1話 冒険者アルド
「……また見ちゃったな」
武具の支度を終えた後、薄暗い部屋の中で少々思いに耽る。
今朝見た夢は、嫌なことがあった後よく見る夢だった。
辛くて挫けそうな、そんなときに再び奮い立たせてくれる大事な夢。
まるで過去の栄光にすがっているような……
「いや、すがっているよな……」
自覚している。
僕は昔の自分に、まだ六歳だった頃の自分にすがっている。
一度だけの、たった一つだけの誇りに……
あのとき僕は大怪我を負ってしまったが、一緒に居た女の子を守り切った。
しかし首に負った傷が深かったため、僕はそのあと生死の間をさまよった。
あのときの傷は、白い傷跡となっていまも残っている。
そして目を覚ましたのは数日後、横になっていたのは森ではなくて近くの町の宿だった。
予定されていた用事は全て中止となり、そのまま中央の城へと戻った。
僕は小さな女の子を守ることができて満足だったが、その後こっ酷く怒られた。
そして同時に、酷く心配もされた。
あのときの母の顔はいまでも忘れられない。
心底心配させてしまったと深く反省したものだ。
だがその一方で、大好きな演劇に登場する英雄のように、女の子を守れたことに胸が一杯だったことを覚えている。
「……よしっ、今日こそはやってやる」
膝をパンと叩き、僕はベッドから腰を上げて宿の部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界は、召喚された勇者様によって救われた。
すべてを腐敗させてしまう魔王を、17年前に消滅させることで討伐した。
だがしかし、魔物がいなくなった訳ではない。
魔物は魔王とは関係なく湧き続けて人々を苦しめている。
だから魔物を退治する冒険者たちは、いまも必要とされている……
ガヤガヤと小さくない賑わいを見せる冒険者ギルド。
依頼が貼り出されているボードの前には数名。飲食ができる奥のテーブルには大勢の冒険者たちが座っていた。
まだ昼前だというのに、酒を飲んでいるのが遠目にも分かる。
僕は目立たぬようにそっと中に入り、依頼書が貼られている所に向かう。
「……無いか」
依頼書が貼られているボードには、望むような仕事は貼っていなかった。
中には木工職人が請け負うべき仕事が貼られている。
ただ報酬金額を見るに、きっと職人に仕事を断られたのだろうと判る。
冒険者は”何でも屋”というきらいがあるので、ダメ元で依頼を出したのかもしれない。
そしてその依頼書が貼り付けてある横には、冒険者連帯の団員募集の張り紙があった。
アライアンス、【ヴァイスファング】の団員募集の張り紙。
募集条件はとても緩く、冒険者と名乗れる者であれば誰もが入れる条件だ。
そう、入ることはできた。
だが――
「んん? お前は昨日ウチを放り出されたアルドじゃねえか」
「……ウルガさん」
「いいか? ウチは来る者は拒まずだがな、能無しで役立たずに席は無ぇからな。未練がましくウチの張り紙を見てんじゃねえよ、この能無しっ」
アライアンス【ヴァイスファング】のリーダー、狼人の冒険者ウルガさんが蔑んだ目でそう言ってきた。
彼の格好を見るに、これから地下迷宮に潜る予定なのだろう。
「……ええ、わかっています」
「はっ、それならイイんだけどよう。死にたがりで役立たずはマジで邪魔だからな~。まあ、どこもお前は入れねえだろうな~」
「――っ」
熱がこみ上げてくる。
悔しいという思いが噴き出しそうになる。
だが、言い返すことができない。事実だったから。
「ったくよう、オマエってこの町で有名人だったんだな。ああ、悪い意味でな」
「……」
「死にたがりの灰色とかって呼ばれてんだな、オマエは。だけどよう、普通アレに正面から突っ込むか? マジで頭おかしいんじゃねえのか?」
「……」
ウルガさんが言うアレとは、イワオトコと言う魔物のこと。
岩でできた人型の大きな魔物で、その豪腕から繰り出される重い一撃は多くの命をすり潰してきた。
普通ならば距離を取って戦う相手。
接近するとしても背後や側面から、間違っても正面から挑む者はいない。
だけど僕は、正面から挑んでしまった。
「いいか、お前が死ぬのは勝手だが、それでアライアンスがペナルティーを喰らったら堪ったもんじゃねえんだよ。ウチは上を目指して――」
昨日のことをまだ言い足りないのか、ウルガさんは僕を責め続けた。
この蛮勇野郎と言ってくる。
僕はウルガさんの荒げた声を聞きながら、あのときのことを思い出す。
確かに僕は正面から近づき、唯一まともに使えるWSを放ちにいった。
しかしあのときは仕方なかったのだ。
イワオトコの背後や側面には先輩たちが陣取っていて、僕が攻撃をするには正面しか空いていなかった。だから正面から行ったのだ。
「――ってかよう。まともに使えるWSが”ヘリオン”しかねえって何だよ。お前、そんなんでよく冒険者を名乗れたもんだな」
「……」
冒険者。
一般人の認識では、魔物と戦うことを生業としている者のこと。
戦う力があるので、ときには人間同士の争いにも呼ばれることがある。
平時ではあまり必要とされていない。
一方冒険者たちの認識では、WSや魔法といった、特別な力を振るって戦うことができる者のことを冒険者と呼ぶ。
だからいくら冒険者になりたいと言っても、それらが備わっていないと役に立てない。碌に戦うことができない。
例外がなかった訳ではないが、その例外以外が大成したことがあると聞いたことがない。少なくとも僕はその例外以外は知らない。
「――ったくよう、放出系WSが使えねえ、適正武器も片手剣だけしか使えねえ、そんな雑魚だって判っていたら誘わなかったぜ」
「――っ」
ウルガさんの責めは、いつの間にか罵倒へと変わっていた。
僕がいかに駄目なのか、それを次々とあげつらねていく。
色が抜け落ちた灰色の髪のことや、首筋に残る白い傷跡のこと。
目につく全てが気に食わないと罵ってきた。
もう追放したというのに、僕を一度でもアライアンスに入れたことを悔やんでいるのだろう。そんな気持ちが見て取れる。
僕は少しでも目障りにならないように、首筋を隠している灰黒色のマフラーを引き上げる。
「――あ~~あ、やっぱ【欠け者】は駄目だな。確か双子の王子の兄の方も【欠け者】で駄目なヤツだって話だしな。名前は~、アル……何だっけか?」
「……アルト王子です」
「あ~~それそれ! アルト王子サマな。イセカイを救った勇者シモモト様の息子だってのに全く駄目なんだってな。弟の方のガルト王子はスゲェ優秀だって噂なのによう」
「……そうみたいですね」
「まあいいや。取り敢えず二度と姿を見せんなよ。この目障りな灰色野郎」
言いたいことを言い終えたのか、ウルガさんは冒険者ギルドを後にした。
僕はそれを黙って見送る。
いつの間にか集まっていた野次馬も、見世物が終わったと散っていく。
「くそ……」
言い返したい。
だけど言い返せなかった。
彼が言ったことは全て事実で、罵倒されたことは腹が立ったが、昨日の件は完全に僕の落ち度だ。
地下迷宮に潜ったメンバーが死亡した場合、そのパーティやアライアンスにはペナルティーが課せられる。
一昔前、無謀な探索を繰り返す冒険者が急増した。
それによって命を落とす者が増え、その対策としてペナルティーが課せられるようになった。
冒険者は身勝手な者が多く、自分さえ良ければ良いという者が多い。
中には仲間を消耗品として考えている者もいたらしい。
そういった者もいることから、少しでも事故死を減らすために作られた規則だ。
そのペナルティーがあるから、ウルガさんは激しく憤ったのだろう。
もし僕が死んでいたら、【ヴァイスファング】は重いペナルティーを課せられていた。
加入したばかりの者が死んだ場合はペナルティーがとても重くなる。
確か一ヶ月間の活動禁止だったはずだ。
このペナルティーの重さは、新人の使い捨ては許さないという圧力だろう。
「……仕方ない、今日は外に行くか。行ってもダンジョンには入れないし」
この【ルリガミンの町】にある地下迷宮へ入るには、パーティかアライアンスを組む必要がある。
昔は単独でも入ることができたそうだが、いまは特例で認められた者以外はソロで入ることを禁止されている。
ウルガさんの様子を見るに、現地に行ったら追い返されるだろう。
それに、僕を入れてくれるパーティはもう無いはず。僕はそれだけの失敗を繰り返してきたのだから……
だから僕は、外で魔物を狩ることにしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次話はすぐに投稿予定ですっ