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はじめての仲間

 ――目覚め。

 ニルヴァーナは温もりの中で目を覚ました。まだ頭がクラクラして、身体がふわふわとしていて気怠い。その脳に刻まれた数多の知識から、魔力を酷使したことからくる虚脱症状だと判断した。


「なるほど、丙子椒林剣、危険だな」


 流暢に言葉を放ち、ゆっくりとニルヴァーナは起き上がる。

 自分を取り込もうと、ある意味で猛然とした草木どもを薙ぎ払った一撃。それは、麒麟の力そのものだった。その一振りで、ニルヴァーナの全魔力を吸い取られて当然だった。


 だからこそ、この力だけでは鬼に復讐できないと悟った。


 鬼は、集団だ。

 自分にはまだこの力は使いこなせず、およそ鬼にどこまで通用するか分からない。よくて相打ち、悪ければこちらの負け。それだけでなく、もし仲間が生き残れば、自分はその場で命を絶たれるだろう。

 そんなもので、復讐が成し遂げられるものではない。


「……眷族なかまがいる」


 集団には、集団だ。必要なのは、信頼のおける仲間たちである。

 ニルヴァーナは、足裏から根を生やし、根分けする形で自分の分身を生み出すシュミレーションを行った。

 求める仲間は、自分には至らずとも、それなりに戦闘能力を持つもの。当然、自立歩行も可能であり、ある程度の知性も求める。

 骨格は自分をトレースしてやればいい。

 だが、脳内で芽吹くその若芽は、ニルヴァーナよりも明らかに脆弱だった。

 およそ意志も薄く、命令には従うだろうが、戦闘力という点でもかなり不安だ。


 《――当然といえば当然、か。》


 ニルヴァーナが強くなれたのは、直に鬼の力を得たことと麒麟の力のおかげだ。鬼の力は幾分か馴染んでいるが、麒麟に至ってはまだまだである。

 その状態で眷族を作っても、望んだ強さは得られない。──植物としては強靭ではあるが、それだけだ。ニルヴァーナのように、精霊になり得るには一歩足りない。


 《どうすれば、いい?》


 ニルヴァーナは、考える。

 今までとは違い、闇雲に追い求めるような類いではなく、しっかりと、方向性を見定めて。麒麟からもたらされた知識が、ニルヴァーナを何段階も賢くさせていた。

 だからこそ、原因はすぐに分かった。

 ニルヴァーナが試したのは、眷属の精霊化である。


「精霊化のためには……魔力以外のものがいる」


 ――それは、魔核コアだ。

 魂の器ともいわれている。

 ニルヴァーナは、鬼の血と恨みという濃厚な魔力と魂の欠片、そして、秘術を受けてその魔核コアを手にし、麒麟から角と力を与えられることで、精霊化した。

 そのプロセスを一瞬でやろうとしたからこそ、失敗した。

 まずはその魔核コアを与えなければならないのだが――。


「ダメ、だな」


 色々とシミュレーションをして、ニルヴァーナは苦る。

 魔核コアを作るためには、どうしても魂の欠片がいる。そのためには、自らの魂を分けるか、魂を生み出すか。もしくは魂の欠片を搾取して当てはめるか。この三種しかない。


 しかし、ニルヴァーナに魂を分ける技術はなく、生み出すこともまた不可能だ。知識はあっても、それを可能とする《格》がない。


 残るは、魂の欠片の搾取だが、付近にそのようなものはない。

 ――否。

 ニルヴァーナの高い感知能力が、それを見つけた。今まで気付かなかったのが、嘘みたいな感覚に襲われて、目を見開いた。


 それは、雑草だった。


 正確にいえば、ニルヴァーナが最初に生み出した植物型の眷族だ。

 鬼によってむしりとられたはずだが、どうやら一株だけ生き残っていたらしい。

 つまり、この雑草は、鬼の子と同じようにニルヴァーナ自身が抱き、周囲に撒き散した負の感情と、あの麒麟の力を浴びている可能性がある。

 否。可能性ではなく、確信。

 ニルヴァーナは確かに、この眷族から僅かだが魂の欠片を見た。

 きっかけを与えてやれば――濃厚な魔力を与えれば――、芽吹く可能性はあった。

 だが、下手をすれば、枯らしてしまう危険性もある。魂の欠片は不安定で、破壊してしまう可能性だ。


「お前は、それでいいのか?」


 手をかざして、ニルヴァーナは訊ねる。

 その赤紫の草は、ほんの少しだけ意思を見せた。肯定の意思だった。

 自分で訊ねておきながら、反応があることに驚いた。


「……ならば、やるぞ」


 ニルヴァーナはそう告げて、魔力を与えていく。慎重に、慎重に。

 ゆっくりと探りながら、ニルヴァーナは魂の欠片が成長していくのを確認する。


 《これならば、いける……!》


 確信をもって、ニルヴァーナは魔力をぐっと圧縮して更に与えていく。変化は、すぐに訪れた。

 草が、成長していく。

 それは頭を、手を、足を、胴体を形成し、ニルヴァーナよりも一回り小さい人型を形成した。

 ニルヴァーナと違い、額から生える一本の角。どこか泰然とした空気のあるニルヴァーナよりも幼い顔立ち。共通しているのは薄桃色の肌と、緑の草の葉の髪。

 やがて、それは目を見開いた。琥珀色の、綺麗な瞳だった。

 跪いた格好で、その眷族は覚醒した。


「……ようやく、ようやく、です!」


 眷族は、嬉しそうに起き上がると、ニルヴァーナの腕を両手で取って握った。その温もりに、ニルヴァーナは戸惑う。

 す、と、胸に何か温かいものが入り込んできた。

 眷族は泣き笑う。


「ようやく、主様のお役に立てる時が巡ってまいりました……!」

「ある、じ。であるか」

「はい! 主様にございます!」


 まだ少年の体格でしかないニルヴァーナよりも一回り小さい眷族は、まるで幼児だ。


「ずっと、ずっと待っていました。この弱い私の身体では、どんなに主を思っても願っても、助けるどころか、声ひとつかけることさえできませんでしたから……でも、今は違います! 今、この漲る力があればこそ!」

「そうか……期待している」

「はいっ!」


 元気よい返事に、ニルヴァーナは力強さを感じた。 

 だが、いつまでもここに留まるつもりはない。ニルヴァーナには使命がある。

 この身を焦がすばかりの、黒い情念が。

 もちろんそれだけに任せてはいけないのも、知っている。


「では早速、突き詰めていきたいのだが……俺はこれから、鬼どもに復讐を果たしたい。そのためには、軍団を作る必要があると思っている。どう思うか?」

「私も同じ感想です。主様と」

「そのためには、眷族をより多く作りたい。だが……」

「上手くいかない、のですね」


 ニルヴァーナは頷く。合わせて、この眷族が麒麟の持つ知識を受け継いで、高い知性を持っていることを悟る。しかも、ニルヴァーナ自身は取りこぼしてしまったらしい領域の知識を持っているようだ。

 実にいい参謀になってくれそうだ。

 ニルヴァーナは即座に頼る。


「どうすればいい?」


 率直にきくと、眷族は少しだけ悩む。

 顎を撫で、やがて結論を出したのだろう、口を開く。


「おさらいをしましょう。まず、今の《格》の確認です」


 ニルヴァーナは頷く。

 麒麟から与えられた知識で、《格》は知っている。

 《格》とは魂の器の大きさのことだ。大きければ大きい程、キャパシティが大きいことであり、そのまま強さになる。

 その魂は、肉体オド精神マナに依存し、《格》が低ければ低い程、肉体オドに依存してしまう。

 この器を大きくするためには、精神マナを高めなければならず、通常、途方もない修練を経て高めていく。《格》の向上は簡単ではない。


「俺は今……準精霊、だな」

「第四ステージ、ですね」


 眷族の言葉に、ニルヴァーナも頷く。


 魂の《格》は、植物といった、魂の欠片の要素も持てないゼロステージから始まる。

 そこから動物や言語を介さない低級の魔物の第一ステージ。

 人間や、小鬼ゴブリンなど、一定以上の知性を有する魔物が位置する第二ステージ。

 精神マナを一段階進化させると、半精霊と呼ばれる第三ステージへ。

 覚醒すると、準精霊の第四ステージ。

 精霊の第五ステージ。

 純精霊の第六ステージ。

 聖霊の第七ステージ。

 半神の第八ステージ。

 魔神の第九ステージ。

 神の第十ステージ。


 ニルヴァーナはゼロステージから、第四ステージまで短期間で進化してみせた。実に驚異的と言える。


「私は第三ステージですね。半精霊です。これは、主様から直接根分けしてもらった上で成長して魔力を蓄え、更に麒麟様の力の威光を受けて、決定的に主様から濃厚な魔力を授かったことで叶ったステージです」


 眷族は説明しながら、指先に魔力を集中させる。


「主様は、そのステージの仲間を作ろうとしました」

「うむ。戦力として考えたら、それが妥当だと思った」

「その意見には賛成です。ですが、そのためには……申し上げにくいのですが、力が足りません」

「うむ。自覚した」


 ニルヴァーナは素直に受け入れる。


「今の俺で作れる眷族は、おそらく第一ステージだな。正直、厳しいと考えている」


 戦闘能力も知性も高くない。正直、魔力もない。

 工夫すれば使えるようになるかもしれないが、ニルヴァーナが求めているのは鬼に対抗できるだけの即戦力だった。


「ええ。ですが、最低限の戦力にはなります。それに、第一ステージの眷族を通じて、大地の恵みを魔力に変換し、献上させれば、そのまま精神マナの鍛錬にもなります」


 眷族は、それを根底から否定し、別の可能性を提示していく。


「それに、第一ステージは進化の可能性が高い」


 可能性の提示に、ニルヴァーナの脳内が閃き、知識を与える。

 第一ステージは魂のほぼ全てを肉体オドに依存する。故に、一度でも精神マナを手にすると、条件によっては一気に第二ステージを飛び越えて第三ステージへ進化できる。

 眷族は、それを狙えと進言してきていた。

 ニルヴァーナは脳内で考えられるだけのイメージを持って、唸る。


「長期的な考え、だな?」

「はい。そっちは、です。長期的な狙いだけではいけません。ですから、第二ステージ、第三ステージに至っている他種族を征服、同盟を組んで、仲間を作っていくのです」

「ほう。なるほど。一から作るのではなく、既にあるものの利用、か。考え付かなかったな」

「そうして時間を作って、主様は進化していくのです。そうすれば」

「より強い眷族も作れるようになる、か……」


 見事なプランだった。

 ニルヴァーナ自身、これ以上のプランはないと考える。


「いいだろう。採用しよう」

「ありがとうございます!」

「だとするならば、この土地は捨てなければならないな」


 ここからは、鬼の里に近すぎる。だからこそ、他に力ある魔物や精霊はおらず、ニルヴァーナに対抗できる存在もいなかったのだが――。

 定期的な鬼の襲撃が考えられる以上、安全はない。丙子椒林剣を使えば、鬼の襲撃を捌けるだろうが、同時に仲間も多く失うと予想できる。それは、よくない。


「新しい土地で……か。色々と考えていくか」

「はい! 色々と試していきましょう。主様は、これから王様になられるのですから!」

「王……か」


 ニルヴァーナは、ぽつりとつぶやいた。


「そうだな。鬼を倒すための軍団。俺はその長になる……だから、王か。いいだろう。俺は、王になる」




 ▲▽▲▽




 ――森林の奥、中枢。

 ひと際高い木々に囲まれているのは、泉だった。その泉の中央で、弱々しい赤い光が点滅を繰り返していた。折りたたまれた翼は酷くやつれている。

 上下する美しく細長い首も、疲れていた。


 《もうすぐ、もうすぐだ。我が命は、費える》


 遠くなっていく意識の中で、彼は思う。


 《さすれば、この森に新たな激動の時代がやってくるだろう――》


 この声を、誰がどれだけ聞いているのか、知らない。知る必要もない。興味もない。


 《次は、誰が王になるのか》


 何故ならば、彼はこの森を束ねる最上位の存在。精霊王だ。


 《それを直接見届けられないのは残念だが》


 ふふ、と笑う。


 《せいぜい大戦乱時代を生き抜け。次世代を狙う、王の卵どもよ》


ニルヴァーナ

生命力:4302/4302

属 性:神/鬼/植物

特 性:アタックスキル《丙子椒林剣》/ユニークスキル《進化促進》


眷族

生命力:1255/1255

属 性:鬼/植物

特 性:麒麟の知性の欠片



次回の更新はお昼頃です!


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