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精霊王

 紅い傘のような帽子に、オレンジがかった黄色の流れるような美しい髪。綺麗なグリーンの瞳と、可愛らしい幼い顔立ちの笑顔。

 にぱぁ、と笑えば、誰もが笑顔になるだろう可愛らしさと、それを存分に引き出すデザインのドレス。

 それが、タマゴタケ――タマだった。

 ここ、ランタンの森を統治する女王である。

 ニルヴァーナは、本能的にそうだと察した。


 《……幼いな》


 生まれてまだ一つの季節さえ経過していないニルヴァーナが抱くべき感想ではないが、精神的な成熟具合いでいえば、正解だった。

 ニルヴァーナが特殊すぎるせいだが。

 泰然とした立ち振舞いも手伝って、かなり熟練した雰囲気がある。


「俺は、ニルヴァーナ。王だ」

「私はリタです! 主様の一番の腹心にして最強の眷族です」


 抑揚の薄いニルヴァーナの自己紹介に続いて、脇に控えていたリタが一礼する。タマは嬉しそうな表情で手を叩いた。


「王さま! すごい! タマといっしょだね!」

「うむ。そうだな」

「わーい!」

「それにしても、危ないところだったな。いったい、何があったんだ?」

「バケモノ猿どもの反乱だろう」


 ニルヴァーナが問いかけると、後ろからやってきたカエンタケが代わりに答えた。

 すると、兵士風の男たちが一斉に「カエンタケ様!」と一様に名を呼び、安堵の表情を見せた。かなりの信頼を得ている証明でもある。

 カエンタケは剣についた血と灰を一振りで払い、鞘に納める。

 見るからに、表情は険しい。


「うん。すごくこわかった……」


 釣られるように、タマの表情も硬くなる。


「いきなり、みんなも小さくなっちゃったりしたし……《祈祷》でなんとかこの人たちは守れたけど……」

「兵士のほとんどが第一ステージに退化したのか」


 タマが首肯する。

 何かを訴えるようにぬるぬると動くキノコたちを見渡して、カエンタケは苦々しい表情を浮かべる。それだけでなく、どことなく不安そうな気配もうかがえた。

 当然だろう。

 第一ステージはほとんど戦力にならない。ニルヴァーナもよく知っている。


「どうしてそんなことが起きたのだ?」


 ニルヴァーナは率直に疑問を口にする。


「――推測も何も、精霊王様の加護が消えたんだろう」

「加護?」


 訝りながらきくと、カエンタケはタマの隣まで移動してから口を開く。


「話しただろう。俺たちは親精霊王様派だ。だから、精霊王様の加護によって力を与えられている。それがなくなれば、弱体化は当然だ」

「その加護と同じような現象を起こすのが、《祈祷》なんだけど、わたしだとまだ力がよわいから、これぐらいの人数しか……」

「気にするな。むしろこれだけ守れたのは充分だ」


 ぽんぽん、と頭を撫でながらカエンタケは柔らかい表情を浮かべる。こんな顔もできるのか、とニルヴァーナは内心で感心した。出会ってから、ほとんど険しい表情だったからだ。

 眉間のシワ、取れるんだな、と茶化したらおそらく殴られる。

 確信したニルヴァーナは言葉をそっとのみこんだ。


 それ以上に、状況が理解できたというのもある。


 かなり自分たちにとってはよくない状況を。

 ニルヴァーナは腕を組み、空を見上げた。霧がかった向こうの空は、傾きはじめていて、蒼から橙へと変化していっている。

 夜が、近い。


「重要なのは、お前たちが勢力的に弱体化してしまったという事実と、加護が消えたという事実だな。精霊王に何があった」

「寿命がまた一段階短くなった、と推測するのが正しいか」

「加護を維持できない程……もう幾ばくもありませんね」


 カエンタケの表情が沈み、言葉をつづけたリタも顔色が重い。複雑そうだった。

 緊急事態ともいえる状況だが、だからといってこちらからのコンタクトを断つ理由にはならない。カエンタケたちは兵士たちに命じて精霊王への通信を試みさせた。

 通常であれば、儀式魔法で精霊王の魔力を借り受けて通信を行うが、それは叶わないと判断し、バケモノ猿の死体から回収した魔力で補うことにした。


 その間、ニルヴァーナは思考を巡らせる。


 ただ、黙って待っているのは絶対によくない。本能が告げている。

 抗う余地はなかった。


「バケモノ猿とは、どういう関係だったんだ?」

「簡単に言えば、俺たちの統治下にある種族の一つだ。元々好戦的で反抗的だったんだが、俺が猿どもの頭をシめて大人しくさせて、周囲の警備を担当させてたんだ。最近はそんな反抗的な動きは見せなかったんだが……」

「わたしたちが、弱体化したのを見て、たぶん」

「発作的な反乱か? ずいぶんと短絡的だな」


 ニルヴァーナの評は容赦がない。実際、それで失敗したのだから。

 愚かだと断じつつも、ニルヴァーナは、ランタンの森がバケモノ猿という戦力を失った事実を確認する。およそ、あのバケモノ猿は単体での戦闘力はともかく、数はそれなりに揃っていた。

 ランタンの森にとって、痛手であることに違いはない。


「他に、この森にいる勢力は?」

「第三ステージに至る勢力はいない。ほとんどが獣だったり、虫だったり、だ」

「元々、ランタンの森は魔物がほぼいないから……」


 気まずそうにするカエンタケとタマ。

 今まで本当に精霊王の加護頼りで統治してきているようだ。

 もちろんニルヴァーナに責めるつもりはない。今、もっとも必要なのは、戦力的増強である。それも、即座に。


「タマ。俺の眷族が繁殖する許可をくれ」

「え? それはどうして?」

「このままだと、ここは蹂躙されるだけだ。違うか?」


 ニルヴァーナはカエンタケをも巻き込む論調で許可を求めた。


「バケモノ猿がどこに逃げたのかも気になる。方角的には……ダークロウの森だろ?」

「……っ! 庇護を求める、か」

「このランタンの森で、お前たちと双璧をなす勢力だったのだろう? バケモノ猿は」


 カエンタケとタマが同時に首肯する。


「もしそれがダークロウの森に落ち延びたとしたら、向こうはこちらに戦力がないことをすぐに察するだろう。そうなれば、全勢力をもって、とまではいかないまでも、即座に占領をしようと考えるのではないか?」

「……だろうな。俺でもそうする。それで? そこでどうしてお前の眷族たちの繁殖につながっていく?」

「我らがその代わりを果たそうといっているんだ」


 即座に返事をすると、カエンタケは絶句した。


「確かに俺の生み出せる眷族もステージ一だ。だが、ある一点に特化させれば、それなりの能力にはなる。工夫すれば、一定の戦力にはなるだろう」

「主様、なんという素晴らしい……!」

「もちろんお前たちの邪魔はするつもりなどない。むしろ互いに補って共存共栄したい」


 ニルヴァーナはよどみなく提案する。

 カエンタケとタマは互いに顔を向け合って、再びニルヴァーナを見た。


「こちらとしても、断る理由はない」

「ならば早速防備を固めておこう。少なくとも、相手からの侵入を早期発見できるようにはなっておきたいだろう」

 

 もしそうなった場合、勢力の規模によっては撤退をしなければならない。


「頼む」


 カエンタケの言葉に頷いて、ニルヴァーナは早速足の裏から根を張り、種子にまで戻していた眷族をまいた。

 展開したのは、周囲を警戒するタイプの眷族だ。

 密度はあまり高くしないで、広範囲に広げていく。この眷族の索敵範囲は広くないので、森の範囲ギリギリのところまで生やす必要があった。


 《少し時間がかかるだろうな》


 ニルヴァーナの眷族の成長速度はかなりのものだが、やはり森を網羅するとなると時間がかかる。


「精霊王様とのコンタクトが取れました。回線を繋ぎます」


 意識を集中させていると、兵士から報告がやってきた。

 見やると、空中に魔力の光が灯り、霧も手伝って一枚のスクリーンとなる。しばらくノイズが走っていたが、やがて、一羽の壮麗たる赤の鳥が姿を見せた。明らかに弱っている。にも関わらず、魅入るほどの神々しさがあった。


『……久しいな。皆』


 うっすらを目を開き、精霊王が弱々しい声を放つ。

 あまりに痛ましいのか、カエンタケは涙ぐんでしまうくらいだった。


『用件の一つは知っている。加護のことだろう。すまないな。私はもう限界なんだ』

「精霊王様っ……!」

『弱体化させてしまったな。すまない。これからお前たちは激動の時代を迎えるだろう。道半ばで、滅びてしまうかもしれない。そんな運命を背負わせてしまったこと、深く詫びよう』


 こちらの声が届いていないのか、それとも、聞く余裕さえないのか。

 両方だな、とニルヴァーナは冷静に分析していた。


「そんなこと……! 精霊王様の加護がなければ、我らはもうとうに滅びておりまする」

『感謝も怒りもあるだろう。だが、私はな。罪深きものだ。このような激動の時代を目にすることができなくて、悔しく思ってしまっている。好戦的な部分が叫ぶんだ。争いを、と』


 カエンタケの涙声を遮って、精霊王は一方的に語り掛ける。


『しかし、私の本質は精霊王でなければならない。だから、私を慕うものどもよ。今一度、この森を統一してみせよ。かつてもたらされた、安定と安寧を、その手で掴んでみせよ』

「精霊王様っ……!」

『これは勅命である。この精霊王の御旗を掲げることを許す。汝らは官軍である。この森の正しき後継者たちである。さぁ、成し遂げよ。争いを好み、ただ泥濘の混沌を望むものどもに、決して負けるでない』


 この時点で、ニルヴァーナだけでなく、全員が気付いていた。

 精霊王が、最後の力を振り絞って、己を慕う勢力全体に声をかけていることを。


『……さて、それともう一つ』


 精霊王が、ニルヴァーナ《・・・・・・》を見た。

 勘違いかもしれない。最初はそう思った。


『私は一人のものを、王として認める。その名は、ニルヴァーナ。麒麟様から話はきいている。ずいぶんと面白い生まれ方をしたものだ。その身を焦がす思いのまま、覇者となるか、心を焦がされて朽ちるか……その足で確かめるがいい』

「俺を、王に……?」

『私が死ねば激動の時代となろう。私が定めた境界線など消え失せ、血で血を洗う場所も出てくるだろう。ニルヴァーナ。貴様はその中で、好きな土地を奪い、名乗って見せよ。我ら精霊王の名において、汝の存在を許容する! 王として!』


 精霊王の雄叫び。

 それはスクリーン越しではなく、実際の声として、衝撃として伝わってきた。森そのものを震わせるほどの力。

 精霊王が精霊王たる所以の片鱗であり、また精霊王の寿命を著しく削るものでもあった。


『……ふっ。それでは、さ、らば……だ……生きぬ、い、て……み……』


 精霊王が光に包まれ、薄くなっていく。


「「精霊王様っ!」」


 カエンタケとタマの悲鳴が重なる。だが、精霊王は微笑むばかりで、答えなかった。消滅するその瞬間まで。

 ふっ、と、何かが消える。

 同時に沸き上がったのは、様々な感情たちだった。


 ――時代が、はじまる。加速しながら。


 その、雄叫びだった。


次回の更新は夜です。

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