激闘の始まり
「鬼のなりそこないとは随分な言葉だな」
ニルヴァーナは眷族を庇うように前へ立ち、警戒心を一気に跳ね上げながら言い返す。
ひしひしと伝わってくる敵意。油断と隙の見えない構え。距離の取り方。
どれもこれも、強敵のそれだった。
《本気でやって、勝てるかどうか――》
切れ味の鋭そうな、不思議な波形の剣を睨みつつ、自身の腕も変化させていく。
最悪の場合、丙子椒林剣の出番もありえた。
切り札として余力を残しつつ、どう立ち回るか、を考えつつ、ニルヴァーナは相手の反応を待った。
「ここで、何をしていると問うているんだ。答えろ、侵入者」
「何を、と言われてもな。ただ眷族を増やしていただけだが」
ばち、と目線の火花が散る。
「眷族、だと?」
「そうだ。仲間ともいう。恥ずかしい話、俺にはこの子以外の仲間がいないんでな」
「仲間……? 貴様、何を考えている? 王にでもなるつもりか?」
「少しだけ違うな。それは過程だ」
まだ喧嘩腰の男に向け、ニルヴァーナは真正面から言い返す。
訝る男。だが、やはり敵意は消えない。
「俺は、俺には、この魂に刻まれた使命がある。それは、鬼への復讐だ」
「復讐……」
「そう。だが鬼は非常に強力だ。だからこそ、仲間がいる。志を共にする、仲間が」
「そのための眷族であり、そのために王になろうというのか」
じわり、と、距離が縮まった。
それだけで、ニルヴァーナは警戒心を最大限に高めた。戦闘になる。そんな直感だ。
男は剣を横に走らせる。
薄い霧の中、剣は赤く鈍い光を放っていた。尋常ではなく漲るのは、戦意。
「そうだ」
ニルヴァーナはただ、頷いた。
その、刹那。
草が散った。男の姿が、視界から消える。
息が詰まる。空気が、止まる。耳鳴りさえ聞こえるような静寂の中、ニルヴァーナは本能だけで何かを察知した。
右。
目が泳ぐ。腕が跳ね上がる。
目が追いつくより早く、衝撃が襲ってきた。バランスが崩れ、ニルヴァーナは耐えるよりもそのまま勢いに流されることを選択した。
「主様!」
「潜め!」
空中で姿勢を取り戻しつつ、ニルヴァーナは眷族に命令を下す。
そんなニルヴァーナへ、男が突っ込んでくる。
《――速すぎる!》
一瞬だけ沸いた焦りを押し殺しつつ、ニルヴァーナは腕を硬化させた。
鈍い音。
金属音にも似た激突。飛び散るのは、ニルヴァーナの腕の破片。
抉られたのだ。
即座に再生させつつ、ニルヴァーナは後ろに跳んで勢いを殺す。さらに着地と同時に足裏から先端を尖らせた根を伸ばし、一気に男の足元へ送り込み、土中から噴き出させる。
「甘いっ!」
鋭い剣閃は、その根を一瞬で切り飛ばした。
どうやって気付いたのか、などと考えられる余裕はない。一瞬で間合いを詰めてくる。
《攻撃に転じる余裕が、ない》
冷静に分析しつつ、ニルヴァーナは判断していく。
より早く。より素早く。より鋭く。
息を吸いながら、ニルヴァーナは足を変化させた。ミシミシと音をたて、ニルヴァーナは超高速で方向を右に切り替え、男と正面から相対する。
だが、男は左右にフェイントをいれ、間合いを詰めてきた。
《反応速度も、あげなきゃ意味がないか》
両腕をクロスさせてガードし、一撃を受け止める。
ギャリ、と刃が腕をさっきより深く抉った。防御力の強化も課題にしつつ、ニルヴァーナは体内を作り変えていく。
地面を削りながら着地し、ニルヴァーナは仕掛ける。
動いたのは、植物のツタ。眷族だ。
「動きを封じるつもりか? 無駄だ」
男は容赦なく高速で剣をふるい、全てのツタを切り裂いた。
ニルヴァーナは、そこへ飛び込んでいく。
「おおおおっ!」
気合を吐きながら、黒狼に似せた爪を剥く。
黒い軌跡を残しながら、爪は鋭い弧の軌道を描いて男を狙う。
ガギ、と、剣は爪を絡めるように捉えると、あっさりと折った。
「――!」
反射を強化したニルヴァーナは、即座に後ろへ下がりつつ、足を蹴り上げてサマーソルトを繰り出す。
男は即座に反応して立ち止まった。
ニルヴァーナは着地し、更に足と反射を強化、地面を蹴って逆に迫った。
剣が、奔る。
ニルヴァーナはそれを屈んで回避し、懐へ飛び込んだ。
男は驚愕し、剣でたまらずガードした。
爪と剣が衝突し、今度吹き飛ばされたのは、男の方だった。
燃え盛る色の髪を揺らし、男は辛うじて着地した。
呆気に取られた表情から、怒り、そして、焦燥。
「貴様……ここで仕留める!」
ニルヴァーナの驚異的な成長を実感した男は、脅威と認めたらしい。
剣を迸らせ、いきなり炎を纏いだした。
その勢いはすさまじく、圧力を感じたニルヴァーナは本能的に下がって分析する。腕も再生させていく。
「ほう……魔力か」
ニルヴァーナは貪欲だった。
相手に合わせ、相手に勝つために吸収していく。ニルヴァーナは、今まで魔力を自分自身の肉体強化や肉体変化にしか活用していなかった。
知識の中でだけ、知っているものがあった。
《魔法》だ。
男は、それを使って炎を剣に纏わせているのだ。
そして、相手も本気であることを悟る。
どん、と地面を蹴り、男が接近してきた。今までより、まだ一段階速い。
素早さは、互角。
ニルヴァーナは腕を交差させて防御を固める。
「――っ!?」
だが、剣の刃はあっさりとその腕を切り飛ばした。
ぼっ、と発火。
「やはり、炎は苦手だ……」
本能的に忌避した通り、自分の身体はよく燃える。
このままではもれなく全身燃え盛り、自分は滅びてしまう。だが、ニルヴァーナは焦らなかった。ゆっくりと目を閉じて、意識を高める。
魔力の流れは、よく理解している。
自分の身体は、魔力で動いているのだから。故に、後はイメージの問題だった。
自分がもっとも好み、今、もっとも必要としているもの。
それは、何か。
「――体内で、魔力が……?」
「これが正しいかどうかは、知らないがな」
自分自身に宿る、《進化促進》のユニークスキルが焼けつきそうになるくらい発動し、ニルヴァーナに新しい力を与える。
最初は、じわりと。
次には、溢れるくらいに。
ニルヴァーナの全身からこぼれたのは、水だった。
凄まじい煙をあげて、炎は消火された。ようやく腕はかなり焦げついてしまったが、再生は可能だ。
ニルヴァーナは、足裏に根をはり、栄養素と魔力を吸い取って再生させる。
ほとんど大地そのものが力の源であるニルヴァーナにとっては容易なことだ。
ダメージを帳消しにして、ニルヴァーナは構える。
「ムカつくくらいの再生能力だな。それに、魔源洗礼を受けていないのに、魔法を習得するなどと……まさに異常。何者だ、貴様」
「……ニルヴァーナ。王だ。貴様は?」
「俺は……カエンタケ。ここランタンの森で最強の護衛騎士だ」
一瞬の間。
男、カエンタケは果敢にも真っすぐ攻めてくる。
ニルヴァーナはそれに応じるように、全身に水を纏い、さらに全身を強化しながら駆けた。より強く、しなやかな加速。
カエンタケも悟ったのか、目を大きく見開いた。だが、瞬間的に覚悟を決めたのか、カエンタケも突っ込んでくる。
交差する、その手前。
がく、と、姿勢を崩して膝を折ったのは、ニルヴァーナだった。
やってくる混乱。
勝ち誇ったように、カエンタケは距離をつめ、凄まじい力をこめた剣を横薙ぎに払い、ニルヴァーナを切り飛ばす。
本能でニルヴァーナは片腕を犠牲にし、辛うじて致命傷を避けた。
天高く飛んでいく腕。
ニルヴァーナはほとんど動かないように思える身体を必死に制御し、背中から着地、地面を何度も転がってから弱まった勢いを利用して跳びあがり、なんとか起きあがる。
「この異様な熱感……全身の不快感、調子の不良……細胞の壊死……毒か」
体内をスキャンし、ニルヴァーナは歪む視界の中、声を絞りだした。
「そうだ。ようやく効果が出てきたようだな」
「……カエンタケ……そうか、猛毒もちだったな……」
「本来であれば、もっと即効のはずなんだがな。さすがに鬼の能力といったところか。褒めてやろう。だがな、もう終わりだ。俺の毒は――その鬼さえ殺す」
それは、絶望的な宣言に等しかった。
《用語紹介》
魔源洗礼――《グリモワール》。魔法を扱えるようになるために必要な作業。魔法使いから魔力を流されることにより、体内にある魔力を活性化させること。
《人物紹介》
カエンタケ
属 性:植物/菌類/炎/毒
生命力:4601/4601
特 性:猛毒/剣術/加速
魂 :第三ステージ