戦国時代から武士が転生しました
転生ギャグものです
現代転生した武士の日常ものです
時は戦乱。わしはお館さまの懐刀として戦に出陣しておった。今宵の敵は我が軍よりも巨大じゃ。だが戦は人数で行うものではない。いかに敵の裏をかき策略をたて敵の大将を討ち取るかだ。
お館さまの野望のためわしは今日も戦いの場に躍り出る。兵の一人がほら貝を吹いた。敵がやって来た合図だ。わしは味方の士気を高めるため腹から声を出す。
「てきしゅうだぁぁぁぁ!!!」
「星亜くんどうしたの?!帰る時間だよ?」
驚いた若いおなごの声で意識が覚醒する。今のは「担任の先生」だ。帰る時間ということは先の合図はほら貝ではなく「ちゃいむ」なるものだと悟る。
同じように勉学に励む子供らの興味深き視線を浴びながらわしは頭を掻いた。
「ごめんなさい。居眠りしちゃって変な夢を見たの」
いまだに自分のものとは思えぬ甲高い子供の声。先生は安堵の息を吐いた。
「昨日夜ふかししたのかな?あんまり遅くまで起きてたらダメよ。それじゃあ帰りの会を始めるよ」
わしは椅子にかける。「ランドセル」に机の中の荷物をいれた。この作業にももう慣れたものだ。
何ゆえこんなことになってしまったのであろうか。先に見た夢はわし、佐々木青左衛門の最期の記憶だ。恐らくあの戦いでわしは死を迎えたのだろう。そして今度は佐山星亜としてこの世に再び生を受けた。
わしがそれに気がついたのは、三つの時だ。それまではわしは周りと変わらぬ普通の幼子だった。青左衛門の記憶を取り戻したきっかけは祖父と見た時代劇。あの切り合いの場面を見てわしは「筋が甘い!」と叫び倒れたようだ。
それから三日三晩熱を出し寝込んだわしは記憶を取り戻したのだった。母上や父上は始めて見た時代劇に興奮したと捉え、祖父は孫が倒れるくらいに興奮し時代劇を好きになったとたいそう喜んだそうだ。
どうやらこの時代はわしが青左衛門だった頃より遥かに先の世らしい。戦乱の世は終わり文明が発達した世に慣れることは記憶を取り戻したわしにとって些か時間を必要とした。
幸いにして今のわしは幼児。あれこれしたところで不審がられない。お陰で現世に慣れることが出来た。
同じ年頃の幼子らと帰りをともにし我が家に戻る。家では祖父が待ち構えていた。
「星亜!待っておったぞ。斬り捨て侍が始まってしまう。急ぐのだ」
「ただいま、おじいちゃん。今行くね」
ランドセルを部屋に放り投げる。祖父の隣に座り熱い茶をすすりながら、時代劇を見るのがわしの日課だ。
様々な催し事が写し出される「テレビ」はわしのお気に入りだ。伝令を使わずとも「チャンネル」を替えるだけで情報が伝わるし、場所を映さずとも娯楽も多く見られる。新しいものを好んでおられたお館様がいれば、きっと「テレビ」を気に入ったことだろう。
お館様もわしが死した戦で命を散らしたらしい。あの戦は後の世にも伝わる有名な話らしく、わしは長い時を経て祖父からその話を聞いたのだった。
わしが不甲斐ないばかりにお館様は望みを叶えることなく逝ってしまわれたのだ。この命がどれ程あっても償いきれないわしの罪である。
ああ、この斬り捨て侍の主人公。林門之助のような剣術を使えたのならば、お館様を守ることが出来たのであろうか。悔やんでも悔やみきれない。
「どうした星亜?今日は大人しいの」
「さっきの場面がすごくて驚いちゃった」
「そうかそうか。むっ、友達が来たようだぞ?」
我が家の呼び鈴がなる。これも「ちゃいむ」という名だ。家に客が来ると家人に音で来訪を知らせるものだ。
祖父は外を見ることもなく言ってのける。それは、この時間帯に遊びに来るのがわしの客だということを知っているからだ。
「星亜遊ぼう!」
「ゲーム持ってきたよ」
「うん、入ってー!」
わしは二人の学友を家に通す。名を上野優太郎と原田成輝と言う。二人は大体毎日うちに来て三人で「ゲーム」に興じる。
「今日こそ星亜に勝つぞ!」
「あっ、やめてー!」
「優太朗頑張れ。俺だけじゃ無理」
「まだまだ負けんわ!」
二人が持ってくるのは戦いのゲームだ。「きゃらくたー」という自分の分身を戦わせて勝者を決めるのだ。「こんとろーらー」というもので操作すると動くのだが自分の体を動かすようにはうまくいかない。そのかわり「必殺技」という協力な技が使えるのだ。必殺技は協力だが何回も打つことはできぬ。ここぞという時に使用するのだ。いくら作り物だとはいえ、戦いにおいて幼子に負けるわけにいかぬ。
「やったぁ!」
「あー、また負けた」
「二人とも必殺技を打とうとしすぎなんだよ」
「だってかっこいいじゃん!」
「ここぞという時にやるんだよ。ヒーローだって必殺技は最後まで残してるでしょ?」
「そうだね。よしもう一回だ!」
優太朗と成輝は段々と腕をあげておる。油断できぬな。わしはテレビが置いてあるところの収納場所をちらりと見る。二人と今やっているゲームがそこにしまってあるのだ。
あんまりやり過ぎていることを母上に気づかれると没収されてしまうので気を付けねばならないが修練を欠かすわけにはいかぬ。二人が帰った後で修練を詰むとするか。
と思ったが二人が帰ったのは黄昏時だった。ゲームに熱中したために遅くなってしまった。慌てて片付けをし帰っていく二人とはまた遊ぶ約束をした。
「ただいまー」
入れ替わるように母上が帰ってきた。ゲームはお預けだ。
「お帰り母さん!」
「今、優太朗君と成輝君にあったよ。遊びに来たの?」
「うん」
「そっか、じゃあママはご飯作るから宿題やってね」
「はーい」
母上は優しいし作る飯も上手い。とても良い母上だが、怒ると鬼のように怖い。かつて戦場に生きていたわしでさえも、その迫力には勝ることができぬ。本能が逆らってはいけぬと申しておるのだ。
だからわしはランドセルから宿題を取り出し手をつける。筆ではなく鉛筆と消しゴムを使うのがこの時代流だ。
先生から出された宿題は簡単だ。文字の書き方や計算などはとうの昔に知っておる。それでも宿題を出さねばならぬのが億劫でしかない。
「星亜ー!宿題できた?」
「うん、終わった」
「じゃあおじいちゃん呼んできてくれる?晩御飯だよって」
「いーよー」
いいにおいがしてきたらご飯ができた合図だ。腹の虫がなる。急いで祖父を呼びにいかねばならぬ。
「ただいま」
「お帰り父さん」
祖父を呼びに行く途中でちょうど父上が帰ってきた。祖父の部屋は玄関の側にある。ちなみにわしの部屋は上の階だ。父上が帰ってきたので今日は皆で共に食することができそうだ。父上は「さらりーまん」をしているので帰りが遅いこともままあるのだ。「さらりーまん」はどうやら戦場に匹敵するほど熾烈を極める日常に身をおいているらしい。
「おじいちゃん。ご飯だよー」
「おお星亜か。ちょいと待ってくれ」
祖父は部屋で「でぃーぶいでぃー」を見ていた。テレビの内容を好きな時に好きなだけ見ることができる優れものなのだ。
普段なら祖父の要望を聞き入れるところであるが今日はダメなのだ。
「早く早く。今日はハンバーグなんだよ」
「…むむぅ。そうか。ならば仕方ないのぅ」
祖父は渋々といった様子でテレビを消す。こういう時幼子で良かったと感じる。わしが青左衛門で相手がお館様であったら切り捨てられるところだ。
祖父の残念そうな顔にはいささか申し訳なく思うが、「ハンバーグ」の日は譲れない。母上が作るハンバーグはとても美味なのだ。肉を丸めて焼いただけとは思えぬうまさだ。あれは出来立てが一番上手いとわしは心得ている。
「いただきます」
と挨拶をしたら、いざ食事だ。わしの思う通りにハンバーグだった。高鳴る気持ちをおさえ箸を差し入れるとスッと一口に切られ湯気をたてる。
「ははは。星亜はハンバーグが好きだな」
「うん、大好き」
子供らしく答えると母上が嬉しそうな顔をした。
「あなたに似たのね」
「そうかもな」
母上が言う通り父上の皿からはハンバーグがすでに消えていた。父上もハンバーグが好物なのだ。…なんだ、その目は、まるで敵将の首を狙う武士のような…。その視線の意味をわしはとらえる。
「あげないからね!」
「べ、別にとらないぞ!?」
「あなた、そんなに見ていたら星亜も食べにくいでしょ」
皿を守るようにすると父上は心外とばかりに慌て出した。その慌てよう図星であるな?
母上の助けもあり、わしはハンバーグを守りきったのだ。その様子を祖父が楽しそうに見ている。この時が一番心地よいとわしは思う。
夕飯を終え自室に戻ると明日の学校の用意をする。そうして風呂に入り就寝するのがわしの一日だ。
「お館様…」
わしは子供になってしまったが、この生活を心地よいと感じておる。しかし、ふとした時にお館様のことを思い出すのだ。わしの命を救い側に置いてくださったお館様を。御身に報いることが出来なかった我が身の不甲斐なさを。
そうしてわしは今日も眠りにつく。お館様が生まれかわり今生で合間見えることになるとはまだ知らずに。