いつもの夢
新連載です。
とても面倒な物語ですが、読んでいただけましたら幸いです。
『僕の名前はアルト。アルって呼んでね』
『アユぅ?』
『あはは、違うよ。『アル』、アルだよ』
『あるぅ?』
『うん、そうだよ。アルだよ』
『ありゅうっ!』
『ああっ、またおかしくなった~。いいかい、僕の名前はアル、冒険者アルさ』
――またこの夢か……
僕は、いま自分が夢を見ていることを自覚した。
この夢は、昔、本当にあった出来事だ。
持っていた全てを失い、生きる道が決まってしまった日。
そしてそれと同時に、たった一つの、とても大事なモノを得た日。
僕は今もそれを心の奥底に抱いている。
『――僕は冒険者になるんだ。そしてすっごい英雄になるんだ』
『ふえ? ぼうけんしゃなのにぼうけんしゃになるの? それでえいゆうなの?』
『あ~~、もうっ、どっちでもイイの』
このときの僕は、癇癪を起こしたように冒険者に憧れていた。
お芝居で観た”黒の英雄”に心の底から憧れて、そしてそれになれないことを分かっていた。そう、分かっていた……
『ねえ、君の名前は?』
ふわふわな亜麻色の髪の女の子。
くりっとした淡い碧色の瞳に、ピョンと張った獣耳。
まだ幼かった当時の僕は、この女の子が狼人の子だとは分からなかった。
『わたし? わたしは――ィ。――ィだよ。もう4さいなの』
幼い頃の記憶だからか、僕は女の子の名前を覚えていない。
だから女の子の名前がしっかりと聞こえない。
『――ィか、いい名前だね。僕が大好きなお芝居に出てくる人に似た名前なんだね』
『ありがとぉお』
何がありがとうなのか分からないが、僕よりも二歳年下の小さな女の子は笑顔でそう答えてきた。
名前は忘れてしまったのに、このお日様のような笑顔はいまもしっかりと覚えている。
とても愛らしく、本当に可愛くて無垢な笑顔。
『あるぅ、遊んで』
唐突なおねだり。
小さな女の子は、僕に遊んで欲しいと言ってきた。
だけど僕は――
『駄目だよ。僕は大事な探検の途中なんだ。なんたって冒険者だからね』
何故ここに居たのかよく覚えていないが、このときは僕は、初めて訪れた大きな森に大層興奮していた記憶がある。
とても大きな木ばかりで、どこか神秘さを感じさせる雄大な森。
この森がどこにある森なのかは今も知らない。
僕はそんな森に魅了され、言いつけを守らずに勝手に行動していた。
いま考えるととんでもないことをしていたものだ。
誰かに迷惑を掛けるなど微塵も考えていなかった。
そして森を探検している途中で、この小さな女の子と出会ったのだ。
『なら、わたしもぼうけんしゃになるぅ』
『ええっ、冒険者は危険だよ? それに、冒険者になるにはちゃんとした【固有能力】がないと駄目だし』
このとき僕は、冒険者がいかに凄いのかを少女に説いた。
WSと言う技を使って魔物を倒すことや、魔法を唱えて怪我した仲間を癒やすなど、知っていることを全て話してあげた。
それをふんふんと聞き入る小さい女の子。
僕はそれが面白くて、ドンドン話していった気がする。
『――冒険者の中にはね、【索敵】って【固有能力】を使って魔物を見つけたりする人もいるんだ。ときには、突然襲ってくる魔物を……さっち? して仲間に知らせたりとかもね』
『あっ、わたしもってるっ。その”さくてき”ってのあるよ。だからわたしも”仲間”に入れて~』
そう言って希望に満ちた笑みを見せる女の子。
僕は、彼女を仲間に入れてやることにした。
後ろで誰かが何かを言っていた気がするけど、このときこの場に居たのは僕と小さな女の子だけだ。
『よし、僕たちは仲間だ。冒険者のパーティだ』
『ぱーてぃ! ぱーていっ』
完全に浮かれ切っていた。
全く知らない場所の森だというのに、僕は仲間を得て調子に乗っていた。
誕生日に貰った模造剣を振り回しながら、冒険者になったつもりで森の中を歩き回った。
道など全く分からない。
だけどそれは探検なのだから当たり前のこと。
そんな浅はかな思考で森の中を歩き回った。
ちょっとした段差から飛び降りるのも冒険。
木の幹に足を取られて転びそうになったことすら冒険。
湧き水で喉を潤すことなど大冒険。
そんな風に、全てを都合良く冒険にしてしまっていた。
そして何より、後ろについてくる小さな仲間が僕をそうさせていた。
小さい仲間を守っているんだと、本気でそう思っていた。
本当に愚かだった。
怖いもの知らずだってもうちょっとしっかりしていたはずだ。
ほんの少しでいいから、僅かでも危機感を持つべきだった……
夢はあの場面を迎えようとしていた。
『――え……いやっ、何かこわいのがくるぅ』
さっきまで笑顔だった女の子の顔を恐怖が覆った。
『む? 魔物か!? よし、僕がやっつけてやる。冒険者の僕が!」
夢の中の僕は、得意げな顔をして模造剣を高らかに掲げた。
やって来るであろう魔物を、倒すことができると全く疑っていない。
魔物とは、人の悪意や害意といった負の感情が形を得たモノだと言われいる。
それが地面から湧くように出現し、視界に移る人を襲いにいく。
成人した大人でも襲われたら命を落としてしまうような存在だ。
そんな魔物を、当時の僕は一人で倒せると思っている。
『こわいよ、こわいよ』
『平気さ、冒険者は仲間を守るんだ! だから――ィを絶対に守ってあげる』
女の子が怖がれば怖がるほど僕は奮い立っていた。
怯えている女の子を守る、まさにお芝居で観た主人公のようだと。
『どっちだい? どっちから来るんだい?』
『……あっち』
女の子は怯えながらも、【索敵】で察知した方を指差した。
言われてみると何かを感じるような、そんなことを考えながら示された方に身体を向けた。
そして、『さあ、来い』と模造剣を構える。
この夢は、いつもこの場面から同調する。
ついさっきまで俯瞰した視点で夢を見ていたのに、この場面からは昔の僕と同じ視点になる。
『来る!』
後ろで小さな女の子が身を竦ませたのが気配で分かる。
僕は後ろを向いて『大丈夫だ』と声を掛けようとした、が――
『きゃあっ』
後ろを向いた瞬間を突かれ、僕は魔物の接近を許してしまった。
突如目の前までやってきた黒い姿の魔物。人に似た姿をした、『カゲザル』と言う名の魔物が襲いかかってきた。
『――ッ!!!』
『させないっ!』
僕を無視して女の子を狙いに行ったカゲザル。
身体を割り込ませてカゲザルから女の子を庇う。
僕よりも少しだけ大きいカゲザルに、ガリガリと模造剣を食い付かれた。
『ぐっ!?』
肩に熱い痛みが走る。
カゲザルの鋭い爪が僕の肩に深々と食い込んでいる。
ヤツは退けと言わんばかりに、僕のことを押し退けようとしてくる。
『きゃあああっ、きゃあああああああ!』
後ろで女の子が泣き叫んでいる。
恐怖のあまり混乱でもしたのか、叫ぶだけで動けなくなっている。
いま逃げろと声を掛けたところで無意味だろう。
『――ッ!! ――ッ――!!!』
『くそっ!』
泣き叫ぶ声に興奮でもしたのか、カゲザルからの押し退けようとする力が強くなった。
ぎょろりとした黒い瞳が、僕ではなく女の子だけに向けられている。
『ぜったいに守るっ!』
僕と夢の中の僕が同時に声を上げた。
力一杯押し返す。
肩は火がついたように熱く痛いけど、僕は模造剣をぐいぐいと押す。
『――ッガ? アガガガ?』
邪魔をしてくる僕たちに、いま気が付いたかのようにカゲザルが目を向けてきた。
『ぐうううっ』
カゲザルは目標を僕たちに変えてきた。
強引に押し潰すように、模造剣ごと僕たちへと牙を寄せてくる。
「きゃあああっ!」
「――ッ」
鋭い牙が、顎の左側を抉りながら首筋へと迫ってきた。
もし模造剣を手放そうものなら間違いなく首を食い千切られる。
いままで感じたことのない痛みが僕たちを襲う。
恐ろしいほどの不安感を覚える激痛。
熱いのに冷たい、そんな矛盾を感じさせる痛みが広がっていく。
このままでは死ぬかもしれない。
そんな思いが脳裏を過ぎるが、それを消し飛ばす激情が心に吹き荒れる。
――絶対に駄目だっ!
もしやられたら次は女の子の番だ、
この魔物は後ろの女の子を狙っている、
僕を殺そうとしているのはついでだ、僕が死ぬのは構わない、
でもっ、でも、絶対に嫌だ!
僕もあの英雄みたいに、後ろにいる女の子を――
『――守るんだ!!』
夢だと自覚しているというのに、僕は夢の中の僕と同じになる。
絶対に守るという決意と覚悟を滾らせた。
『――あああああああああっ!!!』
噛み付いてきたカゲザルを強引に引き剥がす。
力をさらに込めたためか、首から血が勢いよく噴き出た。
視界の隅が赤くなっている。
血が流れ出た分、腕から力が抜けていくような感じがする。
だからさらに力を込めた。
『ぐっ』
後ろにいる女の子を守るため、僕はあらん限りの力を込めて押し返す。
首筋の肉を持っていかれた感触がする。
ゾッとするような不安感が纏わり付くが、僕はそれを無視した。
『僕は、勇者シモモトの息子だっ、だから仲間はぜったいに守る!!』
『――良く耐えた』
『――ッガヘ!?』
大人の人の声が聞こえると同時に、カゲザルの眉間に何かが突き刺さった。
黒い霧となって霧散していくカゲザル。
地上に湧く魔物たちは、命を失うと黒い霧となって霧散していくのだ。
カゲザルが消えたことにより、僕は支えを失って地面に落ちるように倒れた。
『あるぅ! あゆうう!!』
『――ぅ、ぁ』
喉をやられた僕は言葉を発することができない。
『大丈夫だよ』と言ってあげたいのに、口から漏れ出るのはか細い息だけ。
酷い泣き顔の――ィが、僕に向かって手を伸ばしながら叫んでいる。
何人もの足音が聞こえてきた。
きっと誰かが助けを呼んでくれたのだろう。
――ああ、良かった、
僕は君を守れたんだ……
あの英雄みたいに、僕も――
「……久しぶりだな、この夢は……」
目を覚ました僕はポツリとつぶやく。
夢から覚めたというのに、夢の中の自分に引っ張られた僕の心は強く脈打っていた。ドクンドクンと心の中で滾るように……
僕が人生で唯一胸を張って誇れるモノ。
それは、亜麻色の髪の女の子を守ることができたということ。
全てを失ってしまった日に、僕は唯一を手に入れた。
唯一の誇りを……
「……起きるか」
それだけを胸に、今日も僕はこのイセカイを生きる。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想やご質問などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども教えていただけましたら……