16話 勇気と蛮勇の違い
投稿っ
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
「ほほう、そんなことがあったんか」
「……はい」
現在僕たちは、ルリガミンの町から少し離れた場所に居た。
丁度良い岩があり、そこに並んで腰を掛ける。
「ん~~、そりゃあアレよのう。気にするなって言っても――」
本当に不思議だった。
何故か僕は、初めて会ったららんさんに愚痴のような吐露をしていた。
誰かに話すつもりなどなかったのに、いつの間にか悩みを打ち明けていた。
昨日あった出来事を、全てららんさんに話していた。
「僕が無謀なことをしなければ、前に出なければ……」
「まあ、判断ミスで前に行くとかよくあるのう」
「そんなんじゃないんですっ、ただ行けると、そう……思って……」
「ほほう? それで?」
嫌な顔ひとつせずに、僕の話をうんうんと聞いてくれるららんさん。
とても不思議な人だ。何か裏がある、表の顔に騙されてはいけないとさっきまで思っていたのに、気が付けばそれが一種の懐の深さに思えてきていた。
張り付けている笑顔は余裕の証。
裏側をしっかりと持っている。
この程度の話ではきっと動じない。そんな不思議な強さを感じる。
まるで曾祖父を彷彿させる、そんな不思議な腹黒さに僕は甘え続けた。
「――【蛮勇】なんて無ければっ、あんなことには……」
もう何度目かになる自己否定。
ガレオスさんに諫められたというのに、僕は止まれなくなっていた。
さっきからずっと自分を否定し続けてしまう。
「さっきからそれを言っておるけど、【蛮勇】って面白い【固有能力】やのう」
「面白いって……」
しかし返ってくるのは、否定も肯定もしないふわっとした返答。
でも僕は否定して欲しかった。
いらないモノだと断言して欲しい気分だった。
そうすれば、自分は要らない者だと再認識できる。
僕はもう役目を果たした出涸らしだ。だから……
――そうだよ、
僕にはもうなんの価値もないんだ、要らないんだ、
だから僕なんて早く使命を果たすために、
「まるで、じんないさんを体現したような【固有能力】やの」
「――え?」
僕はジンナイという言葉に引っ張られる。
「じんないさんっての、もっの凄いムチャをする人なんよ。しゃれにならない魔物が相手だろうと躊躇わず飛び込むし。あれを見たときはホント驚いたのう」
「あ、あの、勇気があるということでは? 強い魔物に真っ向から挑んだのですよね? それって」
「勇気? ああ、一応勇気ともいえるかものう」
「ですよね。蛮勇で無謀な僕とは違って……」
「うん? なんか勘違いしておらんかのう?」
「え? だって勇気と蛮勇は違いますよね。よく言うじゃないですか、勇気と蛮勇をはき違えるなって……」
「そうかのう? 両方とも同じようなモンやろ。少なくともじんないさんはそうやったで」
「え?」
「いいかの? おっかない魔物の前に踏み込む、これは勇気と蛮勇どっちも同じよ。両方とも一歩を踏み出すために必要なもの。もし違いがあるとすれば、やられるかやられないかのよ」
「……やられるか、やられないか……?」
「そうよ。だって、上手くいったら勇気ある行動で、失敗したら無謀とか蛮勇だって言われんやから。だからの、どっちも同じようなもんやの」
「そんな極端な」
「少なくともじんないさんはそうやったよ。誰がどう見ても頭がおかしいことをやっておったからのう。もし死んだら指差されて笑われるレベルや、そんぐらい無謀なことをやっておったで」
「――で、でも、それで……」
――そうだっ、
それで僕はリティを……
僕なんかのためにリティが犠牲にっ
「それで誰かが犠牲に、って思っているやろ?」
「え?」
心が読まれた、そう思ったが――
「ガレオスさんからも聞いておるからの。自分のせいでりてぃちゃんが犠牲になったって思っておるって。……でものう、りてぃちゃんは犠牲やないよ」
「犠牲ですっ! 僕なんかを庇うために……イワオトコの前に飛び出して」
「ほほう」
「え?」
急に嫌な笑みをのぞかせるららんさん。
僕は心の中で身構える。
「……りてぃちゃんは、おまえさんを助けるために前に出たんやろ? 死ぬかもしれないのに飛び出したんやろ?」
「……そうです。それでリティは……」
「じゃあ、無謀に飛び出したってことやの。蛮勇やな」
「――っ!!」
感情が一瞬で沸騰した。
心の中に真っ白な怒りがこみ上げて吹き荒れる。
「違うっ! 断じて違いますっ! リティは僕を助けるために勇気を振り絞って助けてくれたんです。それをっ、それを無謀だなんて馬鹿にしてっ……取り消してください」
絶対に許せない。
彼女の身を張った献身を馬鹿にする言葉だ。
いまのは挑発だと分かっているが、僕は立ち上がってららんさんを睨みつける。
「だったら、犠牲になったなんて言うなや」
「――えっ」
「りてぃちゃんは、おまえさんを助けるために小さな身体を張ったんや。そのおまえさんがそれを犠牲だって吐くのかい? まるで助ける必要のない者を助けたみたいな言い方をしおってからに」
「あ、あ……それは……」
「死ぬような思いで助けた相手に、自分なんかのためにって、どう思う? 自分と置き換えたらよう解るやろ?」
「……はぃ……」
一瞬にして気を削がれてしまった。
肩を落とした僕に、ららんさんが話を続ける。
「……さっき言ってたことの続きやけどな、じんないさんは無謀でも勇気でも……まあどっちでもいいや。要は、誰かのために一歩を踏み出しておったんや」
「誰かの……」
「後ろにいる仲間のため、目の前にいる助けたい者のために、馬鹿で無茶なことをして、そんでそれを全部助けてきたんや。だからの、たとえ無謀でも――」
――仲間を守るためならいいんじゃないかの?
気がつくと僕は泣き出していた。
ボロボロと、熱いモノが溢れて落ちていく。
そうだった。そうだったのだ。あのときリティも言っていた。
そしてあのとき、まだ幼かった僕も言っていた。
無謀だろうが関係ない。
仲間を守るためだ。そこに勇気も蛮勇も関係ない。
( ――僕は )
何かが見えた気がした。
僕に必要なもの。持っていたはずなのに薄れていたものを思い出した。
「……そろそろ落ち着いたかの?」
「はい」
何分経ったのか分からない。
ららんさんは、僕が落ち着くのを待ってくれていた。
「そうそう、ひとつだけ訂正やけどな。じんないさんのことを知っている者と、じんないさんに助けてもらったことがあるヤツは……笑わんやろうな」
「……はい」
心得るべきことが見えて。
僕はただ【蛮勇】を嫌っていた。
リティが大怪我を負ったことで、それはより大きくなった。
だけどその考えが間違っていた。
僕は【蛮勇】と向き合う必要があったのだ。
ただ嫌うのではなく、【蛮勇】と折り合いをつける、【蛮勇】を使いこなす。
それが必要だったのだ。
馬鹿で無謀で愚かに見えるかもしれない。
だけど、仲間を守るために動くのだったら違ってくるかもしれない。
根本的な解決にならないが、それでも――
「ららんさん、ありがとうございました」
「ん、ええよ。それよりもほれ」
ららんさんは陣剣を指差した。
『まず、やることがあるやろ』と、どこか仄暗い笑顔がそう言っている。
「はい、リティに会ってきます。この剣のお礼と、助けてくれてありがとうって伝えてきます。あっ、この剣の代金ですが、いくらでしょうか?」
「ああ、取り敢えずタダでええよ。試作品やしな、貸してあげるの」
「え? でも……」
「ええって。あ、でもいつか返してな、まだ調整が必要かもだしの」
「わかりました。では、行ってきます」
「あいよ、行ってらあるとさん」
「――えっ!? いま?」
「うん? どうしたんや、あるどさん?」
「……いえ、何でもないです。じゃあリティに会ってきます」
「ほいほい」
僕は急いで町に戻った。
リティに会うのはまだ怖い。だけど彼女に会いたい。
そしてちゃんと――
「――おう、探したぜ。この小汚え灰色野郎」
「……ウルガさん」
「ちょっと面を貸せ。テメエに話がある」
「あ、あの僕はいま――」
「――いいから来いっ。オレに逆らうってのか」
僕の言葉を遮ってきたウルガさん。
その態度はいつも変わらない。僕のことを完全に見下している。
「後じゃ駄目ですか? いまちょっと用事があって……」
「いまだ。閃迅のこと……知りたくないか? 亜麻色の髪のことも」
「え?」
一瞬ドキリとしてしまった。
丁度彼女のことを考えていたのだ。そのときに閃迅の名が出て動揺した。
「話ってのは閃迅のことだ。いいから来い」
「……分かりました」
断っても押し問答。僕はそう察して折れることにした。
さっさと用件を終わらせれば良い。
ウルガさんの表情と態度から、何か良くないことを考えているのは分かった。
罵倒類いのことを言うつもりなのだろう。それが容易に想像出来る。
思い当たるのは、昨日あった出来事。
リティが大怪我を負った件かもしれない。
ウルガさんもリティのことを気にしていたような気がする。
僕はウルガさんの後を素直について行くことにした。
「中に入るぞ」
「……え?」
ウルガさんについていった先は、ルリガミンの町にある地下迷宮だった。
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あと、誤字脱字も……




