ある御使いの告白
なぜ彼女を魔法少女にしたのか
その理由を御使いは話します
暗い暗い小さな部屋の中。パソコンのモニターの光だけが部屋の中を照らしている。部屋の中は無造作に散らばる書類でいっぱいだ。床の上まで散らばっているそれを踏まないようにしながら僕は数歩だけ部屋に入る。
パソコンが置いてある机。それと組みになる椅子がくるりと回り、モニターの光がそこに座っていた者を照らし出す。
そこにいたのは行儀よく座っている黒い猫だった。金色の目が僕の姿を捉える。
黒い猫の姿をしたそれ。しかし、決して猫ではないそれは人間の言葉で流暢に話始める。
「やぁ、待っていたよ。ずいぶんと遅かったじゃないか。それじゃあ語ろうか。なぜ僕が、彼女を魔法少女にしたのかを。」
僕はその言葉を一字一句聞き逃さないように耳を傾ける。握った拳に力がこもった。
「彼女を魔法少女にしたのにはいくつか理由がある。」
かん高い声は前置きなどはせず早速本題を語る。
「魔法少女を選ぶには色々と決まりがある。聞いたことはあるかな?年齢に加え、素直、負けず嫌い、諦めない心、正義の心、守りたい気持ちなどの前向きな性格、他にも色々あるけれど、彼女はその決まりを満たしている人物だった。これが一つ目の理由だよ。」
金色の目が僕の様子を伺うように怪しく輝く。僕はなにも発言することなくその目を見返した。
「彼女、武道の心得があったね。人間の基準はよく知らないけどけっこう強かったんだって?魔法で戦う魔法少女でも戦える人間の方がいいからね。敵も弱くはないんだし。これが二つ目の理由さ。」
御使いはまた僕の様子を伺うようにした。猫の姿らしくない、首をかしげるような動きで。僕が反応しないことに不満なのか尻尾をブンッと揺らす。
「君の考えは分かるよ。別に彼女でなくともいい理由だって言いたそうだ。他にもいそうだし、ゆっくり探せば良かったかな?だけど、それじゃあダメだったんだよ。こっちは人手不足だったから、すぐにでも人が欲しかったんだ。なにせ、彼女の前の魔法少女が負けてしまったからね。いち早く後任が必要だったんだ。これが三つ目さ。…それは君も知ってるよね?」
御使いはニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべる。
「先代魔法少女の逢坂 (おうさか) 楓くん。」
思わずびくりと反応した僕に満足そうに御使いは伸びをした。
「んーー。まぁ、君は男の子だったから魔法少年と言った方が妥当かなぁ。今まで僕は何人も魔法少女にしてきたけど男の子は君が初めてだったよ。君のために多少規則もねじ曲げたし禁止事項も破ったんだから感謝してよね。それくらい君のこと買ってたんだからさ。」
御使いが懐かしげに目を細めた。
「でも君は負けた。魔法少女は負けたら魔法少女ではいられない。君が負けたから後任が必要だった。そんな時、彼女が名乗り出てくれたんだ。さっきも言ったけど彼女には適正があったから、すぐにでも後任が欲しかった僕は彼女を魔法少女にした。…これで終わりさ。」
僕が負け、彼女が望み、彼女は魔法少女になった。御使いの言葉を整理するとただそれだけのことだ。ただそれだけのことが僕には許せない。
御使いは髭をピクリと動かす。
「実際彼女は歴代の中でも優秀な方の魔法少女だったよ。ほらご覧。もう最後の戦いだ。」
御使いは前足でモニターを示す。今まで何も写していなかったそれの画面が切り替わり、魔法少女が巨大な化け物と対峙している場面が映った。
魔法少女らしい赤を基調としフリルのついたコスチュームに身を包んだ彼女。激しい戦いなのかあちらこちらに傷がついている。僕は思わず彼女の名を叫んでモニターに近づこうとした。
「それ以上は近づけないよ。」
御使いの言葉と同時に僕は部屋の中ほどで見えない壁に阻まれる。いくら先に進もうとしても叩いても前には進めない。
「ここは僕の力で作り出している空間だ。僕に触れられないように君はそこから先には進めないようになっているんだ。ん?ダメだよ。向こうには行かせない。これは決定だからね。」
手出ししないと伝えても、すぐにダメだと言われた僕は食い入るようにモニターを見た。御使いはひらりと椅子から飛び降りる。
「この戦いが終われば彼女は魔法少女の役目から解放される。せいぜい彼女の戦いを目に焼き付けておきなよ。後任はもうすぐ決まっちゃうからね。」
モニターを一瞥し御使いは言う。意外にもその声は残念そうな色を含んでいた。
「なんだい?そんなに意外かい?僕は彼女のことも買っているんだよ。最後の敵にたどり着く実力と心には惚れ込んでると言っても過言じゃないよ。本当に残念だ。でも今さら覆すことはできない。君も受け入れてくれよ。」
言葉にならない叫びをあげて見えない壁を叩く僕に御使いは言う。
「役目を終えた魔法少女は消える。それは彼女も知っていただろう?」
僕は我にかえり息を飲む。目の前の見えない壁にそっと手を当てる。
「役目を終えた魔法少女は消える。それは戦いに負けた君にも適応されるはずだった。だけど、君は生きている。それは彼女が…魔法少女になった時に叶えられるたった一つの願いを君の命に使ったからだ。」
御使いと契約し、魔法少女になるとその代わりに願いを一つだけ叶えることが出来る。僕の時もそうだったからよく覚えている。僕はあいつの…今戦ってるあいつの病気を治すことを願ったんだ。
「後任の子が彼女の命を願うとは思えない。魔法少女になる子は叶えたいことがあるからなるんだ。それに魔法少女の役目を終えたら消えることを教えるのは役目を終えた時だからね。君もそうだったでしょ?彼女は偶然あの場にいたから知ったイレギュラーだけどね。」
僕はそのときのことを思い出す。戦いに敗れ薄れいく意識の中あいつが魔法少女になると宣言したことを。伸ばした手が届くことなく彼女は御使いと消えて僕の意識は闇に落ちた。
「厳密に言うとあの時君は一度死んでいる。その後で彼女が魔法少女になって君の命を甦らせることを願い、君は生き返ったんだ。願いを叶えるために彼女の魔力をちょっともらって君を生き返らせた。」
画面の中の戦いが佳境に入っているのが分かる。御使いなら彼女の居場所を知っている。彼女に会うために、まずはあいつのもとに…。
「君は戦いに負けて魔力を失ったから死んでしまった。今、君が生きているのは彼女の魔力を分けてもらったお陰だ。自分の体だから分かるだろう?だから無理しないで彼女にもらった命大事にしてよ。」
それは心底優しい声だった。本当にあいつは僕の命が消えるはずだったあの時も彼女の命が消えそうな今も、惜しく思っているかもしれないと思わせる声音。
そんな時、画面の映像が急に切り替わった。例えばテレビの生放送を見ていて、急にカメラに何かぶつかった時のように激しく揺れて、そして砂嵐になる。
それを見て僕は我を失った。見えない壁に再び手を当てる。そして、自分の中に流れる力を意識した。
「なにをしているんだ!すぐにやめなよ!君が生きているのはその魔力のお陰だ。それを使ったら今度こそ死ぬよ!」
机の上から華麗に飛び降りた御使いは見えない壁一枚を隔てたその足元から叫ぶ。僕はそんな御使いにニヤリと笑って見せた。
「そんなこと全部全部知ってるんだよ!それでも会いたいんだ!」
声変わりをきっかけに低くなった自分の声。魔法少女でいられなくなった原因の一つ。声変わりを境に魔力が落ちて弱体化して僕は敵に負けたんだっけな。そんなことを思っているうちに自分の体から力が抜けていく。彼女の魔力が抜け落ちていく。
「あいつを一人で死なせるか!」
パキンっと音がしてガラス片のようなものが飛び散る。御使いが作った見えない壁が壊れたらしい。壊れた部分から僕は中に入り、御使いには構わず砂嵐を写し出しているモニターに手を当てる。
「やめなって!そんなことしたら……。はぁ…、どうなっても知らないよ。」
壁があった場所から御使いが叫ぶ。僕は耳を貸さない。それが伝わったのか御使いが猫らしくないため息を吐く。
「だけど、まぁ、なんか、ようやく君を魔法少女にした訳が分かった気がするよ。ここでお別れなのが残念だけど……バイバイ。」
僕が諦めないことを悟ったのか御使いは別れの言葉を最後に部屋の隅に移動し丸くなった。ゆらゆら揺れる尻尾がバイバイと手を振っているかのようだ。
このモニターが彼女のいる場所を示していたのなら、僕はその場所に飛ぶすべを持っている。
魔法少女ではなくなった僕だけど、あいつからもらった魔力はまだ体に残っている。それがあれば魔法少女だった時に覚えた魔法ぐらい使える。使えば終わってしまう魔力だけど、それでも僕はあいつに会いたい。
モニターに手を当てて魔法を発動させようとする。今度はさっきよりもごっそりと力が抜けていく感じがした。
あいつのところに着くまで持ってくれ。僕が念じ続けていると願いはどうやら叶ったらしい。ギリギリの魔力が残ったところで僕はモニターに吸い込まれた。
* * * * * * * *
ゆらりと尻尾を揺らして御使いは立ち上がる。そして、ひょいっと身軽にジャンプし椅子に飛び乗る。砂嵐を写し出しているモニターを見つめる。
「あーあ、行っちゃったか。まったく君が行ったところでどうなるって言うんだよ。」
御使いは器用に前足でキーボードを叩きモニターを消した。
今ごろはきっと彼女の戦いが終わっている。彼は間に合っただろうか。願わくは少年が少女と出会えていますように。
一仕事終えた後だからだろうか。なんだか少し疲れたようだ。後任の魔法少女のもとに向かうのはもう少し後でもいいだろう。
少年が助けた命で少年を助けた少女。少女にもらった命を捨てて少女に会いに行った少年。どちらも御使いには理解しがたい。
「他人のために命を使ってどうするんろ?ほんと分かんないねー人間って。」
暗い暗い部屋の中。御使いはポツリと呟き、モニターに寄り添うようにその場で体を丸めた。