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襲撃と救出

「……なんだ、今の感覚は……?」


 ざわざわと、全身が震える。とてつもなく良くないことだけは、自覚できた。ニルヴァーナも、カエンタケも、リタも。

 魂から震えるような鼓動。しかもそれが、一回だけ。

 だが、誰よりも焦燥を感じているのは、カエンタケだった。歩いていたはずの足が、もう走りだしている。ニルヴァーナたちも追いかけるが、カエンタケはそんなことを気にしている余裕などなかった。


 気付けば、全力疾走になっていた。


 ニルヴァーナはリタを抱きかかえて走らなければならない程で、その間にも森の気配がどんどんと不穏さを増していっていた。困惑、混乱、恐怖、狂気、――あらゆる負の感情が蠢いていた。

 全身の肌に、ビリビリと伝わってくる。

 今まで隠れていただけだったのだろう、敵意まで見え隠れしていて、実質、三回ほど戦闘になってしまった。この森の支配者であるカエンタケに対して、でさえ。


「……ちっ」


 飛び掛かってきたバケモノ猿を斬り捨てて、カエンタケは舌打ちする。

 自分の敷地内で襲われるのは初めての経験だ。

 カエンタケはさらに加速していく。

 湿度と木々の密度が上がっていき、そこに辿り着く。


 そこは、びっしりとキノコ類が生えたエリアだった。独特な香りと雰囲気があり、神秘的でもあったが、そこには似つかわしくない空気があった。


 無数の種類の生えるキノコ類。

 お花畑にも見える中、その中心で誰かが座り込んでいて、それを兵士たちが取り囲んでいた。そんなエリアを取り囲む様に存在する、無数の敵意。


「――囲まれているようだな」

「蹴散らす!」

「助力しよう。リタ」

「はいっ!」


 ミシミシと音を立ててニルヴァーナとリタは両腕を変化させる。濃厚な敵意は、密集度の高い木々の枝部分に集中している。

 目を凝らすと、バケモノ猿だった。

 好戦的な赤い目に、鋭い牙。長い腕は膂力に優れていそうだ。長い尻尾や、逞しい足、柔軟性の高そうなしなやかな体躯は俊敏性も十分なものがあると思わせる。


 《戦況は、圧倒的に不利か》


 ニルヴァーナは突撃しながらも冷静に分析する。

 バケモノ猿どもはほとんど第二ステージだ。僅かだが、第三ステージに至っているものっもいる。だが何より、これだけの数に囲まれれば、かなりの脅威だ。

 戦力比はざっと10:1といったところ。

 相手もバカではない。

 ここまで接近すれば、気付かれる。

 即座にバケモノ猿の気配が、ニルヴァーナたちに注がれた。だが、構わない。


「この腐れサルどもがっ! 俺の妹に手を出そうとするとは、いい度胸だっ! 燃えカスになる覚悟はできてるんだろうなぁぁっ!」


 激昂を吐き出しながら。カエンタケが跳ぶ。

 刹那にして木をかけあがり、枝にはりついていた二匹の猿の首を斬り飛ばした。

 血飛沫と、悲鳴。


「護衛騎士団長、カエンタケ! この名に恥じぬ炎、浴びて死ね!」


 轟、と、ニルヴァーナと対峙した時よりも強い炎を生み出し、カエンタケは飛び襲ってきた猿を焼き払う。

 全身を炎に纏われた猿は汚い悲鳴をあげながら地面に落ちて転がり、絶命する。


「俺たちも参戦するぞ。リタ、援護を」

「任せてください! 道はひらきます!」


 リタは両手から爪を弾丸のように飛ばし、迎撃に飛び降りてきていた数匹の猿の目を潰す。「ぎぃっ!」と悲鳴があがり、ニルヴァーナはカエンタケをも上回る速度ですれ違い、腕を変化させた剣で斬る。

 手加減など、するつもりはない。


 《ちょうどいい。ここには魔力が豊富だから――練習台になってもらおう》


 ニルヴァーナは瞬時に両手に魔力を集める。イメージは、水ではなかった。

 あの時は、カエンタケが炎を使ってきたから水を呼び起こしたが、ニルヴァーナが本当に呼び起こしたかったのは、水ではない。


 自分に革命を呼び起こした存在。――麒麟。


 その全身に纏うのは、稲妻。

 一度、成功させたからこそ、ニルヴァーナには回路ができあがっていた。


「おおおおおおっ!」


 全身から、力が迸る。

 直後、恐ろしいまでの光が走り、空気を鋭角に、自在に切り裂いて周囲を焼き払いつつ、猿に直撃した。

 圧倒的な電圧と、それに十分な電流が流れ、猿を一瞬で感電死させていく。

 恐るべき破壊力を纏ったまま、ニルヴァーナは木々を駆け抜ける。幹を蹴り、木々を飛び渡りながら、猿どもを恐慌に叩き落す。


「ルガァッ!」


 一斉に湧き上がる悲鳴の中、何匹かは抵抗を試みてくる。第三ステージに至っている猿たちだ。周囲に魔力を纏わせて、睨んでくる。体格も一回り大きく、厄介そうではあった。

 ニルヴァーナは好戦的に笑む。

 だからこそ、実験のしがいがある。

 二匹の猿が、左右に展開する。木の枝を器用に飛び移る。その俊敏性は、木の上だけであれば、ニルヴァーナよりも上だった。


「まずは、コントロールだな」


 全身から荒れ狂うように放たれるだけだった稲妻に魔力を宿し、ニルヴァーナは意志による統率を行う。通常、こういった過程は何年もかけて行うのだが、ここでもニルヴァーナはユニークスキルである《進化促進》を発揮し、驚異的な短縮を見せる。

 幾多にも暴れる雷鳴の筋を集結し、両手から放たれる、一つの稲妻にさせる。


「ギイイイイッ!」


 猿が跳びかかってくる。凄まじい速度だったが、今のニルヴァーナなの反射速度では簡単に対応可能だった。

 完全に御した掌から魔力を注ぎ込み、雷を操作する。


 ――ヴゥン。


 鞭のようにしなり、稲妻が唸りながら猿を叩く。

 直後、凄まじい電流が迸り、ステージ三に至っている猿でさえ、感電死させた。パァン、と軽い音を立てて皮膚が弾け、肉と血が飛び散っていった。


 丙子椒林剣に頼らない、自分だけの武器。


 ニルヴァーナが見つけた瞬間だった。

 次々と稲妻を操り、ニルヴァーナは敵を屠っていく。バチバチと周囲を焦げ付かせ、逃げ惑う猿を始末していく。見事な動きだったが、大振りで粗い。

 電撃から逃げていた一匹の猿が、狡猾にもその隙を狙って飛びついてくる。

 そこまできてニルヴァーナは気付くが、反応はできなかった。


「させないっ! 爪棘弾そうしだん!」


 一撃を受ける覚悟をしたタイミングで、リタからのフォローが入る。

 鋭い爪たちが猿の顔面と首を襲い、動きを止める。逃さずニルヴァーナは稲妻を操ってその猿を焼き払った。


 《ちっ。魔力の消費も大きい、か》


 倦怠感を覚え、ニルヴァーナは術を解除する。

 だが、かなりの数を減らした上に、猿どもへかなりの恐怖を植え付けた。後は、もうただの退治でしかない。ニルヴァーナは剣に変化させた両腕を振るい、それでも戦意を向けてくる猿だけを切り刻んでいく。


 《野性的で、攻撃的。反射的で、直線的。反応が速いからこその動き》


 冷静に分析しつつ、右からの振り下ろしを左へかいくぐって脇腹を深々と切り裂き、反対側から攻めてくる猿に爪を飛ばす。怯んだそこへ、胸に一撃。

 上からやってくる猿。

 ニルヴァーナは迷いなく枝から飛び降り、真下にあった枝に元に戻した片腕を絡ませ、勢いのまま回転。鉄棒の要領で跳躍した。


「っぎっ!?」

「弱い」


 断末魔は、なかった。

 上昇の勢いさえ利用した一撃が、首を刎ね飛ばしたからだ。


 ひらりと空中でニルヴァーナは舞う。


 上から戦況を見下ろすと、カエンタケも存分に暴れ倒しているのか、あちこちで火だるまになった猿が転がり、あちらも逃げ惑わせている。もう、趨勢は決した。

 ふう、と安堵に近い息を吐いた、その時だった。

 油断を突くように、七匹にも及ぶ猿どもが牙を剥いて跳びかかってきた。


「主様っ!」


 リタが悲鳴をあげながらフォローするが、猿を一匹撃墜できただけだった。

 絶望と悔恨の表情がリタを覆う。不憫だった。


「案ずるな」


 ニルヴァーナは薄く微笑んでそう告げ、猿どもの牙を受け入れた。

 バキ、ミシ、と、乾いた音。

 猿どもはニルヴァーナの全身に突き刺した牙で、その身を抉ろうと更なる力をこめようとする。――だが。逆に弛緩した。

 それだけでなく、体毛が抜け落ち、皮膚があっというまにただれていく。まるで重度の火傷でも負ったかのように。

 情けない悲鳴をあげ、猿どもは落下した。地面に激突するより早く絶命して。

 これが決定打となった。

 猿どもが、一目散に逃げていく。追撃する必要はなかった。


「あ、あれは……カエンタケ様の毒と同じ……!?」


 一方的にも等しい戦闘をただ眺めるだけだった、菌類の兵士が驚愕の声を漏らす。

 正解だ。

 ニルヴァーナは、カエンタケの毒を克服すると同時に獲得していた。猿どもに咬まれることが分かった時点で、その毒を全身に纏わせ、毒殺したのだ。


 《使う機会は多くなさそうだが、切り札的には強そうだな》


 ニルヴァーナは確認しつつも、着地した。

 すぐにリタが駆け寄ってくる。


「主様、大丈夫ですか!?」


 リタの心配は当然だった。猿の牙は破壊力が高かったようで、ニルヴァーナの全身を酷く痛めつけていた。致命傷であったとしてもおかしくない部分もある。


「問題ない。奴等から吸い取った魔力を使えば、再生は容易だ」


 ニルヴァーナは有言実行する。

 あっという間に、その全身を回復させる。魔力を糧にする植物性の身体だからこその芸当だ。それに興味を持った気配が、一つ。


「すごい……鬼の魂を持つのに、植物の身体を持つなんて……珍しい、というか、はじめて見たわ。あなたは、どこのどちら様?」


 兵士が自らを盾にして作っていた円形の陣形で守られていたのは、少女だった。

 そっと兵士の肩に触れて道をあけてもらい、その姿を見せる。


「私はタマ。タマゴタケだよっ」


 自己紹介をした少女は、そう屈託なく笑った。




次回の更新は明日予定です。

応援、ぜひお願いします。

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