100話 二人がターン
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レプソルさんに相談してから三日が経った。
僕は前以上にジンさんの戦いを見て、何か自分に吸収できないことはないかと探している。
しかし差があり過ぎて何も見つけられていない。
しかも唯一勝っていると思っていたこと、決して恐怖を覚えないという点でも負けている気がする。
ジンさんを見ていたら、ららんさんが前に言っていたことが脳裏を過ぎった。
誰かのために一歩踏み出す、ジンさんはそれを体現している。
どんな事態であったとしても、ジンさんの一歩には一切の迷いがない。
僕のような勢いだけのそれとは大きく違う。
研ぎ澄まされて研摩され、さらにそこへ積み重ねた覚悟が込められた、そういった真に強い踏み込みだ。
( ……あの域に辿り着けることができれば、僕は―― )
「おいっ! 何でそんなところに湧いてんだ!」
「きゃあ!?」
「ひぃいいっ!!」
張り倒すような怒声が上がった。
声の主はジンさんだ。怯え声を上げたのはサポーターの誰かだろう。
何となく声の主に心当たりがあるが、いまはそれどころではない。
想定外の魔石魔物が湧いたのだ。
管理していない魔石でも置いてあったのだろうか、二本足の魔石魔物が遥か後方、サポーターたちの近くに湧いていた。
護衛が何とか押えてはいるが、たった一人で押えきれるほど魔石魔物は甘くない。二本足の狼型が、両手を振り回して荒ぶっていた。
「ったく」
「え?」
悪態をついたと思ったら、次の瞬間、ジンさんが魔石魔物を倒していた。
本当に一瞬で距離を詰めて、あっと言う間に二本足の狼型の首を跳ねた。
もうこの人一人だけで良いのでは思えるほどの強さ。
ひょっとするとだが、ジンさんは魔石魔物に囲まれても平気かもしれない。
全部返り討ちにしてしまいそうな気がする。
「……レプソルさん、あまり参考にならなそうが気がしてきました……」
狩りは、管理されていない魔石の件以外無事に終了した。
リュイトたちからの嫌がらせなどもなく、本当に何事もなく終わった。
ふと気になったことと言えば、外でミーナが待っていなかったこと。
レプソルさんに相談した日から、何故かミーナはここへと来なくなった。
特に嫌われるような真似をした覚えはないし、今朝だって普通だった。
なのに今日も来ていないことが気になった――が。
「どうしようもないか」
少し寂しいと思った。
ミーナのことは、城に居る妹のように思い始めていた。
さすがにミーナほど育っている訳ではないが、天真爛漫なところと、勢い良く飛びついて来るところはそっくりだ。
『にーに』と呼んで、下腹部に頭突きをよくされていたことを思い出す。
もう大分会っていない。そしてもう、会うことはないはず……
「よう、どうしたんだ黄昏れちまってよお」
ロングが煽るような声音で言ってきた。
ニヤニヤとした笑みでこちらを見ている。
「まあよう、迎えに来てもらえることは今後ねえと思うけどな。なんたってテメエは――」
「ロング、止めろ」
珍しいことに、ロングのことをリュイトが止めた。
彼の横では、首を振りながら溜息をついているショートが居る。
「……わぁたよ。ちょっと言ってみただけだろ」
何かブツブツと言っているが、ロングはリュイトに促されるようにして連れて行かれた。
「……どうしたんでしょうねぇ」
「うん」
僕だけでなく、ネココさんも不思議そうに彼らを見送る。
「……ワタシたちも帰りますか」
「はい、送っていきますね」
ここ最近、ミーナを送っていたので一緒に帰ることは減っていた。
しかし彼女がいないのであれば、ネココさんを送っていくべきだろう。
「よう、俺にも声を掛けろよ。一緒なんだし」
「すいません、バランさん。では、一緒に」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕はその日の帰り道、今日あった出来事のことを訊いた。
管理されず置かれている魔石などは罠のようなモノだ。
何かの拍子に落とすことがないように管理されている魔石が落ちていたのだ。
ジンさんが居たから何事もなく済んだが、もしかしたらサポーターの誰かが犠牲になってもおかしくない事態だった。
そう考えるととても恐ろしい事故だった。
「ホントに怖かったですぅ。ワタシなんて怖くて一歩も動けなくてなって」
「俺も似たようなもんだったな。遠くから見るのと近くから見るのじゃ、全然違うもんだな。なんつうか、目が合ったらヤバいって感じでよう」
「分かります、僕もそうでしたから。近くで見ると全然違うんですよね」
「しかしよう、ジンさんだっけか? あの人はバケモノみてえに強ぇな」
「はいっ、ジンさんはすごく強いですぅ。それですごく優しくて」
「ですね、凄く強いですね」
優しいには同意しづらいが、強いには大いに同意できる。
「……なあ、アルド。今日みてえのことをよくあるのか?」
「いえ、入ってからまだ日は浅い方ですが、今回みたいなのは初めてです。ネココさん、その辺りはどうですか?」
「う~~ん、滅多にないかも? 他で起きたことは聞いたことありますけど、目の前で起きたのは初めてですぅ」
「気を付けないとですね。あ、そろそろ着きますね。じゃあ僕はここで」
ノトス公爵の屋敷が見えてきたので、僕は二人に別れを告げた。
あそこは近づいては行けない場所だから。
「じゃあ、また明日ですぅ」
「またな、アルド」
「はい、また明日」
二人と別れ、僕は【竜の尻尾亭】へと向かう。
いつもミーナと一緒だったから、何ともポッカリ穴が空いたような気分。
そう思いながら歩いていると――
「あ、前に来ていたひと――っ!?」
【竜の尻尾亭】から、赤黒い色のローブを纏った女性が出て来た。
前に見たときと同じで、ローブに付いているフードを深くかぶっている。
そしてそのローブを纏った女性とすれ違った二人組の男が、小さく口笛を吹いた後、引き返した。
二人組の男たちはすれ違うとき、フードの中を覗き込んでいた。
きっとフードの中の顔が気になったのだろう。
「……」
とてもよろしくない予兆に思えた。
気になって二人組を目で追うと、やはり彼らはそのままローブを纏った女性の後を追っている。
できるだけさり気なく振る舞っているようだが、最初から見ていた僕には違和感しかないし、とても良くない予感もする。
「……」
僕は、二人組の後を追うことにした。
無視はできない。何も無ければ良いが、そうでなければ……
「……助けないと」
二重追跡が始まった。
ローブを纏った女性を追う二人組の男と、その二人組の男を追う僕。
「……なんで、そっちに」
ローブを纏った女性は、何故か人気の無い方へと進んでいく。
あと一つ横道に入ってしまえば、人気が無さそうな裏道だ。
ミーナが攫われたときのことを思い出してしまう。
「――あっ」
行ってはいけないと願っていた方へと彼女は行ってしまった。
それを見て好機と捉えたのか、二人組の男が追う速度を上げて走りだした。
あれはナンパなどそういった類いの動きではない。
悪い方の予感が当たってしまった。
もう様子を見ている場合ではないと心に決める。
「前の女性に、何をするつもりですか!」
僕はそう声を張り上げて牽制した。
前を行くを一人と二人が、一斉にこちらへと振り向く。
「何を……って? ナニを?」
二人組の背の高い方が、戯けるように言ってきた。
ヘラヘラとした笑みを浮かべているが、その目はこちら見定めようとしている。
腰に佩いている陣剣に視線が行くと、スッと目が細まった。
「おい、冒険者だ。止めとくぞ」
「ああ」
二人は短く会話を交わした後、ばつが悪そうにして去って行った。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
自分の舐められそうな容姿でも、剣を持っていることで牽制にはなったようだ。
大人しく退いてくれてよかった。
そう思ったそのとき――
「珍しい、人ですねぇ」
「――っ!!??」
それなりに離れた位置に居た彼女が、いつの前にか目の前にいた。
近寄ってくる気配など一切なかった。当然、足音も。
「あ、えっと……」
いまの動きで分かってしまった。
彼女は、あの二人組をいつでもあしらうことができた。
それだけの力はあると、言外に言ってきている。
思い返してみれば、こんな人気が少ない方に来た時点でおかしかったのだ。
人気の無い場所で振り切るつもりだったのだろう。
「ありがとうございます。わたしを助けようとしてくれたのですよねぇ?」
フードで顔を覆っているので口元しか見えないが、公爵家から出てきた人だ。
「あ、はい。……でも、余計な真似みたいでしたね」
「いえ、そのようはことはないです。本当に助かりました」
「……はい、ありがとうございます」
気を遣ってもらってしまった。何とも気恥ずかしくて堪らない。
だからか、それを誤魔化すためにふと思ったことを口にしてしまう。
「あの、妹さんとかいますか? 知っている人に似ている気がしたので……」
「いえ、妹はいません」
「で、ですよね。すいません、何か変なことを聞いてしまって。で、では」
まるでナンパみたいなことをしてしまった。
恥に恥を上塗りのような真似をしてしまった。僕は逃げ出すようにその場を後にする。
前に見たとき、彼女はリティに似ていると思った。
リティが以前言っていた、自分には姉がいると。だからつい聞いてしまった。
顔をしっかり見た訳ではないが、丁度それぐらいの歳だと思った。
恥ずかしさに顔を真っ赤にさせながら走る。
そして、リティのことを強く思い出してしまっていた。
心の内から何かが沸き上がってくるよう。
きっと今夜は、いつもよりうなされることだろう。
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