの苛立ちは頂点へと達しようとした。――そのとき。
「来るぞっ! 二体同時かもしれん!!」
「全員配置に就け。後衛は距離を取りつつ強化魔法を!」
「右の方が先に湧くぞ! まずはそっちからやるぞ」
アライアンスに緊張が走った。
一体の魔石魔物なら楽勝だが、二体同時となるとその危険度は跳ね上がる。
WSの集中砲火も、一体に集中するからこそ真価を発揮するのだ。
湧いたのが両方とも楽な魔物なら良いが、そうでない場合は――
「くそっ! やっぱアイツは厄病神だ。だからワイはイヤだったんだ!」
湧いた魔石魔物は二体ともイワオトコだった。
イワオトコは一体でも手こずる相手。それが二体同時となると事故が起きる危険性が出てくる。
そしてその危険に真っ先に晒されるのは、盾役と呼ばれる者たちだ。
「ワイが左のヤツのタゲを取るッス。その間に残りのヤツを」
モブオは【迅盾】と呼ばれるポジションだった。
【迅盾】とは、回避に特化、もしくは回避が得意な者が、付かず離れずの距離で魔物のタゲを取り続ける役目のこと。
魔物の注意を引き続けるのだから、当然もっとも攻撃に晒されることになる。そして相手は即死級の一撃を放ってくるイワオトコ。
しっかりと気を引き締めて踏み出そうとしたモブオ。
しかしそのとき――
「頼むぞアルド! 左のヤツを任せた! モブオは退けっ」
「は!?」
モブオはリーダーからの指示に間抜けな声をもらした。
なぜ自分ではなく、あんな死にたがり野郎に行かせるのかと耳を疑った。
即座にアルドの方を見ると、アルドは何気ないように前に出ていた。
「は? はああ?」
その光景にモブオは再び間の抜けた声をもらした。
しかしそれはモブオからすれば仕方のないこと。
アルドは、本当に何気ない風にイワオトコへと向かって行ったのだから。
「――アイツ、マジで死ぬ気か!?」
モブオには理解できなかった。
即死級の攻撃を放ってくるイワオトコへと、なんの気負いもなしに歩いて行くアルドがおかしく見えた。
それだけ自然体でアルドは歩いていた。
まるで散歩にでも行くような気軽さで、死の象徴ともいえるイワオトコへと近寄っていく。
「あぶねええ!!」
その異様な光景にモブオは声を張り上げていた。
警告が示すように、イワオトコの振り下ろしがアルドへと迫っていた。
しかしそれをフラリと横へ避けるアルド。
向かってくる通行人がいるから、道を空けるために横に逸れたような感じ。
そんな軽さでイワオトコの豪腕を避けた。
普通では考えられない感覚。
叩き潰されるような攻撃が迫ってきたのだ。どんな猛者でも多少なりと緊張するだろうし、自分だって平常心ではいられない。
だというのに、アルドは何気なく避けた。
そして――
「はああああ!?」
今度は素っ頓狂な声を張り上げてしまった。
なんとアルドは、その振り下ろされたイワオトコの腕に足を掛けた。
そしてそのままその腕へと登り、駆け上がりだした。
「アイツ、何を!?」
モブオはただただ驚くことしかできなかった。
アルドの行動が何一つ理解できない。そして次の瞬間――
「なんだ……と……?」
イワオトコが爆散し、黒い霧となって霧散した。
モブオは目の前で起きたことを目撃したのに、それを理解できなかった。
ただ分かったことは、あの厄病神がたった一人でイワオトコを一体倒したということだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――どうだ、モブオ。ビックリしただろ?」
「…………はい、しましたよカカ先輩」
「アイツはイワオトコ殺し、イワオトコスレイヤーなんだよ」
「なんスかそれは……」
楽しそうなカカとは対照的に、ブスっとした顔を見せるモブオ。
モブオは先輩のカカから、アルドが何をやったのか教えてもらっていた。
アルドはイワオトコの特性を利用していた。
自身を傷つけないという特性を逆手に取り、振り下ろした腕に登った。
そうすると振り下ろしなどの攻撃をして来なくなる。
あとは陣剣という、結界の小手と同じ効果を持つ剣を発動させて、イワオトコを内側から砕いたのだという。
どうやって倒したのかは理解できた。
だがモブオは、その課程が理解できなかった。
特性を逆手に取ったと言っているが、それはあまりにも危険過ぎる。
勇者様のお言葉でいうところの、『頭のネジが飛んでいる』というヤツだ。
確かに誰にでもできる方法かもしれないが、一歩間違えばあっさり死ぬ。
あんな方法は綱渡りみたいなものだ。度胸があるとかそういう話ではない。
自分には絶対に真似できない、いや真似したくないやり方だった。
モブオの目にはそう映っていた。
だから――
「……すげえヤツだ」
認めたくはないが、認めざるを得ないというやつ。
少なくとも自分にはできないことだから、モブオはその点だけは認めてやった。
モブオはアルドに近づき声を掛ける。
「おい、灰色……いや、アルド。今日帰ったらワイが階段をおごってやる」
「え? 階段って……」
「いいから行くぞ。ゲストとはいえ、ウチに来たからには新入りみたいなモンだ。だから先輩のワイがおごってやるって言ってんだよ」
モブオは強引にアルドのことを誘った。
コイツのことは気に食わないが、やるべきことを見せ、誰よりも身体を張った仕事をした。だからそこは評価してやるとした。それに――
( こんな戦い方じゃ、先が長くねえだろうしな…… )
モブオは小さく同情をしていた。
こんな刹那的な戦い方をするアルドは、きっと長生きはできないだろうと。
だからモブオは、死んでしまう前に少しでも楽しいことを教えてやろうと考えた。
そして男にとって楽しいことといえば、それは女だ。
だから階段へと連れて行ってやることにする。ルリガミンの町にある階段はそこまで高くはない。昔、先輩に連れて行ってもらったことを思い出していた。
階段は良いところだ。
男なら誰でも行く場所であり、そして男に成れる場所でもある。
「いいな、新入りのアルド。これはアライアンスの先輩であるワイからのおごりだ。だから遠慮なんてすんな」
「えっと……」
「おら、決まりだ。そんじゃサクサクで行くぞ」
その後、アルドの活躍もあり魔石魔物狩りが無事に終わった。
そして彼らは地上へと戻り……
「行くぞ新入り。ワイについて来い新入り」
「あの、僕は……」
モブオは、いつの間にかアルドのことが少しだけ好きになっていた。
単純過ぎるかもしれないが、アルドは認められるだけの仕事をしていた。
ただ、名前を呼ぶのが妙に気恥ずかしい気がしたので、アルドのことを新入りと呼ぶことにした。
「遠慮すんなよ。今日はオマエのお陰で結構稼げたからな」
「いえ、そういうことではなくて……」
「安心しろ、ワイはイイ階段を知っているか――っ!」
恐ろしいほど綺麗な女性がいた。
少なくともモブオは、その女性よりも綺麗な人を見たことがない。
そんな女性が立っていた。
「――あっ」
その女性の耳と髪の色を見て、モブオはあることを思い出していた。
それは”閃迅リティア”のこと。
狼人で銀色の髪といえば、誰もが閃迅リティアを真っ先に思い浮かべる。
そして、この町には現在モミジ組が来ている。
ならばそのアライアンスに所属してる閃迅が居て当然。
噂には聞いていたが、予想を遥かに超える容姿にモブオは言葉を失っていた。
が――
「あ、ええっ!?」
無表情なのに微笑んだように見えた。
モブオはそんな矛盾に囚われた。
「え? え、ええ?」
閃迅と思わしき狼人がモブオの方へと歩いてきた。
目の錯覚だと思うのだが、やはり微笑んでいるように見える。無表情なのに。
「ん、待ってた」
とうとう閃迅は目の前までやってきた。
そしてあり得ない言葉をモブオの――
「アル、行こう」
――横に居たアルドへと掛けた。
「へ? え? ある?」
「り、リティ……」
「ん、ほら、行く」
がばりとアルドの腕にしがみつく閃迅リティア。
「あ、あの。すいません。僕はこれで……」
「行く」
モブオは連行されるように連れて行かれるアルドを見送った。
そして次の瞬間、イワオトコスレイヤーアルドのことが大嫌いになったのだった。
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あと、誤字脱字も……




