夜に咲く太陽
少年と少女。一夜の物語
夜の闇に姿を隠し、影に身を潜め生活していた俺を見つけたのはあなただった。
「リーベラルー。遊びに来たよ。」
扉が開くと弾けんばかりの笑顔。月の光が室内に入り込み彼女を照らし出す。
「ラクリア。また来たのですか。」
「またとは失礼だな。」
「いい加減俺に構わない方がいいですよ。もう一人でも生活できますし。皆いい顔をしないでしょ?」
「皆なんて気にしなくていいの。リベラルに会いたいから来てるだけ」
ラクリアは近所に住んでいる俺と同い年の女の子だ。もう十七才だというのに幼い顔立ちは感情をよく表現する。
二つに結わえた長い髪はラクリアの動きに会わせてゆらゆら揺れる。彼女はこの町の町長の娘、着ている服も立派なものだ。くるくると表情を代える瞳がこちらを向く。
「ねぇ、外に出よう。」
「騒ぎになるので外はちょっと…」
外には嫌な思いしかない。外に出れば注目を集め、嫌でも恐れられるのが分かるから。
俺の容姿は皆と違う。例えばラクリアは赤っぽい茶色の髪をしている。この辺りの人間は大体がそうだ。だけど、俺の髪は白と黒が混ざったグレーの色。肌は病的なまで白く、瞳は赤い。なぜここまで皆と違うのか。
理由は知っている。俺の母さんが吸血鬼と呼ばれる鬼だったからだ。
あるひとりの美しい吸血鬼が人間の青年と恋をし、産み落としたのが俺だった。
吸血鬼と人間のハーフといえばかっこいいかもしれないが、実際はそんないいものではない。
見た目こそ母さんの血を強く受け継いだが中身は普通の人間そのものである。血なんて吸ったこともないし、変身することもできない。日光の下に出られないという負の特性だけ受け継いだ。それ以外は普通の人間だ。
母さんも吸血鬼だったけど人間と変わらない生活をしていた。別に血を飲まなくたってたんぱく質をとっていれば平気らしい。たまに父さんの血を飲んでいたのは知っているけどそれだけだ。
それだけなのに町の人は俺たち家族を恐れた。父さんは早くして病に倒れ、母さんは町の人間に処刑された。僕を助ける代わりに自分が死ぬことを選んだのだ。
二人の死についてはあまり思い出したくない記憶だからか、霞がかかった朧気な記憶しかない。俺の町の人間も俺を遠巻きにするので、俺に構うのはラクリアぐらいのものである。
両親を失った俺を助けてくれたのは町長の家だった。立場上表だっては接することはできないが、影ではいろいろと世話を焼いてくれた。特にラクリアは連日俺に会いに来て他愛ない話をしたり出掛けたりしている。
「リベラル?ボーッとしてどうしたの?」
「いえ、なんでも」
「そう。細かいことは気にしないで。外に行こう。夜更けだし人もいないよ。」
つい考えに更けてしまった俺の腕をラクリアが半場強引に引っ張って外に出た。
そこに広がるのはどこまでも続く暗闇。金色の月が静かに辺りを照らす。それに安心するのは母さんの血だろうか。生命が眠りにつき、明日への活力を蓄える夜半。外に出ているのは俺達二人だけだった。
「ねっ、誰もいないでしょう」
「いないですけど、こんな夜に外に出てどうするのです」
「リベラルに太陽を見せてあげるよ」
俺は日の光に当たれないため昼間は外に出られない。太陽の存在は知っているけど、それがどんなものなのか馴染みがない。彼女もそれを知っているから時おりこのようなことを言い出す。
太陽を見ることができない俺に太陽を見せる。幼い頃に約束したことを律儀に守ってくれている。俺としては、そんな約束もう忘れてくれていいと思っているけど。光なら人工の光で間に合っている。ラクレアにそんな幼い頃の約束に縛られて欲しくない。
「今度は大丈夫だよ。きっと見られるよ」
「期待してます」
「むぅ。本当なんだって」
俺の答えに真剣さがこもってないとラクリアは頬を膨らませる。子どもっぽい仕草に笑ってしまった。
「どこに向かっているのです?」
「町外れの丘。時間がないから早く!」
「ちょっと待ってくださいよ」
空を見上げて声をあげたラクリアに引っ張られるようにして俺は走る。走る。
* * * * * * * *
「間に合った…?方角はこっち」
一人言を呟いた彼女は空を見上げて、それから息を整えた。吸血鬼の血が入っている俺には人より体力があるし暗闇の中も平気で動ける。だが、人間の少女で夜目も利かない彼女には辛かっただろう。そこまでして急いだ理由をいい加減知りたい。
「ラクリア、いったいなぜこんなところに?辺りは真っ暗ですよ」
「いーから、見てて!」
丘の上で二人並んで腰を下ろす。町とは反対の方角。確か森がある方向だ。月が照らす以外に光はいっさいないお互いの表情が見えるくらいの距離は体に触れるか触れないかくらいのとこだった。そうして、何が起こるのか分からないまま時間が流れる。
夏の終わりかけとはいえ、こんな真夜中だ。少し風が吹けば肌寒い。
「ラクリア、寒くありませんか?」
「平気だよ」
「ならいいのですが」
「ありがとう、心配してくれて」
「べつに心配したわけじゃありません。風邪でもひかれたら気になりますから」
「あはは、心配してくれてるじゃん」
他愛ない会話をしていると、眼下の光景に変化が訪れた。
森の手前にキラキラと光るものがぽつりぽつりと現れた。それは加速度的に広がって森の入り口は光輝くそれで埋め尽くされた。星を地上に散りばめられたように光るそれは星よりも力強いエネルギーがある光を放っている。
「うわぁ…」
自然に漏れた声はどっちのものだったろう。たぶん二人とも同時だったろう。
「ソルーメルーチェ。昼間に太陽の光を蓄えて咲く花。満月の夜。月が空のてっぺんに来た頃にいっせいに咲くの。朝になれば花は枯れてしまうから見られるのは今日だけ」
ラクリアが解説してくれる声もどこか上の空のような感じだ。俺達はあの花に心を奪われていた。
「ラクリアは見たことがあるのですか?」
「ううん初めて」
俺達は花から目を離すことなく会話をする。初めて見た太陽は強いエネルギーが感じられる。元気を与えるような命を与えるような強い光を。
「うまくいって良かった」
「どういうことです」
「やっとうまく育ってくれた」
「えっ?」
俺は花から目を話してラクリアの方を見た。今のはどういう意味だろう。ラクリアは俺のことを見ていたようで横を見ると目があった。
「色んなところに植えてたんだけどね、中々うまく育ってくれなかったの。うまくいったのはあれだけ」
「ラクリアが育てていたのですか!?」
「えへへ。リベラルに太陽を見せたかったからね。小さい頃に約束したでしょ?ほんと……やっとうまくいった」
あの美しい花を俺に見せるために、たった一人で花を育てていたラクリア。あの約束からもうずいぶんと時間がたつ。ずっと俺のために頑張ってくれていたのか。
気づくといつもそこにある笑顔は鳴りを潜め、感極まった涙が彼女の頬を伝っていた。それもまた美しいと思った。伝えたいことはたくさんあったけど、それにあう言葉が思い付かない。
「ありがとう」
「うん」
ラクリアが嬉しそうに笑い、また花に目をやった。彼女が育ててくれた花を網膜に焼き付けるように俺も花を見る。
時間がたつにつれだんだんと光が弱くなっていく花。朝が近いのだ。
「そろそろいこっか」
「そうだな」
町の人々が起き出さないうちに、名残惜しいと思いながら俺達は自宅に戻る。
「やっと太陽を見せることができて良かったよ」
「もうとっくに見せてもらってましたよ」
「えっ?なに?」
「いえ、なんでも」
「なんだよー!」
ラクリアはそう言ってまた笑う。ぽつりと呟いた言葉は彼女の耳には届かなかった。
俺にとっての太陽は、とっくの昔にいつもすぐ側にあった。俺はこんな身だから共に生きることは叶わないけど、せめてその太陽が沈まないように守っていきたい。




