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精霊の保育園

元気なちびっこ達と過ごす保育士の一日の物語です

「せんせー、あそぼー!」

 

 今日も元気な子供たちの声。都市部から大きく離れたイースト区郊外にある保育園。私はそこで保育士をしているベル=スプラトウだ。

 

 自然豊かなこの場所で子供達を見守り、子供達の成長をサポートする責任あるお仕事。初めてから今日で一ヶ月になる。少しはお仕事にも慣れてきた。

 

 今は園児の中でも活発な女の子、シフィちゃんが遊びに誘ってきた所だ。

 

 「うん!なにして遊ぼっか!」

 「えっとねぇ。えっと…たいふーごっこ!とーんでけー。」

 「ええ、ちょっと待って!シフィちゃーん。」

 「きゃはははは。」

 

 私は慌てて手を伸ばしたけどシフィーちゃんは楽しそうな笑い声でふわりと飛び上がった。

 

 「シフィちゃん!」

 「何してるのですか!」

 

 私の叫びに重なるように凛とした声が聞こえる。その声の主はこのまま空に飛んでいきそうだったシフィちゃんの服をつかんで引き寄せた。

 

 「危ない力の使い方をしてはいけませんっていつも言っているでしょう。」

 「はーい、ごめんなさーい。」

 

 イタズラが失敗したというようなあまり答えていない様子でシフィちゃんが元気に返事をする。思わずホッとする。

 

 「あなたも驚く前に止めてください。まだ上手く力が扱えない子供です。落っこちて怪我でもしたら大変でしょう。」

 「はい…すみません。」

 「ベルせんせい。だいじょうぶ?」 

 「そんなおこっちゃやーよ。クローブせんせい」

 「お、怒ってはないのよ。ランダー君、ディーノ君」

 

 仲良く手を繋いでやって来たのは二人の男の子。その二人は私の先輩クローブ先生を見上げて首をかしげる。

 

 「ちがうよ、二人とも。クローブ先生は怒ってないよ。」

 「ほんと?」

 「ほんと!」

 

 私はクローブ先生と顔を会わせて笑う。すると二人は安心したようだ。

 

 「そっか!シフィもあーそーぼ。」

 「あーそーぼー。」

 

 三人はきゃらきゃら笑いながら駆けていく。ランダー君、興奮して力使ってるかも。手を繋いでいるディーノ君にもそれが伝わっている。だって繋いだ手から水蒸気が出ているもん。

 

 二人を止めようとするけどエプロンの裾を引っ張られる。そちらを見ると女の子がいた。ノンノちゃんだ。なんだかもじもじしている。

 

 「…せんせ、トイレ。」

 「えっと…」

 「私があちらの三人を見ていますからノンノちゃんをお願いします。」

 「はい、ありがとうございます。」

 

 クローブ先生が向こうに行ってくれるなら大丈夫。私はエプロンを引っ張ったノンノちゃんと手を繋ぎ走る。

  

 そう、ここの保育園は普通の保育園とは少し違う。精霊の子供達を育てる保育園、ナチュイル保育園なのだ。

 

 さらさらの薄緑の髪で黄色い目をした活発な女の子、シフィちゃんは風の精シルフの子供。濃い青色のツンツンした髪に水色の瞳を持つ、心優しい男の子、ディーノ君は水の精ウンディーネの子。燃えるような赤い短髪。橙の瞳をしたわんぱくな男の子、ランダー君は火の精サラマンダーの子。そして、黒い髪を2つに結んだ、黒い瞳の女の子ノンノちゃん。おとなしい性格の彼女は地の精ノームの子供。

 

 現在の園児はこの四人。みんな精霊の子供だけど、見た目は人間の幼児と変わらないし食事も排泄もする。大人になればその必要もないみたいなんだけど、まだまだ未熟な子供のうちは自然から取れた野菜とかからエネルギーを得て、いらない分を排泄するらしい。精霊の力を使える以外は普通の子供となにも変わらない。

 

 そういった精霊の子のことを教えてくれたのは先輩保育士クローブ先生。クローブ先生も実は人間ではない。クローブ先生はエルフだ。すらっとした長身にクリーム色の長い髪。尖った耳と綺麗な翡翠色の目。

 

 見た目は私と同じ二十才くらいだけど、もう何十年もその見ためらしい。子供達のこととなるとたまに厳しいけど、普段はとても優しく色々教えてくれるお姉さんだ。

 

 四人の子供達とクローブ先生と過ごす日々は楽しくて刺激に溢れている。この保育園で働けて私は幸せだ。

 

 そもそもなんで私が精霊の保育園で働いているかというと、話は一ヶ月前に遡る。クローブ先生が私をスカウトしてくれたのだ。

 

 あの時、私はイースト区最大の市場でショッピングをしていた。必要なものを買いそろそろ帰ろうとした女の子の泣き声が聞こえた。声のする方に行くと、小さな女の子がうずくまっていた。休日でそれなりに混んでいる道だ。その子を避けるように皆が歩いていくけど、その場に居続けると危険だろう。私は女の子を道の端に連れ、どうしたのか聞いた。

 

 「おかーさんがいないの。」

 

 その女の子は迷子になっていた。こんなに泣いている子を一人で放って置けない。

 

 「そっか、じゃあお姉ちゃんと一緒に探そう。」

 

 人が多かったからあの子のお母さんはなかなか見つからなくって夕方までかかった。でも…

 

 「おかーさんだ!!」

 

 ちゃんと見つけ出せて無事帰っていった二人を見て本当に良かったと思った。呼び止められたのは帰ろうとした時。

 

 「合格ですね。」

 「へっ?」

 「迷子の子供にあそこまで親身に接するとは、あなたは合格です。」

 

 今ならそれがクローブ先生だと分かっているけど、当時はちょっと怖かった。

 

 「あなた、私と一緒に働きませんか?」

 

 それがきっかけで私は今ここで働いている。

 

 「せんせ、どうしたの?」

 「ううん何でもないの。お外行こっか。」

 

 過去に思いを飛ばしているとトイレを終えたノンノちゃんが不思議そうな顔をしていた。お外と聞いたノンノちゃんはこっくり頷いた。

 

 「きょうはママ、はやくかえってくるの。」

 「そうなんだぁ。良かったね。お迎えまでもう少し待とう。ね」

 「まつ。」

 

 ノンノちゃんはいつも通りおっとりしているけど嬉しそうな声だ。精霊の保育園も人間と一緒。親が子供を迎えに来るまで子供をお預かりする。

 

 精霊の保育園ができてからの歴史は浅い。以前は精霊界で親が子供達を育てていたが、今精霊界は自然が減ったことで起こる人手不足に陥っている。

 

 そのため、自然を減らした原因である人間の手を借りて保育園を作り子供達を見てもらい子育て世代の精霊にも働いてもらっているらしい。

 なんともシビアな話だけど、私も人間の一人だ。なおさら子供達を預かるのに責任を感じる。

 

 「ディーノ君!ランダー君!」

 

 外に出るとクローブ先生の鋭い悲鳴が聞こえた。

 

 「ノンノちゃんおいで!」

 

 私はノンノちゃんを抱き上げ急いで声のした方に向かう。

 

 「ええ!どうしたんですか?」

 

 そこには上を見上げているクローブ先生と泣いているシフィちゃんがいた。二人の視線の先は5メートルはあるだろう高さの木の枝。そこには枝に引っ掛かるようにしてディーノ君とランダー君がいた。

 

 「ひっく…たいふー…ごっこ…したら…ひくっ…飛んでった。」

 「くっ、私がついていながら。」

 

 だいたい予想がついた。クローブ先生が少し目を離した隙にシフィちゃんが風の力を使って二人を飛ばしたのだ。ディーノ君は静かに目をつぶっているが、ランダー君はけらけら笑っている。かろうじて服が引っ掛かったのは良かったかもしれないけど、このままじゃいつ落ちてもおかしくない。

 

 シフィちゃんは大泣きしているし、上の二人も力を使う余裕はなさそうだ。残るノンノちゃんの力は地。二人を下ろすのは不可能だ。

 

 「ノンノちゃん、ちょっとクローブ先生とシフィちゃんと待っててね。」

 

 よしっと私はエプロンをはずし腕捲りをする。

 

 「ベルさん!?」

 「こっちの方が早いです。」

 

 クローブ先生には驚かれたけど私は木に登り始めた。

 

 「二人とも今先生が行くからじっとして待っててね。」

 「はーい。」

 「………」

 

 ランダー君は元気のいいお返事を返したけどディーノ君は答えない。

 

 「ディーノ君!大丈夫だからね。」

 

 もしかしたらディーノ君は高いところが苦手なのかも。だったらなおさら早く助けなきゃ。

 

 子供の頃木登りは割りと得意だった。大人になってからはやることはなかったけど、意外と体が覚えているもんだ。こんなところで役にたつとは思わなかったな。

 

 「よしっと。二人とも怪我はなかったかな?」

 「だいじょーぶだよ!」

 「うん。」

 

 服の引っ掛かりをはずして安定している太い枝に二人をのせる。怪我してなくて無事だったことに安心する。

 

 「じゃあ下に降りようか。二人いっぺんには無理だから、ランダー君、ちょっと待っていられるかな?」

 「はーい。」

 「じっとしてるんだよ」

 

 高いところが苦手そうなディーノ君を先に下に連れていこう。ディーノ君は私におんぶをするようにしがみついた。ディーノ君が落ちないように慎重に一歩一歩降りる。

 

 「もう大丈夫だよ。ディーノ君、」

 「ほんと?」

 「うんっ」

 

 ディーノ君はぎゅーっと瞑っていた目を恐る恐る開く。ちゃんと地面に着いていることが分かるとホッとした様子を見せた。

 

 「ありがと、べるせんせー。」

 「いいえっ。じゃあ先生はランダー君を迎えに行くからクローブ先生のとこで待っててね。」

 「うん!」

 

 私はもう一度木登りを始めた。後はランダー君だけだ。ランダー君はじっと待っている。けどなにかがおかしい。ランダー君がいる所に近づくに連れて熱気を強く感じるのだ。それで私は気づく。

 

 「ランダー君!今行くから、大丈夫だからね。」

 

 ランダー君も怖がっているんだ。さっきはディーノ君がいたから大丈夫だったけど、一人になって心細くなったんだ。

 

 「そうだ、お歌歌おっか。」

 

 ランダー君の好きな戦隊物のオープニングを歌うと下から他の子供達の声も聞こえてきた。みんなも歌ってくれているんだ。登るにつれて増していた熱気は少しやわらいだ気がした。

 

 「待っててもらってごめんね。よく頑張ったね。」

 

 ランダー君に声をかけるとランダー君は私に寄ってこようとした。その時だった。ランダー君のくつの辺りから火が飛び出したのは。

 

 「危ない!」

 

 私はとっさにランダー君に手を伸ばした。火が枝に燃え移り激しく燃え上がる。驚いて固まったランダー君を胸に抱いた。ランダー君の体も燃えるように熱い。だけど、この手は絶対離さない。火が邪魔をしてもう戻れない。そうなれば残る選択肢はひとつ。

 

 「先生が来たからもう大丈夫だよ。こっからピョンって降りちゃおっか。」

 「おぉー、せんせいすごいね。ピョンってできるんだ。」

 

 気持ちが落ち着いたらしいランダー君の体から熱が消えていく。平均的な子供の体温より少し熱いくらいになった。

 

 高さはだいたい五メートルくらい。ランダー君が怪我しないように抱き抱える。枝はもう燃え落ちそうだ。

 

 「よし!」

 

 私は意を決して木から飛び降りる。重力に従って体は落ちていく。だけど覚悟していたような衝撃や痛みはいつまでたっても感じない。

 

 「ふぉー!べるせんせいすごい!」

 

 腕の中を抜け出したランダー君がぴょんぴょん跳び跳ねる。私も立ち上がろうとしたら、地面がすごく柔らかくなっているのに気づいた。

 

 「べるせんせぇ、だいじょーぶ?」

 「らんだーくん、いたいのなぁい?」

 「ふたりともぶじ、よかった」

 

 三人の子供達がクローブ先生と駆け寄ってくる。シフィちゃんは大泣きしているし、ディーノ君も涙目だ。ノンノちゃんはよかったともう一回言った。

 

 「あなたが飛び降りると分かった子供達はそれぞれ行動をとりました。ノンノちゃんは固い地面の土を柔らかくし、シフィちゃんは落下するあなたたちを風で持ち上げるようにし衝撃を和らげ、ディーノ君はあのままでは燃えつきそうな木の消火活動をしました。これは全て子供達が自分で行動をした結果です。」

 

 クローブ先生が笑顔を浮かべてやってくる。

 

 「何も出来なかった自分が恥ずかしいです。怪我はありませんでしたか?」

 「は、はい!」

 「ランダー君も元気なようです。本当に良かった。」

 

 クローブ先生の視線の先では四人の子供達が仲良く遊んでいた。もうみんな泣いていない。輝くような笑顔を見せている。

 

 「この子達は日々成長しているのですね。」

 「そうですね。私も負けていられません。」

 

 確かに子供達は日々成長している。その成長が見られるのはすごく楽しい。私は子供達の輪に混ざるように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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