決着
――ガオン!
炸裂音。
とても拳で出せる音ではないのだが、二人は平然と出していた。
左右に頭を振りながら、ニルヴァーナがファルムの懐へ潜り込む。連動させて、拳がそのまま脇腹を抉る。左から、右。たまらずファルムの身体がくの字に曲がった。
ニルヴァーナは強力な一撃をいれるべく、一瞬溜めを作ってから回し蹴りを展開する。
だが、待ち構えていたかのようにファルムはその蹴り足を鮮やかに捌き、ニルヴァーナに背後を向かせる。
「はっはっはっはっはっは!!」
豪快に笑いながら、ファルムは拳を叩きつけた。
ニルヴァーナの背骨が、無残に折れる。
吐血しながら、ニルヴァーナは地面に倒れこむ。だが、即座に再生し、両手を地面に殴りつけ、反動で跳び起きる。さらに回転し、ファルムと正面から対峙しながら顔面にフックを叩き込んだ。
首がもげそうな勢いで顔が弾け、ニルヴァーナは器用に空中で姿勢を整え、膝を繰り出してまた顔面を抉った。
《不思議なヤツだ》
ニルヴァーナは低い姿勢で飛び込んでいく。全身に纏ったのは、稲妻。
《周囲を弱体化させ、自分自身を強化していくような狡猾な戦術を取れるのに、戦闘となると真っすぐぶつかってくる》
ある意味相反する方法だ。
ファルムくらい強ければ、単身で次々と周囲を制圧していけそうなものなのに。
きっと。
と、ニルヴァーナは推測する。
ファルムは戦いが好きなのだろう。だからこそ、己が全力を出せる相手が欲しい。しかし、周囲にはそんな存在がいない。詰まらない。
自分が手を出さないで済むように、そういった戦術を取っていたのだろうか。
《もしくは、そうせざるをえない事情があるのか》
ニルヴァーナは思考しつつ、次々と攻撃を加えていく。
稲妻を纏うことでより加速し、より攻撃力を増大させて。すると、ファルムも同じように風を纏った。暴風といって差し支えない渦を携えながら、フックをニルヴァーナの顔面に刻みつける。
脳髄まで崩される、破壊音。
だが、ニルヴァーナは予め再生をプログラムし、意識のブラックアウトを一瞬で済ませ、反撃を放つ。
《聞いてみたくなった》
ニルヴァーナは、大きくファルムを蹴り飛ばす。
「ファルム。貴様、俺の部下になるつもりはないか」
「……なんだと?」
「貴様は俺たちよりも情勢に詳しそうだからな」
悟ったように訊くと、ファルムが参ったように笑む。
一瞬だけ、気を緩めたようにも見えた。
「成る程な。そういうところまで気付くのか。お前は本当に聡いな」
「つまり、お前がそうまで強化しなければならない相手がいるということだな」
「当然だろう」
ずばり言い当てると、ファルムはあっさりと認めた。
「この大森林は広い。この俺様より強い連中はいくらでもいる。いずれ個ではなく、群れで決着をつけることもあるだろう。その時のために勢力を伸ばすのは当たり前だろう」
「正しい判断だ。だからこそ、俺はお前が欲しくなった」
「はっはっはっは! へそが茶をわかす! 俺様は貴様や、そこにいるキノコどもを殲滅しようとしてるんだぞ? そんなやつを家臣に加えようってか?」
「そうだ」
「相当な変わり者だな……だが、断る」
ファルムはひとしきり笑ってから、断じた。
「俺様は誰かの下につくつもりはねぇよ。倒すか、死ぬか。それだけだ」
「短絡的だな」
「鬼らしいといってほしいな。さて、戯言はここまでだ」
ゴキゴキと全身の再生を終え、ファルムはゆっくり起き上がる。肉体の修復はニルヴァーナだけの特権ではない。
純血、そして変異種という特性を持つファルムも、常軌を逸した再生能力を持っていた。
「決着をつけようか。酒呑童子の一族よ!」
「よくわからんが……手加減は無用のようだな」
互いに地面を蹴る。
空気が衝突するのと同じく、二人の拳は激突していた。
稲妻と暴風が周囲を荒れ狂う。
衝撃と衝撃の衝突。互いに譲らない結果、地面が窪んだ。
「ついさっきまで、俺様に嬲られるだけだったヤツが……ここまで!」
「それが俺の真骨頂だからな」
ガヅン、と、もう片方の拳も衝突させ、がっぷり四つの構えで互いに押し合う。
体格的にみてファルムが優位に見えるが、ニルヴァーナは決して劣っていない。
そればかりか、電撃をスパークさせ、ファルムを弾き飛ばした。
「……ぐっ!」
ニルヴァーナの目が細くなる。膨大な稲妻が、その両手に収束していく。
力による殴り合いには、もう付き合ってやるつもりはなかった。
相手を完全に屈服させるしかない以上、ニルヴァーナは全力で自分の優位を押し付ける。
「雷神鞭っ!」
二つの鞭が唸り、しなる電撃がファルムを打ち据える。
容赦のない一撃はファルムを地面に叩き伏せた。ニルヴァーナは追撃の一撃を振るうが、ファルムに受け止められる。
「――!」
「空圧壁」
膨大な魔力で圧縮された空気が、稲妻を弾いたのだ。
ニルヴァーナは腕を変化させ、剣に変化させながら距離を詰めていく。それを妨害するように、ファルムは手のひらをこちらに向けた。
「――がっ!」
見えない壁に殴られ、ニルヴァーナはその場に押し留められる。追撃にやってきた空気の弾丸は、容赦なくニルヴァーナを下から突き上げて上空に叩き上げた。
息が、詰まる。
重なるダメージの中、ニルヴァーナは全身で魔力を感知する。
一気に研ぎ澄ました知覚は魔力を鋭く捉え、身を捩って回避する。
「ほう、回避したか! いいカンを持っているな!」
「ただ殴ることだけが得意だと思っていたがな……」
「はっはっはっは!」
ファルムは大声で笑いながら跳躍し、ニルヴァーナに迫る。
「知っているぞ、貴様のその異常な回復能力の源。大地からの栄養だろう!」
「!」
「ならその栄養源を奪えば、どうなる?」
「それで、空中に打ち上げたのか!」
ニヤりと笑うファルム。
あれだけ再生を繰り返していれば、感付かれても不思議はない。だが、それを悟らせないようにしながら空中に打ち上げられたのは予想外だった。
予想以上に、ファルムは頭を使える。
「これでお前の能力は半減だな! さぁ、俺様に見せてみろ! 次なる進化を!」
ファルムが空中で空気を放ちつつ、自分が優位な立ち位置を確保して迫った。
ニルヴァーナは回避で手一杯になり、妨害ができない。
《この鋭い動き、体捌き――空中戦も可能なのか》
おそるべきは、ファルムの戦闘センスだろう。
ファルムの拳が繰り出されてくる。ニルヴァーナは空中を踊るようにして回避行動をとるが、限界がある。ニルヴァーナは空中を自在に動ける術を知らないのだ。
「はっはっはっはっはぁっ!」
「――ぬうっ!」
猛烈な攻撃に晒され、ニルヴァーナの身体が削られていく。
鬼の再生能力を駆使するが、速度は鈍い。ファルムはそこを逃さない。
「やはり再生は厳しいようだな?」
「そんなこと、分かっているとも」
ニルヴァーナは受け流しつつ、笑んだ。――準備は、整った。
ぎゅるり、と、地面から、木々の枝葉から、植物のツタが一斉の飛び出す。今度虚を突かれたのはファルムだった。
唐突の奇襲に、ファルムの動きが一瞬緊張する。
それだけで時間は十分だった。
夥しく重なった植物のツタが、ファルムの両手両足を拘束し、ニルヴァーナを包み込む。即座に注ぎ込まれてきた栄養を使い、ニルヴァーナは再生した。
「くそっ……! 貴様っ!」
「俺だってその弱点には気付いている。何も対策を施さないはずがないだろう?」
「くっ……! 引き千切れない……!」
「柔軟性をかなり高めたからな、力だけで引き千切れると思うなよ。そして……俺がいつまでも待ってると思うな」
全身に稲妻を迸らせ、ニルヴァーナは両手を突き出す。文字通り全力。最後の一滴まで振り絞る勢いで、全てを解き放った。
空白は、一瞬。
閃光が駆け抜け、続いて空震。
ファルムに直撃した刹那、衝撃が周囲を襲った。木々が押し倒され、乾いた土が巻き上がる。
轟音は、遅れてやってきた。
──ずがあああああああああんっ!
凄まじいまでの電流が流れ、容赦なくファルムを焦がす。悲鳴はかきけされた。
黒煙をあげながらファルムは地面に落下した。あわせるように、ニルヴァーナも着地する。だが、まともに立っていられず、膝をついた。
自然と息があがる。
「っ……がはっ……かひゅうっ……」
黒焦げになったファルムが、息を吹き返す。
呼応して、ニルヴァーナも再生を始める。栄養を吸い上げているにも関わらず、回復速度が鈍い。《鬼の気魄》が解除されたのだ。
それはファルムも同様で、もはや動けない様子だった。
「引き分け……か?」
「納得いかねぇが、動けねぇからな……くそっ」
黒焦げのまま、ファルムは不満そうだった。
「実にお前らしい。だが、これでこの戦は俺たちの勝ちだな。お前が動けなくなれば、もうこちらのものだ。こっちにはまだカエンタケと手勢が残っているからな」
「何を言ってるんだ、貴様は」
ファルムは嘲笑う。
「最後の切り札っていうのは、こうやって使うものなんだよ」
ファルムが送ったのは合図。
膨れ上がったのは、暴走するばかりの暴れ狂う魔力。都合三回目の感覚に、ニルヴァーナはぎょっとした。背筋が凍る中、バキバキと木々のへし折れる音が鳴り響き、巨大化した猪が出現した。
――四匹目の、バケモノ猪。
ニルヴァーナは即座に動いた。今、バケモノ猪が暴れれば、誰も止められるものはいない。だからこそ、命を削る必要があった。
曲がりなりにもファルムを倒したことで、ニルヴァーナの内側で迸るだけだった鬼の恨みは鳴りを潜めている。今このタイミングであれば、使用は可能なはずだ。
ニルヴァーナはありったけの残った魔力を振り絞る。
「カエンタケ! 後は、頼むぞ!」
掠れた声で叫び、ニルヴァーナは起き上がる。その手に、黒金の剣を携えて。
「丙子椒林剣っ!」
血を吐く勢いで放ち、剣から力を解放する。
世界を染め上げる白が放たれ、波動がバケモノ猪を消し去っていく。
轟、と風が鳴り、猪は跡形もなく消滅した。
ちゃんと見届けてから、ニルヴァーナは意識を手放した。
次回の更新は明日予定です。
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