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君は私の…

シリアス気味のお話になります

死神。魂の管理者。死の象徴。生命の死を司る神の名前。黒いローブに身を包んだ人骨のようなフォルム。手にした鎌は命を刈り取るという。

 

 死神がいる家とまことしやかに囁かれるのはシリニカ家。そこは大きな商家である。当主であるシャッテン=シリニカが一代で築いた富はこの町で暮らす住人が百人働かなくとも暮らしていける額よりも多いという話。

 

 嫉妬ゆえにそんな馬鹿げた噂も流れるのだろう。町のほとんどの人は信じていない。しかし、その噂は実は真実だ。

 

 シリニカ家には死神がいる。それはシリニカ家の最大の秘密だ。過去に禁忌をおかした結果だから口外できるようなことではない。

 

 昔、昔、シリニカ家の名前がつくよりもずっと昔。一人の村人がいた。誠実で実直な彼は一人の女性と恋に落ちた。たおやかだけれど凛凛しい女性で村人は心底女性を愛した。だが、その女性は自分は死神の落とし子だと不思議なことを言った。村人は何かの冗談と思い、なにも心配することはないと女性と子を育んだ。しかし、その女性との子供は成長するに連れ不思議な力を持った。

 

 その子は生き物の死期が分かるというのだ。不気味なことを言う子だと思ったが村人はそれを取り合わなかった。しかし、その子は村での人の死を当て続けた。それで村人は思い出した。妻が昔言った死神の落とし子という言葉を。彼は妻に問いただす。妻はあの子はあなたに似て欲しかったけど私の力を受け継いでしまった。と悲しそうに言った。

 

 村人は昔、彼女が言ったことを冗談と思ったことを詫びた。二人は話し合い子供が村人の前で死を予言する前に村から出ることを決めた。子の安全を守るためだ。それから三人は人知れない山の中で過ごしたという。

 

 それがシリニカ家の先祖だ。今はどんどん血が薄まり、その子のような子供が生まれることは滅多になくなった。滅多にということは時々生まれてくるとも言い換えられる。

 

 そう、今代のシリニカ家には死神の力を持って生まれた子がいるのだ。名前はリュナ。十一才の女の子だ。彼女は先祖と同じように生物の死期が分かる。故に、リュナはシリニカ家の地下に閉じ込められていた。それはシリニカ家に伝わるもう一つの言い伝えのせいである。

 

 死神を管理下におき制御出来れば、その者は死を制する。

 

 歴史のどこでそのような話が生まれたのかは分からないが、そのせいでシリニカ家に生まれた死神の力を持つ子は不遇な運命を辿ることとなる。死を制するために、力を持つ子はシリニカ家に一生閉じ込められ、躾と言う名の暴力で家族に逆らえないようにされるのだ。そのため、死神の力を持つ子は年齢一桁のうちに命を落とすことも珍しくない。

 

 そんな中でリュナが十一才まで生きてこれたのは奇跡と言っても差し支えない。

 

 この地下室にやって来るのは暴力をふるう家族と最低限の世話をするメイドだけ。リュナは一人の時間をボーッと過ごしていた。それはそれくらいしかやることはない。悲しくも苦しくもない。死ぬまでこうなのだと生まれたときから脱け殻のように過ごしていた。

 

 扉が開く音がする。それを聞いてもリュナは顔をあげる気にもなれなかった。どうせまた、誰かがリュナを叩きに来たんだ。誰かが近づいてくるけどリュナは逃げることもせずボーッとし続けた。

 

 なにも考えないのが一番いいのだ。そうすれば痛いのも苦しいのもなにも感じなくなる。リュナはそれを知っていた。だけど、今日はまだ痛いのが来ない。それどころか、頭に優しく手を乗せられた。それがとても暖かくてリュナは少しだけ顔をあげる。

 

 「やっとこっちを見た。俺の言葉が分かる?」

 

 リュナの前にいたのは知らない人だった。家族でもメイドでもない男の人。少しなら言葉も分かる。リュナは微かに頷いた。

 

 「よかった。俺の名前はアンバー。君を助けに来たんだ。」

 「た…すける?」

 

 アンバーはリュナに分かるように出来るだけゆっくり、簡単に話す。リュナには助けるの意味が分からず首をかしげた。

 

 「ん?ああ。君が痛かったり苦しかったりしないようにするよってことだよ。分かるかな。」

 

 今度は意味が分かった。リュナは頷く。

 

 でも、なんでたすけるしてくれるんだろう。とリュナは思う。

 

 「それはゆっくりお話しするよ。今はお外に行こう。」

 

 アンバーはリュナを優しく立たせる。痩せ細ったリュナの体はなんとか自分を支えるくらいの力しかない。アンバーはそんなリュナを支えながら、ドアを開いた。

 

 差し込む光が眩しすぎてリュナは目を細める。そこからリュナの意識は途絶えた。

 

 目が覚めるとそこは知らない天井だった。リュナはそこでふかふかしたものの上で寝かされていた。居心地がよくてもう一度目を閉じたくなったけど、部屋の中に誰かいるのに気づいて飛び起きる。

 

 「目が覚めたのね。アンバー、起きたよ。」

 

 紙で出来た扉を開けるのは部屋にいた知らない女の人。リュナはふかふかしたもので自分を守るように体を包む。

 

 「ありがとう母さん。おはよう、目が覚めたんだね。」

 

 アンバーは部屋の隅で怯えているリュナに優しく声をかける。この人は知っている。リュナをあそこから出した人だ。リュナの警戒が少し解かれる。

 

 「ずいぶん、怯えてるわね。」

 「しょうがないよ。この子がどんな目にあっていたか母さんも知っているでしょ。」

 「ええ、本当にかわいそうにね。私は朝食の準備をしに行くわ。落ち着いたら来なさいね。」

 「うん、分かった。」

 

 知らない女の人が紙で出来た扉の向こうに消える。部屋に残されたのはリュナとアンバーだけ。アンバーはゆっくりとリュナに近づき、目線をあわせる。

 

 「おはよう。俺のこと分かるかな。」

 

 リュナはコクりと頷く。

 

 「アンバー。」

 「あ、名前覚えてくれたんだね。君の名前はなに?」

 「リュナ。」

 

 アンバーは彼女の名前を知っていたが敢えて聞いた。彼女がどこまでのことを知っているのか、どれくらい警戒しているかを計るために。

 

 「リュナ、ね。ここは俺の家だ。」

 「アンバー…いえ…」

 「そうだよ。ここでは痛いのも苦しいのもなにもない。だから、安心して。」

 「あんしん?」

 「んーー、大丈夫ってことかな。」

 

 リュナにはあんしんがよく分からなかったけど、痛いのも苦しいのもないというのは分かった。

 

 「ほんと?」

 「本当だよ。リュナは今日から俺の家で暮らすんだ。だから、もう大丈夫だ。」

 

 そう言ってアンバーはリュナを優しく抱き締めた。ぽかぽかする気持ちになって、リュナは涙をこぼした。

 

 「さてと、ご飯を食べよう。母さんが用意してくれている。」

 「かあさん?」

 「俺の親のこと。ママ、母、お母さん…。んーと、分かるかな?」

 「おかあさん…。」

 

 リュナにとって母親や父親というのは痛いことをする人でしかなかった。少し和らいでいたリュナの表情が強張る。それをアンバーは感じ取った。

 

 「大丈夫、ここには痛いことも苦しかいこともない。俺の母さんも父さん…お父さんも、リュナにひどいことはしないよ。」

 

 リュナにはそれは想像できないことだった。

 

 「何かあっても俺が君を守るから。」

 

 だけど、ニコッと笑ったアンバーはさっきと同じでぽかぽかしていて彼が言うように大丈夫な感じがした。リュナはコクりと頷いて、差し出されたアンバーの手を握った。

 

 「あら、ずいぶん仲良しになったのね。」

 「うん、とりあえず良かったよ。父さんは?」

 「お仕事に行ったわ。この子が慣れるまではその方がいいでしょ。」

 

 リュナはアンバーの手を握り、彼を盾にするかのようにしてアンバーの母さんを見る。にこにことしながら彼女はしゃがんだ。びっくりして、リュナはアンバーの影に隠れる。

 

 「おはよう、リュナちゃん。私はアンバーの母のグレイスよ。よろしくね。」

 

 そう言って手を差し出されたけどリュナはじっと彼女を見つめた。それからアンバーを見上げる。二人とも大丈夫って顔をしていた。リュナはグレイスの手を握る。アンバーと違ってすべすべしてた。

 

 「ふふっ、さぁリュナちゃん。ご飯にしましょう。」

 

 グレイスはリュナを椅子に座らせる。アンバーがリュナの隣に座った。その二人の向かい側にグレイスが座る。

 

 「今日はリュナちゃんのためにいっぱい作ったのよ。たくさん食べてね。」

 

 テーブルの上にはリュナの知らない食べ物がたくさん乗っていた。リュナにとっての食事は家族の残したもので、残り物がないと食べられないこともあった。こんなにたくさんのご飯を見たのは初めてだった。

 

 「まずはスープから食べてみようか。ほら、これを持って。こうして飲むんだ。」

 

 アンバーがやったことをまねしてリュナはスープを飲む。

 

 「うわぁ。」

 

 ひと口飲んだら止まらなかった。あったかくて心の中までぽかぽかして、とてもおいしかった。気づくとリュナは涙を流しながら一心にスープを飲んでいた。

 

 「ふふふ、いい飲みっぷり。たくさんあるからゆっくり食べなさい。」

 

 グレイスとアンバーは嬉しそうにリュナのことを見ていた。

 

 その日から一週間がたち、リュナはだいぶアンバー達と打ち解けてきた。

 

 「これはなにアンバー?」

 「ベーコンだよ。リュナの好きなスープにも入っているだろ?」

 

 コクりとリュナは頷く。この一週間、リュナはアンバーやグレイスにくっついて色々教えてもらっていた。今はキッチンにいるアンバーに食材の名前を教えてもらっていた。リュナが最初に寝ていたふわふわしているのは、お布団。紙の扉は障子。スープを飲むための道具はスプーン。覚えるたびにリュナは嬉しくなった。

 

 皆のことも教えてもらった。アンバーはリュナより年上の十五才。お母さんのグレイスとお父さんとメイドさんと執事さんと暮らしている。リュナはアンバーにくっついて皆のことは知っていた。優しくいい人たちばっかりだった。痛いことも苦しいこともない。ただ、アンバーのお父さんだけはまだ会っていない。

 

 「うおぉぉぉぉぉぉおお!!」 

 「旦那様!落ち着いてください。」

 

 いきなりの大声にリュナはビクッとしてアンバーにしがみついた。アンバーはリュナを守るように体を動かすが、時はすでに遅かった。

 

 大声の主はアンバーの足元からリュナの小さな体を抱き上げ、空に放り投げた。そしてその体をキャッチし抱き締める。

 

 「やっと会えたな!私の娘よ!!」

 

 いきなり放り投げられて、耳元で大きな声を出されて、リュナはパニックになる。

 

 「いやぁぁぁぁーー!」

 「父さん!リュナを離して!」

 

 アンバーの父はリュナを床に下ろす。すぐにアンバーに駆け寄ってきた彼女を彼は抱き締めた。

 

 「リュナ、大丈夫だから。この人は俺の父さんだ。愛情表現が大袈裟すぎるんだよ!」

 

 後半は父親に向かって言った言葉だったが、反応したのはリュナだった。アンバーもリュナに答える。

 

 「あいじょー…ひょーげん。とーさん…。」

 「そう。この人は俺の父さんだ。愛情表現は俺の父さんはリュナが好きってことだよ。」

 

 リュナはうさんくさそうにアンバーの父を見る。おそるおそる近寄るアンバーの父はさっきまでの危ない人と同じには見えなかった。おずおずと手を差し出す。アンバーの父はアンバーを見る。

 

 「優しくだぞ。」

 「ああ!」

 

 アンバーの父は慎重にリュナの手に触れた。ごつごつとしている手だ。

 

 「私はアンバーの父、メガリーだ。よろしく。」

 「リュナはリュナ。」

 「父さんはね、リュナのような娘が欲しかったんだ。うちは男兄弟だけだから。」

 

 アンバーが優しい顔でそう言った。メガリーもよく似た笑顔を見せた。

 

 「大声が聞こえたと思ったりあなたー。リュナちゃんを驚かせたらダメでしょ?」

 「グレイス!?これは違うんだ!」

 「そうなのかしらー。メイドさんから聞いたのだけど?ちょっと来ていただけるかしら。」

 「う、うむ。二人ともまた後でな。」

 「ああ。リュナ、俺らもお部屋に行こうか。」

 

 すごい笑顔のグレイスがメガリーを連れていってしまった。キョトンとしているリュナをアンバーは連れ出した。

 

 「アンバー。」

 「どうしたの?リュナ。」

 

 リュナはアンバーに話しかける。彼女から話題を降ってきたのは初めてのことだった。

 

 「ありがとう。リュナは大丈夫だよ。」

 

 ここに来て一週間。新しいことがいっぱいで刺激的な毎日を過ごしているリュナ。それがすぐ側で、リュナが大丈夫なように見守っている、アンバーのお陰だとリュナは気づいていた。 

 

 それからリュナはアンバー達と暮らして様々なことを見て知って体験して成長した。学校にも通わせてもらい勉学も身に付けられた。そして…今。

 

 「それがパパとママの出会いだったんだ。」

 

 リュナの座るソファの横には彼女とよく似た女の子の姿がある。彼女はルーチェ。今年七歳になるリュナとアンバーの娘だ。好奇心旺盛で明るい、少しおませな女の子。リュナは彼女から昔の自分とアンバーの話をせがまれて話していたのだ。

 

 「そうよ。ママはパパにたくさん助けてもらったの。」

 「だから、ママはパパが大好きなんだね。」

 

 リュナは少し顔を赤くする。それが楽しくてルーチェがからかうのは分かっていてもこればかりはどうしようもない。

 

 「私もパパみたいな人と会えるかな。」

 「ルーチェならきっと会えるわ。」

 「えー!ほんと?」

 「ええ、きっとね。」

 

 そうして親子は揃って笑い合う。

 

 「ただいまー。」

 「パパだ!」

 

 ルーチェが玄関に走っていく。アンバーが帰ってきたのだ。リュナも出迎えに向かおうとすると、それより早くルーチェを抱いたアンバーがやって来た。

 

 「ただいま。」

 「おかえりなさい。」

 「今日は大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。」

 

 アンバーはリュナを気遣わしげに見つめる。リュナの体には今小さな命が宿っているのだ。ルーチェの弟か妹になる子がお腹の中にいる。

 

 リュナは今とても幸せだった。アンバーとルーチェ、そしてお腹の子と暮らせる毎日が。この子が生まれたらもっと賑やかになりそうねとお腹をさわる。

 

 「そうか。良かったよ。」

 「ありがとう。」

 

 ルーチェをそっと下ろしアンバーは頬笑む。昔と変わらない優しい笑顔、それはいつもリュナを照らす光となるのだった。

 

 

 

 

 

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