202話
最近短くてすみません、時間があまり取れずで更新です;
ヨナハからの願いは保留とした。
そもそも僕に決定権はない。いまの僕はベルーの護衛だ。
だから彼にはいったん帰ってもらった。
そして次の日、ヨナハからの話をベルーに……。
「あ、あの、アル様? どうなさったのですか?」
「う、……うん」
泊まっている部屋にやってきた僕に、ベルーはそう尋ねた。
僕の様子を見て何か感じ取ったのだろう。首を少しだけ傾げ、僕の言葉を待ってくれている。
「えっと……………………」
「?」
ヨナハの話をベルーに言えなかった。
ただ助けてくださいという内容だったら、彼女に話せたかもしれないが、そうじゃない。
ヨナハの”婚約者”の貞操を、初夜を守るために連れ出して欲しいだ。
もう駄目だ。本当に全部駄目だ。
どれもこれもベルーに言える内容じゃない。
婚姻税として、その妻の初夜を差し出さなくてはいけないという話もあり得ないし、他人の婚約者のために、ベルーにその協力の許可して欲しいなど、この僕だけは絶対にしてはいけない。
「~~~~~~っ、な、んでもないです」
どう見たって不審に思われる。
そんな声と態度。でもこれで押し通すしかない。
馬車の車軸を直してくれるという話は魅力的だが、それは他の人にも頼めることだ。彼以外に直せる人はいると思う。根拠もある。
この村を見たとき、しっかりと作られた柵や、素人目にも立派に見えた木で作られた櫓など、この村にはそこそこの技術者がいることが分かった。
だからその人たちに頼めば良いのだ。
しっかりとした報酬を支払い、取りあえず走れるだけの修理を。
それでこの村を出立するのが一番――
「ぁ、アルど? 夜、きた人のことをいわなくて、いいの?」
「バルク!?」
「え? 昨晩誰か来られたのですか? はっ、まさか村の女性が……」
「いやっ、違うから! そういうのじゃないから! 来たのはヨナハていう男の人で、それでちょっと頼まれごとをお願い――あ、いや……」
変な誤解をされたくなくて、思わず黙っていたことを口走ってしまった。
途中で気がついて言いつくろうとしてみたが、上手く言葉が出てこない。
バルクの介入によって予定が狂ってしまった。
「アル様……」
「うっ」
懇願とは少し違う、ベルー独特というか、そんな表情で見つめられた。
少し太めの眉が見事なハの字を描いている。
何があったのか教えて欲しいのに、それを口にすることができないといった感じ。
僕は彼女のこの表情にとても弱い。
だがしかし、例の件をベルーに話す勇気が、そして資格がない。
そんな風に困り果てたそのとき、扉を叩くノック音がした。
スッと身構えて扉の横を陣取るテイシさん。
手には鈍器のような両手斧が握られ、何があってもすぐに対処できる体勢。
彼女はそのまま尋ねる。
「だれ?」
「あ、あのっ。昨夜、お願いにきたヨナハです。あのことをどうか、どうかお願いしたく、馬車もちゃんと直しますから」
「アルド、しってる?」
「……」
テイシさんがそう言ってこちら見る。
目の前のベルーは、何かを隠す僕にもっと眉を下げている。
何も言わずに誤魔化すことは不可能だろう。
特に厄介なのが、馬車を直すという言葉だ。
これは誰か直せる人を探す予定だったので、ここで無視することはできない。
「はぁ………………はい、話します」
頭を垂れて諦める。
ヨナハに任せるという手もあるが、それだと”婚約者”という言葉が出てしまう。
だからその言葉は使わずに、コリィという村娘の状況だけを説明して、逃がして欲しいということだけを伝えることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トンテンカンと車輪を押し込む音が響く。
ヨナハが馬車を直すべく、夕焼けの中、懸命に木槌を振るっていた。
あと少しで馬車の修理が終わりそうだ。
「……」
僕はそれを監視しながら、昼頃にあったときのことを思い出す。
『……お受けしましょう。アル様』
僕とヨナハの話を聞いたベルーは、彼の願いを聞くことにした。
同じ女性として、そのような税は払いたくない。いや、そんな税は嫌だと。
そもそも税とは、その地を正しく運営するために支払うもの。
支払った税が使われ、それが回り回って自分たちへの恩恵となる。
それが税の大前提であり、そうでない税は、権力者によるただの搾取だ。
そんな搾取で、決して取り戻せないものを取られるのは寂しいと、ベルーは瞳を伏せながらそう言った。
そして馬車が直ったら、アルトガルの街に戻ることを決めた。
まず連れ出すにしても、その辺りに下ろせば良いというものではない。
ただ平野では人は生きていけない。最低でも村か町だ。
だけど東に向かった場合、下ろしたところで二人の身の安全が確保できない。
この村を治めている領主の近くでは危険だ。
なので中央のアルトガル。
アルトガルの街なら簡単に手出しできないし、仕事を探すにも丁度良い。
最初は厳しい生活になるかもしれないが、他の場所よりマシだろう。
そんなことを思い出していたら、修理していたヨナハさんに声を掛けられる。
「冒険者さま、なんとか直りました。どうです、見てください」
「あ、ああ……」
見た目が少しアレだが、馬車は直っていた。
ベルーの馬車は、村にあった馬車の車軸と取り替えることで直った。
しかし取り替えるといっても、そう簡単に出来るわけではない。車軸の太さや長さなど、そういったことの細かい調整が必要だったみたいだ。
それで少々時間が掛かってしまった様子。
だがこれで、明日にはこの村を出られる。
「ありがとうございます、ヨナハさん。よろしければ、馬車を直してくれたお礼に夕食などどうですか? そろそろ丁度良い時間ですし」
「は、は、はい。お、ねがいします。あ、えっと、幼馴染みのコリィも一緒にいい、じゃなかった、よろしいでじょうか? きょ、今日いっしょに食べるって約束を、してて」
少しどもりながら返事をするヨナハさん。
かなり緊張しているのか、噛み方もなかなかのものだ。
周りにいた村人たちは、そんな彼を見て笑っている。
「はい、では一緒に。主が泊まっている部屋へ」
「はいっ、ありがとうございます」
これは事前に決めていたこと。
馬車の修理が終わったら、そのお礼にとヨナハさんを誘う。
そしてそのときに、できるだけ自然にコリィさんの同席を願う。
少々苦しいが、これで彼と彼女を大っぴらに呼ぶことができる。
たぶん、怪しまれることはないはずだ。
僕は夕日を見るフリをしながら、村人たちの様子を確認し、ヨナハさんと一緒にベルーが借りている部屋へと向かったのだった。
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