ニルヴァーナの覚醒
『……なんだ……!?』
ざわり、と、ギルバートが全身を逆立てながら、距離を取る。初めての行動だ。
対するニルヴァーナは、その変化を止めない。
闇と光が入り混じり、混在させる。相反するそれらは互いに打ち消し合い、非常に不安定だったが、仲介を入れることで安定させた。
《力を借りるぞ――麒麟!》
通常では不可能な所業だ。
だが、ニルヴァーナの骨格は麒麟のものであり、さらに雷を相互変換の起点とすることで可能とさせた。身体中から力が迸る。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
その闇と光が混在する稲妻を全身から迸らせつつ、ニルヴァーナは昂らせた。
もはや白く炭化した地面を穿ち、激震を呼び起こす。
同時に衝撃波が生まれ、周囲を荒らした。
ギルバートは全身で受け止め、脅威をより強く感じたのか、構えた。
『バカな……この我が、怯えている……?』
「戦いを挑んだのはこちらなのだから、こちらが犠牲を被るのはある程度許容しよう。だが」
ぐつぐつと全身を暴れまわる力を強引に抑え込む。
最後のキーとなったのは、自分の中に眠る、復讐の力と鬼の力――これもまた、相反する力同士だった。
安定がやってくる。
だがそれは嵐の前の静けさのような、恐ろしいものだった。
緩やかな風が凪ぐ。
睨み合いは、本当に僅かだった。
視線の火花が散った瞬間、空気が引き締まる。否、逃げ出した。
明確な殺意を持って、ニルヴァーナとギルバートが地面を蹴った。衝撃が重なり、周囲の大地に亀裂を走らせる。
「それでも怒りは抑えられないものでな!」
直後、二つの拳と拳が衝突し、がっぷり四つの姿勢になる。
まるで壁と壁がぶつかり合ったかのうに、重い音が響き、周囲に闇と稲妻を好きなように撒き散らした。その破壊は渦を巻き、烈風を呼び起こす。
『しれた口を! 我は何百年もの間、理不尽に封印されてきたのだぞ!』
「それは貴様が悪を働いたからだろう!」
『はっ! 弱きものに耳を貸してどうなる! 弱きものなど、淘汰されればいい! それが自然の掟、森の定め!』
「それを必要以上に押し進め、弱きものの水準を上げすぎた。だから始末されるに及んだのではないか? 知っているぞ。貴様はもはや己しか認めていないと!」
『当然であろう? 我より弱きものは皆、弱きもの! 耐えられなければ滅びればいい!』
「身勝手な……! それは森を殺す! だから貴様は否定されたんだ!」
『その森が精霊王と決めたんだぞ、我を!』
力が拮抗する。
ニルヴァーナはさらに力を求めた。圧倒できるだけの、力を。
「この愚か者め……だからって何をしてもいいと思うな!」
ギルバートから漏れる力をさらに吸収しつつ、ニルヴァーナは考える。
今のままでは、対抗できたとしても、勝つことは難しい。ギルバートが油断なく本気を出してきているからだ。
『綺麗ごとを!』
「王というものは、民を、仲間を率いて、守り導くことが使命であろうが!」
自分一人では、できないことがあるから。
「己を信じてくれるものを助け、己を信じてくれるよう導き、誰もが生きていけるようにしていく。それを目指す。それが王だ!」
『理想論でしかないな!』
「弱肉強食は否定しない。肉を、草を食わねば生きていけぬものばかりだからだ。あらゆる命は生まれた時から戦い、そして死んでいく。それも真理だ! だが!」
ニルヴァーナの中で、何かが融合していく。
「それでも理想も口にできなければ、終わりだろう!」
互いに拳を引き、今度は手のひら同士を重ねて互いに握り合う。
ギリギリと、どちらの手も軋んだ。
『下らんな……! 生ぬるい!』
「生ぬるいものなどあるものか! 必要以上に命を殺さないようにするだけだ!」
『はははははは! 傲慢だな、貴様は傲慢だな! 全ての頂点に立って、命の数を調整しようとでもいうのか! まるで神のごとき発言だ!』
「だったら……どうだというんだっ!」
力が、融合していく。
恐ろしいまでの勢いで一つになっていくのは、麒麟と鬼の力だった。どちらもただ引き出すことしかできなかったものが、一つになって、ニルヴァーナに溶け込んでいく。
「貴様のように命を無意味に略取していくことの方が、よっぽど傲慢だ!」
蠢くものが、一つになっていく。
それは、ニルヴァーナの全てを押し広げていった。そう、魂の器さえ。
「おおおおおおおおおお――――っ!」
『――ぬうっ!』
バキバキと、ニルヴァーナはギルバートの手を握りつぶし、大きく蹴り飛ばした。
まるで爆発でも起こしたかのような音を起こしながら、ギルバートは地面を三度大きくバウンドし、地面を滑っていった。
ニルヴァーナの変異が終わる。
不思議なくらい呼吸は整っていた。
鬼の角は赤く脈打ちながらも、黒と金の模様が刻まれている。模様は頬を通じて腕に伸び、肘から先を鎧のように覆いながら、一回り大きくなっていた。
また、膝から下も同じように鎧のように覆われ、一回り大きくなっている。
異様にして、荘厳。
『魂のステージが、上昇したか』
ギルバートが起き上がる。全身に闇の力を宿して。
『純精霊――。上位種の壁をこうも容易く破るとは。精霊から純精霊への昇華は五十年に一度あるかないか、というのにな』
「だから、どうしたという」
『くくく、面白いな。貴様がどこまで進化するのか見たいところだが……ここで片づけてやろう。脅威は死ねっ!』
ギルバートが地面を蹴る。腕に闇の力を収束させていくのが、見えた。
超高速機動からの拳打。
ニルヴァーナは浅く構え、目で追いながら構えを取った。その手には、既に鋭い爪が宿されている。
『はあああっ!』
最接近を許すと共に拳が上から繰り出される。巨躯を活かした絶大な威力。
ニルヴァーナは半身で回避しながら、繰り出される拳を軽く叩いて方向を変えさせ、あっさりといなす。
驚愕に、ギルバートの顔が歪んだ。
ニルヴァーナが加速する。
いなした勢いを活用しながら、ぎゅる、と、回転の力を加えながら跳躍。全ての勢いを威力に変換しながら左飛び後ろ回し蹴りをギルバートの顔面に炸裂させた。
――ぐばんっ!
破裂音。
文字通り、ギルバートの頭が消し飛んだ。
ニルヴァーナは容赦なく油断しない。空中で姿勢を歪め、上半身を一度反らしてから真横に倒し、蹴り足の軌道を変化。上からの右胴回し回転蹴りを肩に叩き込んだ。
へしゃげ、砕ける。
ギルバートの身体はそのまま地面に沈みこんだ。
ニルヴァーナは空気を蹴った。
一回転しながら高く跳躍し、身を捻りながら魔力を籠める。全身から力が奔流のように湧き上がって、指先に集った。精霊の時とは桁違いの魔力量。
《なるほど。精霊と純精霊の間は、半精霊と精霊の間よりも隔絶されている》
翻弄されそうになりながらも、魔力を操って変化させる。
黒を纏った、金の稲妻に。
「麒雷――」
体を捻りながら真横に倒し、指先を天に向け、黒金の稲妻を宿す。
目下では、ギルバートの再生が始まっていた。首から上が消え、肩から身体がへしゃげている状態から。だがニルヴァーナは驚かない。
「――破落」
指先を下ろした。太陽よりも眩しい光を放つ稲妻を。
閃光が白に染まり、黒を纏った一条の金の雷撃がニルヴァーナを撃った。
地響き。
空気を焼き払う風を巻き起こしながら、雷撃はギルバートを炭化させ、それだけでなく蒸発させていく。
悲鳴さえ許さず、ギルバートは燃えカスになった。
「それで終わりではないだろう」
『――なめた真似をっ!』
燃えカスが広がり、ギルバートが一瞬で再生された。闇の力を迸らせ、ニルヴァーナへ夥しい量の弾丸を撃つ。蛇のようにうねりながら、闇は世界を黒に染めながら迫ってくる。
ニルヴァーナは、片手でその闇を受け止めた。
受け止めた衝撃で僅か天に上昇するが、それで終わる。
『……何?』
「光の力で無効化させつつ、稲妻で押し返しただけだ」
闇が、霧散する。
ギルバートが呆気にとられる中、ニルヴァーナはまた空を蹴った。
音もなく、衝撃もなく。
一瞬で静かに着地すると、拳をその鳩尾に叩き込んだ。
音を超えたその拳は、分厚い鎧などものともせず貫通し、腹に風穴を開ける。
『うごあぁっ!?』
闇が、消えていく。
「ギルバート。お前が鬼への復讐にその身を焦がすなら、俺が引き継いでやろう」
地面に屈し、悶絶するギルバートへ、ニルヴァーナは静かに告げる。
「俺も鬼への復讐のために生きているからな」
『……鬼のくせに、か?』
「理由はしらん。だが、俺の魂が叫ぶ。殺せ、と。鬼に復讐しろ、と」
『くふっ……』
「だから、貴様のその復讐の念、全部俺が引き継いでやる。だから、安心して死ね」
『は、ははははっ、本当に、本当に傲慢だな、貴様はっ……!』
ギルバートの力が再び膨れ上がる。だが、明らかに弱っていた。
ニルヴァーナは全身から光の力を放ってその闇を振り払い、ギルバートの力を完全に否定した。同時に、黒金の稲妻を角に宿す。
『…………っ! その力は……鬼だけでは、ない……もっと、上位の……』
「楽に逝かせてやろう」
ニルヴァーナは虚空から剣を呼び起こした。
黒金の、麒麟の剣を。
ギルバートは鮮烈な威圧を覚え、大きく跳び退いた。
『バカな……それは、……麒麟!』
正体を悟り、ギルバートが呆然とする。
世界そのものを司る二柱の頂点の片割れ。それが麒麟。
恐ろしく整った波動を浴びて、ギルバートは何もできないでいた。
「お前の歴史は終わったんだ。幕引きといこう。さっさと退場するがいい」
『くは、は、はは、はははははっ! 貴様は、貴様は本当になにものなんだ!』
「俺か? 俺はニルヴァーナ。ただそれだけだ。さぁ、去ね」
ニルヴァーナが、剣を振るう。ギルバートに向けて。
「丙子椒林剣」
力が、踊った。
これでニルヴァーナのチート化が完了しました。
次回の更新は明日か明後日です。
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