ニルヴァーナの暴走2
ニルヴァーナは、全身の植物化している筋肉をうごめかせ、常に再生と強化を施しながら特攻していく。まだ起き上がらないファルムに到達し、思いっきり脇腹を蹴りあげた。
ごずん、と、ハンマーでも叩きつけたかのような鈍い音が響き、ファルムの身体が浮き上がる。そこに、ニルヴァーナは何度も拳を叩きつけ、近くの木に叩きつける。
木の幹がへし折られ、ファルムは地面に倒れこむ。
ほぼ動かないファルムに、ニルヴァーナが追撃を叩き込んだ。
「かはっ、はっ、はっはっはっはっはっはっはっは!!」
猛然とした攻撃の中、ファルムは楽しそうに笑い声をあげながら起き上がる。全身打撲の身体を突き動かし、ニルヴァーナが繰り出す拳に拳を叩きつける。
やはり、ニルヴァーナの腕が弾き飛んだ。
ファルムは自分の血を撒き散らしながら、ニルヴァーナの胴体に何発もの拳を叩き込んだ。身体の半分以上を失いながら、ニルヴァーナは地面を抉りながら転がりつつも、周囲の栄養を吸い取って再生させる。
「面白い、面白いな! さすがは鬼の血をひくだけはある!」
ファルムは喜びに打ち震えながら、砕かれた頬を撫でる。
「まさかこの俺様に本格的なダメージを与えるとは……実に面白い!」
ニルヴァーナは起き上がる。完全に白目を剥いた状態で。暴走と暴走が掛け合わせることでなんとか保っている形状は、恐ろしいほど禍々しい。
脈打ちながら、ニルヴァーナは無造作に距離を詰めていく。
「本来もつ恨みと、たった今もった恨み。それらが重なり合って、更なる力を呼び寄せたのか」
繰り出される一撃を、ファルムは片腕で受け止める。
自分の拳をも破砕する一撃は、ファルムの腕の骨に到達した。容赦なくニルヴァーナは周囲を枯渇させながら再生し、また一撃を放つ。
暴走しているからこその、野性味溢れる動きで、ファルムと渡り合う。
「なるほどな」
拳を回避し、腕を巻きつけてへし折る。強引に引き千切ってから、肘を顔面にぶつけて首ごと消し飛ばす。とてつもない破壊力を立て続けに炸裂させ、ファルムは寂しそうな顔を浮かべた。
察したのだ。
その傷口から漏れでる魔力で。
「意識を手放すほどの暴走。ようやく俺に届き得る攻撃力は手にしたようだが……長続きするものでもなさそうだな」
ぎゅるる、と、不協和音を立てながら腕と顔が再生する。
「器が砕けかけているぞ。所詮は隠下ということか。分不相応な力を手にするからだ」
ファルムはしゃにむに突っ込んでくるニルヴァーナの攻撃を捌きつつ、的確な反撃を叩き込んでいく。今のニルヴァーナは、ただ暴れるだけの子供のような動きだ。実に読みやすく、ファルムは簡単に叩きのめした。
ようやくファルムに届き得る攻撃力を手にしても、正しく扱えない。
いずれニルヴァーナが力尽きて、終わる。
「主、様……」
「無理をするな。タマ、回復を」
意識を取り戻したカエンタケは、弱ったリタを回収する。
状況は最悪に近い。
ニルヴァーナが文字通り命を削りつつ戦いを挑んでも、時間稼ぎにしかならない。今いる眷族全員で挑んだとしても、全滅させられる未来しか見えなかった。
「くそ……たった一人で戦況を覆すのか」
「あれが、本物の鬼……なんですね」
タマの回復の波動を受けつつ、リタは悔しがる。
鬼は、そもそもの格が高い。
純粋な鬼ともなれば、子供でも精霊に値する。更に類まれな魔力から影響力が高く、鬼の血や腐肉を食べたネズミが小鬼に進化するように、半鬼と呼ばれる種族も一定数存在している。
このようなことが可能なのは、他に竜族くらいなものなのだ。
「全く。撤退するか?」
「いえ、逃げられませんし、主様を捨て置いて逃げるなんて不敬もいいところです」
「仮に逃げられたとしても、この先同じような戦いが繰り広げられて、いずれ領地を失う、か……本当にシャレにならん」
カエンタケは唇をかみしめる。
「いえ……可能性の話ではありますが、一つだけ打開案があります」
「なんだと?」
「カエンタケ様。あなた様は、眷族をもっていませんね?」
リタの確認に、カエンタケは頷く。
基本的にランタンの森は、タマの眷族たちが主力だ。その中で、カエンタケは敢えて眷族を生み出さなかった。余計な軋轢が生まれかねないからだ。
「ならば、主様に《祈祷》をかけてください」
「《祈祷》を?」
「ええ。そうすれば、主様の魂の格が上がる可能性があります」
「……そういうことか」
ニルヴァーナの器を大きくさせれば、意識を取り戻し、力を自在に扱えるようになる可能性が高い。更に、ファルムと同格になるので、互角以上の戦いを繰り広げられる。
挑戦する価値はある。
カエンタケはそう判断して、挑むことにした。残された時間はそう長くない。
「かなり危ない賭けではあるがな」
カエンタケはぶつくように言いつつ、魔力を高める。
タマのように使い慣れているわけでも、ニルヴァーナのように高速で習得したわけでもないので、少し時間がかかる。
その間、リタは眷族に命令をしてニルヴァーナへ回復用の魔力を送る。
ニルヴァーナはそれに気付いてか気付かないでか、激しい戦闘を繰り広げていく。
ガオン、と鈍い炸裂音。
身体の半分以上を失ったニルヴァーナは地面を何度ももんどりうって転がり、それでも全身を再生させながら起き上がる。
そこへ、カエンタケが魔法を発動させる。
「頼むぞ……ニルヴァーナ! 《祈祷》!」
カエンタケから、力が与えられる。
鮮やかな色の光が降り注ぎ、ニルヴァーナに加護が与えられた。
──空白。
ほんの少しだけ時が止まったように、誰もが感じ取った。
時が動き出したのは、ニルヴァーナから極光色の衝撃波が波紋のように広がってから。
文字通り周囲が震える。
恐怖に、ではない。魂そのものが、揺さぶられた。
「っがっ……!?」
腹這いになりながら突撃しようとしていたニルヴァーナは、目の色を取り戻す。
それだけでなく、ニルヴァーナは強靭な力が体内から沸き上がって来るのを感じた。
「これ、は……!」
「成功した!」
「主様の格が……! 精霊に!」
カエンタケが安堵し、リタが喜びに打ち震える。そして、ニルヴァーナはとてつもない力に溺れそうになりながらも、暴走する魔力と鬼の力を維持したまま制御していく。
いや、否。
力を増大させながら、制御していく。
異変はファルムも察知した。
「力が……何十倍にも増大した……? は、はっはっはっは、まさか、まさかまさかまさか! ここにきて、魂のステージが上がったのか!」
ファルムは尋常ではない笑い声をあげながら、全身から力を迸らせる。
滲み出る湯気のようなオーラは黒紫。いよいよとして全力の意味だろう。内側から炸裂したような音を立てて、ファルムは一回り巨大化した。
「……《鬼の気魄》か」
純血の鬼にのみ許された、肉体と魔力を極限にまで強化する秘術。一時的に限界値を超えた能力を引き出せるが、消耗もまた大きい。
麒麟から与えられた知識を引き出して、ニルヴァーナは力を溜める。
《やってみるか》
実際に目にし、肌で感じたことで、ニルヴァーナは感覚を掴んでいた。
体内に宿るユニークスキル《進化促進》が発動しているおかげだ。再現は可能だった。
魂そのものに魔力を宿し、一時的に増大させる。
「……――っ!」
ニルヴァーナがやろうとしていたことを察して、ファルムが目を大きく見開いた。
「バカなっ! お前は純血ではない! まがい物だろうが!」
「やってみなければ、わからないだろう?」
「……嘘だろう……」
ファルムの顔色がまともに変わる。
その隙に、ニルヴァーナは一気に自分の魂へ魔力を注ぎ込み、一次的に増大させる。瞬間、弾けるようにして魂が活性化し、全身から赤い湯気のようなオーラを放つ。
解放した衝撃は周囲に風となって放たれ、とてつもない威圧をファルムに与えた。
「……なっ……!?」
ファルムに、恐怖が宿る。
「貴様……その波動……!」
「いくぞ」
「冗談だろう……! そんな力の片鱗、どこにも見せなかっただろうが!」
ファルムが吼えている間に、ニルヴァーナは肉薄する。
反射的にニルヴァーナは拳を繰り出すが、ニルヴァーナは手の甲でそれを受けて捌き、反対の拳でファルムを殴りつけた。
何重にも、衝撃が重なる。
ファルムはその場で一回転して、地面に沈む。
「っがはっ……!? この、やってくれるっ!」
追撃がやってくるより早く、ファルムは逃げるようにして起き上がり、ニルヴァーナへ特攻を仕掛けた。
ニルヴァーナとファルムの壮絶な殴り合いが始まる。
だが、ファルムが一撃当てれば、ニルヴァーナは三発直撃させる。
あっという間に、ファルムは全身を殴打されて地面に叩き伏せられた。大きくバウンドしながらも、ファルムはそのまま姿勢を取り戻す。
不気味なほど、嬉しそうな顔で。
「こんなところで、まさかやりあえるとは思わなかった!」
オーラが倍増する。
ファルムはより上昇した速度で、その巨躯ながらニルヴァーナの懐へ潜り込み、脇腹に凄まじい一撃を叩き込んだ。
ニルヴァーナの脇腹が、蒸発したように消し飛んだ。
「……!」
たたら踏みながらも、ニルヴァーナは即座に再生させる。
「さぁ、全力でやりあおう! 鬼の中でも最強の種族――酒呑童子!」
ファルムは、笑みながら拳を構えた。
次回の更新は明日です。
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