17話 偉大なる格言
すいません、遅れました;
「あの、この中で?」
「おう、ちっと聞かれたくねえ話だからな。ほら、いくぞ」
目の前に広がるのは地下迷宮の入り口。
しかもこの入り口は、ハズレルートと呼ばれている方の入り口だった。
地下迷宮には三つの入り口があり、このハズレルートと呼ばれている方は整備などがされておらず、その不便さから冒険者たちからは避けられている。
ウルガさんはこの中で話すと言ってきた。
確かにこのハズレルートなら、人が来ることはあまりないだろう。
「……」
わずかな逡巡。
このイセカイには、『呼び出しは罠だ』という格言がある。
この言葉の意味はそのままで、呼び出されて行ってみると大半は罠が張ってあるということらしい。
少々斜に構えた考え方だが、実際に多いのでこの格言が定着したとのこと。
因みに、一番最初に誰がそれを言い出したのかは不明だ。
「んだよ、なんか文句あんのか? 人に聞かれたくねえって言ってんだろ」
「……いえ」
ウルガさんが何か企んでいることは察していた。
間違いなく良くないことを考えている。
だが、それがどの程度なのか読み切れない。
最初は、”何か言いたいことがある”程度だと思っていた。
しかし今は、それ以上な気がした。そういう雰囲気を纏っている。
罵倒することが目的なのか、それとも他に何か目的があるのか。
ただ本当に話したいことがあるのか……
「………………行きましょう」
僕は地下迷宮へと入ることにした。
断ったところでウルガさんは納得しない、そう思ったからついて来たのだ。
いまさら断っても間違いなく無駄だろう。
それに、彼が何かする可能性は非常に低い。
罵倒などの類いはあってもそれ以上はない。断言できる。
何故なら、僕とパーティを組んで地下迷宮に入るのだ。
もし僕に何かあれば、それはウルガさんの責任になる。
パーティを組んで仲間に何かあった場合、そのパーティにはペナルティーが課せられる。それがこの地下迷宮のルールだ。
しかもウルガさんはアライアンスのリーダー。
何かあればそれはアライアンスへと及び、下手をすれば活動一ヶ月禁止になる場合もある。どう考えてもデメリットが大きすぎる。
あれだけ大事にしていたアライアンスだ。
余程のことがない限り大丈夫だろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……」
「……」
僕たちは無言で地下迷宮の中を歩いていた。
生活魔法で作られた”アカリ”がゆらゆらと揺れる。
地下迷宮に入ってかれこれ10分以上経過していた。
もっと手前の方で話をすると思っていたのだが、予想よりも奥へと歩いていく。
「ここだ。この奥で話すぞ」
「はい」
10分以上掛けて辿り着いた先は、大部屋のようになっている場所だった。
すぐ手前には3メートルほどの段差があり、部屋の奥に行くにはその段差を降りる必要があった。逆から見るとステージのようになっているだろう。
ここへ来るには狭い所を屈んで進んだので、大きな魔物に背後を取られる心配はない。そして手前には段差があるので、魔物に挟み撃ちにされることもない。一応安全地帯であった。
「あの、ここで話を?」
「おう、そうだ。こっちに来いよ」
「……はい」
僕はウルガさんに呼ばれ、彼へと近づいた。
「んん? おいっ、あれってまさか……」
「え?」
ウルガさんが何かに気がついた。
彼の視線の先を追うと、そこにはかなり大きなイワオトコが立っていた。
あの大きさは間違いなく魔石魔物級。
「大変ですっ、早く誰かに知らせないと!!」
魔石魔物は危険だ。
管理して湧かした魔石魔物ならともかく、そうでない魔石魔物は確実な脅威。
あんな魔物に不意を突かれることがあれば、熟練の冒険者であっても危険。
すぐに討伐隊を、そう思ったそのとき。
「――えっ?」
ドンと、誰かに背中を強く押された。
僕はそれに逆らうことができず、目の前の段差へと落ちる。
「ぐっ!?」
辛うじて受け身は取れたが、3メートルはある段差から下へと落ちた。
ほぼ垂直な段差。時間を掛ければ登れないこともないが、それよりもいまは、誰が僕のことを突き落としたのか知りたかった。
そして、その答えはすぐに分かった。
「はっ、ざまぁねえな灰色野郎」
「ウルガさん」
ウルガさんが、酷く歪んだ目で僕のことを見下ろしていた。
突き落としたのは彼だと確信する。
「なんで、なんでこんなことをするんですか!」
「はっ、テメエが目障りだからだよ。アイツに潰されて死んじまいな」
「――っ!」
ここまでとは想定していなかった。
ウルガさんに疎まれていることは分かっていたが、まさか殺したいほどとは思っていなかった。そこまで恨まれる心当たりはない。
「……なんで、そこまで……」
ズシンズシンと、イワオトコが近寄ってくる重い足音がする。
僕たちはアカリで照らされているのだから、すぐに気付かれたのだろう。
無機質な赤い瞳が僕のことを捉えている。
「登ろうとしたって無駄だからな」
「……」
僕は上に登れる場所を探した。
だが、そんな都合の良い足場はないし、仮にあったとしてもウルガさんに間違いなく妨害されるだろう。
「オラオラ、後ろに来てんぞ。――お前の大好きなイワオトコちゃんがよう」
「くっ」
振り向くとイワオトコが迫って来ていた。
即座に回避体勢を取る。一発でももらえば戦闘不能だ。
僕は冷静に落ち着いて迎え撃つ。が――
「えっ!?」
肩に強い衝撃が走った。
鎧を着ているのでそこまで痛くはないが、無視できるものでもない。
重心が大きくブレた。
「くそっ」
突然のことに怯みはしたが、いまはそれどころじゃない。
僕は横へと飛んでイワオトコの豪腕を避ける。
たったいま僕が居た場所が、破砕音とともに砕け散った。
「おうおう、ガンバレガンバレ」
「――っ」
見上げると上には、拾ったであろう石を持ったウルガさんがニヤニヤしていた。
先ほどの肩への衝撃は、ウルガさんが投げてきた石だ。
「こっちを見てる場合じゃねえぞ」
「何でこんなことをっ」
僕は、ウルガさんの方を注意しながら避け続けた。
目の前のイワオトコは当然のことだが、ウルガさんの投てきも脅威だ。
頭に当たれば大変なことになる。
「ウルガさん! 僕が何をしたというのですか! 殺されるほどのことをした覚えはありません。なんで、なんでこんなことを!」
本当に心当たりがない。
厳しい視線をもらっていたことは知っていたが、どう考えてもこれはおかしい。
あまりにもデメリットが大きすぎる。
何も得る物はないはずだ。
「ざけんなっ! テメエが悪ぃんだろうが! お前がオレのモノを取ろうとしたのがいけねえんだよ! あれはオレのモノだ!」
「えっ!? 僕が取った!? 何を……」
「閃迅だ! あの女はオレのもんだ。ダンジョンの入り口で見せつけやがって」
「リティが? ――あっ」
「ようやく思い出したようだな」
「……」
確かにあのとき、ウルガさんが射貫くような目で僕のことを見ていた。
だがしかし、あの程度でと思ってしまう。
「オレはなぁ、モミジ組に入んのを断られたんだよ。ふざけやがって、何が邪な動機のヤツは入れねえだ。んなの関係ねえだろ……。大体よお、あのアライアンスに居るヤツはみんな閃迅目当てだろうが、気取ってんじゃねえよ」
「……」
「……だからオレは、自分のアライアンスを立ち上げた。そんで閃迅を入れてやろうって考えてたんだよ。ちゃんと上手くいってたのによう、テメエが横から掻っさらうような真似をしやがって、しかも大怪我を負わせたそうだな!」
僕は回避に徹しながら、ウルガさんの話を聞いていた。
話している間は投擲が止むので、その間に何か打開策がないか探る。
いまの話にも打開策がないか探り続ける。
「亜麻色の髪のことを知らねえテメエなんかに閃迅をやれっか」
「だからそれは何ですか? 前もそんなことを言っ――て」
間一髪、ギリギリのところで豪腕を避けた。
少しでも集中を切らすと危険だ。一発でもあれをもらえば即終わり。
「だからだよっ! そんなことも知らねえテメエに閃迅を取られてたまるか。あれはオレのもんだ。オレが一年も前から狙ってんだよ!」
ウルガさんは、リティに惹かれ過ぎて、まるで取り憑かれているようだった。
彼女の心情などはお構いなしだろう。しかし――
「何をそこまで……」
確かにリティは恐ろしいほど整っていて綺麗だ。
誰もが彼女のことを魅力的だと感じるだろう。
しかしだからと言って、ウルガさんのこの惹かれ方は異常だ。
背中が薄ら寒くなる。
「っち、ちょこまかと逃げ回ってねえで、さっさと死ねよ」
「あぶなっ」
思い出したかのように石を投げつけてきた。
僕はそれを何とか回避する。少しだけ頬をかすめた。
「……ウルガさん、ここで僕を殺したとしても捕まるだけですよ? そもそも一緒にダンジョンに入ったのですから、最低でもペナルティーは……」
「はっ、その辺り抜かりはねえよ、ちゃんと考えてあるさ。あとよう、オレ以外にもお前の死を望んでいるヤツがいるんだな」
「どういうことです?」
「あん? だからよう、お前に死んで欲しいってヤツが協力してくれんだよ。後のことはあの人がやってくれる手筈になってんだ。だから安心して――死ね」
「――しまった」
誘導された。
避ける位置を投てきによって誘導され、僕は危険な間合いに入ってしまった。
呻りを上げて岩石の腕が迫りくる。
「っが!?」
僕はイワオトコの薙ぎ払いをまともに喰らってしまった。
パキリと、そんな嫌な音が脇腹から聞こえてきた。
そして、弾けるように横へと吹き飛ばされたのだった。
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あと、誤字脱字も……




